第33話『矛盾』

「ま、そんなとこ。 で、これ以上聞きたいことないなら戻っていい?」


「ああ、助かった。 時間を取らせて悪かったな」


 その日の夜、夕食後の自由時間で行われた東堂さんに対する事情聴取は、秋月さんの存在もありスムーズに進んだ。 あまり素行が良くないとは聞いていたし、私もかつては彼女から危害を加えられたこともあったけれど……思いの外、東堂さんは素直に私たちの質問に答えてくれた。 その内容というのもほぼ山西さんと一緒だ。 若干の記憶違いと思われるところはあったものの、気にするような部分ではない。 話の大筋、行動の大筋は合致しており、知る限り口裏合わせを行う余裕もないはず。


「時間が時間だし、そろそろ集まって一度話し合いをしようか。 成瀬たちと連絡を取れるかい?」


 東堂さんの部屋を去り、廊下で私たちは足を止め話していた。 道明さんの指示の元、私は携帯を取り出し成瀬君へとメッセージを送る。 返事はすぐにあり、五分後に三階の休憩室で集まろうとのものだ。


「何か分かりましたか? 道明さん」


「今のところ三人か、話している内容はほぼ同一、この分だと成瀬たちからの情報も同じものだろうね」


 私たちは山西さんと東堂さんから。 成瀬君たちは笹本さんと、先程のタイミングで聞き込みを行った一人だろう。 お昼に既に笹本さんには聞き込みを行っており、当たり障りのないことだったとの報告は受けている。 そうなればまだ話を聞いていないのは水原さん、桐山さん、そして木本さんの3人。 桐山さんはそもそも依頼主で、水原さんからはこの臨海学校前に話はしている。


「話を聞けば聞くほど、ただ紛失したとしか考えられないが」


「それであれば良いのですが……」


 秋月さんの言葉に、私はそう返す。 全てが杞憂であれば良いのだが、私たちでは考えつかない範囲の物事を考えているのは……道明さんだ。


「ともあれ話を全部聞かなければ答えも出せないよ。 最後の最後で重要な話が出てくるなんて、映画や小説やアニメでは常識だろう? まぁもっとも、重要な話は……いや」


 道明さんは言うと、小さく笑う。 思考は聞こえない、一体どこまでの思考を彼女は繰り広げているのだろうか。


「悪い、遅くなったな」


 そこで声がし、私たちは顔を向ける。 立っていたのは成瀬君と長峰さんだ。


「どうだったかな? まず話を聞いたのは水原と桐山どちらからだい? まぁいずれにせよ、一緒のことだとは思うけれどね」


「一緒のこと? えーと、私たちが話を聞いたのは水原さんから。 笹本さんはお昼に聞いてて、冬木さんには話してるから良いよね?」


 長峰さんは言うと、水原さんから聞いた話を口にした。 そして、その内容は――――――――私たちが聞いた話と、食い違っていた。


 夜、海岸を散歩していたという部分までは一緒。 だが、その後の行動は明らかに違っていた。


 部屋に帰った六人。 その内の笹本さんと桐山さんはすぐに寝たとのことで、枕投げには参加していなかったという。 その部分で言えば明らかに私たちが話を聞いた二人と話が食い違っている。


 が、更に。


「笹本さんの話とも少し違うのよね。 笹本さんは自分以外で枕投げをしてたっていってて」


 そこで言えば、私たちが話を聞いた山西さんと東堂さんと合致する。 食い違う話をしているのは、だ。


「けど水原も嘘を吐いてるって感じじゃなさそうだったけど」


 成瀬君が言う。 ここでそれを口にするということは、私に向けたメッセージだろう。 水原さんは嘘を吐いているわけではない、そして笹本さんも嘘を吐いていない。 だが二人の話には矛盾が生じていて……。


「どうしてそう思うんだい? 嘘かどうかなんて本人しか分かりえない、見抜く方法というのはもちろんあるけれど」


「あ、いや……なんとなく。 嘘を吐く必要も理由もなさそうだったからさ」


 道明さんの問いに、成瀬君は焦ってそう返す。 却って不審に思えてしまうが、成瀬君としては自らの眼で見抜いたそれを知らせたいという思いがあるのだろう。 しかしそうなると、逆に話が複雑になる始めている気がする。 水原さんも笹本さんも嘘を吐いていない、だが話が矛盾する……頭が痛くなりそうだ。 桐山さんたちは狐にでも包まれていたのだろうか。


「そうだね、その通り。 嘘を吐く必要も理由もない、間違ってはいないけれど、それだけで判断するのは早計さ。 古来より探偵は論より証拠を持って結論を出すべしと決まっている」


 人差し指を立て、道明さんは言う。


「状況を一度整理しよう。 まず、今の段階で話を聞いたのは笹本、水原、山西、東堂の四名。 話を聞いていないのは桐山と木本だが……重要度が高いのは木本の方だね」


 桐山さんとは一度話をしている。 だからこそ、未だに話をしていない木本さんの話が自ずと重要となってくる。


「山西、東堂の言い分はほぼ一緒。 六人で枕投げをし、やがて眠りに就いたというもの。 それと違うのは笹本と水原、笹本は自分以外で枕投げをしたと言っていて、水原は自分と桐山はすぐに寝たと言っていた。 考えられる可能性はなんだと思う?」


 道明さんは言い、私たちの顔を見る。 まず声を上げたのは秋月さんだった。


「水原か笹本のどちらかが犯人ということか? 自分に都合の良いように話している可能性がある」


「そうだね、犯人であれば嘘の供述をするなんてことも考えられる。 身を守る上で咄嗟の行動でも人は取ることが多い、それが例え薄っぺらい鎧だとしてもね」


「いや待ってくれよ、まだ水原と笹本が嘘を吐いてるって決まったわけじゃないだろ? それに水原は桐山と友人で……」


 秋月さんと道明さんの言葉に、成瀬君が反論する。 だが、その反論というのは少し……弱い。


「言わなかったか、成瀬。 人は簡単に裏切るし簡単に蹴落とす、むしろ仲が良ければ良いほどにその可能性も高まってくるんだよ。 僕が信じるのは証拠と僕の頭のみ、探偵に感情なんて必要ない」


 言葉を強くし、道明さんは言う。 それが道明さんの探偵としてのポリシーとでも言うべきか、譲る気配は一切ない。 成瀬君の言いたいことも分かるし、なんなら私だって同じ気持ちだ。 しかし、きっと正しいのは道明さんの方なのだ。


「まぁまぁ、まだ犯人が誰かなんて分からないんだし。 私たちにできることをしていけばいいんじゃない?」


 と、そこで長峰さんが割って入る。 いつも複数人で行動することが多い長峰さんだけあり、こういう場合の対処法というのも心得ているのだろう。 空気を悪くすることなく、話を正しい方向へと導けるのは強みだ。 私はこういうとき、頭の中でああだこうだと考えることしかできないから。


「そうだね、それが最優先事項なのは間違いない。 良いかい成瀬、気持ちは分かるし、何も僕だって水原を犯人だとしたいわけじゃない。 けれど重要なのは何よりも証拠、今の段階だと水原と笹本が犯人だと指し示している……違う可能性ももちろんあるけどね」


「違う可能性?」


 秋月さんが尋ねる。 すると、道明さんは一度目を瞑ってから口を開く。


「鵜呑みにしすぎるのは良くないということさ。 現段階ではいくつかの可能性の内の一つだから口にはできない、余計な思考が邪魔になることもあるしね。 それが確定だと僕が判断したとき、教えるよ」


 やはり、私たちとは違う何かが道明さんには見えている。 それが果たして良い方向か悪い方向か……どちらかは分からないけれど、良い方向であると願うしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る