第30話『一人目』

 話し合いの結果、私たちは成瀬君と長峰さんのグループ、そして私と道明さんと秋月さんのグループで分かれ、調査をすることになった。 まずは関係者たちからの事情聴取、私たちのグループが担当したのは山西さん、木本さん、東堂さんの三名。 道明さんが感じた印象とやらでは、山西さんは美人で木本さんは大人しい人で東堂さんは若干素行が悪いと聞いている。


「まぁ秋月がいれば問題はないだろう。 裏の番長が西園寺だとすれば、表は秋月だしね。 東堂なんて恐るに足らず、というわけさ」


「私は一体どんな評価をされているんだ……」


「成瀬君は一撃でしたしね」


「移動がてら、その話を聞こうか」


「なっ……良い、やめろ、恥ずかしい」


 私が冗談混じりに言うと、秋月さんは髪をくしゃりとかきながら呟く。 成瀬君は彼女のことを怖がっている節があるが、私から見れば秋月さんを怖がる理由が思い当たらない。 妙なことさえしなければ、彼女は怒ることもないわけだし。


「冗談ですよ。 それでまずは誰から話を聞きますか? 時間的に、今聞けるとしたら一人からくらいでしょうか」


「そうだね、夜にも時間はあるし、明日も時間はある。 木本以外から話を聞きたいところだけど」


「どうして木本以外からなんだ?」


 秋月さんは道明さんに顔を向けて尋ねる。 すると道明さんは人差し指で上を指しながら答えた。 不思議と得意げな様子はない。


「木本の性格は大人しめ。 これから僕たちは事情聴取をした上「誰にも言わないように」という口止めを頼むだろう? それなら性格上自分の中に溜め込みやすい木本は最後に回したい、口止めされたことを隠し続けるなんて負担だろうからね」


「なるほど。 となると、まずは山西さんか東堂さんということになりますね」


 正直、そこまで考えていることには驚いた。 この状況でそこまで考えられるというのは、やはり道明さんの頭の回転の良さというのを表している。 私では「一番近い場所から」としか考えなかった場面だ。 一つ一つの思考が深く、だからこそどんな場面でも対応できる機転が生まれてくるのだろうか。 道明さんといると、少し勉強になってくる。


『……しかし長峰と離れられてよかった』


 そんな道明さんは、危機回避能力というのも備えている様子だった。




「それで、話って?」


 結局、木本さんを除いた二人のうち一人、山西さんから事情を聞くことにした。 東堂さんは部屋におらず、消去法での選択肢。 山西さんは噂通りの美人で、いきなりの訪問に嫌な顔ひとつせず私たちの話に耳を傾けてくれた。


「実はね、君たちが夏休みに行った旅行で物品の盗難があったんだ。 それの犯人探しを頼まれてしている、君の行動を教えて欲しい、山西優香」


「えーっと、いきなりそう言われても……」


「あー、すまん。 夏休みに一度この辺りに来ているだろう? 覚えている限りのことを教えてほしいんだ」


 なんとなく、秋月さんがこの場にいる理由というのが分かったし、道明さんが対人関係に慣れていないということも分かった。 道明さん自身は私のようにコミュニティ能力に難がある、というわけではない。 だが今のを聞いて分かったのは、彼女は会話という行為そのものを苦手としているのだ。 自分が理解していることを相手も理解しているとして、話を進めている。 もちろん要点を掴めば分かるものだが、いきなりでこれは少し難易度が高いと言える。 と、評している私は後ろで会話を眺めているだけだが。 それこそ私が間に入れば余計ややこしいことになりかねない。


「つまり、その旅行中に誰かの物が盗まれたってこと? わたしは何も聞いてないけど……」


「山西が聞いている、聞いていないというのは問題じゃないんだよ。 君はただ行動を話してくれれば良い……いたっいたたたたっ!」


 そこまで話したところで、秋月さんが道明さんの頭を鷲掴みにした。 私ですらマズイと思った態度だ、秋月さんが力づくで止めたのは正しい判断である。 見ていた山西さんは苦笑いしつつも、道明さんの態度に文句を言うことはしない。 大人な人だ、という印象を受ける。


「盗まれたのは桐山のアクセサリーだ。 紛失した時間的に、盗難の可能性が高い」


 と、秋月さんは迷わずに名前を明かし、山西さんに尋ねる。 山西さんは驚いたように目を見開いて、そのあとに口を開く。


「……本当に?」


「嘘ではありません。 それで道明さんに依頼が行き、その道明さんの依頼で私たちが協力しています」


「だから直美、なんかよそよそしかったのかな。 うん、分かった。 それなら協力するよ、行動を話せばいいんだよね?」


「助かります」


 山西さんは私に向けて言い、旅行での行動……アクセサリーが紛失したことに気付いた夜からの行動を話し始めた。 ゆっくりであったものの、細かい部分も思い出しながら話してくれたということもあり、山西さんの大体の行動は掴めた。 それらを要約すると。


 まず、前日の夜は浜辺を五人で散歩していた。 そのときは桐山さんの首にはアクセサリーがつけられており、記憶としては確かなものだという。 街灯によって時折反射しており、それが印象深かったと。


 次の日、思い返してみるとそのときから桐山さんはどこか様子がおかしかったという。 周囲を警戒しているような、どこか余所余所しい態度で……口数もかなり減っていた、とのことだった。


「整合性はあるね。 犯行が行われたのは二十二日の夜、就寝前とのことだった。 次の日の朝の態度にも筋が通る」


「そうですね。 山西さん、寝る前の行動を詳しく思い出せますか?」


 私が尋ねると、山西さんは少し考える素振りを見せながら口を開く。


「子供みたいなことだけど、みんなで枕投げして……そのままそろそろ寝ようってなったよ」


「問題はそのときにアクセサリーがあったかどうか、ということか。 しかしそれなら、枕投げをしているときに紛失したというのは?」


「そこも気になるね。 普通なら今秋月が言ったように考える、だが桐山の考えは「誰かが盗んだ」という結論になっている。 それ相応の理由があるのは間違いない」


 この問題、予想以上に複雑だ。 まだ山西さんの話を聞いた限りだけれど……桐山さんがその思考になった理由、というのが重要な気もしてくる。


 一人に傷が付き、それが波及する。 友人同士というのは楽しみも幸せも共有できるものだ、しかしそれと同じで、痛みというのも共有してしまうのかもしれない。


「あ、道明さん、私からも依頼があるの」


「悪いけど、これ以上は受け付けられないね。 それに僕への依頼はしっかり投函してもらわないと……」


「簡単なことだから。 もしも犯人が分かったら、犯人がいたら、教えて欲しいの」


 山西さんは言うと、道明さんに頭を下げる。 それを見た道明さんは困ったように頭を掻くと、深くため息を吐きながら返事をした。


「……分かった、でも依頼料は貰うよ。 テスト前に教科のノートを僕に貸し出す、君の頭なら問題ないだろう?」


 ……なんだか不正な取り引きが行われている匂いがする。 もしや、道明さんは桐山さんにも同じような提案をしているのだろうか。


「それくらいならいくらでも。 道明さん、秋月さん、冬木さん……お願い。 もしも犯人がいるなら、私許せないから」


 声が聞こえた。 山西さんは怒っている、その犯人に対して。 その気持ちを私は受け取り、大きく頷いた。 山西さんにとって桐山さんは大切な友人なのだろう。 だから自分のことのように、怒っているのだろう。 人と人の繋がり方は様々で、それは友人同士でも同じことが言える。 山西さんにとって桐山さんという存在は、かけがえのない人なんだということは確かに伝わった。

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