第27話『束の間の休息?』

「道明さんならどうにかできるって、信じてるから」


 桐山さんとの話し合いは思いの外スムーズに進んだ。 私や成瀬君、長峰さんが同席していたことに関しては何も言わず、成瀬君の予想通り既に水原さんから話は行っていたのだろう。 そして、桐山さんからある程度の情報収集を終え、一旦探偵部の部室に戻ろうと立ち上がったところで、最後に桐山さんはそう告げたのだ。


「問題ない、桐山直美の依頼はこの僕が引き受けたんだ、必ず解決すると約束するよ」


 すぐさまそう返す道明さんからは、絶対の自信というものがあって……もしかしたら道明さんにはもう、ある程度の目星が付いているのかもしれない。 そんなことを思いつつ、私たちは茶道部の部室を後にしたのだった。




「これで大体の情報は揃った、あくまでも話を聞いた上で仕入れられた最低限の情報だが」


 その後、探偵部へと戻った私たちは道明さんの話を聞いていた。 隅から運んできたホワイトボードに今回のことをまとめながら、その話し合いは進んでいた。


 依頼者は桐山直美、紛失したのはネックレスで、先端は輪っか状になっている。 その小旅行に参加していたのは桐山直美、水原雪、笹本ささもと千夏ちなつ山西やまにし優香ゆうか木本きもと葉子ようこ東堂とうどう璃子りこの六名。 宿泊施設には清水荘を使用し、八月二十日から二十三日まで滞在。 アクセサリーの紛失に気付いたのは八月二十二日の夜、就寝前。 旅行中の出来事であり、同室していた五名の中に犯人がいると推察される。 最後に確認したのは周辺を観光していた前日の夜で、そこから当日の夜までに紛失している。


 まとめられた内容は、そんなところだ。 一日の間になくなったということは、六人の行動を辿れば犯人はだいぶ絞り込むことができるだろう。


「僕が知っている限りの印象、性格だけど」


 道明さんは言い、ホワイトボードに書き連ねられた名前の下に箇条書きで文字を並べていく。


 桐山直美 大人しめ、周囲に付き従うことが多い。


 笹本千夏 活発、声が大きい。


 山西優香 美人?


 木本葉子 大人しめ、桐山と同じタイプ。


 東堂璃子 軽くヤンキー、若干キツイ性格。


「すげえ適当だな……同じクラスじゃないのか、そいつら」


「同じだよ、けど特別観察したこともないしね。 グループのリーダーは東堂で間違いはない、彼女はクラスでも中心的存在だからね」


 成瀬君の言葉も最もなものだが、逆の立場になったとしたら私も成瀬君もきっと似たようなことになっているだろう。 それが意味することは、道明さんもまたクラス内に溶け込めているわけではない、ということだ。


「東堂さんならある程度顔見知りだけど」


「私も彼女のことなら少しは。 数回、絡まれたことがある気がします」


「まぁ、要するにそっち系ってことか」


 それもまた昔の話だ、今となっては私に積極的に絡んでくるような人はいないし、物理的な被害や精神的な被害もだいぶなくなった。 転換期となったのは、長峰さんとの和解だろうか? 高校生ともなれば心身ともに成熟を始めている、それもまた関係していそうかな。


「冬木は良いのか、そいつとも話すことになりそうだけど」


「構いません。 長峰さんとの決着はついたので、それだけあれば他はどうでも良いですから」


「……んん! で、道明さんは犯人の目星とかもうついてるの?」


 長峰さんが私の言葉からすぐさま咳払いをし、言う。 風邪、というわけではなさそうだけれど……。


「さすがにまだなんともだね。 容疑者はこの五人の中の誰かと見て間違いはないが」


「できれば水原じゃなきゃいいけどな」


 もちろん、容疑者の中には水原さんも含まれる。 成瀬君の言葉は最もで、小学校からの仲となればそう思わざるをえない。 しかし私も成瀬君も良く知っているはずだ、人は容易く嘘を吐くし、人を容易く傷つけてしまうと。


「僕は逆に水原が一番怪しいと思うけどね。 付き合っている期間が一番長く、それはつまり動機になり得る切っ掛けが得られやすい。 桐山の性格や行動も熟知しているだろうし、僕たちの捜査にも協力的。 怪しいだろ?」


「まぁ水原さんだったとしてもそうじゃなかったとしても、人の物を取るなんて許されないでしょ。 後は調べるだけ調べて、犯人を桐山さんに突き出して終わり。 でしょ?」


 長峰さんは場をまとめる能力というのが非常に高い。 私や成瀬君、秋月さんに……この場で言えば道明さんは、人との関係というものが限りなく薄い部類に当たる。 だからある程度集まったとき、場をまとめてくれる長峰さんの存在というのはとてもありがたかったりもするのだ。 秋月さんもやる気さえ出してくれれば能力自体はありそうだが、問題は面倒くさがりという性格である。


「そうだね、それに変わりはない。 ともあれ動くのは今週末からだ」


「先に聞き込みはしないんですか?」


「先にするとアリバイを作られる可能性がある。 何も犯人は一人とは限らない、複数人居た場合のことを考えると、自由な時間が限られてる臨海学校中に始めるのが確実だね」


 なるほど、複数人……共犯がいるというパターンは考えていなかった。 確かに通常授業の日だと、放課後も授業の合間も接触できる時間は大いにある。 が、臨海学校中であれば朝から夕方まで、携帯を持っていくことはできず宿泊地に置いていくしかない。 もちろん基本はクラス単位での行動で、そこでアリバイのための話し合いをするというのはかなり目立つ。 共犯がいる場合、それでかなりの動きを制限できるということだ。


「となると、私たちが動くのも臨海学校始まってからってことね。 あーなんか一仕事終えたってカンジ」


「まだ殆ど何もしてないだろ……嵐の前の静けさとかにならなきゃいいけどな」


 そうやって口にすると本当にそうなりそうで、少し怖い。 特に話の流れが一つ間違えれば大事にもなり得る案件だ、細心の注意を払わなければならないだろう。 けれど、束の間の休息というのは事実。 ここ数日、色々なことが重なって常に動かしていた頭を休めるには良い機会かもしれない。


「では、週末まではひとまずお休みですか」


「そういうことになる。 僕は別件もあるし暇はないけどね、君たちは思い思いに過ごすといいよ」


「思い思いねぇ。 って言ってもいつも通りクラス委員室で暇潰しするくらいか」


 私と成瀬君はそのサイクルになるだろう。 長峰さんも別の友人と遊ぶか、気が向けばクラス委員室を訪れるというサイクルになると思う。 一旦ここでいつも通りの形へと戻るわけだ。


「ああ、そういえば成瀬、北見が君を探していたよ」


「ん、そうなのか」


「急いでいる感じだったから、急用かもしれないね」


「分かった、ちょっと行ってみる。 冬木も来るか?」


 言い、成瀬君がこちらへ顔を向ける。 用事があるというのは成瀬君だというのに、私に声をかけたことは妙だ。 それを裏付けるように、成瀬君は目で扉へと視線を動かす。 アイコンタクト、だろうか? 一旦ここは成瀬君の言葉に従った方が良いように見える。


「あ、私はパス。 用事あるから」


「最初から呼んでないけどな」


 またしても戦いの火蓋が切って落とされそうな場面だが、長峰さんは軽く舌打ちをしたのみだった。 最早、二人は単に仲が良いようにしか見えない。 ともあれ私たち三人は一旦道明さんと別れることになったのだった。




「道明が嘘を吐いてた」


「……嘘、ですか?」


 その後、成瀬君は職員室へは向かわずにクラス委員室へと足を向けた。 北見先生は急用があるのではと尋ねたら、返ってきた答えが今の言葉だ。 成瀬君は廊下の先を見ながら、私はそんな成瀬君の横顔を見ながら話を聞く。


「北見が俺を探していたってのは事実だった。 けど、そのあと口にしてた「急用」ってのは嘘だ、だから急ぐ必要はない」


「道明さんが、どうしてそのような嘘を」


「さぁな、何か理由はありそうだけど……そんな嘘を吐くメリットってなんだろう」


 成瀬君の眼には嘘が見える。 そして、その嘘というのは騙す意思がある場合の嘘だ。 本人が勘違いしていることや、長峰さんのように自分にそう思い込ませている場合は嘘として映らない。 それと同じくして、冗談なども嘘として見えるわけではない。 重要なのは本人が嘘だと理解した上で、騙す意思がそこにあるかどうかという話を前に聞いている。 今回で言えば、道明さんは成瀬君を騙そうとし、嘘を吐いたのだ。


「思い当たる理由としては、私たちを追い出したかった……?」


「それなら俺たち三人に対して言えばよくないか? 同じクラス委員なんだし、不審には思わないだろ」


「確かに」


 そうなると、ますます嘘を吐いた理由というのが分からない。 他に思い当たるメリットというのも、今考える限りではなさそうだ。


「何も聞こえなかったか? 道明の思考」


「ええ、何も。 たまに思考を聞けるときはありますが、大体は小難しいことを考えていますね」


「そっか」


 道明さんの思考を読むと、少し疲れるときがある。 彼女の思考はとても特殊で、入り組んでいて、考えている情報量というのがとても多いのだ。 だから私が聞いたとしても、その全てを私自身が処理できず理解することができない、なんてこともある。 一度にひとつ、それが普通の思考だけれど……道明さんはそれを複数こなしている、と言えば分かりやすいだろうか。


「となると、ひとまず北見先生のところに行くしかなさそうですね」


「……クラス委員室で休憩してからじゃ駄目?」


 だからクラス委員室を目指していたのか。 急用だということは嘘だとしても、北見先生が成瀬君に用事があるというのは事実なのに。


「だめです」


 私は立ち止まって言う。 成瀬君を甘やかすと、どんどん怠惰になっていってしまう。 ここはきっちりと提案を却下すべきだ。


「……冬木結構頑固だし、おとなしく従っとくか」


 そうだろうか、自覚はないけれど。 しかし納得してくれたようで良かった、最終手段としてクラス委員室に入れないように鍵を私が持ったまま逃走という手段もあったから。 その最終手段はとても体力を使いそうなので、ひと言で納得してくれたのは私としても喜ばしいことだ。


 というわけで、私と成瀬君は道明さんの嘘を一旦置いておき、職員室へと向かうことにしたのだった。




「あー良かった、丁度冬木さんも一緒ね」


 職員室に入り北見先生を尋ねると、北見先生は成瀬君と私を見てそう口を開く。 どうやら成瀬君に対しての用事というのは、私にも関係することらしい。 そうなると、クラス委員としての仕事だろうか。


「なんか悪さでもしました? 冬木が」


「……」


「……いや冗談だからそんな睨まないで」


 どの口が言うか。 少なくとも悪さをしそうなのは成瀬君の方で間違いない。


「相変わらず仲良いのねぇ。 そんな冬木さんと仲が良い成瀬君にお願いがあってね」


「俺に?」


 私ではなく、成瀬君に。 少し珍しい出来事だ、北見先生はこうして用事を頼むとき、基本的には私に対して言ってくることが多い。 恐らく普段の仕事は殆ど私がしているから、そうなっているんだと思うけれど。 それが今回私ではなく成瀬君ということに引っかかるが……話を一旦聞いてみよう。


「うん。 今週末、臨海学校があるでしょ? それで二人にはクラスのまとめ役、要するに仕切ってもらうわけなんだけど……」


「初耳なんですけどそれ。 冬木知ってたのか?」


 いつもなら、また話を聞いていなかったんですか、と私がツッコミを入れる場面。 が、しかし。


「いえ、私も初耳です」


「へ? あれ? そうだっけ? あはは、忘れちゃってたかも。 てへ」


「殴りたくなってきた」


 ……珍しく意見が一致した。 大事なことを直前に話してくるのは本当にやめて欲しい。


「まぁそれはそれで良いとして。 それで、基本的な進行は二人にやってもらうのよ」


「それ先生が言うことなんですか……いやもう良いけど。 基本的な進行って、それ先生が面倒くさいだけじゃなくて?」


「違うわよ! 生徒同士の親交を深めるため、クラスとしてまとまりを持つため、ええっと他にもいろいろ理由があって、臨海学校はクラス委員がまとめて進行することになってるの」


 この人の適当さというのは分かっているつもりだったが、ここまでとは。 そろそろ教育委員会に訴えることも視野に入れないといけないかもしれない。


「もうなんかいろいろ諦めついてきましたけど、それで?」


 成瀬君が先を促す。 すると、北見先生は私に一度視線を送り、また成瀬君に顔を向けて口を開く。


「クラス委員が全く泳げませんってなったら、まとめ役としてどうなんだってなっちゃうでしょ? だから成瀬君、冬木さんに泳ぎ方とか教えて欲しいの」


「私は泳げますが」


 ……というよりも、その情報は一体どこから仕入れたんだろう。 それよりも大変なことになってきた、実のところまとめ役と聞いて「泳がなくても良いのでは」なんてことを考えていたが、逆だったようだ。 これは非常にマズイ、緊急事態とも言える。 どうにかして水に流さないといけない、泳げない私が水に流す。 案外この駄洒落は面白いかも。


「水に顔付けられない奴が何言ってんだよ……別にそれは構いませんけど、なんで俺? 長峰とかで良いんじゃ」


「長峰さんも泳ぐの苦手だからねー、成瀬君は得意でしょ? 泳ぐの」


「別に得意ってわけじゃ」


 意外な事実。 長峰さんも泳ぐのが苦手らしい、今度それとなく話題にしてみようかな。 そして、成瀬君が泳ぎを得意としているのも意外だ、てっきり私と同じでカナヅチだと思っていた。 いや、私はそもそもカナヅチというわけではないが。 しかし成瀬君に関しては、前にクラス委員室で洗面器に顔をつける、という勝負をしたときに結構長い間顔をつけていた気がする。


「いろいろ知ってるの、先生は。 というわけで成瀬君のお仕事は冬木さんをほんの少しでも泳げるようにすること! よろしくね」


「頼んでいません、一人で大丈夫です」


「らしいっすけど」


「そう? その辺りは任せるけど、しっかり泳げるようにしときなさいねー」


 これはどうやら、週末まで束の間の休息というわけにはいかなさそうだ。 時間は限られている、いきなりの難題が目の前に現れてしまったが……北見先生を恨むのは後回しにし、どうにかする特訓をしなければ。


 とりあえず帰ったら水に顔をつける練習をしよう、そう思う私であった。

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