第26話『とても、特別な』

「まずは協力ありがとう、滞りなく済ませてくれて僕としても助かったよ」


「すげえ偉そうだなお前……」


 その後、意見をまとめた私たちはすぐさま探偵部の部室へと向かった。 室内に居た道明さんに依頼主の正体を伝えると、短く「そうか」と言ったあと、今のように口を開いた。


 毎度のことであるが、執務机に座る道明さんとソファーに座る私たち。 かつては校長室だったということもあり、妙に緊張してしまう空気がある。 道明さんの机の上には何やら資料が置かれており、私たちが来るまでの間は別件の調査をしていたのだろうか。


「これでようやく僕も動ける。 いきなりの依頼だったが、やはり手腕は確かなようだね。 僕が見込んだだけはある」


 ……なんだかセリフが悪役のようだ。 そんなことを思いつつ、私は返す。


「いえ、お力になれたようで何よりです。 それで、折り入ってお話があるのですが」


「ああ、いいよ」


 私が話を切り出すと、道明さんは間髪入れずに口を開いた。 それを受け、成瀬君と長峰さんと顔を見合わせ、私がまた話し始める。


「実は、桐山さんとお話をさせて頂けないかと。 水原さん……水原雪さんから得た情報ですので、桐山さん本人と一度話がしたいんです」


「だからいいよと言っただろ? 君は三度言わなければ分からないタイプかい、冬木空」


「え、っと……」


 どうやら道明さんには既に、私たちがどんな意思を固めどんな言葉をぶつけてくるか、というのが分かっていたらしい。 それも私が話をする前に、まるで私たちの思考が読まれているような、聞かれているような感覚だ。


「ただし条件がある。 今回の件、窃盗犯捜しを手伝ってくれ。 もちろん表立ったことはさせない、恨みを買わせるような真似もしない。 名目上僕一人での調査ということで構わない」


「だから言ったのに……」


 長峰さんはため息を吐きつつ、道明さんには聞こえないようにそう漏らす。 そう切り出せば道明さんがどう返してくるか、ということは大体予想ができていたらしい。 長峰さんの言を借りるなら「聞くだけ損」というわけだ。 そして、その提案をされた際、こちらのメンバーの中には過度のお人好しがいる。


「分かった、協力する」


 成瀬君である。 そしてその言葉を聞き、道明さんは小さく笑う。 これもまた道明さんの予想の範疇、どうやら私たちはうまいこと乗せられてしまったようだ。


 成瀬君の場合、最初の一歩が非常に重い。 しかし切っ掛けさえあれば容易にその一歩を踏み出してしまうし、理由さえあれば迷うことなく手助けをする。 私のことも、秋月さんのことも、長峰さんのことも彼はそうしてきたのだ。 私の場合は特に、あれほど拒絶したというのに彼は深く関わってきた。 本人は認めないだろうけれど、極度のお人好しというのは彼のような人のことを言うのだと思う。


「契約成立だね、それなら桐山直美から話を聞こう。 僕も同行するよ」


 何もかもがお見通し、何もかもが彼女の手のひらの上で踊らされている。 私も実は道明美鈴という人物が気になり、秋月さんや北見先生という数少ないツテを使い調べた。 その結果分かったことは、道明さんは観察眼というのがずば抜けて高いというものだ。 人の一挙一動、それらを精密に見極め情報として処理することができる。 それ同様に頭の回転も非常に早く、柔らかい。 しかしそれは探偵として仕事をしているときで、成績の方はそこまで良い方ではないらしい。


「そういや道明、窃盗の調査を手伝うってのは良いけど具体的にはどうするんだ?」


 立ち上がった道明さんに続き、私たちも立ち上がる。 それとほぼ同時、成瀬君が道明さんに質問を投げかけた。 肝心の調査方法というのは私も気になるところだ、容疑者たちを並べて、犯人はお前だ! ……みたいなことをするのだろうか。


「そうだね、まずは聞き込み。 清水荘の人にも話は聞きたいところだから、そこで長峰の助力を得たい」


「へ、私? 道明さんのためなら良いけど……なんか私そういう役回り多くない?」


「この中なら一番情報を取れそうなのが長峰だからだよ。 キャラ的な話、長峰がアイドル系なら冬木は氷系、成瀬は……無?」


「キャラ的な話なのになんで俺と冬木は属性なんだよ」


「同じような例えにすると悪口になるからだ。 それは嫌だろう?」


 ……氷系。 成瀬君にも似たようなことを言われた気がするが、私はそこまで冷たいタイプに見えるのだろうか。 そんな風に思って接したことはないんだけれど、人間関係というのはやはり難しい。 もっとこう、明るく接した方が良いのかな。


 明るい私というものを少し想像してみて、やめた。 それこそ長峰さんの真似をするのであれば別だが、それは長峰さんであり私ではない。 どうにも明るいキャラというのは難しそうだ。


「てか、俺の無ってのは?」


「個性がないからね」


「なんか死にたくなってくるセリフどうもありがとう」


 ……なんとなく分かる、確かに成瀬君は『無』という感じ。 ただ、無ならこれから如何様にもなれるということを補足しておく。 ただまぁ、成瀬君が急に明るいキャラになったらそれはそれで、とてつもない違和感を感じそうだけれど。 成瀬君が元気よく朝の挨拶でもしようものなら、その日は嵐になりそうだ。


「そう、暗いのよ二人とも。 なんかこう、曇り空みたいな……冬みたいな? 重い雰囲気」


「名前もそうだしな」


「そうそう」


「……名誉毀損で訴えますよ、先に行ってます」


 好き勝手なことを言う二人を放置し、先に部屋から出ていった道明さんにすぐさま付いていく。 そして成瀬君はどうやら自分も馬鹿にされているという事実に気付いていない。 確かに暗いという自覚はあるけれど、それで困っているかと言われるとそうでもないから構わない。


「あの二人の相手は中々大変そうだね」


「頭が痛くなりそうです」


 とは言っても、たった今頭痛の種となりそうな話題が繰り広げられているのは道明さんが原因である。 そうなると道明さん自体もまた頭痛の種となっていて……いけない、考えていたら頭が痛くなりそうだ。 私は思考を振り切るように目頭をつまむ。


「でも、彼は中々面白いよ」


「……成瀬君ですか?」


「ああ」


 道明さんはどこか満足そうに私の横を歩いている。 理由を語るつもりはないのか、それからひと言も話さずにただ少し笑みを浮かべているだけだ。 道明さんには道明さんの考えがあり、それ故に成瀬君を面白いと評価したのかは分からない。


 ……いや、道明さんの観察眼はずば抜けている。 もしや。


「成瀬君は超能力を持っていますからね」


「あはは、冬木は面白い冗談も言えるんだな。 けどそうだね、その可能性もあるにはあるか」


 右手を顎に当て、道明さんは思考を巡らせているようだ。 が、今の反応からしてどうやら成瀬君の能力のことは全く気付いていないらしい。


「超能力を信じるんですか?」


「信じない理由もないだろ? 人はすぐに可能性を投げ出す、もちろん念動力や超自然現象を起こすというのは科学的に無理かもしれないけどね、透視や予知、思考を読んだり未来予知ってことだけど、不可能ってわけでもないさ」


「え、できるんですか?」


「……」


 信じられない言葉を口にし、私はそれを疑う。 他でもない私自身が思考を聞く力、というのを持っているにも関わらずだ。 道明さんはそんな私に対し、口元に人差し指を添えた。 静かにしろ、というジェスチャーだと認識し、私は口を閉ざす。


「あそこの階段を僕たちはこれから登る、すぐ視界に入ってくるのは南城先生だ」


 廊下の先、上へと上がるための階段を指差して道明さんは言う。 南城先生と言えば、道明さんのクラスの担任をしている教師である。 三十代そこそこの男性教師だったと思うが。


 さすがに当てずっぽうか、そう思い、疑いつつも私は道明さんと共に階段の一段目へと足をかけた。 この階段には踊り場があり、完全に二階の様子は伺えない。 まさか当たるわけはない、そんなことを思ったときだ。


「おー道明、別の奴と一緒にいんの珍しいなー」


「仕事でね、協力してもらってるんだ」


「まぁ頑張れよ、名探偵。 それと教師にはしっかり敬語使え」


「いたっ」


 すれ違い様、南條先生は道明さんの頭を軽く叩いた。 私は結局挨拶すらできず、そのまま歩いて行く南城先生の背中を見る。


「どうして分かったんですか?」


 ようやく私は向き直り、道明さんへと疑問を投げかける。 道明さんはというと、叩かれた頭を抑え、涙目になりながら私へ顔を向けた。


 ……一瞬長峰さんの「人形みたいでかわいい」という言葉が頭を過ぎった。 危ない、分かってしまいそうだ。


「まったく暴力教師め……質問が多いな、冬木空。 簡単な話、情報だよ」


「情報、ですか」


「得ている情報を繋げる、探偵の基本さ。 時間と、教師たちの行動、日付、今日の出来事、それらを全て統合し考える。 人間の生活ルーチンというのはある程度決まっているんだ、僕や冬木の場合なら朝起きて家を出て学校へ行く、といったようにね」


「ですが、それでもばらつきというのは生まれますよね」


「もちろん多少のズレはある、だが癖というのは中々どうして侮れないんだよ。 それは君にもあるし、成瀬や長峰にもある。 担任教師ほど毎日顔を合わせるような相手なら、その日その日のルーチンさえ把握していれば後は癖を見ることで行動なんて予想できるんだよ」


 ある意味、それもまた超能力のようなものなのかもしれない。 私や成瀬君が持っている力が偶然手にしたものなら、道明さんのそれはまさしく自分の力で手に入れたものだ。 周囲の人間を常に観察し、行動を覚え、癖を見抜き、予測する。 ひとつひとつの些細なことですら、道明さんの前では貴重な情報となって繋がるのだ。


「苦労とかはしないんですか、その力で」


「……君も大概不思議ちゃんだね、普通はこの場合「凄いですね」って返事が来るものだとばかり思ったよ」


「それは思いますが、そこまで秀でていると逆に大変なことはないのかな、と」


「ない、と言えば嘘になるかな」


 声色が少しだけ沈んだ。 そして、道明さんは続ける。


「僕はさ、人に認められたい。 承認欲求っていうのかな、それが強いんだと思う。 小さい頃からずっとで、人より優れたものを持ちたかった。 幸いなことに僕は周りの人よりも少しだけ観察することに優れていたから、それを鍛えることにした」


「人より優れたもの、ですか」


 確かにそれは、道明さんにしかないものだ。 それを分かっていたからこそ、道明さんはそこに焦点を定め鍛えていった。 きっと、長い間努力を続けたのだと思う。 道明さんの話し方からして、なんとなくだけれど。


「最初は皆が凄いと言ってくれた。 道明に任せれば大丈夫、道明さんは頭がいいのね、助かった、ありがとう」


 少しの間を置いて、道明さんは自虐的に笑う。 印象深い表情だ、いつも明るい彼女にしては、珍しい。


「僕は知らなかったんだ、尊敬、賞賛というのは常に嫉妬と紙一重ってことをね。 ニュースでたまにあるだろ? 一般市民が川で溺れている人を救助! なんて。 多くは褒められ、讃えられる。 でも、そんな中でも罵る人たちは存在する。 極端な話、どんな英雄譚でも神話でも、それに嫉妬する人はいるんだよ」


「……道明さんも、同じだと?」


 私が尋ねると、道明さんは答えもしなかったし反応もしなかった。 だが、唇を一瞬噛むようにしていたのが目に映る。


「皮肉なものだよ、誰かの必要となりたくて、誰かに認められたくて頑張ったのに、僕は結局一人になったんだから」


「探偵部のことですか」


「皆良い奴らだったよ、嘘じゃない。 ただ僕がおかしかっただけさ」


 嘘か本当か、それは成瀬君でなければ分からない。 道明さんには道明さんの理由がある、一人になった今でも探偵部として続けているのは、心の奥底にあるのは私がかつて持っていたような願望なのかもしれない。 人は一人では生きていけない、ここ最近、私の身に起きた多くの出来事でそれは学んだ。 もしも成瀬君がここにいたら、彼は彼女になんて言葉をぶつけていただろうか? それは私には分からない、分からないけれど……彼女のことを助けるために、動こうとしていたのは間違いない。


「いい具合に私情を話していたら到着だね。 というか、成瀬たちはどれだけ歩くのが遅いんだ」


 考え事をし、道明さんの言葉で顔を上げる。 そこに居たのはいつもの道明さんだ、大きな瞳に長い睫毛、小さい背丈がまるで人形のような彼女は、不満を述べながら廊下に視線を投げていた。


 いつか、言えるだろうか。 目の前にいる彼女に対し、友達だと。 これからもう少し一緒に過ごし、もう少し話し、もう少しお互いを理解したら、言えるだろうか。


 ……いや、そうじゃない。 私は怖いだけなんだ、一歩を踏み出すというその行為が。 もしも否定されたら、拒絶されたら、私はきっと傷付くだろうから。 友達になったとしても、思考を聞いてしまう力のせいでその後が怖いから。 だから私は「いつか」なんて言葉を使ったんだ。 一生来ない、いつかという言葉を。


 思い出した。 彼は最初から遠慮なんてしなかったと。 私がいくら拒絶しても、否定しても、彼は絶対に退かずに私に近づいた。 似たような力を持つ同士、怖かったはずなのに、それでも。


 いい加減しっかりしろ、冬木空。 今一歩を踏み出さなければいつ踏み出すというのだ。 怖くても、怖くても、怖くても、次なんて言葉はきっとない。 自分の心にもう少しだけ素直になれ。 私は今、彼女と仲良くなれればと、そう思っているではないか。


「道明さん」


「ん?」


 思いの外、恥ずかしかった。 思いの外、緊張した。 けれど思いの外、言葉はすんなりと出てきた。


「……私は道明さんと友達になりたいと思っています。 なので、一人ということはありません。 私は道明さんのことが好きです」


「……へ? あ、ああ。 なんか告白みたいな言い方されると照れるんだけど、ありがとう」


 どうやら、私の言い方は思いの外告白のようだったらしい。 だけど道明さんは頬を掻きながらも、私が差し出した右手を握り返してくれた。 きっと、多くの人はこのやり取りをもっと早く経験していたのだろう。 周りから見たら馬鹿みたいなことでも、意味なんて何一つない一歩だったとしても。


 私にとってのその一歩は、特別だった。

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