第25話『犬猿の仲』

「ってわけで、水原から大体の事情は聞けた。 依頼したのは道明と同じクラスの桐山きりやま直美なおみ、おとなしめの女子で水原とは小学校からの仲らしい」


 休み明けの月曜日、成瀬君からの連絡があり、私たちは例のごとくクラス委員室へと集まっていた。 と言っても、わざわざ集まるように言わなくても放課後は用事がなければここに集まるというのが通例にもなりつつある。 私と成瀬君はクラス委員会ということもあり、特別用事がない場合は居なければならない立場で、長峰さんは補佐ということもあり幾分自由であるものの、最近は顔を出すことが多い。 それに今回であれば、道明さんの依頼というものがある以上、集まるのは必然だ。


「よくすんなり話聞けたね。 ぶっちゃけあの子からそんな話聞けるって思ってなかった、無口だし」


「わりと普通に話してくれたぞ。 たぶん悪い奴じゃないと思う、お菓子もくれたし」


 ……餌付け?


「信頼するのは良いけどねー、それで水原さんが犯人でしたってなったらどうすんの? 道明さんなら容赦なく叩くよ」


 人は思っている以上に容易く裏切る。 それは成瀬君もよく分かっていることだろう、だからそこまで本心から思っているというわけではない。 あくまでもファーストコンタクトを取った段階では、ということ。 そして成瀬君がそう判断したということは、簡単に嘘を吐いたりするような人でもなかったのだろう。 そう考えると、成瀬君が言った「悪い奴ではないと思う」という言葉も筋が通る。 最も、前の校外学習のときも餌付けをされていたから警戒しないといけないかもしれない。


「その判断は道明に任せるしかないだろ。 それにまだ犯人が見つかるって決まったわけでもないし」


「道明さんなら見つけるよ、絶対に。 それでこれからどうするの? 桐山さんなら茶道部だから、行けば話くらいは聞けそうだけど」


 長峰さんは言うと、私の方に顔を向ける。 あくまでもその判断をするのは私なのだろうか。 確かに成瀬君と同時期にクラス委員になっているし、クラス委員としての仕事に率先して取り組んでいるのは私の方だという自覚はあるけれど。 それは成瀬君がサボりがちというだけで、何も褒められたものではないのに私が指揮を執っていいものなのか。 端的に言うと、成瀬君が反面教師となっているおかげで、相対的に私がよく見えているだけでしかない。


「……なんかすげー馬鹿にされてる気がする、気のせいかな」


「馬鹿にしているというよりは、ただ事実を考えていただけです」


 ここで気のせい、と言えば成瀬君には嘘だとバレてしまう。 だから私は嘘にはならない範囲の対応をし、それから長峰さんへと顔を向ける。


「本来私たちがする仕事というのは、依頼主を探し出し道明さんに伝えるということです。 桐山さんという方に私たちがお話をする理由はないのでは」


「ま、桐山さんとしてもそっちのが良いかもね。 誰かに知られてるってだけで嫌なことでしょ? それなら黙って道明さんにだけ報告してめでたしめでたし。 私はさんせー」


 長峰さんとしては、道明さんの依頼を完全に遂行したいという想いが強いのだと思う。 私と同じで、道明さん側の立場というわけだ。 それこそ今回に関して言えば、桐山さんは自らの素性を伏せて道明さんに依頼したのだ、得体の知れない相手に知られているとなれば、道明さんの評判にも影響しかねない。 しかし、そこで口を開いたのは成瀬君である。


「いやでもな……話を聞くだけなら良いだろ。 水原から桐山に話が行ったら、桐山からしたらそれなのになんのアクションも起きないって方が気味悪くないか?」


 成瀬君はどちらかと言えば、水原さんや桐山さんの立場になっての提案だ。 依頼をこなすというよりも、当事者たちの気持ちを汲み取っての言葉のような気がする。


「だから、話ってのは聞くだけ損って言ってるじゃん前も言ったけどさ。 もしかしてその歳でボケてるの? かわいそ」


「誰がいつお前の考えを尊重したんだよ。 俺がそのときお前の意見を肯定したか? 長峰の方こそボケてるんじゃないのか?」


 睨み合う二人。 仲が良いのか悪いのか、ここで私が「お二人は仲が良いんですね」と冗談交じりで口にすれば、矛先は間違いなく私に向いてくる。 しかしこの状況、私はどう出るべきか……。 今までこうして、目の前で意見が対立している人同士の間に入ったことはない。 というよりもこんな機会なんてなかった、友達なんていなかったし。


 ……いけない、考えたら悲しくなってきてしまった。 それよりも今は目の前の問題をどうするかだ。 この場合の目の前の問題というのは、道明さんの依頼の件。


「大体、お節介が過ぎるの。 冬木さんにもうざがられてるんじゃない? 陰キャラのくせに」


 道明さんの。


「人のこと言えるのかよ、アイドル気取り」


 ……依頼の。


「はぁ!? 何がアイドル気取りよ! 誰がどう見たってアイドル! そこ間違えないでくれない!?」


 件。


「怒るところそこかよ……」


 ……さて、この小学生のような言い合いをどう収めようか。 こういうとき、いつも止めてくれるのは秋月さんである。 しかし彼女が忙しい今、どうにかしなければならないのは私の役目だ。 とは言っても、私の言葉が果たして今の二人に届くだろうか? 否、届かない。 となると、本当に放っておくしかない……でも、どちらにしても道明さんに報告するのは早めの方が良いということは間違いないか。


 そうだ、一つの手段がある。 あまり気が進む方法ではないけれど、ここは一つ最終手段に出るしかない。


「……んん」


 私は一度咳払いをする。 虎の威を借る狐、だ。 人をよく観察しているから、それと同じようにやればいい。


「貴様らいい加減にしろッ! グダグダと面倒臭いッ!」


「ひっ……」


「あ……ごめん」


 日頃から秋月さんのことを見ていて良かった。 そんなことを思う私に怯えたような視線を送る二人を見て、もしかしたら何か間違えたのかもしれないと感じる私であった。




「……えー、というわけで」


「秋月の真似めちゃくちゃ似てたな、一瞬本人居たのかと思った」


「少し黙ってもらってもいいですか、成瀬君」


 自分でしておいてあれだが、恥ずかしい。 もう二度とやらないと心に強く誓う。 あそこまで大きな声を出したのは久し振りのことだ。


「……なるほどなるほど」


「なんですか、長峰さん」


「ん? 学園祭で冬木さん使えそうだなって」


「……」


 何かの演劇、何かの役をやらせる気だ、間違いない。 長峰さんの表情がそれを物語っている、私は断固として拒否する。 学園祭までに長峰さんが忘れていることを願おう。


 そういえば、学園祭は紙送りのあとにあるけれど……話題が全く上がらない。 そろそろ準備が始まっても良い頃なのに……確か学園祭自体は11月の半ばだったっけ。


「……とにかく!」


「あいつ怒ってる?」


「怒ってるわね」


 ……変なところで息が合う二人だ。 そろそろ本当に怒りそうだけれど、ここは心を鬼ならず仏にして我慢。 この二人に付き合っていると、進む話も一生その場で足踏みをしてしまいかねない。 特に成瀬君は話題を脱線させる天才だ、本の話をしていたのに気付いたら朱里さんの話をしている、勉強の話をしていたら朱里さんの話をしている、季節について話をしていたら朱里さんの話をしている、なんてことは日常茶飯事なのだ。


「ひとまず、道明さんに報告をしようと思います。 桐山さんに話をするにしても、その後でも問題ないかと。 それにこの話は元を辿れば道明さんの依頼です、なので先に彼女に話すことで筋を通すべきです」


「……まぁ確かにな」


 私の言葉を聞き、成瀬君はどうにか納得した様子だった。 それを聞き、見て、長峰さんは成瀬君に舌を出してからかう。


「ですが、桐山さんと話すことに関しては私も賛成です。 なので道明さんとはその方向で話を進めようと思っています。 私たちが関わったのも道明さんありきなので、彼女の了承は取りたいです」


 私の言葉を聞き、今度は成瀬君が長峰さんには勝ち誇ったように笑う。 ……お互いの仲が良いことは結構だが、私が仕切っているみたいで少し嫌だ。 どちらかといえば私は流されるタイプだし。


「……喧嘩をするのは結構ですが、最優先は道明さんの依頼です。 二人ともそれは忘れないでください」


「なんか教師みたいだな、冬木」


「たしかに」


 心の中で、切実に秋月さんに助けを求める私であった。

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