第21話『隣町へ』

「日曜に学校来てるなんて偉いって思ったら、そういうことね」


「そうなんです。 私たちとても困ってて……道明さんの手助けしたいなって思ってるんですけど……」


 こういうとき、長峰さんの存在はありがたい。 私や成瀬君では無愛想な対応しかできない場面でその演技と持ち前の可愛らしさで助力を得ることができるからだ。 悪い言い方になってしまうが、媚びを売るということに関しては彼女の右に出る者はいないとさえ思う。


 そんな私たちは北見先生と廊下で出会った後、職員室で話を聞いてもらう流れになっていた。 椅子まで用意され、並んで座る私たちの前には丁寧にお茶も置かれている。


「本当は生徒のプライバシーに関しては守秘義務があるんだけど」


 北見先生は言いながら、クラス名簿を取り出す。 この人ほど守秘義務という言葉が似合わない人もいないだろうな、なんて失礼なことを考えつつ話を聞いていた。


「夏休みに海に行った子で、美鈴さんと同じクラスの子よね。 張本人の子は分からないけど……そういう話なら耳にしているかな」


 もちろん、北見先生にはかなりの情報を伏せて話している。 人探しをしていること、道明さんと同じクラスの人ということ、夏休みに海へ行ったこと。 話したのはその程度のことで、肝心の理由については伏せていた。 アクセサリーの盗難事件、それを言ってしまっては依頼主の人が道明さんに依頼を出した理由というのもなくなってしまう。 あくまでも穏便に済ませるべき話。


「よくお話する子なんだけど」


 そう言いながら、北見先生はとある生徒の名前を指し示した。 その人というのも私たちと同じクラスの人間で、今日の今日話題に上がった人物だった。




「で、誰が話すのよ」


 その人物は、水原ゆきさん。 姉の方ではなく妹の方だ。 ちなみに姉は水原しずくという名前である、今回は妹の方に用事ができてしまったわけだけれど……問題は、その妹と面識がある人物というのがいないところだ。 あの長峰さんですら、あまり話したことがないという。 長峰さんがあまり話したことがないということは、もちろん私も成瀬君もあまり話したことがない。 ……私に関してはひと言も話した記憶はない。


「俺とか冬木が知らない奴相手にいきなり話しかけられると思うか?」


「思わないけど。 でも、私だって水原さんと話したことなんて業務的なことしかないし。 何より下手に絡んで姉の方に言われるのめんどいんだよね、グループ的なしがらみってやつ?」


 そういえば、水原さんの姉とは長峰さんはそれなりに仲が良かったと記憶している。 そして今日、姉の前で妹の話をするなという忠告も私たちにしていた。 ……双子の姉妹でありながら、二人はあまり仲が良くない、というのが考えられるけど。


「あいつと何話してたの? ってか愛莉ってあいつと仲良かったっけ? それならちょっと距離おこうかなー。 はい、成瀬」


「え、なにが?」


「だからそう言われて、しっかり返せるのかって話。 やりようはあるけどめんどくさいでしょーそういうの。 ってわけでパス、協力はしたいけどこっちもいろいろ面倒なことがあるし」


 長峰さんは言いながら、自らの前髪を人差し指で巻いていく。 長峰さんには長峰さんの事情がある、無理強いはできないししたくない。 そうなると私か成瀬君が話をするということになってきてしまう。


「多少なり面識があるのは成瀬君の方ですね」


「……やっぱりそうなりますよねー」


 一応、校外学習では隣同士だったし会話もしていた。 ひと言も話したことがない私よりは、成瀬君の方が向こうも警戒することはないだろう。 成瀬君の性格的にあの日から一切話はしていないだろうけど、ごく一般的に仲良くなる切っ掛けとしては充分……だと思う、たぶん。 自信はあまり、ない。


「ま、最初からそのつもりだったしよろしく成瀬。 私と冬木さんは別件あるから、なんか分かったら教えて。 水原さんを呼び出すくらいはしとくからさ」


「は? え、今から?」


「うん、もちろん」


 まるで用意していたかのように、長峰さんはトントン拍子に話を進める。 ちなみに、私は一切その話を聞いていない。 なので呆気に取られ、何かを言う前に成瀬君がどんどん丸め込まれていく。


「いやけど……いきなり話せって言われても」


「なによ。 良い? 私と冬木さんは今から用事があるの。 場所と時間決めるから話を聞いてきてよ、姉の方にはバレないようにしとくし、告げ口もしないから安心して」


「どうなっても知らないからな」


 と、成瀬君は最後にそんな脅しを長峰さんに入れるものの、長峰さんは全く意に返していない様子でニッコリと笑う。 少し無理矢理な感じもしたけれど、成瀬君は押しに弱い。 それに加えて長峰さんのようにコミュニケーション能力が高い人相手だと、案外言い包められてしまうことが分かった。


 それにしても別件というのはなんだろうか? 成瀬君の反応からして、長峰さんが嘘をついているというわけではないらしい。 私自身は長峰さんからそのような話を聞いた覚えは当然なく、困惑してしまう。


 ともあれ、その後は長峰さんが水原さんの妹と連絡を取り、約束を取り付け、結果は成瀬君が報告するという形で私たちは別れたのだった。




「それで、別件というのは? 私の記憶が正しければ、内容は伺ってなかったかと」


「ん、あーあれね。 いろいろ考えたけどさ、冬木さんの見識を深めようって思ってたの」


「はぁ、見識……ですか」


 そんな私たちは電車に乗っている。 数両編成の短い電車で、神中市から隣街へと行くのに利用することが多い電車だ。 本数は少なく、夜の早い時間に最終となるため高校生でもあまり外へ遊びに行くということはない。 私も当然、今までのことを考えてもこうしてわざわざ隣町へ行くというのは滅多にない。 山の中を通る長いトンネル、窓の外は暗闇が広がっているものの車内は明るい。 横に座る長峰さんの表情もどこか楽しげだ。


 言われるがまま、こうして長峰さんに付いてきた私だったけれど……どうにも成瀬君はうまくやっているのか、ということで心配になってくる。 いや、当然私よりもうまく立ち回ることはできるのだろうけど……心配だ。


「冬木さんって、遊んだことないでしょ? 友達いなかったし」


「……嫌味ですか?」


「そういうのじゃなくて。 一度しかない高校生活、楽しまないともったいないでしょー。 成瀬には悪いけど、思いっきり遊ぼうってわけ」


「え、ですが別の日でも……」


 それこそ、何も急いで済ませなければいけない話でもない気がする。 もっと言ってしまえば、今取り組んでいる道明さんの依頼を片付けてから、それか臨海学校が終わってからでも問題はない。 時間はたくさんあるのだし、今日に限って慌ただしく遊びに行く必要というのは。


「わかりやすいなー冬木さんって。 思い立ったが吉日って言うでしょ? それに明日には死んじゃうかもしれないんだから、今日は今日で精一杯楽しむってのが良いわけ。 それに」


 長峰さんはそこまで言うと、私とは正反対の方向……窓の外を眺めていた。 窓の外はまだ、ただ真っ暗な景色が広がっているだけだというのに。


「冬木さんと二人でどっか行くタイミングとかあんまないからさ、遊びたかったの。 言っとくけど私から誘うって相当レアだからね」


 確かに、長峰さんは誰かに遊びに誘われるという光景は多々見るものの、自ら誘っているというのはあまりない。 それこそ水瀬さんと仲が良かったときくらいのもので、気分屋というのもあるだろうけど……自主的に誘わなくても誘われるから、というのがあるからだと思う。 それほど、長峰愛莉という人はクラスでも人気者だ。


「分かりました。 でも、成瀬君はすぐに気付くと思いますよ」


「あー確かに。 あいつ変に鋭いからねー、今まで話した中でも超やりづらいよ、良い意味でね。 まぁその辺は問題ないでしょ」


 どうやら、長峰さんですら苦手意識というのを覚えていたらしい。 長峰さんも長峰さんで鋭い部類だ、だからこそ成瀬君の眼自体には気付いていないものの、嘘が通用しないということには薄々勘付いているのかもしれない。 正直なところ、長峰さんになら私たちのことを話して良い気もするけれど……それは、逆に長峰さんが接しづらくしてしまう原因にもなってしまう。 できる限り、隠し通しておきたいことだ。


「問題、ありませんかね」


「いざというときはごめんなさいって冬木さんが可愛く謝ればおっけーおっけー。 こうやって唇に指当てて、首かしげて、上目遣いで言えばおっけー」


 言いながら長峰さんは実演する。 あざというような気がしなくもないが、正直可愛かった。 というよりも……謝るのは私なのか。 それに可愛く、と言われても困ってしまう。 私にできるのは、精々頭を下げて謝ることくらいのものだろうし。 自分の愛想のなさというのは、それなりに理解しているつもりだ。 可愛く謝るというのなら、長峰さんの方が今のを見ても余程得意そうにも思えてしまう。


「とにかく今日は依頼のことは一回忘れて遊ぶってこと。 もう電車乗っちゃってるし、帰るにしても面倒くさいでしょ」


「作戦負けですね。 でも、今日だけですよ。 道明さんの依頼はしっかりこなします」


「あったりまえ。 私が道明さんのことをほったらかすなんてあり得ないし。 とりあえず着いたらお昼食べにいこ、前から行きたいとこあってさ」


 ここまで来たなら仕方ない。 成瀬君には悪いけれど、長峰さんの言う通り息抜きというのも大切だ。 息抜きをしないで、毎日毎日息を詰まらせて、そうやって何年も過ごしてきたから……少しの罪悪感を抱きながらも、長峰さんの誘いを嬉しく思っている私もそこにはいた。

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