第20話『できれば、それは』

「ごめん、心当たりもないかなぁ」


「そっか、ありがとね」


 学校の廊下、長峰さんは目の前にいる生徒にそう言うと、軽く手を振りながら見送った。 これで七人目、作戦をまとめた私たちはシンプルに聞き込み調査をしていたのだが……そう単純に依頼主が出てくることはない。 そもそも顔も名前も分からないのだ、無理もない。


「分かってたことだけど、心当たりすらないよねそりゃ」


「せめてもう少しヒントがあればな。 今あるのは……」


 アクセサリーを失くして困っている。 恐らくは女子生徒。 夏休みに海水浴へ行った。 その際に清水荘を宿泊施設として使用。 という点のみだ。 これだけあれば見つけられそうな気もするけど……立て続けに七人が全く知らないという反応をされると、果たして本当に正しい情報なのか疑問に思えてくる。


 と、私たち三人が頭を悩ませていたそのとき。 私のスカートのポケットにある携帯が振動した。 私に連絡をしてくる人は限られている、目の前の二人に秋月さん、成瀬君の妹の朱理さんに比島さんくらいのものだ。


 しかし、誰かと思い取り出した携帯には違う名前が表示されていた。 私の携帯に新たに登録された知り合い……道明美鈴という名前が表示されている。


「道明さんからです」


「タイミング見計らったかのような電話だな」


 私が携帯の画面を二人に見せながら言うと、成瀬君がそう返した。


 まさしくそれだ。 私は少しの間を空け、通話ボタンを押して耳に当てた。


「もしもし」


『やあやあ、捜査の調子はどうだい? そろそろ答えが出た頃だろう?』


「いえ、今丁度行き詰まったところですが……」


『え、行き詰まった? ……うーん、ちょっと待ってね』


 道明さんは言うと、数秒の間黙り込む。 時折「んー」や「あー」と聞こえてくることから考え事をしているのだろうか。 そして、やがて口を開いた。


『僕の予想だと聞き込みをしている頃かな? それで何も成果がなくて途方に暮れている……ってところ?』


「よく分かりますね、正しくそうです」


 これもまた推察なのだろうか? 周りで見ているとは思えないし、改めて道明さんの能力の高さを感じる。 時間と私たちの行動予測、それらから組み立てた推察か。


『固定観念に捉えられちゃダメだよ、大事なのは柔軟な思考と臨機応変な立ち回り。 物事の基本として、その物事がそうだという保証なんてどこにもない。 朝の電車にスーツを着たサラリーマンがいたとして、殆どの人はそれを会社に行くものだと解釈するだろう?』


「……それ以外にあるんですか?」


『あるよ、帰宅中かもしれないじゃないか。 それこそが固定観念さ、自分の中で答えを決めつけるのは雁字搦めにされる要因で、予想はしてもそれを答えとしてはダメだね。 見つけた答えはあくまでも数多とある答えの一つでしかない』


 それこそが道明さんの言いたいことなのだろう。 目の前の出来事が例え大半に収まる形だったとしても、それをそうだと思い込んでしまうのは駄目だということ。 私で例えるなら、私が人の思考を聞いたとしても、それが本当に本当のことなのかは分からないということだ。 あくまでも思考を聞くのが私の力で、人の心を知る力ではない。


「固定観念、ですか」


『今の段階で答えが出てないってことは、そういうことなんじゃないかなっていう予想だよ。 僕なりの答えへの推察はある程度あるけど聞くかい?』


「……いえ、少し自分で考えてみます。 ありがとうございます、道明さん」


『もし分からないことがあったら気軽に聞いてくれ。 もちろん僕も全部が全部分かるわけじゃないけどね』


 とても分かりやすく今の状況に対してのヒントをくれた。 そして、道明さんは今の会話から恐らくは私たちが探している答えをある程度絞りきれたのだろう。 それを教えてくれようとはしたが、私の負けず嫌いな部分が出てしまった。 それか、或いは今取り組んでいる問題を三人の力で解決したいという気持ちからかもしれない。


 ともあれ道明さんとの通話を終え、私は短く息を吐く。 あまり話したことのない人との会話というのは、どうしてこう疲れるのだろうか。 変に緊張してしまうし、うまく言葉も出てこない。


「道明か。 なんだって?」


 そんな私の様子を見ていた成瀬君が口を開く。


「ヒントを頂けました。 固定観念に囚われるな、と」


「どういうこと? それ以外になんかなかったの?」


 私の伝えた言葉に長峰さんが首を傾げる。 この二人との会話はすんなりとできるし、気も楽だ。 成瀬君は私の秘密というものを知っているし、長峰さんは考えたことをそのまま口に出すようなタイプだし。 それとこの場にはいないが、秋月さんも建前と本音があまりにも食い違い過ぎている所為で話しやすい、というのがある。


「あるにはありましたが、断りました」


「……は!? なんで!?」


「答えだけもらうのは嫌だったので断りました。 私たちで請け負った依頼である以上、私たちの力で解決するのが筋かと」


 それと、悔しかったから。 その本音は伏せておいて、私は言う。


「筋って……あー折角楽できると思ったのに。 それに道明さんのありがたい言葉を聞かないとか……失礼だからね、言っとくけど」


 ……どちらかというと長峰さんの道明さんに対する態度の方が余程失礼じゃないか、と思う。 思うだけで口にはしない、口にすれば長峰さんとの言い合いに発展し、そしてその言い合いに終わりが見えなくなってしまうからだ。


「まぁまぁ、それでもヒント貰えただけ良いだろ。 えーっと、固定観念に囚われるな……か」


 その空気を察したのか、成瀬君が割って入る。 長峰さんはまだ文句を言いたげにしていたが、成瀬君が無理やりに話を始めたことによって諦めた様子だった。


「この場合の固定観念ってなんだろう。 依頼主が女子ってのはそうとして……他になんかあるか?」


「本当は依頼そのものがなかったとか?」


「それはないだろ……道明が俺たちに頼んだ意味もなくなるし」


 そこまで根本的なことを間違えているというのはさすがに考えづらい。 依頼はしっかりとあって、依頼主もまたしっかりと存在する。 その上で私たちが勘違いしていること……誤った調べ方をしているのだとしたら。


「……もしかして、道明さんのクラスではない、とか」


「それこそ道明が分かってたなら変じゃないか? 元々、同じクラスの奴とは話しづらいってことだったし……」


「ですから、同じクラスであって同じクラスではない……ということです」


「どういうこと?」


 そう、道明さんが言っていたように依頼主は道明さんと同じクラスだ。 けれど、それ以外が違うのだとしたら。


「その依頼主と一緒に旅館へ行ったメンバーが同じクラスの人とは限らないということです。 そうだとするなら、こうして道明さんのクラスの方たちに話を聞いても意味がないのでは?」


「……あ、そういうことね。 確かに勝手に思い込んでたかも」


「けど、それだとどうすんだ? 道明のクラスに絞れないなら、調べる範囲が広がっただけな気しかしないんだけど」


 成瀬君の言う通り、絞れたと思っていた範囲が広がっただけに過ぎない。 道明さん以外のクラスとなれば、私たちのクラスも当然含まれるし、他のクラスだってそうだ。 これは本格的に難題になってきたような気もする。


「いっそのこと、道明さんのクラスに絞って一人ずつ道明さんに依頼した? って聞いた方が早くない?」


「それが一番手っ取り早そうだな、聞いて回るのどうせ長峰だし、俺は疲れないから賛成」


「おい」


 長峰さんのツッコミが的確に成瀬君の胸を捉える。 ツッコミにしては結構重い音が響いたことと、成瀬君が結構痛そうにしているのが気になるが、長峰さんの提案で行くのが最善かと思われる。 この方法なら時間的なことに関しても問題はない……が。


「わざわざ名前を伏せる人が、素直に聞かれて答えるでしょうか?」


「……言われてみれば。 その子の立場になって考えれば、そりゃそうよね」


 匿名で依頼をしたのだ。 単純に聞いたとして、しかも聞いてきたのが道明さんではなく別の人間だったとして、依頼主は答えるだろうか? 大きな声でできない相談、それが見知らぬ人間に知られているという事実だけで心を閉ざす可能性もある。 少なくとも私だったら、知られたくないことを見ず知らずの人間に知られていたら黙り込む。 嫌な思いというのを……してしまう気がする。 私がいつもしていることなのに、自己中心的な私だ。


『そりゃ自分の秘密的なの知られたらそいつとは口利きたくなくなるな』


 ……ごめんなさい。 しかしどうやら成瀬君も同じようだ。 その部分は安心できる。


『私もお母さんのこととか知られたら最悪だし』


「……ですので、やはり一緒に行ったメンバーから話を聞くのが最良かと。 依頼主を特定できれば、言い逃れができなくなります」


 私の力は、時折聞いてしまう。 聞かなければ良かったこと、聞かない方が良かったこと、そして聞くべきではなかったことを聞いてしまう。 たった今長峰さんから聞こえてきた思考もそのうちの一つ。 だから私はできる限り表情を変えず、声色を変えず、話をあるべき形でまとめていく。 今のはきっと、誰にも話すべきではないことだ。 。 できれば、それは知らないほうが良かったこと。


「問題はそれがどこの誰かか……参ったな、手がかりあればまだマシだけど」


 成瀬君がそう腕を組みながら答えたとき、廊下の奥から見知った人が歩いてきた。 私と成瀬君、そして長峰さんは毎日のように見ている人……北見先生だった。

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