第19話『作戦会議』

 今回の課題は道明さんに依頼をしてきた人物を掴むこと。 臨海学校までにそれを掴む必要があり、私たちは休日を使って調査をすることにした。 メンバーは私と成瀬君に長峰さんで、秋月さんは今日も紙送りの準備らしく、段々とその忙しさに拍車がかかっていると感じている。


 少し寂しさも感じるけれど、それはそれでこれはこれ。 ただでさえ多い負担を増やすことはできず、今回はこの三人で取り掛かることになっている。 そういうわけで、私は照り返すような日射しの中、校門の前で二人を待っていた。


 ……夏は少し苦手だ。 肌を露出させるような薄着も好みではないし、かと言って脱げば暑さが和らぐかというとそうでもない。 着込めば過ごせる冬の方がよほど過ごしやすいとそう感じる。


「お、早いじゃん」


「おはようございます。 長峰さんも早いですね、珍しいかと」


「そりゃ道明さんのピンチなら当たり前でしょ」


 約束の時間まではまだ10分以上ある。 長峰さんと言えば遅れてくるのが当たり前のような気がしていたが、道明さんが絡むとその限りではないらしい。 普段からそうしてもらいたいけれど……。


「それにしてもなんで学校なわけ? 内容からして今回のって女子の可能性が高いんでしょ?」


「道明さんから指示がありまして、調べるなら学校に絞った方が良いと」


「なんでまた」


「時間があまりないのと、休日に学校を調べることである程度の絞り込みができる……とのことです」


「絞り込み……あ、部活とか委員会?」


「はい。 それに平日よりも話を聞きやすいだろうから、繋がるヒントも得られやすいと。 やはり道明さんは慣れていますよね」


 探偵と名乗るだけはある。 道明さんは連絡用にと交換していた私宛にいくつかメッセージを送ってきており、それらはとても参考になるものだった。 そして最後にはどうしても分からなかったら僕がどうにかするから言ってくれ、というものまで付随していた。 しかしそう言われると、私としては諦めるということがどうしてもできそうにない。 成瀬君は時折負けず嫌いだと私に対して思っているが、負けるのが嫌いなのではなく妥協するということが嫌いなのだ。 だから私が成瀬君との勝負事で負けそうになったときに少々抗うのは妥協するのが嫌なだけで、負けるのが嫌というわけではない。 ……と思っている。


「部員全員が嫉妬して抜けちゃうくらいの天才らしいしね、そこがまた可愛いんだけど」


「え、どういうことですか?」


「知らないの? 理事長だっけ、結婚指輪をなくしちゃってそれを見つけたって話」


 長峰さんはさすがの情報網か、その道明さんについての話を始める。 大切にしていた結婚指輪だったとのことで、いろいろな方面でそれを探していたらしい。 それは探偵部の耳にも入り、当時十人ほどの部員で探し回った。 道明さんもその中には含まれていたが、入ったばかりの一年生に任されるわけもなく、部室で留守番をしている日が続いていた。


 一週間ほどが経過し、その指輪探しは結局諦められてしまった。 それを道明さんは耳に入れ、単独で調査をしたという。 その結果、驚くべきことに指輪をたった一日で見つけ出したのだ。 それも神中山の山中、探偵部が気にも留めなかった場所らしい。 しかしこの場合、見つけ出したというよりも見つけ出してしまった、というのが正しい。


「理事長に趣味とか聞きに行ったらしいよ、それでアウトドアが趣味って知って、そこから芋づる式に情報引き出して、場所を絞り込んで……って。 でもさ、そんなことしちゃったら探偵部の他のメンバーは良い気分じゃないでしょ」


「入ったばかりの新入生にとなると、そうかもしれませんね」


 秀でる者は杭を打つかのように叩かれる。 道明さんの場合、それは周囲から取り除かれるということで決着した。 探偵部のメンバーは全員が抜け、残されたのは道明さんのみ。 それが意味することは……。


「校則で、部活動は三人からでしたよね」


 創設するには三人が必要。 途中で抜けたりなどして人数が減った場合、年度が変わっての新学期から一ヶ月後に定員以下のところは全てが廃部となってしまう。 このままでは探偵部もまたその対象となってしまうのだ。


「……いざというときは私が入ってあげれば解決! あと一人適当に引っ張ってくればいいし、何より毎日道明さんを抱き締められるって……へへ」


 危ない顔をしている。 長峰さんにそんな一面があるというのも結構な秘密な気がするが、それよりも道明さんの命が危ない。 彼女がそのことに関して私たちに頼んでくるかは分からないけれど……もし頼まれたとしたら、全力で手伝おうと心に誓った。


「あれ、長峰今日は早いな」


 と、二人でそんな話をしていたところに成瀬君が現れた。 約束の時間よりも結局三人ともに集まるのが早く、今日の調査には充分な時間が割けそうだ。


「今日はってなによ今日はって。 私が来た時間が集合時間なわけ、だから成瀬遅刻だからね」


「それを自信満々で言えるお前がすげえよ」


 ……成瀬君と長峰さんはわりと仲がいい。 成瀬君はしきりに長峰さんは苦手だと口にしているが、私には生憎それが嘘か本当かは分からない。 タイミングさえ合えば思考を聞いてしまう力だけれど、それはなんだか、ズルい気が少ししてしまう。


「当たり前の話でしょ。 私が白って言えば黒でも白になるの、常識だから」


「なんかいつの間にか知らない世界に来たみたいだな、異世界にでも来てんのか俺」


「あの、それよりも調べ始めませんか? できる限り多くの人の話を聞きたいので……」


「ん、あーそうね。 いこっか」


 私がいつまでも続きそうな会話に口を挟むと、長峰さんはそう言って歩き始める。 成瀬君はというと不思議そうに私の顔を見ているのだった。




「というわけで作戦会議ね」


 それから私たちが向かったのはクラス委員室。 いきなり闇雲に探すのは無理があると成瀬君が言い出し、長峰さんがそれなら一回クラス委員室に行かない? と言い出し、流されるがままにクラス委員室へと辿り着いた。 しかし方法としては良い方法だと思われる、どのように調べていくかの方向性をまとめたほうが効率的に動けるだろうし。


「これ、道明さんのクラスの名簿。 女子に絞ってだと約半分だから、そこまで多くはないかな」


「お前そんなのよく手に入れたな……凄い通り越して怖いんだけど」


 成瀬君が若干引いている。 道明さんのこととなれば長峰さんは考えられないほどに能動的に動いている、いつもこのくらいの長峰さんだったら物凄いリーダーシップを発揮してくれそうだ。 が、もちろん彼女に依頼したとしても拒否するに違いない。


「うるさい。 この中で部活か委員会に所属してる子に絞ると……このくらいかな」


 長峰さんが名簿に丸を付けていく。 その紙を私たちが囲む机の中心に、向かい側に座る私たちに見えるようにと置いた。


「十人ですか」


 少なくもなく多くもない。 部活動に所属している人は少ないが、委員会の方は多いという印象だ。 しかしそれだと今日話を聞ける人の数も少なくなるかも。


「グループはどんな感じになってるんだ? 道明のクラスの」


「グループ?」


 成瀬君の問いに長峰さんが首を傾げる。 その動作を見て成瀬君が再び口を開いた。


「ほら、俺たちのクラスだと俺と冬木と秋月とか。 長峰はわりとどことも仲良くやってるけど、なんか目立ちそうな男のグループとか、ゲームの話よくしてるグループとか、あるじゃん」


「あーそういうことね。 てか名前だしてよ……今の言い方でも大体分かるけどさ」


 そうは言われても、成瀬君は絶対に名前なんて覚えていないだろう。 私もそうだけれど、少なくとも成瀬君よりかは記憶している自信がある。


「目立つグループは渡邊わたなべ君たちでしょうか。 女子の方だと戸部とべさんたちですね」


「まぁたしかに、仕切ってるの大体その二つだね」


 クラスの中心的グループというのはその二つ。 というよりも、その二つは厳密に言えば一つのようなものだ。 男子と女子で分かれているだけで、二つ共に一緒に行動していることが多い。


「で、成瀬とか冬木さんの省かれ者グループ」


「省かれ者って。 俺たちは自主的に省かれてるだけだからな」


 ……私は別に自主的に省かれているわけではないけれど。 まるで私も仲間みたいな言い方だ。


「あとは一匹狼的なので言うと水原さんとかかな。 冬木さんとは違ったタイプだね、あの子は」


 長峰さんが言うと、成瀬君は誰だろうといった顔をしていた。 覚えていないのかもしれないが、校外学習のバスのとき、成瀬君の隣に座っていた女子のことだ。 口数少なく誰かと一緒に居るというところは見たことがない。 秋月さんとは違って社交的でもなければ、まるで居ないかのように扱われている人である。


「覚えてないの? ショートで茶髪の子」


「……ああ、お菓子女か」


 お菓子女って。 また随分酷いあだ名を成瀬君は付けているようだ。 水原さんに聞かれたら殴られかねない。


「水原さんに関しては前までの秋月さんとか冬木さんみたいな感じ。 本人のタイプは違うけど、グループ的にはね」


 ところで、もちろんと言えばもちろんだけれど、長峰さんは戸部さんたちとよく話している。 どちらかというとそのグループでの中心人物は長峰さんで、長峰グループと言った方が分かりやすいかもしれない。 もっともその中心人物である長峰さんは最近、私たちと行動を共にしていることが多いが。


「あれ、でも校外学習のとき俺たちと一緒の班にいたよな? 水原ってやつ」


「それは姉のほうでしょ、水原姉。 私が言ってるのは妹のほう」


「双子だったんですか、あのお二人は」


「……いやいや、今更そんなこと言わないでよ冬木さん」


 と言われても。 同じ苗字なんだという感想しかなく、それに水原さん姉妹が話しているというところも見たことがない。 しかしそうなると、とても対象的な二人ということになってくる。 姉の方は長峰さんのグループにいるわけだし……。


「ちなみに成瀬、言っとくけど姉のほうに妹のこと聞いたら怒られるから」


「……別に聞いたりしないけど。 なんでまた」


「さぁ? 双子が全部仲が良いってわけじゃないでしょ、そんなことより話逸れすぎ」


 言い、長峰さんは机をバンと叩く。 確かに成瀬君と話しているといつも話が逸れていく、気付いたときには大事故だ。 今日もその例に漏れず、気付けば随分と時間が経ってしまっていた。


「ええっと、なんの話だっけ」


「道明さんのクラスのグループについてです、長峰さん」


 長峰さんの秘書のように私は補足していく。 成瀬君がほぼ同時に「秘書とか似合いそうだ」と考えていたことについては触れないでおこう。


「ああそうだったそうだった、ええっと……グループについて話してどうするんだっけ?」


 ……こうして結局、その作戦会議は振り出しに戻るのだった。

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