第13話『その人の眼に映るものは』

「お兄さん少し遊んでそうなのに、ジャズとかやってるんですねー。 私そういう渋カッコイイ人好きかも!」


「あはは、照れちゃうな。 でも格好良いって言うなら断然比島の方かなぁ、無愛想だけど」


 そしてその日はやって来た。 お互いに時間を合わせ、当事者である瀬谷との接触の日。 仲介人となってくれた八藤さんと楽しげに話しているのは長峰である。 猫をかぶる……というよりも長峰の場合は猫になりきるか。 あのコミュ力は俺や冬木には決して得られないものというのは間違いない。


「はいはーい! 私渋いおじさんも好みです!」


「比島はそこまで年上ってわけでもないよ、28だから目の前で言ったら怒られるよ」


 ……比島さん28歳なの!? 貫禄というか雰囲気がめちゃくちゃ重たいからもう少し行っているものだとばかり。 そして俺の横を歩く冬木も少し驚いている、お前まで驚くな。


「そういえば、君は秋月さんだよね? 今年の紙送りも楽しみにしてるよ」


 と、八藤さんは秋月に顔を向けて言う。 この辺りでは紙送りを知らない者はいないというほど地域に根付いている伝統的なものだ。 歴史を辿ると数十年、百年という単語が出てくるほどに長い歴史を持っており、その伝統の儀式で紙送りの舞を踊るのが秋月の仕事だ、プレッシャーは相当なものだろう。


「見に来てくれているんですか、ありがとうございます」


「そりゃそうだよ、あれが終わると冬が来るなって思えるし、子供の頃からずっと見て来ているものだしね。 俺は好きだな」


 それを聞き、秋月はどこか嬉しそうにしていた。 秋月自身、忙しくなればなるほどに面倒だと感じるようではあったが、伝統的な紙送りはこなさなければならないとも同時に感じているのだろう。 そして、それについてのことを好きだと言ってもらえるのは素直に嬉しいのかもしれない。


「ところでさ、成瀬」


「はい?」


 俺が進んでいく話を聞きながら歩いていたところ、八藤さんは俺の耳に顔を寄せて小声で話しかけてくる。


「美人三人といつも一緒とは、前世でどんな徳を積んだのかな」


 ……美人三人。 確かにそれは言えているが、どちらかというと俺の前世は悪行三昧だった気がしなくもない。 長峰になじられ、秋月に殴られ、冬木に調教されている。 冬木はまだ可愛げがあるから良いが、長峰や秋月を怒らせると本当に死ぬことになる。 前者の場合は社会的に、後者の場合は肉体的に。


「どうかしましたか?」


 秋月と長峰は既に二人で会話を始めており、冬木は俺と八藤さんが何かを話しているのが気になったのか、そう尋ねてくる。 幸いにも思考が聞かれなかったのか、俺のことを蔑むような目で見てきていない。


「成瀬がモテるって話だよ」


「いやいや……」


 どちらかと言えば今の面子は冬木が集めたに等しい。 だから俺のおかげというわけではないし、モテているとしたら冬木の方だろう。 冬木と接する場合、ファーストコンタクトは極めて厳しいが打ち解けられれば話しやすい奴だしな。 あともう少し俺に優しくなって欲しいけど。


「そうですか、良かったですね」


 冬木は八藤さんの言葉を聞くと、俺をひと睨みし素っ気なく言う。 何もしていない俺を睨んだことからして、俺の失礼な思考を聞いたらしい。 まぁいつものことだ、少しすれば元通りの冬木となる。 思えば冬木が本気で怒っているところというのも見たことがないな……焦ったりしているのは見たことがあるけど。 普段は物静かで淡々と喋る冬木が焦っているところは中々面白い。


「……」


「……はは」


 また睨まれた。 今日はどうやら思考を良く聞いてしまうらしい。 俺は愛想笑いのような顔をしながら頭を軽く下げるも、冬木は既に俺から顔を逸らして歩みを早めてしまっていた。


「まだ少し歩くし、北見の昔話でもしようか。 私事を教え子に押し付けてるわけだし、少しくらい話したってバチは当たらないだろうからさ」


 何故か不機嫌な冬木を不思議がっているものの、気を取り直すように八藤さんは俺へと話しかけてくる。 誰に対しても接しやすい態度というのは変わらない、なんだか話していて安心できる人というのも珍しい。 まぁそれも、深い関係になるとまた変わってくるんだろうが……こうしてたまに話す分には、良い人だと感じた。


「北見……先生の話ですか。 高校生のときの話は、軽く聞きましたね。 クラスに派閥があったとかなんとか」


「あいつが教師になる切っ掛けだったって言ってるしね。 あの話も結構面白かったけど……北見って見た目は悪くないだろ? でもさ、あいつほんっとーにモテなかったんだよ。 好きになった奴に告白するも全滅、俺が知ってるだけで10回はくだらないかな」


「……なんかイメージできますね、それ」


 そして振った相手は影で呪われてそうだ、北見ならやりかねない。 しかしこう北見の過去話を聞いてしまっても良いのだろうか、まぁ良いか。 そこまで北見の昔話に重要度があるとは思えない。


「楽しかったな、高校は。 ……悲しいこともあったけどね、また戻れたらって思うよ」


「……俺はそこまで楽しくありませんよ」


「今だからだよ。 幸せってのはさ、終わってから気付くことの方が余程多いんだよ。 もう手に入らなくなってから気付くことが多すぎるくらいに」


 顔には小さな笑みを浮かべていたものの、どこか物寂しそうな顔を八藤さんはしていた。 その想い出に映っているのは果たしてなんだろうか。 きっと、そこには紅藤や田村、北見に瀬谷、そして安江が映っている。


 俺には嘘が見える、俺の眼には嘘が見える。 けどそれは逆に言うと嘘しか見えていない。 俺が見ている景色は俺にしか見えず、他の人の景色というものは分からない。 俺には想い出という想い出はないし、留めておきたいということも特にない。 だからもしかしたら、俺以外の人はもっと綺麗な景色を見ているのかもしれない、そんなことを思う。 冬木や秋月、長峰がどのような景色を見ているのかが少しだけ気になった。


「八藤さんは、今回の件ってどうするべきだと思いますか?」


 ふと気になり、俺は聞いてみた。 俺たちよりも確実に瀬谷という人物を知っている八藤さんがどのように見ているか、それが気になった。


「難しい質問だなぁ……正直俺は知ってたんだけどさ、なんて声をかければいいのか分からなかったよ。 北見もそれは一緒で、だから成瀬たちに託したんじゃないのかな」


「……無責任だとは思いませんか?」


 少し、踏み込んで言ってみた。 怒らせるかもとは思ったし、根掘り葉掘り自ら聞いといて今更というのは分かっていた。 依頼を引き受け、真相を知り、それでも止まらずに解決する策を模索しているのは紛れもなく俺たちなのだ。


「それは思う。 けど知ってるからこそ分からないこともあるんだ、だから知らない君たちに任せて、どうにかできればって北見も考えたのかもね」


 知ってしまっているからこそ、俺たちに任せた。 それも長い間の問題で、当事者である北見たちにとっては今更踏み込むのは難しい問題なのかもしれない。 だから瀬谷が幽霊女の正体だということを突き止めた北見は俺たちにその問題の解決を依頼した。 あくまでも幽霊女の一件を解決すること、という建前で。


 正直な話、幽霊女を目撃させなくするのは簡単だ。 瀬谷と接触し、俺と冬木の力を使って瀬谷を問い詰めればそれで済む話だ。 俺には嘘が視えるし、冬木には時折思考を聞く力がある。 その二つがあれば人と話す上でこれ以上ないほどに優位に立てるし、事と場合によっては追い詰めるのも容易いことだ。 だから解決だけを目指すなら瀬谷の弱味を握れば良い、それを使って脅しをかければ一発で済む話。


 ……まぁ、その作戦というのは冬木が絶対確実に良しとしないからなしだが。 俺は朱里や長峰、秋月に八藤さんの意見は聞いたものの冬木の意見というのは聞いていない。 冬木がどのように考え、どのような答えを出すのかというのを直接見たかったというのもある。 それに俺だって未だに答えを見つけられずにいるんだ、似たような過ごし方をしてきた冬木の選択というのが気になった。

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