第12話『嘘が視えるということ』

「悪いな、いきなり」


 数日後、グループチャットでは一旦それぞれ考えようとのことで少し時間を持つことにした。 幸いにも北見は特に期限を定めているわけではない。 当然、夏休みが終われば秋月は忙しくなってくるということもあり、夏休み中には片付けたいことだが。


 そんな、要するに休憩時間とも言える期間に俺はどこへやって来ているかというと、秋月純連の神社へとやって来ていた。 長峰はどうにかしないといけないという想いを持ち、朱里は迷いつつもやはり長峰同様に解決するべきだと口にした。 それなら秋月はどうなんだろうと思い、この秋月神社へと足を運んでいる。


「いいさ、私も誰かと話がしたかった。 自分から約束を取り付けるのはあれだったから、丁度良かったよ」


 最早「あれ」が何を指しているかは聞くまでもない。 秋月は笑って俺の隣に腰掛ける。 この縁側は風通しがよくとても心地良い、冷えたお茶と水羊羹は毎日通いたくもなる美味しさである。 仮に毎日通えばそのうち秋月は「来ないでくれ」と口にするだろうが。


「前は確か、水瀬の件でか」


「そうだな。 信じられないかもしれないが、こうしてお前に相談されるというのは嫌ではないんだ。 面倒だとも、あまり思わない」


 ……いや、充分に信じられる言葉だった。 少しズルをしている俺だが、秋月の言葉に嘘はないと俺の眼が告げている。 もしも俺に嘘が見えなかったら、きっと疑っていたかもしれない言葉だ。


「長峰や、冬木でも同様だろう。 こう思える相手のことを友人と呼ぶのだろうかと、そんなことを考えている。 友人関係など面倒なことばかりだと思っていたが、今のところそうでもないな」


 探り探りというのはお互い様。 長峰を除けば、俺たちは全員ひとりぼっちが集まったようなものだ。 どんな話をすれば良いのか分からない、どんな風に接すれば良いのか分からない、だから何もしないという選択が一番楽なのは間違いないだろう。 しかしそこで本当に何もしなければ、周りはきっと何も変わりはしない。 俺が冬木との距離を詰めたように、秋月が自分の心中を話したように、冬木が長峰と決着を付けたように。 一つの決意は一つの変化を与えている、いつもそれが良い方向に転ぶとは限らないけど。


「俺も結構ものぐさだけど、秋月と一緒だな。 今までとは違うんじゃないかって」


「今まで?」


「……ああ、いや、なんでもない」


 何回か似たようなことはあった。 しかしもう一人で良いと思った出来事は今でも脳裏にこびりついて離れない。 あのときの言葉は今でも鮮明に思い出せる、みんなの視線からみんなの言葉まで、一字一句全てが思い出せる。 だから俺は、それを考えないようにしている。 時には嘘も必要なんだ、しかし俺は……俺は、俺が一番許せない。


「瀬谷の件だったか」


 そこで秋月が口を開く。 考えないようにしていたのに考えてしまっていた、秋月のおかげで思考を切り替えることができ、そのことについて頭を切り替える。


「ああ、秋月はどうすれば良いのかとか考えてるのかなって」


「そうだな……正直に言うと、放って置いた方が良いと私は思っている」


 放っておく、つまりは現状維持。 朱里や長峰とはまた違った考え方ということだ。 秋月には秋月なりの考えあってこその答えだと思うが、そこに深い意味があるのかは定かではない。 秋月純連という少女は結局のところ、極度の面倒臭がりなのだから。


「私が面倒臭がりだからとそう思っただろ?」


「あ、いや……まぁ、そうですね」


「なぜ敬語になる?」


 不思議そうに秋月は俺を見る。 なんだかタメ口を利いたら殴られそうだったとは口が裂けても言えない。 それより長峰や秋月には冬木のような人の心を読む力でもあるのだろうか? それとも俺の態度が分かりやすいだけか。


「なんとなく」


「……まぁ良いか。 否定はしないさ、だが容易に足を踏み入れて良い問題なのかとも感じている」


 秋月は言いながらお茶を口にする。 どちらかと言えば喉が渇いていたというよりも、会話に間を作りたかったかのように感じた。 辺りにはセミの鳴き声が響き渡る、吹き抜けていく風が頬を撫でていた。


「俺も思うよそれは。 逆の立場だったとしたら、踏み込んで欲しくないと考えるかもしれない」


「人を失うというのは悲しいことだ。 私も祖母を亡くしたとき、悲しさもあったが……強く感じたのは、人はこうも簡単に死んでしまうのかというものだった。 呆気ないと言えば悪い言い方かもしれんが、半信半疑の状態が続いたよ」


 少し目を細め、秋月は垂れた前髪を耳にかけながら昔を思い出しているようだった。 ひょっとすると秋月の中では今もまだ半信半疑で、終わっていない話なのかもしれない。 だから瀬谷のことが分かるのかもしれないし、その上で放っておくという選択が良いと考えているのだろう。 自分を重ねて見ている、という点では長峰と一緒か。


「逃げているだけか、私は」


 そう自分で言うことができるのは秋月純連という人物が強いことの証でもある。 自分で自分の評価をし、更にそれを口にするというのは簡単にできることではない。 考えることはできたとしても、口にするとなれば話は別なのだ。


「お前のことをそこまで知っているわけじゃないし、俺にはなんともって感じだな」


「そう率直に言えるのはお前の良いところだな、成瀬。 しかしそれは私だからで、言う相手によっては怒らせるかもしれない」


「たとえば?」


「機嫌が悪いときの長峰だな」


「……酷い目に遭いそうだな、それは」


 気を付けよう。 普段の長峰なら多少のことを言ったところで流してくるが、機嫌が悪いときに言えば酷いことになりそうだ。 しかしそんな長峰相手にも一切怖気づかずに言いたいことをズバッと言っている秋月純連もまた恐ろしい。 そしてなんだかんだ言いつつも冬木も冬木で敵にするとかなり厄介な存在だ、俺の周りが恐ろしい奴だらけになりつつ身震いしてしまう。


「ふふ、話が逸れたな。 何が正しいのか判断するのは難しいが……この世のことなんて全てが正しくもあり全てが間違いでもあるんじゃないか? 例えで言えば冬木と長峰がそうだな」


「冬木と長峰?」


 聞き返すと、秋月は一度頷いて口を開く。


「冬木は長い間問題を放置した、長峰もまた長い間冬木を敵視していた。 それはお互いが自分のことを正しいと思っていたからで、些細なすれ違いだ。 けれど二人はあの問題に関して思っているはずだ」


「……自分も間違っていたってか」


「ああ」


 だから全てが正しく全てが間違っている。 今回の問題もそれと一緒で、長峰や朱里のようにどうにかしたいと考えるのも正しく、間違っていて……秋月の考え方もまた同一なのだ。 それは最早今回だけの問題ではない、人と人が絡んでいることであれば全てに当てはまるものではないだろうか。


 しかし、それならどの選択を取るべきなのかが尚更分からなくなってしまう。 秋月の言葉が真だとするなら、長峰や朱里、秋月、更には答えを出す冬木も……瀬谷も。 全員が正しく、全員が間違っているということになる。 だとするとどの選択が最善なのかが分からない、答えの出し様がないのではと思ってしまう。


 更に難しいのは、本人だけでは気付けないことというのも多くあることだ。 誰かに言われて気付けることというのもあり、その判断はとてつもなく難しい。 考えれば考えるほどに泥沼に嵌ってしまいそうな、そんな流れだ。


「……頭が痛くなりそうだ」


 それぞれに考えがあり、そのどれもが尊重されるべきものだ。 仮に意見が割れて長峰と秋月が対立してしまったら……俺はどうするべきなのか。


 そんなことを考えていたとき、頭に軽く何かがぶつかった。 その方向に視線を向けると、拳を軽く握って呆れた顔の秋月がいる。


「口に出てるぞ成瀬。 まったく、お前はすぐに思い悩むな……なんのために私のところに来たんだ、私の横で考えるのが落ち着くからか?」


 冗談交じりに秋月は言う。 そして、続ける。


「好きにすれば良いさ、私は私の考えと違うからと言ってお前や長峰、冬木を否定したりはしない。 意見が割れたからといって誰かと険悪になったりもしない。 選択が後々間違いだったことに気付いたとして、だからあのとき私が合っていたなんてことも言うつもりはない。 だって――――――――それこそ面倒なことだからな」


 秋月は笑っていた。 不思議なことに、秋月は自身の面倒臭がりを隠しているようなことは言っていないというのに……その言葉たちからは信じられないほどの安心感を得られた。 伊達に人からの相談を受けているわけではない、ということか。


「しかしな、成瀬。 正直なところ、言わなくても分かって欲しかったところだよ。 それと、私がそういう奴だと見られていたのは少し悲しいかな」


 言われ、俺は一度目を瞑る。 確かに、そのくらいのことは分かっていなければならなかったはずだ。 俺は秋月に対して短く謝るしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る