第9話『クラス委員室にて』

「なるほどね、それならなんか進展ありそうって感じなんだ」


 ソファーに転がっていた長峰は俺の話を聞くと、そう口を開いた。 相変わらず人の話を聞くという態度ではない。


「まぁな、それで繋がりそうな話が出てくればだけど」


「しかしそんなとこで繋がりがあるとはな。 やはり狭いな世界は」


 今度は秋月が言う。 いや、この田舎単位で世界を語っていくのはやめた方が良いと思うが……。


 今日は結果報告のことがあり、クラス委員室へと俺たちは集まっている。 俺、長峰、秋月の三人だ。 長峰は相変わらずソファーへと寝転び、俺と秋月は向かい合うようにテーブルを挟んで座っていた。 そして、俺の横の席にいつも座る冬木は別の用事があり今日は休みである。


「でもさ、話がうまく聞けたとしてどうしようもなかったらどうすんの?」


「それは……まぁ、そのとき考えれば良いんじゃないのか。 聞くだけ損じゃないだろ」


「バカなの? 聞くってそれだけで損だけど」


 俺の言葉にそう返すのは長峰だ。 俺はそれとは逆で得られるものなら得られるだけ良いって考えだけど、どうやら長峰は別の考えを持っているらしい。


「聞きたくない話だってあるじゃん。 聞いたらめんどいこととか、聞かなきゃ良かったなって話。 だから私はそういう……秘密の相談? 的なの全部シカト。 聞けば考えないといけないしどうでも良いことでも気にはなっちゃうからさ」


 冬木ではあるまいに、俺の思考を聞いたかのように長峰は言う。 なんだか長峰らしい考えだな、面倒ごとは徹底的に避けているらしい。 その種となるようなことは全面的に却下か。 確かに聞いてしまったらいつかは消えてなくなるだろうが、しばらくは頭の隅にでも残りそうだ。


「ま、昔は違ったかもだけど今はそうだね」


 最後にそう付け足すと、この話は終わりと言わんばかりに携帯に視線を移す。 別にくつろぐのは冬木も文句は言わないし良いんだけど、スカートでそういう格好をするのはやめてほしい。 一応俺も男だし、目のやり場に困る。


「しかしそうだな、長峰の言うことも一理あるかもしれん。 私も身分上相談をされることもあるしな」


 そこで口を開いたのは秋月だ。 面倒ごとを嫌うと言えばこいつだ、しかし長峰と違うのは表立ってそれを表さずに心の内に溜め込んでいるということだろうか。 この場ではそれを隠すこともないし、このメンツなら言い触らす奴もいないから安心しているのだろう。


「前もそんなこと言ってたな、巫女ってそういうこともするのか?」


「さぁ? 分からんが相談されるからには聞かないわけにはいかないだろ?」


 だろ? と言われても。 面倒臭がりなのに真面目な奴……というのが秋月を表すのに適している。 その心の中を知りさえしなければ、清廉でまさに巫女という仕事が相応しい。 知ってもまだ俺は相応しいと思うが。


「成瀬はあるのか? 人から相談されること」


「ないかな、今は冬木くらいか」


「冬木はお前を頼りにしているからな、あいつを泣かすような真似だけはするなよ」


「あ、私もそれ言っとく。 冬木さんのこと泣かしたらタダじゃ済ませないから」


 携帯を見ながらでも話に耳は傾けていたらしい。 そしてこの二人からの言葉は肝に命じておく、俺はまだ死にたくない。


 それよりもまた随分と仲が良くなったものだ。 冬木にはたまに聞いているけど、二人で話すことも結構増えたというから面白い。 前では想像すらできなかった関係になりつつある。


「気をつけておくよ」


 俺がそう返すと、とりあえずは満足したのか少しの沈黙が室内を包む。 それを破ったのは秋月だ。


「冬木の保護者、比島さんだったか。 そこのジャズバンドのメンバーの同級生が北見先生ということなんだよな」


「比島さん以外は高校で普通のバンドやってたらしい。 普通のバンドって言い方すると冬木に叱られるけどな」


 ジャズバンドも立派な普通のバンドです、と冬木に叱られた。 言いたいことは分かるが話の流れというか、空気というのをあいつには読んでいただきたい。


「それを私たちに依頼した、冬木の保護者から繋がりがあることは分かっていたのか、北見先生は」


 むしろ分かっていたからこそ冬木に依頼したのかもしれない。 比島さんが一緒にジャズを演奏するメンバー、そこに北見の同級生がおり……それを分かった上で今回の依頼があったのだとしたら。 繋げて考えるのは気が早いかもしれないが、幽霊探しなんて情報を集めるには周囲からの聞き込みが一番だ。 そうすればいずれ、このことを俺たちが知るのも時間の問題でしかない。 それを織り込み済みだとすれば……。


「幽霊に北見の同級生が関係しているって可能性だな」


 もちろん、北見が今回の流れを追っていたらだ。 そこまでに至るのは難しいことじゃあないが、偶然という言葉で片付けられるものでもない。


 そう思ったそのときだ。 俺の携帯が鳴り響く。 画面に表示されるのは冬木空という名前で、俺の携帯に電話をかける変わり者はここにいるメンバーと妹の朱里、そしてたった今電話をかけてきている冬木くらいのものである。


「もしもし」


『お疲れ様です。 八藤さんから話を聞いてきました』


 と、冬木は早速本題へと入る。 雑談をするときもあるが、それは殆どついでのようなものだ。 何かしらの用事がなければこうして電話することはほぼない。


「どうだった?」


『予想通りでした。 少し長い話になるので、今からクラス委員室に向かいます、皆さんいますか?』


「ああ、みんないる」


『では、十五分ほどで』


 ご丁寧にもおおよその到着時間を告げると冬木は電話を切る。 電話しているときも冬木はいつも通りという感じなのだが、心なしか感情というものが少し溢れている気がしなくもない。 こんなことを冬木の前で言えば「感情はありますが」と言われてしまいそうなのだが……たぶん、電話だと心を聞いてしまう心配というのがないからだろう。 同じ理由で個人チャットでも冬木は結構話す奴だ。 たまにスタンプが送られ感想を求められたりしている。 そのスタンプというのも憎たらしいものばかりなのだが。


「冬木さん?」


「それ以外に俺に電話かけるの朱里くらいだし冬木だよ」


「いや別にそんな寂しい事情を聞こうとは思ってなかったけど……なんだって?」


 若干憐れむように長峰は俺を見る。 長峰は男女共に人気がある奴で、こいつに電話をかけるのもそれはそれは多くいるのだろう。 まぁ、長い間犬猿の仲であった冬木と最近仲良くしているということもあり、若干関わりが薄くなっている奴らもいるようだが。 もしものときは言ってくれとは伝えてあるので、心配は今のところない。


「予想通りだと。 今回の件にそこが関係してるのは間違いなさそうだな、詳しいことは来てから話すって」


「別に適当にチャットで済ませちゃえばいいのに」


「お前と違って真面目だからな」


 言う長峰に対して俺が言うと、長峰は予想とは違いにやけて俺を見る。 てっきり睨んでくるとでも思ったのだが。


「本当にそれだけかなぁ」


「……どういう意味だよ?」


「さぁね、私が心優しければこういう状態を作らないって話」


 長峰は言い、両手を広げる。 その言葉の意味もジェスチャーの意味も全く分からない。


「意味が分からないんだけど」


 俺が言うも、長峰はそれに対してもう返事をする気はないらしい。 またも携帯に視線を戻し、室内は静寂に包まれた。




「すいません、お待たせしました」


 それから本当に十五分ほど経ったあと、若干肩で息をする冬木がクラス委員室へと入ってきた。 この馬鹿みたいに暑い中走ってきたのだろうか? 俺だったらとりあえず日陰を選びながら歩いていそうだ。


「成瀬、お茶」


 秋月が言う。 自分で用意しろよと思うものの、言ったところで面倒だから嫌だとの答えが返ってくるのは明らかである、目の前にいくら水分を求めている奴がいようと、秋月は面倒だと思うような奴なのだ。 そして長峰に頼んでも冷たいお茶を用意し、冬木の前で飲み干すというのが目に見えている。 そう考えるとろくな奴らじゃないな……こいつら。


 というわけで言われた通り、俺は冷蔵庫(長峰が用意した)の前へ行き、中に入っているペットボトルからコップにお茶を注ぐ。 長峰が来てからというもの、このクラス委員室は快適な部屋になりつつある。 そのうち生徒から文句でも出そうなものだが、長峰が裏で握り潰していそうだ。


「どうぞ」


 言い、冬木の前へと置く。 冬木はいつもの定位置、俺の席の隣へと腰掛けていた。 受け取った冬木は短くお礼を言うと、そのお茶を喉を鳴らしながら飲む。 よっぽど喉が渇いていたのか、気分としては犬か猫に水をあげている気分にもなってくるな。


「……」


 睨まれた。 思考がどうやら聞こえたらしい。 それか俺の表情でなんとなく理解したかのどちらかだ。 とはいえ、長峰や秋月がいる場では冬木も表立って文句は言えない。


「では、私が聞いた話をします。 あまり、楽しい話ではありません」


 俺は冬木の隣に座り、秋月はその正面に座る。 長峰は相変わらずソファーに腰掛けその話を聞く様子だった。

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