第7話『知ってしまったこと』

 とりわけ、冬木空は真面目である。 見た目こそ銀髪で無表情、どこか接し辛い態度などなど、周囲とは若干ズレた異質なものを纏っているということもあり避けられてはいるものの、その根は真面目という一言で表せるだろう。


 授業態度を除いた(とは言っても俺に比べたらだいぶマシ)成績も悪くはなく、クラス委員としての貢献度はかなり高い。 教師からの評判も一定のものがあり、それだけを見れば優秀な生徒とも言える。 しかし、冬木にはコミュニティ能力が極端に欠如しているという欠点もまた存在している。


 それも冬木の持つ力のせいというのが大半であるものの、それだけで全てが原因だと判断するのは早い。 今まで人との対話やコミュニケーションを拒絶してきた冬木だからこそ、俺や長峰、秋月のように顔見知りであれば普通に会話をできるのだが、それ以外となれば壊滅的なのだ。 極度の人見知り、とでも言えば分かりやすい。


「でも、人見知りなら秋月と初対面……正確に言えば初対面じゃないけど、最初に接触したとき普通に話せてたよな?」


 銭湯からの帰り道。 冬木は唐突に「自分は人見知りだから」との話を持ち出した。 それを聞き、俺が返したのがそんなセリフであった。 俺の横を歩きながら、時折街灯によってその銀色の髪と横顔が照らされている。 少し幻想的な光景でもあった。


「あのときは他人だと認識して、少なくともターゲットだと認識をしていたので」


「……敵なら問題ないってこと?」


「敵と表現するのは少し議論の余地がありますが……なんて言えば良いんでしょうか。 仕事の内の一つといいますか」


 つまり、行動の上での通過点であれば問題ないというわけか。 如何にも冬木らしい考え方で、俺は思わず笑いそうになってしまう。 確かに俺との会話というのは最初、冬木にとっては全く不要なものだったはず。 だからこそ冷たくあしらい、それが秋月の場合は避けては通れない道ということもありすんなり会話ができていたのか。 仕事に対しての責任感が強い故の結果とでも言うべきだろうか、この場合は。


「たとえば、人混みは嫌いです」


「それは俺もだな。 だから今日空いてて良かったよ」


 お互い、孤独に寂しく学生生活を過ごしていた仲間同士だ。 共感できることは多々ある。 人がごちゃごちゃしているところは落ち着かない、だから昼休みは最近では冬木の誘いがあり、クラス委員室で過ごすのがほとんど。


「この前のバスもそうです。 秋月さんが隣だったから良かったものの、違う知らない人であれば歩いて行っていました」


「……気持ちは分かるけど」


 気持ちが分かってしまうのがなんとも悲しい。 もっと言えば俺は体力を使うことは基本的に嫌いである。 体育祭然り、体育然り、外での遊び然り。 電車に乗り遅れそうなときですら、走らず次の電車で良いかと考えてしまうほどなのだ。 それで遅刻してもまぁ良いかと考えるくらいには怠惰な人間が俺。


 しかし少しの謎も解けた。 冬木が先ほど、銭湯に入る際に俺の後ろに隠れていたのは番台が知り合いだとかそういったものからではなく、単に話すことが恥ずかしかったのだという結論である。 冬木にとってはある意味プライベートとも言える今回の動きは義務感なんてものはなく、だからこそ拒否反応のようなものが出たのだろう。


「ですが、それで私のコミュ力が低いということには繋がりませんので」


 あくまでもそこは強調してくる。 いや俺も高いとは言えないけど、あのコミュ力勝負は未だに続いてるらしい。 正直どうでもよくなりつつあった俺だが、冬木がしっかり覚えている以上は勝ちに行くしかない。


「ところでさ」


 話の腰を折ってみることにした。 真面目な冬木だからこそ気になっていたことである。 別にこれはいきなり話の腰を折って、対応力を見てみるなんていう意地悪な発想ではない。


 単に、俺が今日聞こうと思ってたこと。 そして恐らく、冬木も話そうと思っていたことだ。


「この前手分けして探したとき、冬木はどこに行ってたんだ?」


「どこと言われましても。 覚えていないんですか、病院と言ったはずですが」


 冬木の言葉に嘘はない。 そう、嘘はない。 俺の眼には嘘が映らない。


「だったら分かりやすく聞くぞ。 それ以外にどこへ行ってた?」


 俺は尋ねる。 そこで初めて、冬木の顔が少しだけ歪んだ。 人が人に何かを隠そうとするときの仕草、それは冬木のような表情に変化が乏しい奴でも分かりやすい。


「……どうしてそう思うんですか?」


「俺は俺の力の欠点にも気付いてるしな。 嘘は見抜けるけど冗談は見抜けない、本人がそれを真実だと思い込んでいたりしたら別だけど」


 だから、冬木は俺の眼に見えることなく嘘を吐いた。 そして隠そうとしたということは、気付かれたくなかったということだ。 追求する必要が果たしてあったかどうかは分からないが、少し気にかかった。


「前にクラス委員室で話し合ったとき、冬木が「幽霊の目撃情報が多いところ」っていって三箇所示しただろ?」


 それが川沿い、神中山、そして地元の病院だ。 それは真実、冬木は嘘を吐いていない。


「それで私は病院にと伝えました」


「騙すってのは、何も話して騙すだけが全部じゃないからな。 冬木は情報を出さないことで誤認させた……って言い方悪くなるけど。 確かに病院には足を運んだんだろ? けど、別のところに行ったとしても嘘にはならない、ちゃんと病院に足を運んでいれば」


 だからそれは嘘ではない。 俺の眼に映らないものなのだ。


「ですが、それだと私が別のところに行ったということこそおかしくないですか? 証拠はないと思いますが」


 冬木はムキになっているのか、素直に認めることはない。 すっかり忘れていたが、冬木空は基本的に負けず嫌いである。 素直に認めてしまうのは負けると判断したのかもしれない。


「俺がおかしいなって思ったのも、冬木の挙動に違和感感じただけだしな、証拠はなんもない。 長峰は手短な場所を選ぶだろうし、秋月は当然自分の家が管理している神中山で、そうなれば自分が行く場所も勝手に決まる。 あとは不自然な話の方向の持って行き方とか。 そういうのだよ」


 だから証拠という証拠は皆無。 それを踏まえた上で、冬木の顔を見て俺は尋ねる。


「それで、病院以外のとこに行ってたのか?」


 それこそが証拠となり得る一言だ。 イエスかノーでしか答えられない質問、答えればすぐさま真偽はハッキリとする。


「成瀬君はもしかして私のストーカーか何かなのでしょうか」


 じっとりとした目で俺を見て言う。 相変わらず心に突き刺さるひと言である。


「ですが、そうですね。 少し意地悪をします、私は病院にしか行ってませんよ、成瀬君」


 その言葉に、嘘はない。 それ自体がおかしい、冬木の今の態度を見るに、俺をからかうかのような態度は確実に俺の予想が当たっていることを意味している。 だというのに、冬木の周りに黒い靄は一切ない。 つまり嘘ではない、嘘ではない何か……となれば。


 ……ああ、そういうことか。


「確かに嘘はないな、その言葉」


「気付きましたか。 私が行ったのは別の病院です、もちろん最初に示した方にも行きましたが」


 方にも。 つまり、冬木は別の病院にも足を運んでいる。 それになんの意味があるのかは分からないが、冬木は意味を見出していたに違いない。


「元より成瀬君には相談するつもりだったんです。 ですが少し気になることがあり、回りくどい方法を取りました」


「あの場でその方法を取ったってことは、二人のうちどっちかに知られたくなかったってことだよな」


 俺の言葉に冬木はこくりと頷く。 長峰か秋月か、知られたくない行き先だったというわけだ。


「長峰さんが時折、隣町に行っているのはご存知ですか?」


「長峰が? そうなのか?」


「中学生の頃からそうでした。 たまに放課後、電車で隣町にまで足を伸ばしていたんです。 それでこの前、長峰さんが病院に通っているという話を耳にしたんです」


 中学の頃からってことは今も続いてるってことだよな、この場合。 しかしあいつと話したりあいつの様子を見ている限りではそんな様子は微塵もない。 それこそ中学の頃から病院通いともなれば結構な病気のはずだ。 地元の小さな場所ではなく、隣町の大きな病院にかかっているのなら尚更。


「もしも彼女が私たちに伏せ、苦しんでいたのなら何かできることがあるのではという余計なお節介です。 ですが、それは違いました」


 冬木は言うと、少し顔を暗くさせた。 そして、その唇をゆっくりと動かす。


「彼女の母親が入院していました。 私には詳しく分かりませんが、肉親が入院してしまうというのはつらいことなんだと思います。 もちろん実際に会ったわけではありませんが……看護婦の方が教えてくれました」


 冬木にはそれが分からない。 幼い頃に両親に捨てられてしまった冬木には、家族の在り方そのものが分からないのだ。 それは決して冬木のせいではなく、冬木が背負う必要もないことだ。 だからどうすればいいのか分からない、知ってしまったその事実にどう対処すべきか、冬木に分かるわけもない。


「……私はどうするべきなのでしょう。 もしかすると私は知ってはならないことを知ってしまったのかもしれません」


 冬木は冬木なりに、何かがあると思い長峰のことを気にかけた結果だ。 それに関しては賛否両論あるかもしれないが、少なくとも今の段階では何とも言えない。 俺にアドバイスを送る権利もないと、そう思った。


「黙ってるってことは、知られたくないのかもしれない。 けど、もし長峰が何か困ってるときは協力してやろう。 今はそれで良いんじゃないか」


「……そうですね。 その通りかもしれません」


 長峰には長峰の事情がある。 首を突っ込んでもいいこともあれば、触れて欲しくないことだって人にはある。 けど、もしも長峰が必要とするならできる限りのことはしたい。


 もう深く人と関わるようなことはやめようと思っていたのに。 俺の考えは、今現在も進行形で行動が伴っていない。


「何もなければそれが一番いい、ひとまず私の心にしまっておくことにします。 ありがとうございます、成瀬君」


 それはきっと冬木の影響だ。 目の前で俺に笑顔を向けるお人好しを見て、そんなことを思う俺であった。

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