第4話『調査開始』

「成瀬は冬木さんのこと好きなわけ?」


「……は!? いきなりなに!?」


 帰り道。 結局収穫なんてなく、俺と長峰は最初に決めていた時間に学校へと戻るために道を歩いていた。 帰りは長峰もゆっくりがいいのか、運転手になれというようなことはなく少し安心している。


 そんな安心していたときに、唐突に長峰がそんなことを口にしたのだ。 本当に前触れなんてなく、それがまた長峰らしい。


「いや、だって毎日一緒にいるんでしょ? それならそーいう感情芽生えたりしないのかなって」


「ねえよ……あいつってなんか放っておけないだけだし」


「ふうん? ま良いんだけどさ、それなら成瀬、私と付き合おうよ」


「絶対に嫌だ」


 冗談なのは明白だったが、冗談でもこいつと付き合うのだけは御免だ。 そりゃ顔だけ見れば可愛いが、本当にそれは顔だけ見た場合に限られる。 残された部分が終わりすぎている、あまりにも。


「おお振られた、人生初の告白だったのに」


「の割には超適当だなお前。 そんなことより幽霊探しどうするか……冬木も秋月も収穫はなかったみたいだし」


「よく目撃されてる場所ってだけだしね、今回見たのは。 そこですぐに見つかるようなら噂になんてなんないっしょ」


 長峰はやはり適当なことを言っただけなのか、すぐさま俺の話に合わせてきた。 本題は俺や冬木がどうこうよりも、今回の件をどうするかってところだ。 当ても何もない幽霊探し……せめて特徴があれば良いんだけど。 こういうのに詳しそうなのって、やっぱりこの辺りに昔から住んでる人になるのだろうか。 秋月は「有名な話」だと以前言っていたし。


 確か、そのときの話を振り返ると姿形は女性なのだろう。 なんでもその噂自体が神中山の幽霊女、というくらいだしな。


「お前徘徊したりしてないよな」


「……殴って良い?」


 よくない。 すぐに暴力で解決しようとするな、お前はラブコメに出てくる暴力系ヒロインか。 普通に「ふっざけんじゃないわよ!」とか言って全力で飛び蹴りとかしてきそうだから怖い。 あんなのやられたらさすがの俺でもキレる、仏の心を持っている俺でもな。


「夜中に私みたいな可愛い子が歩いてたら危ないでしょ。 たまに散歩するけど」


「徘徊してんじゃねーかよ! 犯人お前か!」


「違うっての! 良い? 私が良く行くのは展望台で、山とか川とか行くわけないじゃん。 虫嫌いだし」


 ……確かに、長峰の家からは展望台がもっとも近く、手頃だ。 かなり昔からある展望台は、今じゃ人も滅多にというか全く訪れないらしいけど。


「展望台で何してんの?」


「……別になんでも良いでしょ。 とにかく私じゃないのは確かだし、どっちかと言えば冬木さんの方があり得るんじゃない?」


 長峰は何故か、少し恥ずかしそうにそう答えた。 だが、一連の言葉にやはり嘘は存在しない。 長峰愛莉は嘘を吐かない、冗談こそ言えど嘘を吐くことはないのだ。 そこがこいつの凄いところで、冬木が話すのを苦としていない理由でもあるのだろう。


「言われてみると確かに……」


 長峰よりも、冬木の方がフラフラと歩いていそうだ。 俺は一瞬そんなことを思う。


「あ、今の発言ちくっとこ。 それでさー」


「おいさらっと何言ってんだよ! チクったらタダじゃ済まないからな!? 秋月にチクってしばいてもらうからな!?」


「それ言ってて恥ずかしくないの?」


 だって、俺だと普通に負けそうだし。 こいつと冬木の喧嘩は見ていたが、中々にハードだった。 何回も止めようかと思ったが……止めようとする俺を止めた奴が居たのだ、あのときは。


 そんなわけで、俺と長峰が万が一にでも殴り合いでもしようものなら普通に負ける気がしてならない。 俺は弱い人間である。


「そ、れ、で。 私がその幽霊って話ならあり得ないから。 だってその幽霊って髪は長くて茶髪で背が高いんでしょ? 私じゃあり得ないし冬木さんも秋月さんもそこまで背が高いってわけでも……」


 長峰は小馬鹿にしたように言う。 目を瞑り人差し指をくるくると回しながら言う様子は、さながら小さい子に教えをしているような態度だ。


 が、問題はそこじゃない。


「なんだよその情報!? 早く言えよ!!」


「きゃっ! な、なに。 だって聞かれなかったし、それならわざわざ私から言う必要もないし」


 肩を掴んで言うと、長峰は驚いたのか若干言葉に詰まりながらもそう言った。 こいつの場合、これが嘘ではないから困ってしまう。 本当に、本気で、聞かれなかったから言う必要がないと判断し言わなかったのだ。 それが長峰愛莉であり、決して嘘を吐かない少女である。


「……秋月と冬木は知ってんのかな、それ」


「冬木さんは興味ないだろうし知らないだろうね。 秋月さんは……どうだろ、聞いてたとしても覚えてないかも?」


「ああ、それめっちゃあり得る」


 想像がつく。 その幽霊の情報が渡っていたとしても、秋月のことだから「めんどくさいな」とか思って聞き流していそうだ。


 それに冬木に関して言えば、この前その幽霊女の話を知ったくらいだ。 あれから少し時間は経っているものの、冬木が自主的にそこを調べるとは思えない。 興味がないことには無関心だからな……逆に興味があれば調べるだろうけど、その結果がわりと酷いことになるのもまた冬木である。


「とりあえず、集まったらその話もう一回してもらっていいか? できる限り情報まとめたいから」


「うんいいよ、しっかりオネガイしてくれたらね」


「……あーやっぱいいや。 俺から話すから」


 長峰に頼みごとをするというのが間違いだった。 やけに嬉しそうに、わざとらしく首を傾げてわざとらしく甘い声を出して長峰は言う。 本性を知らなければ一発で惚れていてもおかしくない。


「ふうん、あっそ? まだ話してないことあるけど、なら仕方ないか」


「……」


 長峰を見る、見る、見る。 しかしいくら見ようと長峰の周りに黒い靄が出ることはない。 つまり嘘ではない、真実。 こいつはまだ何か情報を持っている。


 ……最悪だ。 今日は厄日である。




 その後、俺の名誉のために詳細は伏せるが……長峰に頭を下げて頼んだ結果、無事に承諾してもらうことができた。


「いやでも滑稽だったね。 長峰様、どうかこの無様で惨めな自分の願いを聞いてください……って。 あはははは!」


「うるせえな! 一々言わなくていいからなそういうの!」


 腹を抱えて笑う長峰。 折角黙っておいたのに台無しだ……というか、そのセリフというのも何回も何回も何回も何回もやり直させられた挙句、最後の最後に「まぁそれでいっか」とか言い出したからな。 絶対良い死に方をしない、なんなら今からデスゲームでも始まって、悲惨な目にあって欲しい。 長峰のようなキャラは大体そういう系だと悲惨な最期を遂げるからな。


「なんだ、楽しそうにしているな」


 と、そこで思わぬ助け舟だ。 脇道から現れたのは秋月純連、彼女は神中山を担当していてそれの帰り道だろう。 さすがに精神面が強い秋月であっても暑さには抗えないのか、その額には汗が浮かんでいる。


「おーお疲れ。 こっちは散々だったよ、マジで」


「どういう意味よそれ」


 触らぬ神に祟りなしとは言うが、愚痴くらいは言わせて欲しい。 長峰といると苦労に苦労とストレスが重なってメンタルがやられてしまう。 水瀬って凄い奴だったんだなぁと、しみじみ思う。 こいつと仲良くできるって鋼の精神力だぞ。


「冬木が見たら怒りそうだな。 ふふ、しかしその分だと収穫はなしか」


 意味深なことを言い、秋月は笑いながらも言う。 その言い方からすると、どうやら秋月の方も収穫はなかったということか。


「もしも居たら切り捨ててやっても良かったのだがな」


 ……いや、収穫はなくて逆に良かったかもしれない。 これで秋月がその幽霊の首でも手に持って帰ってきていたら友達やめるとこだった。


 そんなくだらないことを考えながら、歩いていたそのときだった。 この辺りは田舎ということもあり、時折駄菓子屋なんてものがある。 店先にはベンチが置かれ、そこで子供らが駄菓子を食べられるようにという形の店があるのだ。 その前を丁度通りかかったそのとき。


「……何してるの?」


「ここを通るだろうと思いまして」


 冬木がベンチに座り、駄菓子を食べていた。 というか声をかけなかったら冬木の方はそのまま黙って見送っていそうな勢いだった。 事実、若干通り過ぎた位置で気付けたレベルだったし。 こいつは果たして一体ここで何をしているんだと問いたい。 いや、聞いたんだけど返ってきた答えは予想の付くものでしかなかった。


「うわ、根暗っぽい」


 そんな冬木を見てすぐに声を上げたのは長峰である。 別に和解したからといって遠慮することなんて長峰がするわけもなく、自分の感じた想いを率直に言葉にする辺りは実に長峰らしい。 そんな長峰の性格は冬木も良く知るところで、特に言い返すということもしない。


「何か手がかりになりそうなことは見つかりましたか?」


「私の方は何もだな」


「川原が気持ちいいってことくらい?」


 冬木の言葉に答えたのは、秋月と長峰である。 秋月は真面目な考え方をしている、その内心は正反対なものであるものの、基本的に表には出さずに仕事はしっかりとこなしてくれる。 俺と冬木はそんな秋月の性格は把握しているから、こういう頼み事をするときは面倒なら手伝わなくても良い、とひと言付け加えているものの……こうして手伝ってくれるのは大変有り難い。


 そして長峰の方は形だけ見れば協力的だ。 真面目に取り組んでいるとは言えないが、冬木の言葉に返事をするだけでも大きな進歩だと思われる。 最近では……というか、校外学習の一件からクラス委員室に入り浸っているこいつだが、そんな長峰の行動もあり俺や冬木に向けられる目というのも変わりつつあるのだ。 俺は良いとして、冬木にとっては良い傾向かもしれない。 最も冬木が付き合える奴というのも限られてはくるだろうけど。 それだけ冬木の持つ思考を聞いてしまう力は難しいものだ。


「私の方も同様に収穫といえる収穫はありません。 継続して調べる必要はありそうですが……難しいですね」


 噂話の調査、幽霊探し。 決して楽な依頼ではない。 しかし北見も無理難題を押し付けるような奴でもない。 結果だけを見れば、北見の依頼というのは俺たちにとってプラスになっていることが多いし……今回のことも、何かしらの意図があると考えるのが妥当だろう。


「とりあえず今日は解散しましょうか。 集まったとしてもできることは限られますし……ある程度の期間、別々で行動をしてみるというのも一つの手です」


 冬木は頭の回転がとても優れている。 今回のことで言えば、冬木の言うように集まって答えを探るよりも別々に行動し、各自自分の手段を取るのが適切だ。 情報は限りなくゼロ、そこからまずは情報を揃えていく。 たとえ紙くずのような情報だったとしても、それを機に何かが見えてくるという可能性も大いにある。 まずは地道に少ない情報を増やしていく、そこからなのは間違いない。


「では、一週間後にまた集まるか。 念のためにグループチャットで定期報告はするが」


「一人だとサボるかもしれないけど、それでいいなら。 ついでに私の知ってる幽霊女の情報も流しとくよ」


「成瀬君も恐らくサボるだろうと予想していますので、織り込み済みです」


「おい」


 俺を長峰と同列にするな。 確かにサボるかもしれないけど、むしろその可能性の方が高いけどな? それでも一応、長峰よりはマシだと信じたい。


 そんなこんなで、幽霊探しは始まるのであった。

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