第3話『裏の思惑』

「んー、涼しくていいね」


 夏休みといっても、学校に入る以上は特別な理由がない限り制服を義務付けられている。 そんなわけで一度学校に集まっている俺たちはもちろん制服なわけで、毎日暇で学校に顔を出している俺は制服が私服のようになりつつもある。


 で、だ。 問題はそんな俺の私服問題ではなく、土手に制服で大の字で寝そべっている長峰にある。 もちろんスカート、もちろん太ももが露わになっており、健全な男子高校生である俺はもちろんチラチラと視線がいってしまう。


「見たいなら素直に言えば良いのに。 減るもんじゃないし、ほれほれ」


 言い、どうやら視線に気付いていた長峰はスカートの裾をぱたぱたと仰ぐ。 本当に見えそうだったので俺は慌てて視線を逸らす。 何が1番悔しいって、長峰相手にそんな反応を取らなければいけない俺の気持ちだ!


「……良いから少しは羞恥心持てよ。 どこで誰が見てるか分からないぞ」


「こんなとこにだーれも来ないって。 よっぽどの暇人かよっぽどの馬鹿くらいでしょ」


 長峰は言い、体を伸ばす。 気持ち良さそうな仕草で、確かにここは風通しが良く気持ちが良い。


「おーい!!」


 そんなときだった。 土手の上から明らかにこちらへと向けた声が放たれる。 それを聞いた長峰は体をびくりと反応させ、慌てて大の字の体をなんとも慎ましい女の子座りへと一瞬で変える。 こいつにも一応は羞恥心あったんだな……俺の前でもぜひとも維持してくれ、それ。 そしてどうやらこんなところに来る馬鹿がいたらしい。


「おにい! と、長峰さん! こんなところで会うなんて偶然だねー運命だねー、なにしてるの?」


 そこへ現れたのは朱里だった。 今日も今日とて元気よく、子供らしくどこかへ遊びに行っていたみたいだ。 最近家で遊ぶことが減っており、少し寂しさも感じつつある。 いつかあいつも家から出て行くのかな……と、一生実家で暮らすことを決意している俺は思う。


「こんにちは。 成瀬くんの妹さんだよね?」


 ……今更また君を付けて呼ばれると非常に気味が悪い。 いや、どちらかといえばこちらの長峰の方が俺の知る長峰だが。


「あはは、おにいから長峰さんのこと聞いてるからそんなに畏まられても。 美羽ちゃんからも聞いてるしー」


「……」


 話すんじゃなかった! あとで殺すと言わんばかりに長峰こっち見てるじゃねーか!


「はは……それでお前なにしてんの。 台風は来ないぞ」


「台風? えっと、あたしは友達の家行くところだよ。 おにいたちの方こそなにしてるの?」


 俺の、川の水位が増してくると必ず様子を見てくるというお年寄りを意識したギャグは華麗にスルーされた。 いつも思うのだが、田んぼや川の様子を見に行ったところで、そこが悲惨な状況になっていてもどうしようもないと思う。 それならもう、家の中でバラエティ番組でも見て爆笑していた方がよっぽど有意義なのではないか、と思ってしまう。


 どうしようもないことはどうしようもない。 つまり長峰が俺を犬扱いしてくるのもどうしようもないことだし、秋月がアイアンクローで俺をいじめるのもどうしようもないことだし、冬木が時折俺の心にぶっ刺さる言葉を呟くのもどうしようもないのだ。


 ……いや、どうにかしたいけど。


「クラス委員の仕事だよ。 話せば長くなるけど……」


「そーだ。 朱里ちゃん、神中山の幽霊知ってる?」


 俺が言うか言わないか悩んでいると、長峰がそう口を開いた。 先ほどの朱里の言葉から、既に慎ましい女の子座りを崩してあぐらをかいている。 こっちの方がよっぽど似合うな、こいつ。


「神中山の幽霊……夏になると出てくるってやつですよね? 確かに最近よく耳にするかも」


「秋月も似たようなこと言ってたな。 幽霊なのに夏限定なのか」


 というよりも、夏だからこその怪談話とでも言うべきか。 実に夏らしい風物詩、しかし夏限定だなんて冷やし中華みたいな幽霊だな。 ああ冷やし中華食べたくなってしまった。


「それの正体探しをしてるの。 私と成瀬と、あと秋月さんに冬木さんで」


「おお、はーれむ」


「お前帰ったらいじめてやるからな」


 とてもじゃないが、そんな楽観的な現場ではない。 というかこいつもこいつで結構酷い奴だ、俺が冬木や秋月、長峰に対して慣れるのが早いのは朱里の影響があるのかもしれないな。


「そんな殺生な!? でもでも幽霊探しなんて面白そうですねー。 時間があればぜひともお手伝いしたいけど……生憎あたしは忙しい身でして」


「毎日遊んでるしな。 宿題しっかりやれよ」


「大丈夫だよー、いざというときはおにいにやってもらうし」


 ふにゃりと笑い、朱里は言う。 それを前提にしてある辺り確実に大丈夫じゃない。 まぁ、本当に一人じゃどうしようもなくなったらやってやらないこともないけど。 いざというときはな、いざというときは。


「ま、なんか分かることあったら教えてよ。 それと美羽は絶対巻き込まないで。 巻き込んだら殺す」


「人の妹脅すんじゃねぇよ!」


 油断も隙もない奴だ。 正体がバレたときは遠慮なく言うんだな……というか、美羽には過保護だと聞いていたが、どうやらそれは本当のようだ。


 この場合、意外な一面とでも言うべきか。 長峰には長峰の事情がありそうだけど……姉妹で仲がいいのは、いいことだよな。


「あはは、任せてください! それじゃあまたねー!」


 しかしそんな長峰の脅しにも屈することなく、朱里は笑顔で答えると駆け出して行く。 我が妹ながら強く生きているようで結構だ。


「成瀬と違って友達多そうだね」


「余計なこと言うな。 それより幽霊探しどうするか……手がかりなんもないし、まずどうやって幽霊なんて探せば良いのかな」


 確かに俺と違って朱里の交友関係は幅広い。 あいつは誰にでも明るく接するし、例え長峰相手であろうと今のように怖気づくこともない。 それがあいつの良いところだとは思うし、長所だと分かっている。 だが、だからと言って俺の友達が少ないことには一切関係ない! 俺の社交性をあいつに取られたならまだしもだ、言ってしまえば俺は数少ない大切な人間を見つけているとも言い換えられる!


「人の顔ジッと見つめてなに?」


 ……数少ない大切な人間にこいつを入れて良いものか。 いや駄目だな、それなら別に俺は友達が少ない悲しいヤツで良い。


「いや。 んなことより幽霊探ししようぜ……って言っても、この時間に出るもんなのか」


 時刻は丁度昼時。 辺りは明るくセミも鳴いている。 とてもじゃないが幽霊が出る時間帯だとは思えない。 まぁ、さすがに今回の話が本物の幽霊でしたなんてことはあり得ないと思うが。


「バカ正直に探したところで見つかるわけないっしょ。 繋がり見つけてそこから辿っていくのが一番建設的かな」


「おお、なんか頭良さそうな発言だな」


「馬鹿にしてるでしょ」


 良く分かったな。 しかしそれはそれとして、繋がりを見つけて……か。 この場合、事の発端は冬木が北見に受けてのものだ。 そして北見は冬木に取引材料として「学園祭の免除」と「学園祭での食券」を提示してきた。 この二つは明らかに長峰と秋月を意識したもので、北見は二人にも協力させることを前提としている。


 二つの条件は確かに二人にとってはメリットが多大にある。 長峰は学園祭なんて参加したくないだろうし、秋月はなんていうか……良く食べるし。 で、冬木の方は責任感から協力するだろうし、俺は結局流されて手伝うことになる。 それを読んだ上でこの条件というのなら、北見が俺たち四人に協力して欲しかったということだ。


「……北見に関係あるってことか? 今回のこと」


「さぁ? 私には分かんないけど、北見もどうにかできるって思って頼んでるんじゃない?」


 長峰は相変わらずやる気がないのか、ごろごろと寝転がりながら言う。 闇雲に探したとしても簡単には見つからないだろうし、無駄な体力を使わないのは正解かもしれない。 しかしどう考えてもこいつの場合はやる気がないだけだ。


「なんか裏がありそうだな」


「多分だけど」


 俺の言葉を聞いていたのか、長峰は空を眺めながら言う。


「北見はとりあえず、私たち四人を纏めたかったんじゃないかな。 これからのことのために」


「これからのこと?」


 俺が聞き返すと、長峰はため息を一度吐いた。 どうやら呆れているらしいが、俺にはその意味が分からない。


「今のクラス、問題児が集められてるって自覚あった? 私もそうだけど、冬木さんに成瀬、秋月さんに……他にも。 北見はそれをどうにかしようとしてるんじゃない」


 ……そういえば、水族館で北見に会ったときにそんな話をした気がする。 今のクラスはバラバラだと、そして俺と冬木に期待していると。 クラスのことに関しては、あまり見ているというわけでもないからぶっちゃけ分からない。 だが、クラスのことを良く知るであろう長峰がそう言うのであれば、そうなのかもしれない。


 俺と冬木を利用した問題解決。そう考えると秋月のことにも気付いており、俺たちを向かわせたのだとも考えられる。 そして長峰の件も、下手をすれば北見が根回ししていたとも考えられる。 長峰が言うには、今回の件で俺たちをまとめてそれらの対策に当たらせる、というのが狙いなのだろうか。


 ううむ……果たしてあの北見がそこまで考えているだろうか。 俺から見ればただの方向音痴で面倒事を押し付けてくる奴にしか見えんが。


「それで、お前は仮にそうだとしてどうするんだ?」


「んー、まぁとりあえず乗ってやっても良いかな。 どうせつまんない学校だし、あんたたちと居るのもつまらないけど……暇潰しには良いかなくらいの気持ち」


 分かった上で乗せられる、ということか。 ただまぁ現時点ではなんとも言えない、そもそも長峰の言う「問題児が集められたクラス」という認識だって、少なくとも数ヶ月を過ごした上ではあまり感じなかったし。


「それに冬木さんがいくら頑張ったって無理だろうしね。 それを近くで眺めて笑えるなんて、良いと思わない?」


 性格の悪さは相変わらず。 そんな長峰を見ていたら、幽霊探しもなんとかなるのではないかと、そんなことを思う俺であった。

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