第2話『道中』

「てっきり冬木さんとイチャイチャするのかと思ってたけど、やっぱ面食いだねー男って」


 それを自分で言うのかと言いたい。 が、その言葉通り長峰は外見だけで言えば男受けがとても良さそうだ。 可愛らしい見た目は、騙される男も多くいそうである。 実際にクラスのアイドルとも言われているし、学校で見ても長峰ほど容姿端麗な奴は滅多にいない。 入学して数ヶ月、殆どが同じメンツだが違う奴らも当然いるわけで、それらが長峰に告白し玉砕したという噂話も聞くほどだ。


「消去法だけどな」


「別にそうしなくても冬木さんのとこ行けば良かったんじゃない?」


 そんなわけで、俺は長峰と共に行動することになった。 俺の家から近くもなく遠くもない、そんな場所だ。


「別にあいつと付き合ってるわけじゃないし」


「え、そうなの? てっきり付き合ってんのかと思った」


 ニタニタと、長峰は口元をわざとらしく抑えて言う。 分かりきっていることをからかうかのように。


 長峰は自転車で学校に来ているということもあり、自転車を押しながら俺の横を歩いている。 こいつの性格を考えると先に自転車で行ってしまうか、或いは俺に運転手を任せて楽をするのかとも思ったが、案外常識人らしい。


「お前と美羽って、見た目似てるけど性格真逆だよな」


「は、なにいきなり。 てか人の妹のこと呼び捨てにしないで」


 辛辣だ……冬木はもっと背後から刺してくるような辛辣さだが、長峰の場合は正面から切り捨ててくるような辛辣さだ。 ちなみに秋月は例えではなく文字通り捨ててくる。 あいつの攻撃はかなり効く。


「お前と違って優しいし、可愛いし、物腰低いし良い妹だよ」


「お互い様でしょそれ」


 ……返す言葉がない。 そういえば一応、長峰も俺の妹と面識はあったんだっけか。 一度、長峰が俺の看病をしにきたことがあって、そのときの話を聞く限りだけど。 あいつ、長峰に変なことは吹き込んでないだろうな? 弱味を握られたら最も厄介なのがこいつなのは間違いない。


「それより、今回のこの話なんか変だと思わない?」


 話の腰を折り、長峰が言う。 気ままに、思いの向くままに喋っているようだ。


「変? 北見が俺たちに任せたことか?」


「それもだけど、冬木さんの態度。 なーんか怪しいんだよね」


 長峰愛莉は人をよく見ている。 それも外見ではなく、人の本質というところをよく見ている。 俺のことも分かっているような口振りを多々するし、冬木のことに関してもそうだ。 本来であればそんなことはないだろ、と否定しているとこだが……生憎、長峰がたった今口にしたように俺も冬木の態度は妙だなと思っていたところなのだ。 優れた観察眼は誰もが持ち合わせるものではない、言ってしまえばこれもまた俺や冬木のような特殊な力、とも言える。


「最初から結局やるような、そんな話の持って行き方だったし……場所も」


「場所?」


「……ん、いや。 それは気のせいかな」


 俺が言うと、長峰はすぐさま考え込むのを止めるかのように、口元に添えていた手を離した。 そのまま片手で押していた自転車の乗り込み、ゆっくりと俺の歩幅に合わせるように漕ぎ出した。


「聞いてみるかな、冬木に」


「まー裏でコソコソするよりよっぽど良いかもね。 乗ってく?」


 長峰は言うと、荷台をぽんぽんと叩いた。 普通ならここは俺が漕いで、長峰が後ろに乗るというのがあるべき形なのだろう。 しかし残念ながら、俺は長峰を後ろに乗せて自転車を漕ぐなんて絶対に嫌だし、何より面倒臭い。 遠慮せずに荷台へと乗ることにした。


「コケるなよ」


「まぁいけるっしょ……っと、とと、っと!」


 ぐらぐらぐら。 どう考えても数秒後には転んでいそうなほどに揺れている。 俺はもちろん疑っていたこともあり、すぐに地面に足が着くようにしてあり、これまたもちろん足を地面へと着けた。


「おい」


「……ほら、非力な女子って可愛いでしょ?」


「お前本当に減らず口だな……」


 結局俺が漕ぎ、長峰が後ろに乗ることになるのだった。




「そういやさ、冬木のことありがとな」


「なにが」


 川沿いまでは少しある。 俺は自転車を漕ぎながら、後ろに居る長峰へ向けて口を開いた。 風が少し気持ちが良いものの、夏の暑さには勝てなく、汗を掻き始めている。 そんな可哀想な俺だが、長峰は容赦なく「段差はゆっくり、お尻が痛いから」と注文を付けてくる具合だ。 俺の体力なんて元々頭にはないのだろう。


「和解してくれたこと。 俺も話は聞いてたけど、誰が悪いってわけでもないだろ? あの話って」


 少なくとも俺はそう感じた。 今であれば問題なく解決できたことでもあるだろうし、一番の問題は三人が未熟だったことに尽きる。 冬木もそうだったし、水瀬もそうだったし、そして長峰も。


 もちろん、長峰のしたことを許すというのとは話が違う。 しかしそれは俺が決めることではなく、冬木が決めることであり、俺が口出しをすることでもない気がしたんだ。 冬木が受け入れたのだから俺も受け入れよう、それで良いじゃないか。


「ふうん、成瀬と冬木さんじゃ一応考え方の違いはあるんだね」


「いつから呼び捨てになったんだよ」


「イヤ? それとも下の名前のが良い? 修一っ」


 言い、長峰は腕を俺の体に回してくる。 いきなりのことに動揺した。 いや、だって、俺も一応は男子高校生だ。 健全たる男子高校生にそんな体を密着させるなんて、動揺しない方がどうかしている。 それにほら、背中になんというか……柔らかい感触が。


「バランス崩すっての!」


「ひひ、あはは! あー面白いなぁ。 けどあんまベタベタしたら冬木さんに怒られちゃいそうだね」


 後ろを向いて睨むと、長峰は心底嬉しそうに、同時にいたずらっぽく笑う。 こいつは本当に良く分からん、何を考えているのか、何がしたいのかが分からない。 言葉の一つ一つに嘘はないし、まぁ冗談だと俺の眼じゃ見えないけど……それでもよく分からない奴というのが、長峰愛莉である。


「……私さ、怒られたことあんまないんだよね。 怒ってくれる身近な人って、友梨だけだったから」


 先ほどまではふざけていたと思えば、急に真面目な話だ。 ますますこいつが分からなくなると同時に、ペースは完全に長峰に握られていた。 それを狙っていたのかは分からないが、俺は素直に長峰の言葉に耳を傾けていた。


「俺から見たら怒りたいことばっかだけど」


 少しだけ、気持ちだけペースを落とす。 話のではなく、自転車を漕ぐペースをだ。


「そうそう、だから成瀬は面白いのかなって。 私の馬鹿みたいな行動に言ってくれるのって、成瀬だけだし」


 白い歯を見せて長峰は笑う。 悪意なんて微塵もない笑顔だったものの、長峰の言っていることはいまいち良く分からない。 好き勝手にやりたいからやっているというのは間違いないだろうが、そうであるなら止めて欲しいというのは矛盾しているのではないだろうか。


「ならこれからは全部怒ることにするわ。 そっちのが良いんだろ?」


「ムカついたら普通に殴るけど、それで良いならね」


「……」


 やはり、長峰愛莉という奴が分からない。 ていうか秋月然り、俺はひそかにいじめられているのではないかと思い始めた。 冬木は暴力こそ振るってこないものの、あの冷たい視線と言葉だけで心にどれほど傷を負っていることか……!


 しかしまぁ、長峰も随分と大人しくなったものだ。 あの一件から誰が一番変わったか、と言われれば長峰愛莉に他ならない。 もしかしたら今の長峰が本来の長峰愛莉なのかもしれないし……それこそ、水瀬友梨が接してきた長峰愛莉だ。


 少しの変化であれ、大きな変化であれ、人というのは変わっていくものだ。 それは冬木もそうだし、秋月もそうだし、長峰だって同じなのだ。 俺もまた、ここへ来て変わってきているのだと思う。 取り巻く環境というのはとても大事で、それは俺も冬木も良く分かっている。 きっと長峰だってそうなのだろう。


「ねえちょっと速度遅くない? 頑張ってよ犬」


「お前絶対良い死に方しないからな」


 とりあえず、俺の周りの女子たちの立場が明らかに俺より上という環境だけはどうにかしたい。 そう強く願う俺であった。 そして後ろに我が物顔で座る長峰愛莉が出来る限り苦しい最期を迎えることを密かに願うのであった。

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