嘘の使い方

第1話『神中山の幽霊女』

「うっす」


「お疲れ様です」


 最早恒例とでも言うべき挨拶は、日課とも言える流れである。 俺がクラス委員室へ入ると、冬木は決まってこうして本を読みながら俺のことを待っている、という流れだ。 季節は8月、学生身分である俺たちにとっては夏休み。 あの校外学習から少し経った頃だが、相も変わらず俺と冬木は暇な日々を過ごしていた。 北見によるとそろそろ忙しくなってくる、とのことだが……一番辛いのは暇な時間、間違いねえな。


 夏休みが明ければ、少し遅いが臨海学校がある。 そしてそれが終われば秋月神社で紙送りがあり、その次は学園祭。 行事が多いのは結構なことだが、俺や冬木のような友達が非常に少ない奴らにとっては試練でもあるな。 ともあれ今は夏休み、課題も順調に終わらせていた俺たちは暇を持て余しているというわけだ。


 それでも夏休みに呼び出して、することできるまで好きに過ごして。 とお達しするのはどうなんだろ。 家にいても朱里は夏休みでほぼ毎日遊びに行ってるから良いんだけどさ。


「……で、お前はやっぱりいるんだな」


「なに、文句あんの?」


 ソファーに寝そべり、もう少しでスカートの下が見えそうなほどにくつろいでいるのは長峰愛莉。 どういうわけか、こいつは冬木との一件が解決してからというものこのクラス委員室に入り浸っている。 冬木も冬木で特に拒否はしていないし……むしろこの二人は割と仲が良さそうだから参ってしまう。 俺、長峰さん超苦手なんですけど。


 冬木が過去の件にケリをつけたのは、俺としても嬉しい。 1番の問題点というべきか、1番話をしなければならなかった長峰と和解できたのは喜ぶべきことだろう。 クラスのリーダーとして注目されている長峰が変われば、時間は必要だろうが周りも変わってくる。 皮肉なことに冬木の疎外が始まったのも長峰が発端だからだ。


 それについて、冬木はもう何も気にしていない。 俺が眼で見てそれは確認している。 しかし、それを抜きにして俺は長峰愛莉という人物そのものが苦手なのだ。 このなんだろう、カースト上位の者が放つ独特な雰囲気……話していて思わず敬語を使ってしまいそうになる。 本能的に自分が下だと俺は認識しているのかもしれない。 悲しき性だな……。


「いや、ありません」


 というか使ってしまった。 それを聞いた長峰は、興味をなくしたように俺から視線を外し、手に持っていた携帯に視線を戻す。


 ぶっちゃけ俺は北見にチクったことがある。 長峰さんがクラス委員室に入り浸っているんですけど、と。 だって本人に直接言うの怖いじゃん……頼れるものには頼れという弱者ならではの行動なのは否定しないが。


 しかし、なんということだ。 長峰は風紀委員をやめており、更には既に北見に頼み込んで『クラス委員補佐』というありがたい役職をもらっているらしい。 そのおかげで「またいるのか」みたいな小言は言えるものの、「なんでいるんだよ」のようなことは全く言えない。 先手を打たれたのだ、恐るべき長峰愛莉。 そしてこの長峰愛莉を敵として過ごしていた冬木もまた恐ろしい奴だ。


「お、全員いるのか」


 そんな声で現れたのは、秋月純連だ。 こいつもまた、ここ最近入り浸りを始めた者である。 紙送りの準備はまだ先らしく、この夏休みはほぼ毎日こうしてここを訪れている。 最初の無言な大変気まずい空間からしたら賑やかになって結構だが……どうにも良い逃げ場所で落ち着いてないか、特に長峰と秋月。


「四人集まっても特にすることないけどな」


「そうでもありませんよ。 今日、北見先生からお仕事の話をもらっています」


「へえ」


 興味なさそうに答えたのは長峰だ。 お前もう帰って良いよと思わず言いそうになる。


「皆さんが集まるまで待っていました」


 言い、冬木は読んでいた本をパタンと閉じる。 雰囲気的には「これから殺し合いを」とでも言いそうなものだ。 冬木なら言わないか、さすがに。


「……成瀬君には個人的なお話があとでありますが。 とにかく、北見先生から伝えられた話をします」


 ……どうやら思考を聞かれたようである。 あとでされる話は説教で間違いない。


「神中山の幽霊の話はご存知でしょうか?」


 しかし、そこで冬木が口にしたのは最近、よく耳にする言わば都市伝説のような話であった。




「それで、その幽霊をどうにかして欲しいということか」


 冬木の話を受け、真っ先に口を開いたのは秋月だ。前に少しこの件について話をしたとき、秋月の神社にも相談が行くとか聞いたな……秋月も思うところがあったりするのかな。


 冬木の話は簡潔で分かりやすく纏められていた。 ここ最近になり目撃情報が多くなり、怖がっている生徒も多いから正体を突き止めて欲しい、とのことだった。 まさか幽霊退治を任されるのが仕事だなんて考えもしなかったけど……クラス委員の仕事というよりかは便利屋の仕事っぽい気がしなくもない。


「というわけで、多数決を採ります。 今回の仕事、したくない人は?」


「え」


 どんな多数決だと思い、俺は思わず声を出す。 だが、それを受け俺以外の三人が手を挙げる。 秋月に長峰、そして依頼を聞いた冬木本人だ。


「では、今回の件はなかったことにしましょうか」


「おいおいおい! それありなの!?」


 いやなしだろ、絶対になしだろそれ。 というかこの面子で多数決をとれば間違いなく何もしない集団になるだろ! 俺も本音はもちろんなかったことにしたいけどさ! 基本的に不真面目な連中の集まりなんだからこうなるの分かるじゃん!?


 というか冬木、絶対わかってて多数決とってるだろ……秋月の性格もそうだし、長峰の性格も。 分かってた上で多数決という方法を取り、やりたくもない幽霊探しを華麗にスルーしようとしているのだ。 恐ろしい子……。


「ったくうるさいなぁ。 そもそもクラス委員の仕事じゃなくない? 警察とかに頼めば良いじゃん、それに危ないし変質者とかだったら、秋月さんとか冬木さんはともかく私危ないし」


 長峰はようやく本格的に話を聞く気になったのか、携帯をスカートのポケットへとしまってソファーへと座り直した。 このソファーというのも、長峰がどこかの教師に媚を売って持ち込んだという代物である。 一体こいつにはどんな権力があるのか、恐ろしくて仕方ない。 更に秋月に対して物怖じしない発言は最早俺の方が恐ろしくも思ってしまう。


「確かに。 私は幽霊や変質者程度なら斬り伏せられるが」


 いやいや、なにその自信は。 どこからそんな根拠が出てくるんだ、いくら巫女だからといって幽霊斬り伏せるとか恐ろしいんですけど? それともなに、ここからいきなりバトル展開になったりするの?


「でしょ? 怖いって」


 だが、そんな長峰の素行は一旦置いておくとしてだ。 言い分は確かに理に適っている。 名目上は幽霊退治とは言ったものの、真実を辿ればそこに潜んでいるのは人間だろう。 それもコソコソと何かをしている、悪意に満ち溢れた人間の可能性が高い。 それを北見ももちろん分かっているだろうし……だからこそ、俺たちに安易に任せたことへ違和感を感じる。 その違和感がつまり、俺たちに任せても問題ない案件だ、と言っているようで引っかかるのだ。 北見はこの話の真相を既に知っているのではないか、という違和感。


「長峰に賛成だな、私としてもそれについて調べるメリットがない。 報酬もないことだし」


 報酬がないと動かないのか、秋月さん。 およそ神社の神聖なる巫女らしからぬ発言だぞそれ。 しかし素の秋月らしい言葉だ……要するに面倒臭いだけだろ、こいつ。


「でしょ? 私もお金くれればやっても良いけど」


 賛同者が居たことが嬉しかったのか、長峰はノリノリで人差し指で円を描きながら言う。 クラス内では未だにアイドルとして、秋月は真面目な生徒として発言も行動もしている二人であるが、ここでは思いっきり素で話をしている。 なんていうか最悪な光景だなおい。 この世の地獄が煮詰まって再現されている気がしなくもない。


「メリットならありますが」


 しかしその流れを断ち切るように、冬木が口を開いた。


「学園祭での食べ物無料券と、希望をするならクラスの出し物の免除らしいです」


 まるで狙い撃ちしたかのようなメリットだ。 そして、そのメリットを聞いた二人は顔を見合わせ、口を開く。


「ま、夏の風物詩としては良いかもね。 やってみる価値あるんじゃない?」


「そうだな、それにこのまま放置するのもどうかと思う」


 こいつら数秒前の自分の発言を忘れてない? ねぇ大丈夫? 鶏かな? 正反対のことを口に出しているって自覚あるのかな?


 長峰は学園祭での出し物の免除。 そして秋月は無料券に釣られやがった。


「私はクラス委員としてもちろんやりますが、成瀬君はどうしますか?」


「ねえなんで俺が反対派みたいになってんの……反対派お前ら三人だったよね。 俺多数決で手上げてなかったよね」


 しかし、この冬木に何を言っても無駄である。 それを表すかのように、冬木は俺の言葉を無視して話を進め始めた。


「ひとまず、現地調査から始めましょう。 目撃情報が多いのは……」


 冬木は言い、どこから取り出したのか、地図を広げる。 準備があまりにも良い、予めこの流れが分かっていたようだ。 そして神中山の辺り、更には病院、川沿いに丸をつけていく。


「三箇所か。 見る限り、共通点はなさそうだが……」


「ひとまず行ってみないことには分からないっしょ。 冬木さん、ちゃんと私も献身的に協力したって北見に言っといてね」


 先ほどまではやる気皆無だった二人には見えない積極性である。 というか秋月はともかく、長峰の方はこれで良かったのだろうか? 学園祭の手伝いと今回の幽霊探し、どちらかと言えば不明瞭な分、今回の方が手間になりそうなものだけど。


 ……まぁ、本人が気にしていないならとやかく言うのは野暮か。 俺はそう思い、地図を取り囲む三人の輪に入っていく。


「四人で三箇所。 手分けした方が良さそうですね」


 冬木は言い、俺たち三人に順番に視線を向ける。


「はーい、私は川沿い。 山は虫多そうだし、病院は臭そうだし」


 臭そうってどんな偏見だそれ。 深く掘り下げると更なる酷い発言が出てきそうだから、触れないでおく方が懸命な気がしてならない。


「なら、私は神中山を見てくる。 秋月神社の管轄でもあるしな」


「そうなのか? 秋月んとこって結構顔広いんだな」


 俺が言うと、冬木も長峰も真っ直ぐにこちらへ視線をやった。 変なことでも言ったのか、この辺りのことは未だに分からないことがあるが……相当有名なのかな、秋月家って。


「では、私は病院で。 成瀬君はどうします?」


「んー」


 少し悩む。 さて、ここで選ぶべきは場所ではなく人だ。 冬木か、長峰か、秋月か。 その三人の中から一人選べという問いにしか聞こえない。 当然、思いのままに選ぶとしたら1番仲のいい冬木のところだが……病院が少し俺の家から遠い。 それが難点である。 終わってから帰る時間を考えると、神中山がもっとも近くもあるけど……ううん。


「別に成瀬君が怠惰であろうと、今更私は呆れませんが」


 どうやら聞こえてしまったらしい。 俺はそれを受けて苦笑い。 長峰と秋月は不思議そうな顔をしていたものの、特に何か言うことはなかった。 しかし改めてそう言われてしまうと、更に選びづらくなってしまう。 そう考えると、ここは間を取って。


「なら」


 こうして、俺の行く場所は不服ながらも川沿いになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る