第23話『人と、気持ち』

 問題はタイミング。 私と長峰さんは別々の班で、いつその話を持ち込むかというのが最大の課題だ。 大勢の前で言ったところで、長峰さんは確実に嫌悪感露わに私を拒絶するだろう。 適切なタイミングは長峰さんが一人っきりのところに声をかけるというものになる。 その状況を如何にして作るか、というのが私の課題。


 成瀬君、秋月さんは何かあれば手伝うと言ってくれた。 二人には本当に感謝しているし、いざというときは二人に頼ろうとも思っている。 それは今までの私では思いもしない選択だ、けれどその選択があるということ、そこにあるというだけで幸せなことなのだと思えた。


 基本的にこの校外学習は班ごとでの行動が義務付けられている。 スタンプラリーのように、各ポイントには教師がおり、そこをしっかりと通過し、神中山に残された歴史というのを見て行き、最終的にキャンプ場へと辿り着くという流れだ。 私は前に北見先生と視察で来ているから道のりは分かっている、途中で長峰さんに話しかけられるようなポイントは残念ながらない。


 だからタイミング的にはキャンプ場でカレー作りを始めるタイミングがベスト。 時期はそれが良いとして……一番の問題はどう長峰さんを連れて別の場所に移動するかだ。


『あっちい……』


『帰りたいなぁー』


 整列させ待機させられている私たち。 班ごとに続々と出発していき、私たちの番はもう少しだ。 日差しも強く、今日の天候は晴れの予報。 とは言っても、山の天気は変わりやすいというから少し不安でもあった。


「冬木って幽霊とか信じるか?」


「なんですか唐突に。 信じませんよ、あくまでも誤認識や勘違い、そういったものの類です」


「朱里曰く幽霊が出るらしいぜ、恋人と遭難して片方だけ生き残って、残された方は無念にも……って」


「……この山でですか?」


「ほら……あいつそういうの好きだからさ」


 しっかりした山と言えばしっかりした山だけれど、道のりは道が整備されているし、迷おうと思わなければ迷えないような山だ。 ここで遭難するというのは少し難しい話だと思う。


「でも夏になると毎年出るって、何人か見た人もいるらしいって話だけどな」


「そんな馬鹿げた話……」


 少し呆れつつも成瀬君の顔を見る。 やはり兄妹なのか、成瀬君はその話というのに少し興味がありそうにも見えた。 好奇心旺盛……というよりかは、成瀬君の場合は探究心というのが強いのかもしれない。 私の嘘を放っておけないような人だ、不思議ではない。


 と、順番を待ちながら成瀬君とそんな話をしていたときだった。 私たちの後ろから声がする。


「神中山の幽霊女の話か?」


「秋月さん。 ご存知なんですか? 成瀬君の話」


「もちろん。 この辺りでは有名な話だし、夏になると私の神社にもそういう話が降りてくるからな。 厄除けや祈祷目的で訪れる人が増えるのもその時期だよ」


 ちなみに、バスで寝ていた秋月さんは到着と同時に起きていた。 しっかり者、というよりも体に刻み込まれていると言った方が正しいかもしれない。 内心では面倒臭がっているというのが秋月さんだけれど、その歪みを見つめながら彼女の場合は歩いて行くしかない。 その歪みを知っている私や成瀬君が近くに居るというのは、彼女にとって果たして助けになっているのだろうか。


「だったら案外本当かもな。 夏休みに肝試しでもするか」


「心にもないことをよく言えますね」


「なんで嘘だと思うんだよ」


 私が言うと、成瀬君は若干強張りながら言う。 そうは言われても、成瀬君が率先して肝試しをしようと思うわけがない、私と同じくインドア派な彼だ、そんな学生気分を謳歌するような選択を取るとは思えない。


「成瀬君の性格からしてですよ。 誘われても参加しないでしょう」


「良く分かってんな……けど冬木がびくびくするなら少し見てみたいって気持ちもある」


「……」


 私をからかうために生きているのではないだろうか。 一応私も人間、怖いという思いはあるし多分行ったら怯えることになる。 だから絶対行かないと心に強く誓った。


「はーい、それじゃ次の班ー」


 と、そんな話の最中に北見先生の声が聞こえた。 それを受け、私たちの班は立ち上がり進む。 もちろんそこには見えるような溝がある、前を歩く他の人達と、二メートルほど開けて進む私たち。 分かっていたことではあったけれど、傍目からみたら異様な光景にも見えたかもしれない。


 そんな光景を見てか、北見先生は困ったように笑っていた。 それもそうだ、クラス委員という仕事を任せている私と成瀬君の所属する班が、こうも綺麗に垣根というのを見せつけているのだからそんな反応しかできないだろう。 けれど、少しずつではあるものの私の周りは変わってきている。 今までなら、この位置に立っていたのは私一人だけだった。 それが今は成瀬君と秋月さんが居てくれる、それが少し嬉しく思い、そして同時にもっと変わることができるのではと、そう思わせた。


「成瀬、何か面白い話をしてくれ。 暇なんだ」


「唐突だな……俺に面白い話を求めるとかどうかしてるぞ」


 私たち三人は並んで歩いている。 真ん中に私、左には成瀬君で右には秋月さんだ。 ふと、昔を少し思い出すようなそんな光景だった。


 ……いや、それは少し違う。 あのとき私は二人の背中を見ていた。 けど、今見えるのは私を挟んで話をする二人の友人だ。 できるはずがなかった友人、作れるはずがなかった友達。 秋月さんは私たちと同じように自分のことで悩んでいて、成瀬君は私のことを知っても近くに居てくれる。


「それより面白い話なら冬木のが引き出し持ってるぞ」


「そうなのか?」


「……いきなり私に振らないでください。 では、私の部屋に来た成瀬君の話でもしますか」


「それはやめてください。 仕方ない……なら朱里の話でもするか」


 折角面白い話をしようと思ったのに、成瀬君はまた朱里さんの話だ。 ちなみにクラス委員室で私は毎日朱里さんの話を聞かされている、もう良いと言っても成瀬君は鶏なので次の日には似たような話をしてくる具合だ。


「それも少し興味はあるが、成瀬がどうしてここに引っ越してきたかという方が興味はあるな。 両親の仕事の都合か?」


「あー……まぁ、いろいろあってな」


 成瀬君は愛想笑いのような表情をしながら言う。 触れられたくないとでも言いたげな様子だった。 私と似たようなことがもしかしたら彼にもあったのかもしれない、少しだけ思考を聞くことで見えたものはあったけれど、それは恐怖にも似た思いだった。 断片しか私は知らない、もしかしたら断片ですらないのかもしれないほどに小さなものだ。 いつか、私は成瀬君の手伝いをすることができるのだろうか? 成瀬君に感じている大きな恩をそれで返せる日が来るのだろうか。


 ……いや、今はそれを考えるべきではない。 目先のことですらどうにかなるか分からない私だ、まずは自分のことをどうにかしなければならないし、成瀬君や秋月さんだってそれを望んでいるからこそ、私を気にかけてくれているのだ。


「少し配慮に欠ける言葉だったな、すまない。 もし私に手伝えることであれば言ってくれ、面倒だと思うかもしれないが」


「そうならないように頑張るよ、ありがとな」


「ああ、余計なお節介だったら申し訳ない。 ……人の気持ちというのも中々難しいな」


 秋月さんは自虐的に笑って言う。 けれど、どこか格好良くも見えた。 秋月さんは「難しい」と口にしたが、そういったことがすんなりと口にでき、人の気持ちというのをたった数回話しただけで察することができる彼女は私とは違う。 私は自分の持つ力があり、それでようやく知ることができるのだ。


 ――――――――冬木さんは何も分かってない、誰の気持ちも分かってないでしょ。


「あ」


「ん、どうかしたか?」


 思い、出した。


 そうだ、私はそう言われたのだ。 他でもない、長峰さんにそう言われたんだ。 忘れていたこと、忘れ去っていたことは少しずつ蘇ってくる。 砂漠で宝探しをするかのように、バラバラと散っていった記憶が少しずつ込み上げてくる。


「二人に協力して欲しいことがあります」


 どうしてそうなったのか、どうしてそうしたのか、そしてどうして欲しいのか。


 私は人の思考を聞けるからこそ、人の思考が分かっていなかった。 聞こえたものを全てと思い込み、そしてそれに従い行動していた。 今更ながら、そんなことに気付けた。


 そして、成瀬君と秋月さんは私の言葉に顔を見合わせると、待ってましたと言わんばかりに大きく頷いたのだった。

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