第19話『彼女と、私』
「そーらにゃん、何してるの?」
「特に何かをしているというわけでは……空を見ていました。 天気が崩れそうだなと」
約束の日、今日は水瀬さんと長峰さんと山を越えた向こうの街へと文化祭で使う衣装を調達しに行くことになっている。 クラスの人数分が揃えられるかというと微妙なところだったけれど、予約なりすれば当日までには間に合うだろうという判断だった。
そして、待ち合わせ場所であった噴水広場で私は二人のことを待ちながら、空を見ていた。 少し薄暗く広がっている雲は太陽の光を覆い隠し、私たちの下に光を届けまいと意地悪をしているようにも見える。 予報では雨など降ることにはなっておらず、傘は持ってきていない。 それを信じるしかないか、と思った。
「長峰さんは?」
いつも二人は行動を共にしているという認識が少なくとも私の中にはあった。 もちろん学校外までずっと一緒というわけではないが、長峰さんがどこにいるかというのを知っている可能性で言えば、水瀬さんに聞くのが一番手っ取り早い。 それこそ本人よりも本人のことを語ってくれるであろう彼女なら。
「寝坊したって。 今起きたって言ってたから結構かかるかも」
水瀬さんは手に持っていた携帯の画面を私に見せつつ、苦笑いをして私に言う。 長峰さんは水瀬さんのことを「自由奔放な奴」と言うが、長峰さんも長峰さんで自由奔放な人だと私は密かに思っている。
「彼女らしいですね。 では、どうしましょう」
「あいつ準備も時間かかるしねー、お茶でも飲んで待ってよっか」
「ええ、そうですね」
そんな話を私と水瀬さんはし、近くにあった喫茶店へ足を向けるのだった。
「空にゃんってシンプルだよねー」
「……人間として、ですか?」
その後、私と水瀬さんは喫茶店で適当な飲み物を頼み、店先に並べられた席へと腰掛けていた。 幸いなことに屋根はあるおかげで雨が降ってきたとしても問題にはならなさそうだった。
「いきなりそんな悪口みたいなこと言わないって。 見ていて分かりやすいってことだよ」
見ていて分かりやすい……考え方とか、行動がだろうか? しかしそれは人間としてシンプルということにならないか? なんてことを私は思う。
「空にゃん毎日決まった時間に起きてる?」
「目覚ましは設定しているので、そうですけど」
「決まった時間に寝てる?」
「サイクルが崩れると良くないので」
「勉強する時間は決まってる?」
「ええ、まぁ」
そんなやり取りを繰り広げ、やがて水瀬さんは満足したのか私を指差した。
「やっぱシンプルだよ、空にゃん。 サッパリしているって言うか愛莉の言葉を借りるなら……距離感ある感じ?」
そう言われることにも段々と慣れてきた。 距離感がある、というのは私も良く分かっている。 むしろ、それは私自らが作り出しているもので故意のものでしかない。
「……そうかもしれません。 正直な話をしても良いですか?」
私が言うと、水瀬さんは表情を変えることなく頷いた。 それこそ話したところでという話だし、何よりそれを口にすることで今の関係というのは崩れてしまうかもしれない。 が、言わないよりかは良いと思った。 もしかしたら……新しいものが見えるかもしれない、その場所まで辿り着けるのかもしれない、という気持ちはあったと思う。
「私は、長峰さんと水瀬さんと距離を置きたいと考えているんです」
「……それって、前のことがあったから?」
私が言うと、水瀬さんはまぶたをピクリと動かして反応を示す。 気持ちの伝え方、言葉の構成の仕方が下手という自覚はあるけれど、逆に言えばそれだけ私の考えというのが伝わりやすい。 いくらかの理由はあれど、それらを並べたところで大した意味なんて持たないものだと思った。
「それはあまり関係がありませんが……元々、一人が好きなので」
それは嘘だ。 本音を言えば私も友達というものが欲しいし、なんなら今こうして水瀬さんと話し、お茶を飲んでいる時間だって楽しい。 けれど、仲良くなればなるほどにお互いが傷付くことになるのは知っている。 沢山の思考を聞いて、それは分かっていた。 仲が良くなれば良くなるほど、その時というのは残酷に、容赦なく心を蝕んでいくのだ。
「あ、あーね。 まぁ大人しい感じだもんね、空にゃん。 わたしとか愛莉うるさいもんね、あはは」
「いえ……お二人とも、とても良い人だということは分かります。 ですが、私といてもあまり良いことは起きません」
どこかで私が気付いてしまい、そして避けてしまう。 そうなれば、傷付いてしまうのは水瀬さんたちの方だ。 私はそう思って言うも、水瀬さんはすぐさま口を開いた。 その言い方はまるで独り言のようでもあり、小さなものではあったが私の耳にハッキリと届いた。 優しさが詰め込まれた、そんな言葉。
「良いこと起きたよ、たくさん」
「え?」
聞こえていたけれど、私は尋ね返した。 頭の中でうまく解釈できていなかったのかもしれない。
「わたしは楽しいよ、空にゃんといると。 最初より喋ってくれるようになったし、たまに笑ってくれるし、笑ったときの空にゃん結構可愛いし……あのね、空にゃん」
水瀬さんは言うと、何かを言いたそうに口を開きかける。 が、すぐに口を閉じてしまって、しかし言葉を紡ごうとして、そんなことを繰り返していた。 言いづらいことを言いたい、そんな空気を感じる。
「あの、わたし……さ」
「よっ、お待たせ。 何話してんの?」
水瀬さんがようやく何かを口にしようとしたその瞬間だった。 向かい合って話していた私と水瀬さんの間に長峰さんの姿が現れた。 タイミングが良かったのか悪かったのか、それがあり水瀬さんは言いかけた言葉を途中で飲み込む。
「へ!? あ、あー、早かったね」
「これでも一応急いで準備したし。 んで何話してたの?」
長峰さんは今度は私に顔を向け、尋ねてくる。 思ったことを率直に述べているのだろう、水瀬さんは話を切り替えようとしているみたいだったけれど、長峰さんには通用していない。
「私の話です。 私に距離感を感じる、という」
「あーね、それめっちゃ思ってたけど友梨もやっぱ思ってたんだ? うける」
「ちが、わたしのはそういうんじゃなくて……別に空にゃんが悪いとか、そういうのじゃないから」
水瀬さんは言い、私を見る。 私に気を遣ってくれているのか、今日の水瀬さんは少々弱々しいと思うものの、私は素直にそれが嬉しかった。 笑って水瀬さんを見ると、水瀬さんも私に合わせるように笑ってくれた。 長峰さんは顔に疑問符を浮かべるように私と水瀬さんを見ていたけれど、水瀬さんは今度は行動に移し、長峰さんの興味を削ごうとする。
「それじゃ揃ったしそろそろいこっか!」
「はぁ? 私まだ着いたばっかで一休みしたいんだけど。 二人だけ休憩して私だけ休憩なしって失礼だと思わないの?」
「遅れたあんたが悪いの。 あんたの方こそわたしたちに失礼だと思わないの? ね、空にゃん」
「……と、言われましても。 ですが、遅刻は確かに悪いことですね」
「チッ……はいはい分かりましたよ。 それじゃ水瀬様と冬木様のお言葉に従いまーす」
二人はそんなやり取りをしながら、歩き出す。 私は二人を眺めながら少し後ろについて歩き始めた。 この距離感、微妙な距離感というのがやはり私にとっては安心できるものなのだ。 隣には誰もいない、後ろにも誰もいない、前を歩く二人に付いていくだけだ。 これから多くの年月を過ごすとは思うけれど、これからも私はこうして一人で歩いて行くのだろう。 私がこの力を持っている限り、それは揺るぎようのない現実だ。 夢は見ない、希望もない、そんなことは分かっている。
それでも、水瀬さんと長峰さんの存在は少しだけ私の学生生活というのを明るくしてくれた。 来年になってクラスが変わってしまうのを少し寂しいと感じるくらいには、そう思えていた。 いつかきっと私は聞いてはいけないことを聞いて、そして溝が生まれて距離ができて……二人は遠い存在になってしまうとは思うけれど。
……いいや、違うか。 それは少し違う。 そう思い込むということは逃げだ、聞いていなかったことにするのは悪だ、なかったことにはできない。 だって、私は既に。
――――――――私は。
『気持ち悪いかもしれないけど……空にゃんのこと、好きだから』
その思考を。
水瀬さんのその思考を。
聞いて、しまったから。
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