第17話『文化祭と、流れ』

 それから、変わることのない日々は続いていく。 一日、一週間、一ヶ月。 驚くことに長峰さんとも水瀬さんともそれなりに上手くはやれており、他に話す人こそ居なかったけれど、その二人とだけは学校で話すことは続いていた。 とは言っても、一緒に帰ることはあれど遊ぶことはない、というような微妙に距離感のある付き合いではあった。 私としては良い感じに収まった、というようなものであり、それについては満足していた。


 そして、夏休みが明けてから一週間が経過したある日、その出来事は起きた。


「あー、それじゃあ文化祭でうちのクラスがやるのはメイド兼執事喫茶。 多数決で決めたことだから文句は言うなよー」


 担任である山岸先生はそう言ったが、大体の人は流れに任せていたということもあり、その出し物についてクラス内で揉めるようなことはなかった。 そして肝心のメイドと執事を務める人たちは決まっており、私と長峰さんはそれを避けることができていた。 水瀬さんは自ら名乗り出てやることになっていて、長峰さんが好意を寄せている安斎くんも執事を務めることになっていた。 そこで流されてメイドをやると決めない辺り、長峰さんらしいと感じたのを覚えている。


「ある程度の備品は俺の方でも揃えるが、足らない物が出たら資材準備の方で頼んだぞ。 それじゃ大まかな流れ決めていくかー、適当に意見まとめて持ってきてくれ」


 文化祭は約二ヶ月後、私たちがやるのは喫茶店で、それを考えると準備とは言ってもそれほど大変なものにはならないだろう。 そのことから楽観視していた。


「よし! みんなどういう感じでやりたい? やっぱり喫茶店なら飲み物とか食べ物とか出すっしょ? んで、接客方法も考えてかないといけないよな」


 声を発しながら立ち上がったのは、宮地君だった。 こういうクラス内でのことで声を発することが大きく、良く言えばムードメーカー的な存在だと認識している。 彼に関しては好意を抱く人も居る一方で、逆に悪意を抱く人も少なからず存在していた。 集団の中で声を発するということは、マイナスな感情も呼び起こすということは良く知っている。 が、それでも声を発してくれる宮地君の存在は大きく、それに伴い他の人からも声が上がり始める。


「それよりまずは流れじゃない? 受付とか、案内方法とか、飲み物とか食べ物出すにしてもそれ考えてからじゃないと」


「確かに。 大まかな流れ先に決めた方が良いんじゃないかなー」


「じゃあ最初は全体の流れ決めちゃうか。 えーっと……俺進行役やっちゃって良いの?」


「宮地以外いないっしょ」


 そんな会話が繰り広げられ、黒板の前に立ったのは宮地君だった。 そして大きな字で「全体の流れ」と書き、チョークを置く。 綺麗な字とは言えなかったけれど、こうして先導をしてくれる人がいるというのは皆としてもありがたいのかもしれない。


「……なーんか、くだらないね」


「……そうですか?」


 そこで口を開いたのは長峰さんだった。 私と彼女は隣同士の席で、長峰さんはそんな光景を見てつまらなそうに頬杖を突いている。 長峰さんはクラス内でのことに酷く無関心で、最初は私に話しかけてきたことから社交性は高い人だと思っていたけれど、それは勘違いだと気付くのにそう時間はかからなかった。 長峰さんには友達が多いし、話しているところも多々見かける。 しかし、いつもどこかつまらなそうにしているというのが印象的だった。 常に一線を引いている、というのが一番正しいかもしれない。


「冬木さんも一緒でしょ。 これやって何になるの? って、そう思ってる人って少ないけどいるから」


「……」


 その言葉に何か言うことはできなかった。 長峰さんの言う通り、私も一緒だったからだ。 クラスには輪というものが存在し、私はその輪の外から見ている気分でいた。 そして、隣にいる長峰さんもそれは一緒だろう。 一歩退いて、そこから中を見つめている。 まるで劇を眺める観客の目線だ。


「たとえば、あいつ」


 長峰さんは言うと、右手に持ったペンをくるくると回し、教室内に居た一人の生徒に向ける。 当然、その行動には私以外の誰も気付いていない。


「……秋月さん、ですか?」


「そ。 あの子も絶対くだらないって思ってるよ、一回話してみたけど分かる。 自分が無関係だと思ってる人って、そもそもの視線が違うから」


「よく分かりませんが……指示された仕事をこなしていれば良いのではないでしょうか」


「そういうことを言ってんの。 冬木さん、この文化祭準備を仕事だって思ってるわけでしょ? でも、他の皆はこれを楽しいことだと思って、遊びの一種だと思ってやってるわけ。 だから遊びだと思えない私たちは立ち位置が違うわけ」


 素直な人だと、そう思った。 ここまでハッキリと考えを持ち、そして自分の意思というのを保っている長峰さんは珍しいタイプの人だった。 何より凄いのは、普通はこういうタイプの人というのは人間関係から浮いてしまう。 似たようなタイプの人は多く見てきたけれど、長峰さんはそれとは違い、人間関係というのも両立できてしまっている。 そういうタイプの人を見るのは初めてだった。 思うがままに行動し、それでこじれることもなくというのは。


「受付は順番で良いんじゃない? 接客やってみたいって人もいるだろうし、三日間で時間で順番にって感じで良いと思うな」


「お、それ良いな水瀬。 いただき」


「……それで何事にも全力なのがあいつ。 たまーに一線超える馬鹿だけどね」


 輪の中に居た水瀬さんを見ながら言う。 小学生からの付き合いということもあり、長峰さんは水瀬さんのことを良く知っているようだった。 私から見れば、長峰さんと水瀬さんはまるで姉妹のように仲が良く、言ってしまえば水瀬さんが姉で、長峰さんは妹のような感じを受けている。


「一線を超える、というのは?」


「後先考えないからね、ああ見えて。 良い方向でも悪い方向でも、だから私は一緒に居るんだけど」


 それはあまりそうとは思えない言葉だったが、長い付き合いの長峰さんがそう言うのならそうなのかもしれない。 私から見た水瀬友梨という人物は、面倒見が良く慕われるタイプのような人間に見えていたからだ。 時折水瀬さんの思考も私の耳には聞こえたが、長峰さんの言葉通りの思考ではなかったのだ。 しかし、私と長峰さんを資材準備の係へとほぼ無理矢理入れたのは水瀬さんで、それもあってか確実なことは言えない。 いずれにせよ、そのとき私はそう思った。


「それじゃ流れはこんな感じかな。 みんなこれで良いかな?」


 宮地君の声が響き、私は黒板へと視線を向けた。 既に話がだいぶ進んでいたのか、黒板には大まかな流れが書かれている。 受付から案内、その他一連の流れはとても分かりやすいものであった。 そしていつの間にか、宮地君の横には水瀬さんが立っていた。 同じく取り仕切る立場としては申し分ない人材だろう。


「良いんじゃない?」


「俺もそれで良いと思うー」


 そんな声たちはところどころから上がっている。 文句を言う人なんて当然ゼロ、かくいう私もそうであったし、横に座る長峰さんも、真面目に聞いているような態度にしか見えない秋月さんもそうだろう。 もっとも、秋月さんと長峰さんは真逆の性格をしていそうだから、ただ長峰さんがそう思い込んでいる確率の方が高そうだ。


「大きな流れには逆らえないねぇ。 知ってる? 流れの激しい川に小石を投げ込んだって、誰も気付かないんだよ」


「……長峰さんは、その流れを変えたいんですか?」


「さてね、どっちかというとそんな流れに興味がないだけかな。 それに逆らおうとしたところで飲み込まれるだけだし」


 長峰さんはそう言ったあと、私の顔を見た。


「冬木さんはどうなの?」


「私、ですか」


 少し、考えた。 考えたけれど、私が自分から進んで流れを変えていくようなことなんてしないと思った。 クラス全体で進む流れ、人の考えによって起こる流れ。 それらを変えることには大して意味なんてなく、変えたところできっと何も起こらない。 そもそもの話、変える必要というものがそこにはない。


 だから私は長峰さんへ向け、長峰さんと一緒だと伝えようとした。 が、そのタイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴り響く。 本日最後の授業を告げるチャイムだった。


 それを聞き、長峰さんは私の言葉なんて聞く必要がないと言わんばかりに立ち上がる。 私も私でわざわざ言う必要もないと思い、それ以上そのことについて話すことはなかった。

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