第2話『所謂、長峰愛莉』

「やっほーい、珍しいね、成瀬くんから呼び出しなんて」


「聞きたいことがある」


 長峰に連絡を取ると、すぐさまどこかで会おうという話に持って行かれた。 そこはさすがに手慣れているだけあり、長峰の方から場所と時間の指定があった。


 時間は今からすぐ。 そして場所は、駅前の噴水広場。 駅の方まで行けば多少は栄えているそこは、人こそ少ないものの都会っぽさが表れている。 電車に乗って山を超えれば普通に都会な分、段々と侵食されているような感じだ。


「うん、いーよ。 でもここで話すのはヤダ、女の子を呼び出しておいて、立ち話なんて最悪だよ」


 ……めんどくせー! これだからなんちゃってアイドルは嫌いなんだ。 よく分からん服によく分からんオシャレ、その手首に巻いている布の数珠みたいなのはなんだよ。 胸元にあるキラキラした物体は魔除けか何かですか? 極めつけはそのモコモコした靴だ、イエティか何かかお前は。 これなら冬木の小学生の私服遠足みたいなシンプルな格好の方が100倍良い。 香水の匂いも漂ってきて落ち着かないし……こう、そこにいるだけで俺の世界というものが侵食されている気がしてならない。 それに比べて冬木は柔軟剤の匂いがするからな、その良い香りの正体は比島さんが選んでいるであろう柔軟剤というのが夢を見事に打ち砕くが、そっちの方が俺の好みである。 比島さんと冬木は同じ匂いがするから同じ柔軟剤なのは間違いない。


 ……なんか思考がストーカーみたいになってる。 冬木の奴がいなくて良かったよ。


「えーっと、ならそこ座る?」


 言い、ベンチを指差す。 そこに長峰は視線を向けると、すぐさま俺に視線を戻した。 そして爆笑。


「あははっ! なにその冗談おもしろくなーい! 普通、立ち話ヤダって言ったらどっかお店入るっしょー」


「……はは」


 人付き合いとかほぼないから知らねーよ! 腹抱えて笑いやがって……やはりこいつは苦手だ。


 そして、長峰の案内の下、近場にあった喫茶店へと行くことにした俺と長峰であった。




「それで話って? まぁ大体予想付くけど」


「単刀直入に言えば、冬木のことだ」


 俺はアイスティー、長峰はアイスココアを飲んでいる。 手の平で顔を支えながら、長峰は俺の言葉を聞くと「やっぱりか」とでも言いたげに、小さく笑う。 店先に並べられた丸テーブル、そこを挟んで俺と長峰は向かい合っている。


「あー、私と空ちゃんが仲良くて困ってるーって話?」


 嘘……じゃないな。 いやまぁ、この場合こいつの発言は冗談なのだろう。 騙そうと言う悪意がないから、俺には嘘として見えない。 明確に俺を欺こうという意思がないから、黒い靄は現れない。


「んなわけねえだろ。 お前が何か企んでるって話を聞いたんだよ」


「チッ……あいつはまた男頼りかよ」


 と、長峰は俺の言葉を聞くと、舌打ちをして言う。 それは俺に向けた言葉と言うよりは、それを俺に伝えた奴……三河に向けての言葉のように見えた。 三河は長峰にバレることを恐れていたようだが……普通に長峰は気付いているのか?


「それで? もしそうだったら成瀬くんはどうすんの?」


「俺と冬木は友達だ。 お前があいつのこと嫌ってる理由は分からないし、あいつが何をしたのかも俺は知らない。 けど、もし冬木に何かするなら俺はお前を許さない」


「それは少しヤダなぁ、成瀬くんとは仲良くいたいし。 けどさ、冬木さんが私たちにしたこと知っても、同じこと言えるのかな」


 俺の言葉などまるで意に返さない様子で、長峰は笑って言う。 話していて本当に思うが、長峰は嘘という嘘を全く使わないのだ。 しかし嘘でなかったとしても、その言葉が本意なのかどうかが長峰の場合は不明なのだ。 意識してやっているのか、無意識の内にやっているのか、ともかく俺からしたらやりづらい相手でならない。


「俺は知らないからな、それ」


「ま、そだよね。 ならさー、仮に冬木さんが、過去に私の友達を転校に追い込んだとか言っても、そう言えるのかな?」


 にっこりと笑い、長峰はそう告げた。 そして、その言葉はやはり嘘ではない。 長峰は、嘘を吐いていない。 今発した言葉は、真実なのだ。


「それは……そいつが何かしたんじゃないのか?」


「はあ!? んなこと友梨がするわけねぇだろ!!」


 テーブルを叩き、声を荒げ、長峰はテーブルを叩いた。 そこまで感情というのを露わにした長峰は、少なくともいつもの雰囲気とはかけ離れている。


「……わり、今のは俺が悪い」


 たった今俺が発した言葉は、ただの決めつけに過ぎない。 俺が頭を下げると、長峰は一瞬ハッとした顔をし、口を開く。


「っ……と、ビックリした? 言っておくけど、その子は本当に大人しくて物静かで、私といるのが不思議だって言われるくらいの子だったから。 少なくとも私は、友梨が何かをしたなんて思ってない。 周りもそうだよ、だから今の状態ってわけ」


 それが大多数の意見だと、長峰はそう言いたいようだった。 しかし、そんな奴を冬木が転校へ追い込んだというのが信じられない……のだが、長峰の言葉には一切の嘘が存在しない。


 ということは、長峰はそう思っている、というのは事実だ。 そして周りの意見が長峰と一緒だというのも、今の状態からして間違いではない。


「何があったか教えてもらってもいいか? 俺なら冬木と話せるし、お前の言ってることも解決できるかもしれない」


「解決なんて頼んでない。 誰も、どうにかしたいなんて思ってないよ。 ただ私は裏切ったあいつを許さないってだけ。 何があったかも教えない、ヤダ」


「嫌だって……前は教えてくれようとしたじゃんか」


「今はそういう気分じゃないの。 それに、あのとき何も反応しなかったのは成瀬くんの方じゃん。 私より冬木さんを取った、そういうことでしょ? だったら成瀬くんのお願いを聞く義理もないよね」


 長峰はそう言い、俺と長峰の間に少しの沈黙が訪れる。 日は既に傾いており、もう少し経てば辺りは暗くなりそうな明るさだった。


 長峰はマドラーでココアをかき混ぜ、その様子をただ見つめている。 長峰の方には、冬木とのいざこざを解決する気はなく、そして許すこともない。 まずは何が起きたのかというのを知るべきなんだろうけど……知ったところで、果たして俺に何かできることはあるのだろうか。 この件については、俺は完全なる部外者ってわけだしな。


 でも、冬木が何かをされるというのは見過ごせない。 長峰が何を企んでいるか聞き出し、可能だったらそれを阻止するつもりだったけど……想像以上に厄介だ、この長峰という奴は。


「ねえ、冬木さんに何かされるの嫌なの?」


「はぁ? そりゃそうだろ、そのためにお前と話してるんだから」


 と、突然に妙なことを尋ねてくる。 その意図が汲めず、俺は呆れるように言う。


「だったらさ、今から成瀬くんが嫌がることするから、それを許してくれたら何もしないであげるよ」


「お前な……」


 が、そこに嘘はやはりなかった。 とは言っても、面と向かって「嫌がることをする」と言われると、反応に困る。


「どうする? 5秒待ってあげる」


「は!? 5秒ってお前!」


「いーち、にー、さーん」


 言うも、長峰は意に返さずカウントを始めた。 というか明らかに5秒の速度じゃねえ!


「よーん」


「分かった! それで冬木に何もしないなら、それでいい!」


「ふーん」


 ニタリと笑い、長峰はココアを混ぜていた手を止めた。 そして、そのマドラーを指で弾くようにすると、そのまま傍に置いてあった水の入ったコップを持つ。


「えい」


 と、長峰は次の瞬間、迷うことなくその中の水を俺にぶちまける。 当然、そんなことをするなんて思ってもいなかった俺は顔にまともに浴び、呆気に取られた。


「一回やってみたかったんだよね、こうやって人にコップの中の水当てるの」


「お前……!」


「約束は約束。 私のこと許してくれる?」


 立ち上がり、両手を後ろで組み、笑顔で長峰は言う。 行動とその容姿は酷く釣り合ってなく、とてもクラスのアイドル的存在の長峰の行動とは思えない。 が、同時にこいつならやりかねないと思った。


「……ああ、許す。 約束は約束だからな、こっち見て冬木には何もしないって言えよ」


「もーそんな怒んないでよ。 はいはい、冬木さんには私、長峰愛莉は何もしません」


 ……嘘はない。 長峰の言葉は、真実だ。


「気は済んだかよ」


「ぜんっぜん。 けど、馬鹿みたいな成瀬くんの顔見てたらどうでも良くなっちゃった。 ほんっと、馬鹿みたい」


 吐き捨てるように言い、長峰は俺のことを見下す。 そこには先ほどの笑顔なんてなく、まるで軽蔑しているかのような冷たい視線だった。 その表情は印象的で、いつもの長峰とは百八十度異なるもので、しかしそれでも長峰の言葉に嘘はなくて。


 長峰愛莉という奴が、分からなくなりつつある俺が居た。

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