二人の少女と一人の少女

第1話『所謂、始まり』

「そういやさ、ずっと気になってる素朴な疑問があるんだけど、良いか?」


「なんでしょう? 成瀬君の聞き方からして、私に対することのようですが」


 秋月の一件が解決してから数日。 そして、校外学習の一週間前、俺と冬木は例のごとく、クラス委員室で他愛ない会話を繰り広げていた。 今日俺がしようとした質問は、かねてから気になっていたとあることだ。 そんな言葉に反応するように、冬木は首を傾げて俺に視線を向ける。 当初であれば「……」という反応しか返ってこなかったというのに、今ではこれである。 果たして「……」という反応が無視なのか、それとも歴とした反応なのかは議論する余地があるとして、今の冬木はこんな風にしっかりと反応してくれていた。


「いや、冬木って髪染めてるじゃん。 なんで敢えての銀なのかなって」


「ああ、これですか。 これは、周りから避けられるように染めているんです。 今までも成瀬君のように関わろうとしてきて、それで他の人から嫌な目に遭わされるという人は居たので……それで、それなら最初から避けられた方が、被害者が増えないかなと思いまして」


「ふうん、なるほどねぇ……」


 冬木の優しさの表れのような気もする。 こいつは別に他人が嫌いというわけではない、自分に関わると、関わった誰かが不幸になるからと周囲を遠ざけるようにしていたのだ。 誰かを傷付けないために自分を傷付ける、そういう選択の結果ということか。


「でもさ、それなら金とか茶色でも良かったんじゃない? 銀って相当珍しい気がするけど」


「え……そうなんですか?」


 え、なにその反応。 なんかすげえ驚いているような顔してるけど……少し嫌な予感がしてきたよ俺。


「いやそうだろ。 だって不良……っていうかちょっとヤンチャしてる奴って言っても、やって茶髪とか金髪じゃん」


「私は、大体は銀に染めると聞きました」


 誰に!? 誰に聞いたのそれ! 絶対教えた奴、今頃影で笑ってない!?


「……一応聞くけど、誰に?」


「あ、そうでした。 成瀬君にはここを教えようと思っていたんです」


 少し表情を明るくし、冬木はポケットから携帯を取り出す。 そして何やら操作を始めて、すぐさま俺に画面を見せて来た。


 そこに表示されていたのは、超有名な質問サイトだ。 何かを質問し、それに対しネット上の誰かが答えてくれるというアレ。


「とても便利なところです。 親切な方も多くて、こういったところなら私も思考を聞くことがなく、気兼ねなくお話ができるんです」


 なるほど、確かにそれはそうか。 冬木の力はあくまでも周囲にいる人の思考を聞くもので、周囲にいない人の思考を聞くことはできない。 だから冬木にとっては使い心地がとても良いのだろう。 そんなことを思い、俺は返事をする。


「おー、そりゃすごいな」


「知りませんでしたよね、こんな良いサイトがあるなんて」


 いや知っているが。 知っているが、さぞ自慢げに言う冬木を見ていたらそんなことは言えないだろう。 冬木が思考を聞くのは完全にアトランダムらしいから、今は俺の思考を聞いてくれるなよと願うばかりだが。


「髪のこともここで聞いたんです」


「……なるほどね。 ちなみになんて聞いたの?」


 俺が尋ねると、冬木は再度携帯の操作を始めた。 今度は数分、やがて俺にまた画面を見せてくる。


「結構前なんですが、まだ残っていましたね」


 なになに。




 タイトル。 不躾ながら、聞きたいことがあります。


 sora-0130-2002 さんの質問です。

 内容:14歳の中学生なのですが、実はこの度、周りから不良だと思われるような身なりにしたいと思ってまして、それについて詳しい方はいますでしょうか? 服装は学校の規則に反しますので、他の部分でお願いします。


 回答:男性の方でしょうか? それとも女性の方でしょうか? それによって変わってきますので。


 補足:性別は女です。


 回答:では、髪を染める、ピアスを開ける、などといった方法ですかね。 そもそもまず、学校の規則内とのことなので、その時点であなたは不良という枠にはならなさそうですけど。


 補足:不良だと思われれば良いので、問題ありません。 ピアスは少し怖いので、髪を染めてみることにします。 そこでまた質問なのですが、何色に染めるのが一番良いでしょうか?


 回答:一般的に一番多いのは銀かな。


 お礼:ありがとうございます! とても助かりました。




「……それで銀にしたのか」


「はい。 見返りもなく質問に答えてもらえるなんて、とても素晴らしい方なんだなと思いました」


 そいつ、今頃笑ってるんだろうなぁ! 一般的に一番多いのが銀って、どの世界に生きている奴なんだろ! ファンタジーすぎるだろ!


「悪いことは言わないけど、とりあえず今度からなんか質問あるときは俺にしてからにしてくれ」


「……それは構いませんが、先程の発言といい、もしかして銀というのは変なんですか?」


 少し心配そうな顔をし、冬木は言う。 注意して見なければ分からないほどの変化だが、良く見れば分かるほどの表情の変化だ。


「少なくとも一般的じゃねえな」


「そんな……。 ということは、私はもしかして騙されていた……と?」


 口元を右手で覆いながら呟く冬木の姿はとても深刻そうだ。 今頃気付く辺り手遅れ感が半端ないが、気付けないよりかはマシだろう。


「もしかしなくても騙されてる。 まぁでも似合ってるとは思うけど」


「……騙されることが?」


「騙されることが似合う奴ってどんなのだよ……。 髪の色だよ、お前なんか見た目森の精霊っぽいし、良いんじゃない?」


「精霊……ですか」


 言いながら、冬木は自分の前髪をつまんで見る。 精霊というよりかは妖精に近い。 日本人離れした見た目、というのがもっとも適切だろうか。 ハーフなんじゃないかと思うときがあるくらいには。


「褒められているのか、馬鹿にされているのか、それはどちらですか。 もしや喋り方が森の精霊っぽいからですか」


「喋り方が森の精霊っぽいってどんなだよ。 一応、褒めてるつもりだよ、演劇やるなら精霊役で決定くらいには」


 オマエ、ヨソモノ、モリカラデテイケ、みたいな感じか。 無表情で言ってそうなところは確かに冬木っぽい。


「そうですか」


 冬木は言うと、どこか嬉しそうに笑った。 笑い方そのものがこいつは綺麗で、そこがまたどこか神秘的に見えてくる。 森に住んでいる美少女ってのが一番しっくりくるな、絶対に口に出して言わないが。 というか口が裂けても言えない。


「私が森の精霊なら、成瀬君はその森を守る番人のような感じですね。 こう、目付きが少し悪いので」


 いやそれは絶対馬鹿にしてるよね。




 そして次の日、俺は例のごとくクラス委員室にいた。 とは言っても、今日は例外というのが一つある。 俺と同じクラス委員の冬木空は、本日はここにはいない。


 なんでも、冬木は今日、来週に予定されている校外学習で行く予定の神中山に教師と共に視察らしい。 本来であればそれは北見の役目なのだが、北見一人だと遭難し帰ってこれない可能性があるからと力説され、それに折れてしまったのが冬木だった。 もちろん俺も一緒に行こうかと尋ねたのだが、丁重に断られた。


「成瀬君はこの前のテストの復習をするべきです。 結果が思わしくなかったでしょう? そのままでは夏休み前のテストで補習になってしまいますよ……じゃねえよチクショウめ」


 と、言われた。 今の冬木の真似はわりと似ていたと思う。 しかし余計なお世話だ。 あの野郎、自分が学年4位だったからといって、馬鹿にするように笑いながら言いやがって……!


 あいつは極端に真面目で、頭が良い。 授業態度こそ良くはないが、成績や教師に対する態度、そして身なりについては……髪色を除けば模範的だ。 教師も教師で、まるで授業を耳に入れず外の景色ばかり見ている冬木に対して、何も言わないくらいだしな。


 当然俺が同じことをすれば注意される。 もしかしたら、冬木が周りに避けられているのは、そういう教師からの贔屓というのも影響されてるのかもな。


「えーと、クラス委員室ってここで良いのかな……?」


「え」


 そんな考え事に耽っていたとき、正面から声が聞こえた。 顔を上げると、そこに前髪ぱっつんの女子が居た。 誰これ? 更にはその後ろ、こいつは見知った顔の女子、秋月純連がいる。


「すまないな、少し用事があって」


「お前は分かるけど……そっちは……え、間違えてない?」


「え……違った? クラス委員室……で合ってるよね?」


「いや合ってるけど……すいません、どちら様でらっしゃいますか?」


 いきなりの展開に変な敬語になる。 冬木が横に居たら馬鹿にされていそうだ。


「……同じクラスの三河みかわだけど。 もしかして、分からない?」


 少々戸惑ったように、三河と名乗った少女は俺の顔を見ている。 三河、三河……。


「ああ、あの右列一番前の」


「一番後ろだよ。 一応、成瀬さんとは対照的な位置の席」


 全然違った。 誰だこいつ。


 俺が覚えているのは、俺の前に座る冬木と、俺の列の一番前に座る秋月だけだ。 それ以外は記憶範囲外で……あ、1人例外のアイドルもどきは居たけど。 それ以外については、残念ながら記憶にない。


「成瀬さんって、周りに無関心だしいつも怒ってるよね……? 今も」


「怒ってないけど……え、もしかして顔を馬鹿にしてるのか!?」


 そう見えている、と遠回しに告げたいのか。 冬木は周りからそれはもう色々な嫌がらせを中学生の時されていたと言っていたが……こういうことか! ついに俺にもこういう被害がっ!


「ええ! そうじゃなくって……怒ってないなら良いんだけど……」


「私も最初は怒ってると思ったものだがな。 別に怒っているわけではない」


 えー……秋月そんなこと思ってたのかよ。 もしかして俺、いつも怒ってるって思われてんのか……? それ、結構大事なことなんだが。


「そうなんだ……あはは」


「はっきり言えよ、何しに来たの? 俺忙しいんだけど」


「やっぱり怒ってるよね!? それに、忙しいって言うわりには冬木さんの真似してたし……」


「……」


 見てたの!? まずいな、秋月風に行くのであれば、ここは一つ討ち取る他なさそうだ。 さようなら、三河さん。 しかし問題は横に居る秋月純連がそれを許してくれるかどうか、だ。 逆に討ち取られる気しかしねえ。


「それで、何か用事か?」


 気を取り直し、たった今三河とやらがした発言は見過ごしてやることにした。 心の広い俺に感謝だ。


「うん、少し相談したいことがあって。 冬木さんは……」


「今日は居ないよ。 あいつに用事だったらまた明日だな」


「ううん、それなら都合が良いかも」


 どういうわけか、三河は言うと俺の前の席へと腰掛けた。 面接であれば即落とし、俺はまだ座る許可を出していないぞ。


「都合が良い?」


「成瀬さんにだけ相談したいことだったから」


「んー……ああ、告白?」


「……あはは、違うよ。 成瀬さんって、意外と面白いんだね」


 静かな女子、というのが第一印象だった。 冬木とはまた違った感じで落ち着いていて、どちらかというと落ち着いているというよりかは大人しいと表現するべきだろうか。 物腰が柔らかい、そんなイメージを抱く。 良くも悪くも目立たない、そんな人な気がした。


「北見先生が、何か悩みがあるならクラス委員に言うと良いわよって、言ってくれて。 それで丁度秋月さんが居て、案内してくれることになったの。 でも、冬木さんが居ると都合が悪いから……」


「そんなに冬木が嫌いかよ」


 と、思わず俺は口にした。 なんだか少し、イライラとした気持ちが募ったのかは分からない。 自分でも分かるほどにそれは冷たい言い方で、冬木が嫌われているなんてことは分かっていたはずなのに……そう言ってしまう。 別に冬木のことを嫌うなんてのは人それぞれだし構わない、どれだけ多くの人があいつのことを嫌っても、俺が友達であることには変わりはない。 秋月だって、きっと同じことを言うだろう。 だが、目の前でそれを言われるのは少しムカついた。


「あ、ちが! ご、ごめんなさい……そういう意味じゃなくて。 冬木さんのこと、嫌いとは思ってないし……少し、可哀想だと思うくらいだから……ね」


 慌て、俺を落ち着かせるように三河は言う。 嘘ではない、真実だ。 思いの外、冬木のことを悪く思っている奴というのは少ないのだろうか?


「……いや、俺も悪かった。 でも、そうなると冬木には聞かれたくない話ってことだよな」


「うん、実は……」


 そして、俺はその三河とやらの悩みを聞くことになるのであった。




「……ってことなの」


 俺がその話を聞いて、最初に感じたのは「失敗した」というものだ。 この話は、確実に俺の耳に入れるべきではなかった話だ。


 話の内容自体は、極々単純なものでしかない。 三河は今度の校外学習で何かがあるかもしれないと、そう告げただけだったからだ。 というのも、長峰とその友人たちが話しているのをたまたま耳に入れてしまったらしい。 具体的な内容は不明、だがその予定は着々と進んでいる、とのことだった。


「取り返しが付かないことになったらマズイなって思って……でも、わたしは何もできなくて……」


「くだらないな。 長峰はまだ冬木のことを恨んでいるのか」


 三河の言葉に対して、秋月は吐き捨てるように言った。 腕を組み、眉間に皺を寄せ、どうやら怒っているようにも見える。


「俺はその辺の事情詳しく知らないけど、ちょっとまずいな」


「そんなのは分かっている」


「いや、そうじゃなくて……」


 俺がマズイと感じているのは、その話を聞いてしまったことだ。 三河は恐らく、冬木に知られると冬木を不安にさせるから、俺に相談したのだろう。 だが、冬木はそんなことでもお構いなしに知ることができてしまう、他人の思考を聞くという力を以ってして。


 だから、俺が知ってしまったのは非常にマズイ。 冬木の力は近くに居る人の思考を聞き取るというものだが、そんな冬木の近くに居ることが多いのが俺だ。 他のことなんて別に聞かれても良い他愛のないことだけど……今三河が話してくれたことは、確かに冬木に余計な心配をかけるものだ。 それを知られるのは、あまり良いことではない気がする。


「冬木と私は既に友人だ。 今まで見て見ぬ振りをしてきた分際で何をと思われるかもしれないが、もしも冬木に何かがあれば、私は躊躇なく長峰の脳天を叩く」


 言い、どこから取り出したのか竹刀を構える秋月。 お前いつもどこにその竹刀を仕込んでいるんだよ、キャラ的にヤバすぎるだろそれ。


「お前に頭ぶっ叩かれたら死ぬかもだからやめて。 とりあえず……三河、長峰と連絡取れるか?」


「取れるけど……なんで?」


「話して解決するならそれが良い。 長峰と話してみるよ」


 さて、そうと決まれば善は急げ。 本日この日、クラス委員のお姫様は不在である。 長峰と話すタイミングがあるなら、今日くらいのものだろう。

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