第3話『所謂、風邪』

 冬木:ところで、昨日はどこかへ行っていたんですか? 勉強を頑張っていると思いましたが、学校に戻ったとき姿がなかったので。 サボったんですか?


 次の日の早朝、冬木からメッセージが飛んできた。 冬木は昨日、クラス委員が本来帰るべきである五時前に学校へと戻ってきたようで、そこで俺がいないことを疑問に思った様子だ。 というかいなかったらサボりって……俺どんな風に見られているんだろ。


 成瀬:野暮用だよ野暮用、勝手にサボったことにすんな。 そんで視察はどうだった?


 少しだけそのメッセージを開くことを迷ったあと、俺はそう返す。 すると、返事は画面を消す前に届いた。


 冬木:問題ありません。 何も起きなければ、順調にできそうです。


 それなら良かった。 そう思い、俺は携帯をベッドの脇に置こうとする。 が、更に冬木からメッセージが届く。


 冬木:ところで。


 成瀬:ん?


 冬木:これで話すと、どこか気が楽な気がします。 無駄なことを聞かないで済むので、なんだかとても安心できるような……気がします。


 それは俺もだと、そんなことを思う俺であった。 ことこの状態、冬木に会いづらい今の状態で言えば。


 しかし、問題はこれからどうするか……というものになる。 一応、長峰は昨日のことから冬木には何もしないと言っていて、それについては嘘ではなかったことから安心はできる。 が、冬木の近くに行けば冬木に俺の思考を聞かれるのは時間の問題だ。 そして最悪なことに俺の席は冬木の後ろである。 冬木の力はアトランダムに近くにいる人の思考を聞いてしまうというものだから、要するに俺がそのことを考えなければ良いだけなんだけど……正直自信がねえ!


「おにい朝だよー! ほらほら起きて起きて……って起きてる!?」


「お前な、俺は毎日超早起きだろ」


「それは最早騙す気がない嘘だよおにい……あれ? おにい大丈夫?」


 朝からやかましい妹が来た。 そんなやかましい妹は、首を傾げ唇に人差し指を当て、大丈夫? と問いかけてくる。 俺が朝起きていることを心配してくるのは世界中探してもこいつだけだと思う。


「いくら俺が起きてたからってそこまで心配されると傷付くんだけど……」


「じゃなくて。 顔色すごく悪いけど」


「……馬鹿にしてる?」


「ちがーう! まったくまったく、可愛い妹が心配してるっていうのに! はいはいはい!」


 朱理は言いながら、ズカズカと俺の部屋へと入ってくる。 そしてそのまま俺が座るベッドの上に乗り、俺の隣までやってくる。


「なんだよ」


「いいから大人しく……あっつう!!」


 小さな手を伸ばし、俺の額に。 その直後、朱理は驚いたように右手を離す。


「おにい熱あるじゃん! 風邪だよ風邪! 寿命は約半年!」


「いきなり余命宣告すんじゃねぇ! って熱……?」


 言われ、確かに体がどこか重い。 いや別に動けないわけではないが、いつもと違うのはなんとなく分かる。


「最近頑張りすぎじゃないの?」


「んなこと言ったら俺より冬木のが頑張ってんだろ」


 というか、直接の原因はむしろあっちの方な気がする。 俺に冷たい水をぶっかけてくれた長峰愛莉、あいつのせいな気がしてならない。


「ふうん? まぁとにかく今日はゆっくり休みなよ。 お母さん今日夜までみたいだし、あたし学校に電話しといたげるから。 こういうときは甘えなさい! この朱里ちゃんに!」


母親はいつも夜勤のため、大体朝帰りだ。 だが今日に限っては夜から夜までの地獄の日だと、死にそうな顔で昨日言っていたのを覚えている。 病院勤務がどれほど大変かは分からないが、いつも「あのクソが」と口悪く愚痴っていることしか印象にない。


「……そうするか」


 普段なら、この程度なら休むほどではないと思った。 けど、冬木に会うのが少し怖く、朱理の言葉に甘えることにした。




 冬木:お大事に。


 丁度、朝のホームルームが終わった頃だろうか。 朱理に「帰りにおいしいもの買って来てあげるから、大人しく寝ててね」と、小学生が言われそうなことを言われた俺は、大人しくベッドに横たわっている。 そんなとき、冬木からその短いメッセージが届いた。


 成瀬:はいよ。


 冬木:具合が悪いのに携帯をいじらないでください。


 だったらメッセージ送ってくるなよ!! そりゃメッセージ来たら返すだろ! 相変わらず酷いなこいつ……。


 成瀬:すいません。


 と、そうは思ったものの反論したところで冬木相手に言い合いで勝てる気が全くしない。 よって、俺は素直に謝ることにした。 人間、素直というのが一番大事だ。


 しかし、いざ休んでみるとこれがまた暇である。 母親は帰ってくるのが今日に限って夜だし、父親は出張続きで家に帰ってくること自体あまりない。 朱理はもちろん学校があるしで、家が空いている成瀬家だ。 なんか良い暇潰しでもあれば良いんだけど。


 冬木:もし手が空いているのでしたら、当日に配るプリントの見本を送りますので、訂正箇所がないか確認して頂いても良いですか? 具合が悪いのでしたら、無理をして欲しくはありませんが。


 エスパーか。 それともどこかで俺を見ているのか。 少し怖くなりつつも、俺は冬木に「ああ」と返した。 すると、冬木から「いい」という返事と共に、ファイルが送られてくる。


 そのプリントとやらはどうやら校外学習のものらしく、その日の行程が簡単にまとめられており、とても丁寧に作られているものだった。


「へえ、カレー作るのか」


 そこで初めて知った事実である。 横に冬木が居たら睨まれていそうなセリフだと自分でも思うが、幸いなことに今日は冬木がいない。 俺が知っている校外学習の行程と言えば、山に行くくらいのものだし仕方ないだろ。 話を聞いていなかったわけではない、単に興味がなかっただけである。


「……中腹にある防空壕跡の見学。 え、なに山登んの?」


 これまた衝撃の事実である。 当日休もうかなと思い始めた。


 ……休んだら休んだで、同じクラス委員の冬木が負担を負うことになるな。 後が怖いからやめておこう。


 それにしても、簡単かつ分かりやすくまとめられているものだ。 冬木の仕事の完璧さっぷりには心底感服するが、同時に俺がクラス委員である必要性が霞んできている気がしてならない。 どちらかというと冬木のお手伝い……いや、邪魔をしていることすらあるから、それすら怪しい。


 そこまで考えが至り、これ以上考えると「成瀬修一という人間の必要性」に行き着き、その結果とても落ち込みそうだからやめておこう。


 冬木空という人間は、俺から見れば完璧にも近い。 一言で表すならば才色兼備で、唯一ある欠点としては対人関係が壊滅的というくらいだ。 しかしそれも冬木の性格であれば話せば分かり合える部分も多いだろうし……とは言っても、その際最大の壁となるのは冬木の力。 俺の嘘を見抜いてしまう力よりもよほど残酷で、容赦のないそれが冬木を孤独に追い込んでいる。 自分に対する悪印象を余すことなく聞いてしまう可能性がそこにはあり、俺よりも対人関係が難しいというのは明白だ。 もちろん、冬木自身ある程度慣れてはいると言っていたが……一番の問題は、その後だ。


 例えば、冬木と仲が良くなったあと。 その後、一つの些細な出来事でその仲良くなった奴が裏切るようなことをしてしまえば、関係なんてあっという間に崩れ去る。 そこが冬木の場合は大きな壁となっている。


 普通であれば気付かないこと。 人の考えていることなんて絶対に分からず、読めるわけがない。 だが、冬木はそれを聞いてしまう。 些細なことから大きなことまで、聞いてしまう。


 俺にも昔、そんなことはあった。 嘘が見える俺は、誰がどのように嘘を吐いているのかが分かってしまう。 そしてそれに従った結果、いくら俺から見たら嘘だったとしても、嘘にならないこともあると学んだ。


 だから俺は、冬木の力になりたいと尚思うようになった。 似た者同士、冬木風に言うのであれば傷の舐め合いかもしれない。 だが、今はそれでも良いと思える。 そりゃもちろん、このままずっとというわけには行かないけど。


 そんなことをつらつらと考えつつ、冬木の作ったプリントを眺めながら、気付いたら俺は眠っていた。

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