第13話『所謂、冗談』

「成瀬君」


 その日、俺は冬木に呼び出され、あの日お互いの秘密を知ったベンチに座っていた。 冬木は俺の方へと顔を向け、長い睫毛の奥にあるのは綺麗な瞳で、そんな瞳は真っ直ぐと俺のことを見ている。


「私、成瀬君のことが好きです」


「はぁ!?」


 頭に激痛が走った。 けたたましくなる目覚ましの音、痛む部分を抑えながら眼をゆっくりと開ける、いつもの部屋が視界に収まる。 どうやら、あまりにも衝撃的な夢で壁に頭をぶつけたようだった。 驚きすぎて夢の中で死ぬところだった、あぶねぇ。


「……なんつう夢だ」


 一体どんな夢を見ているんだと、自分を殴りたくもなってきた。 友達になれて数日、告白される夢を見るなんて……これも友達耐性というのが皆無な所為なのかもしれない。


「おにい起きてるー? おはようおはよう、朝だよー」


「……起きてるよ。 お前相変わらず朝から元気だな」


「おにいは相変わらず朝も元気ないねー。 というかそりゃそうだよ! だって今日、おにいは冬木さんの家行くんでしょ!? これが楽しみでなかったら何が楽しみなのか分からないところだよ。 うっへっへ……間違いは起こさないようにね、でもでももしものときはちゃんと責任取るんだよ?」


「……あー、いや……はいよ」


 朝っぱらからエロ親父みたいなことを言い出す朱里を軽くあしらい、部屋から一旦追い出す。 馬鹿なことを言っている妹に何事か言い返そうかとも思ったけど、それすら面倒臭くなってしまった俺は適当に返事をするのみである。 というか年頃の男子の部屋にいきなり入ってくるとかどういう神経をしているんだ。


 さて、朱里の言う通り今日は放課後、冬木と約束していることがある。 幸いなことに昨日の晩、北見から家に連絡があり、明日はクラス委員の仕事を休んでも良い、とのお達しを受けた。 どれだけ俺頼りにしてんだよあの担任は!


 もっとも、保護者と連絡が取れないというのはハッキリ言ってしまえば異常事態だ。 電話や手紙などの類は当然試しているはずで、実際に家まで行っていれば話が一番早いんだけど……冬木の家へ辿り着けないほどの極度の方向音痴ということだから最悪だ。 クビになってしまえば良いのにと思ったのは秘密である。


 そんなこんなで、今日この日は放課後に俺が冬木の家へ赴くことになっている。 冬木に頼むというか、保護者に学校へ連絡してくれと言うのが勿論手っ取り早い手段だ。 しかし、それを冬木に言ったところ。


「彼にそんなことを言っても無理です」


 との大変有り難い返事を頂いた。 そしてその返事から、冬木が保護者とあまり良い関係ではないこと、更に保護者というのが親ではないということが伺える。


 だというのに、冬木ときたら「実際に会ってみるのが一番手っ取り早い」としか言ってこなかった。 友達の親……というかこの場合は保護者か。 それに会うのってなんか難易度高くないか? 実際にやったことがないからなんとも言えないけど、妙に緊張して仕方ない。 まだ朝なのに。


 冬木の家の事情は、正直未知数だ。 親が本当に居ないのか、その保護者とやらはまともな人なのか、まともでなかったら冬木は家に居るとき、休めているのか。 それらが気になってしまうし、むしろそこに友達として訪れて良いのかどうか……考えれば考えるほどに不安になる要素が増えていく! 恐るべし冬木の家……。


「あ、そういえばおにい、昨日冬木さんが使ってた座布団いる?」


「まだ居たのかよ。 なにその妙な質問は……いらないけど」


「いやぁ、冬木さんの匂いが染み付いてるからおにい喜ぶかなって思って」


「お前今の言葉冬木にチクっとくからな、社会的に死んでしまえ」


「あたしの好意がっ!」


 どんな好意だよそれ。 どこからどう見ても変態行為にしか見えないし、そんな発想が出て来るこいつが妹だということが恥ずかしい。 というか俺をどういう目で見てるんだよ!


 まぁ、そんな馬鹿な妹との朝のやり取りはこの辺りにしておこう。




「では、行きましょうか」


 帰りのホームルームが終わり、クラス内が喧騒に包まれるのとほぼ同時、俺の前の席へと座る冬木は、立ち上がり振り返るなりそう言った。 心なしか周りの視線が痛いが、冬木空と仲良くしていればそういうことにもなるだろう。 別にそんなことどうでも良いけどな、どうせ俺一人でも友達なんてできっこないし。 冬木空という人物の方が、分かり合える分よっぽど良いし、案外冬木と話していると楽しいし。


「はいよ」


 俺が返事をすると、冬木はその顔を曇らせる。 なんだ、俺の返事が悪かったのか? いやさすがにそこまで冬木が俺の行動や言動に細かい奴だとは思わないけど。


「……人の言葉に返事をするとき、そういった返答は却って失礼になるかと」


 細かい奴だったよ! ああそうだよな、いくら冬木と多少仲良くなったとしても、目の前に居るこいつは冬木空なのだ。 見た目こそ無表情でクールな女っぽいこいつだけど、その根は大真面目という他ない。


「すんません」


「申し訳ありません、という場面では?」


「……申し訳ありませんでした冬木様」


「そこまでは求めていませんが。 ……成瀬君、ちなみに今のは冗談です」


 ……この野郎。




「本で読んだんです」


 その後、冬木の家へと向かう途中に、それまで物静かだった冬木が唐突にだ。 俺は一瞬なんの話か分からなかったが、冬木が次に発した言葉からその意味を理解した。


「友達というのは、冗談を言い合ったり多少の悪さなら許し合えるものだと。 助け合い、互いに互いの力となること、一緒に居て楽しいと思える人、そして喧嘩なり距離を置きたくなっても最後にはまた一緒に居たいと思える、そんな人のことを友達と呼ぶそうです」


「……だからさっきの冗談かよ! マジで言われてんのかと思ってたよ俺!?」


 真面目すぎるせいなのか、本で得た知識をすぐさま活用したというわけだ。 冗談を言われる側の俺の身にもなって欲しいところである。 こいつの冗談分かりにくすぎる!


「もう少し捻った方が良かったでしょうか?」


「いや捻っちゃ駄目だよ? むしろもう少し分かりやすくして?」


「……難しいものですね。 どの本を読んでも似たようなことが書かれていて、最終的に私と成瀬君は果たして友達なのか疑問に思ったんです」


「飛躍したなぁおい。 その相談を俺にされても、冬木が満足できる返事はできそうにないけど……俺が友達と思うから、とかじゃ駄目か?」


「駄目です」


 あ、はい。 駄目なんすね……。


「先ほどの定義……友達の定義、とでも言うべきですか。 それに当てはめると、私は成瀬君に気軽に冗談は言えません」


 さっきのはお試しで、あくまでもまだ気軽には言えない。 そういうことだろうか。


 そんなことを思う俺であったが、横で歩く冬木は顎に手を当てながら、その疑問に思考を寄せていた。


「それに、まだ助け合うほどの関係にもなっていませんし、成瀬君と一緒にいてもそこまで楽しくはありません。 気が楽、というのには当てはまりますが」


 ショックでかっ! 嘘じゃないから尚更ショックでかいよ!? 最後のは少し嬉しかったけど、ダメージのがよほどでけぇ!


「私は、成瀬君と冬木空は友達なのか、という疑問を抱きました。 友達でないのなら、私たちの関係というのは主従関係なのでしょうか?」


「……一応聞くけど、それ冗談?」


「いえ?」


 さぞ不思議そうに、冬木は首を傾げて言う。 はい、そうですか。


「どっちが主従関係の主に当たるかは聞かないでおくけど、別に定義とかに当てはめるもんでもなくないか? 友達って」


「もちろん私が主の方ですが、それならば私と成瀬君はどういう関係なのでしょう? 定義に当てはめないとなると、どこからどこが友達なんでしょうか」


 お前、俺のセリフ絶対聞いてなかっただろ! なんで敢えてどっちが主か聞かなかったのに答えてんだよ! 答えなんて分かり切っていたかもしれないけど、敢えて触れないことであやふやにしておこうと思った俺の作戦を粉々にしやがった……。


「……俺もその辺はよくわかんないけどさ、朝は普通に挨拶するし、放課後はこうやって一緒にいるし、昨日だって俺の家で遊んだだろ? それならもう、それは友達で良いんじゃないかな」


「よく分からないのによく言えますね」


 冬木はそう言う。 が、その言い方は前までの棘がある言い方ではなく、半ば冗談混じりのような言い方であった。 そして、その変化こそがきっと、俺と冬木が友達という何よりの証拠にもなるんどと思う。


「要するに、定義や友達としての条件ではなく、あくまでもなんとなくやそういった曖昧なもので成瀬君は私と友達だと、そう言うわけですね」


「……悪いか?」


「いいえ、不思議とそれが一番しっくりときます。 なので、なんとなく私もそう思うことにします」


 冬木は言うと、小さく笑った。 些細な表情の変化、それはあまりにも小さなものであったが、俺にとっては大きな変化である。


 そして、最後に冬木は言う。


「私と成瀬君はなんとなく友達ということにしましょう」


 えっと……それって、どうなの?

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