第12話『所謂、これから』
「さささ、どうぞどうぞご自由におくつろいでください!」
「ありがとうございます」
その後、冬木を連れて家へと帰った俺。 すると朱里がすぐさまとやって来て、今は俺の部屋で何故かそそくさと客人に対する準備を始めている。 座布団にお茶、どこから持ってきたのかお菓子までもしっかりと用意している。 こいつは俺の部屋を自分の部屋と勘違いしている節があるが、一応言っておくとここは俺の部屋である。 朱里の部屋は朱里の部屋でしっかりと存在し、俺が勝手に入ると顔を真っ赤にして叩いてくるくらいにプライバシーの侵害には厳しい朱里だ。 そんな朱里は俺にはプライバシーがないという勘違いをしているらしい。 はは、可愛い妹め、一生呪ってやる。
「いやぁでも冬木さんって間近でみると尚々可愛いですよねぇ! あたし、将来は冬木さんみたいな美人さんになりたいなぁ! こう、クールビューティーみたいな!」
「お前じゃ無理だろ」
「ちょっとおにい黙っててくれない?」
口を挟むとすぐにこれである。 怖い怖い。
「はぁ、そうですか」
朱里の馴れ馴れしい態度に困惑しつつ、冬木はそう返す。 褒められているというのに全く嬉しそうじゃないな……。 朱里の思考を読み取った、ということも考えられなくもないが、朱里が心の底で冬木に対して嫌な感情を抱いているとは思えない。 俺のおかげで、そういうことに耐性もありそうだしな。
「……成瀬君、なんなんですかこの妹は」
「……俺に言うなよ、こういう奴なんだよ」
礼儀正しく、置かれた座布団の上に正座をした冬木は、朱里には聞こえない声量で俺に尋ねてくる。 さすがの冬木と言えど、朱里に苦手意識が芽生えるのは無理もないことだ。 こいつは誰とでもすぐ仲良くなれるという才能を持っているが、それは「すぐに」という意味で、初めから仲良くなれるという意味ではない。 その点、冬木がどこまで朱里を苦手としていけるのか、若干だが興味がある。 俺としては初めて朱里をいつまでも苦手とする、という光景を見てみたい。
「おにいからいっつも聞いてますよ! この前は「冬木と友達になれた」って、嬉しそうに言ってて……」
「おい!」
「……そうなんですか? あの、朱里さん。 普段、成瀬君はどんな感じなのでしょうか」
あ、無理みたいっすね。
どうやら、朱里の手腕は相当なものらしい。 たったひと言、それだけで冬木との距離をぐっと縮めているような気がする。 俺がどれほど時間をかけて、冬木と普通に話せるようになったことか……! 顔と性格、更には仕草も可愛い方の朱里だが、憎たらしい!
「……成瀬君、少し気持ち悪いです」
「勝手に人の頭覗くなっ!」
若干引き気味に言うところがなんだか傷付く。 それと俺との距離を取るな! なんで汚い物みたいな扱いなんだよ!
「おお、冬木さんの力ですね! 正直羨ましいなーとも思っちゃうんですけど、やっぱり大変なんですか?」
「おい朱里……」
「いえ、構いません。 そうですね、大変なことの方が多いです」
無神経な質問かと思ったが、冬木は意外にもそこまで嫌そうな雰囲気は出していない。 むしろその逆、若干嬉しそうに語っている。
……俺じゃなくて朱里だから? 聞いたのが朱里だからなの!? どうなの冬木さん!
「やっぱりそうですよねぇ……。 聞こえるときってどんな風に聞こえるんですか?」
許可が降りたからか、ここぞとばかりに朱里は手を挙げて冬木に疑問を投げかける。 冬木もハッキリ断れば良いものを素直にそれに対して答え始めた。
「頭に直接響くような感じです。 声はその本人の声で、大体ひとつの区切りが付くまでは聞こえますね」
「区切り?」
その部分が気になり、俺も結局尋ねてしまった。 ここで断られたら俺は泣きながら寝ていたところだが、幸いなことに冬木は俺の方へ顔を向け、続きを話す。
「例えばですが……ジャズを聴いているときに「良い感じにスウィングしていて、素晴らしい」と思ったとして、その思考は最後まで聞こえるんです。 途中で途切れるということはないので「良い感じに」だけ聞こえてくることや「スウィング」だけ聞こえてくるということはないんです」
例えが独特すぎて分からないが、言いたいことは伝わった。 要するに思考を一文とし、語句で途切れたりすることはなく、一旦聞こえればその思考は最後まで聞こえるということだな。
「じゃあ仮に、俺が一時間くらいかけて聞こえるような長い文を考えてて、それを読み取ったら?」
「その発言をする時点で、一時間もかかるような長い思考を成瀬君にできるとは思いませんが……まぁそうですね、恐らくは一時間ほどずっと聞こえ続けるかと」
「なるほど」
「……やめてくださいね? そこまで成瀬君の声に興味はありません」
刺されるような言い方だな! 別に普通に迷惑だからで良いじゃん! 俺の声に興味ないこと主張する意味ありますかぁ!?
「あはは、仲良いですね! おにいったらここ最近、ずーっと冬木さんのことばっかだったもんねぇ。 どうしたら冬木に友達ができるかーとか、どうしたら現状を変えられるかーとか、あたしは相談されまくりでヘトヘトですよー」
「そう、ですか」
冬木はその言葉を聞くと、驚いたように目を少し見開き、姿勢を固くし下を向く。
……いやそれよりも、朱里を放っておくと要らんことをペラペラペラペラと喋るということがよく分かった。 こいつ、冬木が帰ったら一時間ほど説教してやる、絶対にしてやる。
「でも、二人が一緒にいれば無敵だよね」
「いきなり意味分からんことを言うな。 無敵ってなんだよ、敵でも倒すのか?」
「じゃなくて! だって、おにいの眼は嘘が見えるでしょ? で、冬木さんの耳は人の思考を聞けるんでしょ?」
朱里は言いながら、自身の眼と耳をそれぞれ指差す。 そして、言った。
「二人が力を合わせれば、簡単に人助けとかできそうじゃないかな? 何かの犯人探しとか……探偵みたいな。 そういうので、人の役に立てそうじゃない?」
「……人の、役に。 それは、考えたことがありませんでした」
朱里の言葉に、冬木は驚いたように顔を上げた。 大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ、まるで信じられないような出来事を目の前にしたような、そんな顔だ。
かく言う俺も同様である。 人の迷惑になるかもしれないと、そう思ったことは幾度となくあった。 しかし、誰かの役に立てるかもしれないなど、思ったことすらなかった。
「……ですが、それが却って誰かの迷惑になるということも」
「そりゃそうだよ、だって人って他人に迷惑とかかけながら、それでも助け合う生き物でしょ?」
きょとんとした顔で言うのは朱里だった。 さぞ、それが当たり前のことのように、全く疑うことなく、そう言い切った。 そしてその言葉は、どうやら冬木の心に届いたようだ。
「成瀬君、私は誰かの役に立ちたいです。 もしもそれができるのなら、やってみたいと思います」
「……傷付くこともあるかもしれないぞ? ただでさえ、俺とお前は普通じゃない状態なんだから」
あくまでも客観的に、俺はそう言った。 冬木がいくら望もうと、その選択は明るい未来が確約されるわけではない。 きっと、悲しむようなことも傷付くようなこともある、これを選べば幸せになれるなんて、絶対の選択肢は存在しないのだ。 そんな中、正しい道に進めるかどうかは自分次第でしかない。
その自分が、俺と冬木の場合は不安定だ。 今まで散々、人間関係というのを避けてきた俺たちにとって、自分という存在自体が不安定で仕方ない。 そんな状態だというのに、更に難しい人助けをしようとしているのだ、難易度なんて最高峰に決まっている。
「それでも、もしも私が他の人を笑顔にできるのなら」
真っ直ぐと、今度は力強く冬木はそう告げた。 ひとつ、忘れていたことがあったな。
冬木空は、その本質は善意と好意の塊のような奴なのだ。 周りを傷付けないため、自分一人で生きていく道を選ぼうとしていた冬木だ、そんなことは分かり切っていたじゃないか。
「分かったよ、そこまで言うならお前に協力する。 ただ、とりあえず一年やってみてどうかだな」
一年後、俺と冬木は笑っていられるか。 それとも、現実に打ちのめされているか。 そんなことを予想してみるのもまた、楽しいかもしれない。
「ありがとうございます。 一緒に頑張りましょう」
「まぁでも、問題は人助けするようなことがあるかどうかだけど……」
幸いなことに、俺と冬木はクラス委員である。 クラス委員の仕事の一つ、クラスのお悩み相談を受け付けるというものがあるが……果たして、俺と冬木という珍妙な組み合わせに相談してくる奴がいるかどうか。
「よっし! というわけで、相談第一弾!」
「へ? お前なんか相談するようなことあるの? マジで?」
「……まるであたしが悩みと無縁のような言い方がムカつくけど、あたしじゃないよ。 ほら、第一弾はおにいがもう持ってきてるじゃん」
俺が、持ってきている? ……えーっと、なんか相談されたことあったっけ。
「ひょっとして、私の保護者のことですか」
「ああ、そういやそんな相談北見にされてたな」
「ついさっきのメールの話ですけど!? おにい絶対どうでも良いとか思ってたでしょ!」
朱里にその件について、相談していたのは丁度良かったかもしれない。 そのおかげもあり、北見からされていた相談を思い出すことができた。
相談その一、冬木の保護者と連絡を取れ。
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