第2話『所謂、妹と風呂』
その日の夜、俺は風呂に入りながら考え事をしていた。 内容はもちろん冬木についてで、あいつの態度が不自然すぎることについてだ。 人を嫌いだと言い、関わりたくないと言っていたのは嘘だった。 あいつがそんな嘘を吐いてまで人を避ける理由は何か。
俺としては、多少はその気持ちも分からなくはない。 他人の吐く嘘が見えてしまう俺にとって、人間関係というのは極めて難しいものでしかなく、そこまで苦労をするなら一人で居た方がずっと気楽だと今でも思っている。
「あいつも嘘が見えてたりすんのかな」
「おお、超能力仲間ってことだね!」
独り言のつもりで言ったが、朱里は元気良くそう返事をする。 俺は湯船に浸かり、朱里は現在髪を洗っているようだ。 兄妹ならば一緒に風呂に入るのは当たり前の話だから、不自然な点はない。 至って平和な成瀬家の日常である。
「ちなみにだけどねおにい、あたしも超能力実は持ってるんだよ」
「マジ? どんなの?」
俺が尋ねると、朱里は泡立った髪のままでこちらを向く。 そして口を開く。
「その名も……おにいを虜にする力!!」
言い、朱里は俺に向かってウィンクをする。
さて、それはそうと冬木についてだ。 あいつの言葉が嘘でなかったなら俺もそこまで気にもしないが、ああも正面から平然と嘘を吐いてくるとなれば、その理由というものが気になってしまう。 きっとそこには何かしらの理由があるはずだし、何より冬木が本来、普通に友達に囲まれ普通な友人関係というのを築きたいのであれば、そうなるのがベストだろうし。
……これはお節介だろうか? 傲慢だろうか。 しかし俺は自身の経験から、他人が似たような状況であるならどうにかしてやりたいと思ってしまう。 俺のような奴は、増えて欲しくはない。
しかし問題はあいつの性格だろう。 あの突き刺さるような冷たい視線とその態度、それらが原因なのかは分からんが声まで冷たく感じてしまう。 それらは名前通り冬のようだ、なんちゃって。
「無視すなーッ!!」
「おい馬鹿ッ……!」
考え事をしすぎていた所為か、朱里の攻撃に気づくのが遅れた。 あまり大きくはない湯船へのダイブ、攻撃というか自爆に近いそれだが、水しぶきによって目を瞑り、開くと目の前に笑顔の朱里が居る。
「とりあえずアレだよ、おにいは
「またってなんだよ、またって」
「そりゃそうだよ、だってあたしがおにいのことを一番知ってるもん」
当然のように朱里は言う。 そして、これまた当然のように朱里は嘘を吐いていない。 朱里は俺に対して冗談こそ言うものの、嘘という嘘は全く吐かない、だから俺は朱里と話をしているときが一番安心できているのかもしれない、なんてことを思う。
「あんまり無理しないでね。 頑張ってるおにいを見るのは好きだけど、落ち込んでるおにい見る方が、好きより嫌なほうが大きいから。 おにいには嘘が見えるけど、他の人はそうじゃないからさ」
深く湯船に浸かり、朱里は言う。 真正面からそんなことを言えるこいつは尊敬すべきだろう。 だが、心配してくれているというのは嬉しかった。
「ちなみにさ、お前だったらどうする? 冬木は他人が嫌いってわけじゃないんだ」
「そりゃそれが分かったらオラオラ行くよ、めちゃくちゃ話しかけるよ、超大きな声で」
「お前影で嫌われてそうだな」
「アドバイスしたのに酷くないっ!?」
鋭いツッコミと面白いリアクションを取れるこいつは将来芸人になれるだろう。 まぁ朱里は勢いがあるおかげで誤魔化せている部分もありそうだが。
しかし朱里のアドバイス通りにした場合、冬木は余計心を閉ざしそうな気がしてならない。 朱里の性格であればもしかしたら行けるのかもしれないけど、俺の性格で「やっほー! おはよー!」とか言ったら殺されかねない。 命を落とすのはさすがに御免である。 何より冬木はそういうのに対して嫌悪感を丸出しにしてきそうだ。
俺と似ている冬木。 俺は自分のことだから人を避ける理由なんてハッキリしているが、冬木の場合はそれが分からない。 当の本人は人を嫌っているわけではなし、人と関わりたくないとの発言をしたときに黒い靄が出ていたことから、人と関わりたいと思っている。 ならどうしてそれをしないか、どうして敢えて人を避けるのか。
単純に片付けるのは簡単だ。 人と話すのは好きだけれど、重度のコミュ障となれば話は別である。 冬木の場合はそれもあり得そうだが、それ以外にも阻害している何かがあるようにも見える。 俺と話したとき、即座に俺に嫌われるような発言をしていたことから、敢えて嫌われているように見えるのだ。
「うーん……あ、それならさ、おにいがされたら嬉しいことをしてあげれば良いんじゃない?」
「俺がされたら嬉しいこと、か。 お金をくれたりかな」
「女子高生に現金を渡すって色々マズイから止めたほうが良いと思う」
「ですよね」
朱里が言っているのはそういう物理的な問題ではなく、精神的な問題だろう。 俺がされたら嬉しいこと、素直に喜べること。
教室で話しかけてくる……論外。 こいつこんな人が沢山居るところで話しかけてくるんじゃねえよと、俺は思う。
こっそり手紙を手渡してくる……論外。 めんどくせえとしか思わない、返さなければならない手間が面倒臭すぎる。
なんとなく優しくされる……論外。 逆に哀れみの目を向けられているのではと思い、下手をしたら呪いかねない。
「放置してくれるのが一番……」
「あほーっ! それじゃ元の木阿弥じゃん! 改善へ向けてのされたら嬉しいこと! だよ!」
「って言われてもな」
難易度が非常に高い。 冬木に嫌がられず、尚且つ状況を改善させる方法を探さなければならない。 言葉にすればそれこそ「冬木がされたら嬉しいことをする」という単純なものだが、その方法が極めて難しい。 というかそもそも、冬木のことを知らなすぎる。 出会って一日、それを知ってろという方が無理な気もするけど。
「ま、でもでもあたしは大丈夫だと思ってるけどね」
朱理は言うと、湯船から上がっていく。
「何を根拠に…… 」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、朱里はシャワーで体を流し始める。 基本的に朱里は早風呂で、すぐに湯当たりしてしまうために俺より遅く入り、俺より早く上がっていくのが常だ。
「だって、おにいは基本的になんでもどうにかしちゃうから」
言うだけ言い、朱里は風呂から出て行く。 なんだそりゃと言おうとした俺の声を聞く間もなく、一人取り残された俺は湯船に深く浸かり、天井を見上げた。
物事なんて諦めてしまえば簡単だ。 頑張るのを止めて、何をすることもせずにただ漠然と日々を過ごすというのは、もっとも簡単なものだろう。 何より冬木にわざわざ関わっていくメリットなんてなければ、その必要もきっとない。 だが、俺には嘘が見えてしまう、他人の嘘が分かってしまう。
もしもこの眼に意味があるのだとしたら、俺はできる限りのことをしなければならない。 普通では気付けないことに気付けるのだから、その気付きが誰かのためになるのであれば俺は動きたい。 それはただ自分に酔っているだけとも言えるけど、別に誰からどう思われようとどうでも良い。 今更、自分のイメージがどうなろうと関係ないことだし。
「……とりあえず、冬木がどんな奴か探らないとだな」
今はまだ、あまりにも冬木のことを知らなすぎる気がする。 今分かっていることと言えば、冬木という苗字と顔、そして声くらいのものでしかない。 あいつの名前すら俺は知らないのだ。
こんなとき、頼れる友人というのが俺にはいない。 だから俺一人でどうにかしなければならない。 朱里にアドバイスを求めることはできるけど、あいつをそこまで大きく巻き込むわけにもいかないし。
まずは冬木の名前を調べよう。 それからあいつの普段の行動を観察し、客観的に冬木がどういう人間かというのを探っていくべきである。
……うーん、これだけを並べてみると単なるストーカーとしか思えない。 だがまぁ、バレなきゃ問題なし。 向こうも今日の件で警戒はするはずだから、慎重に慎重に調べていくことにするか。
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