第2話 ドミナント
タバコ休憩である。
昔は当たり前に存在したタバコを吸うためだけの休みである。昔は今よりも多くの人がタバコを吸っていために存在していたが、いわゆる『バブル経済』の収束と共に喫煙者は減少していった。俺が小学生くらいには喫煙スペースが減少していたような気がする。と言っても当時の俺はタバコなんて吸えないし、興味もなかったからあやふやである。そして今は、どこも禁煙と言うのが当たり前の時代になってしまった。昔はどこでも吸えたのに対して、真逆の時代である。
どこもかしこも綺麗になって、アングラの住処は徐々に消えつつある。昔あったゲームセンターに染み付いた、タバコの残り香を何故か今も覚えている。
などと思って歩き、喫煙スペースに着いた。歩くと頭がよく回る。
で、
「なんでついて来たんだ?」
「ついてきてはいけないんですか?」
戻るつもりでいたのに、彼女はちゃっかりついて来ていた。
「そうだ、ダメだ。お前がいると吸えん」
「どうぞ、お気になさらず吸って下さい」
「気になるわ。というか、なぜ喫煙スペースにまで入ってきているんだ? せめて外で待てよ」
ついて来るのも意味がわからないが、喫煙スペースにいるのは尚更意味が分からん。困惑する俺の失態を楽しんでいるのだろうか、謎である。
「外で待っていると退屈になるじゃないですか」
知るか。
「なら、先に戻ればいいだろう。そうすればお互いにハッピーだ」
「私がいないほうがいいって言うんですか? 私は悲しいです…」
「おい、面倒くさい彼女みたいなこと言うな。あと、顔さっきからが微動だにしてないぞ」
からかって楽しんでいるのか、何かを謀っているのか、彼女の表情も言動も、声音も、どこかハリボテのような張り付いたもののように思ってしまった。多分、勘繰り、気のせい、俺の悪い癖である。
「ほら、早く出てふれ」
俺は、タバコを取り出して咥えて催促した。
「なら、私にもタバコを吸わせて下さいよ。それならいいですよ」
彼女は、閃いたとでも言いたげに、わざとらしく言ってきた。
なるほどな、そういうことか。
仕方ないと思い、俺はタバコを一本取り出して、彼女の顔に近付けていった。
俺は、咥えたタバコのフィルターを強く噛んだ。そして、近付けたタバコを離して、彼女の額にデコピンをした。
「いたっ…。なにするんですか!?」
噛んだタバコをそのまま灰皿に押し込んで、落としたタバコを拾い上げた。
「それならいいですよ、だと? お前は一体何様だ」
彼女は困惑しているように見えた。だから、俺は続けて言う。
「いいかよく聞け、未成年の喫煙は立派な犯罪だ。お前は、俺のことをナメてるのか知らんがな、俺みたいな人間なら押し切ればタバコでもくれると思ったか? あんまり大人をバカにするもんじゃない、ガキはガキらしくタピオカでも吸ってろ」
彼女の表情が次第に暗く、強張っているように見えた。よく見ると、下唇を噛んでいる。
俺は、拾い上げたタバコも灰皿に落とした。仕方ないと思って、柄にもなく説教じみたことを言ったが、言葉が強すぎただろうか。
タバコは苦いがタピオカミルクティーは甘い。
彼女は確かにガキだが、話していて会話の節々に知性や賢さを感じていた。だから、俺がこんなことを言わなくても理解しているはずなのだ。故に、彼女は子供らしい。
「説教みたいになってすまん。言い過ぎた。だが、もうこんなことはするな。大人は、お前が思っているより怖いぞ。じゃあな」
結局、一本も吸わないまま俺は喫煙スペースを去る。しかし、ちょうど喫煙スペースを出たところで、服が何かに引っかかるような違和感を覚えて、後ろを振り返る。
原因は彼女である。彼女が裾を掴んでいた。
俯いたまま、何も言わず佇む彼女。
「…離してくれないか?」
ボソリと呟くように俺は言った。何となく、言っても無駄な気がしたからだ。案の定、彼女は話さず、黙っていた。
俺は頭をかいて、天を見た。
本当によく分からん。何を考えているかも、俺がこれからどうすればよいかも。
大きい雲の群が増えている。合間から見えたお日さまは、いつの間にか真上に来ている。
俺は大きいため息を一つ吐いてから言う。
「奢ってやるから、飯でも一緒に食うか?」
彼女は頭だけで返事をする。
「そうか。じゃあついて来い」
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