第2話:図書室での会話
初めて登校した日は少しだけ緊張していた。僕はあまり社交的なタイプではないし、クラスにとけこむ、なんてことは半ばあきらめていたような感じがあったけれど、やはりどこかで意識していたのかもしれない。
「今日からこの学校に転入することになった城崎君だ。みんなよろしく」
担任の藤田先生が、僕をクラスの生徒に紹介してくれた。
「
とりわけ自己をアピールするほどの特技や経歴もない。しいて言えば、星座に詳しいことくらいだろうか。いずれにせよ、この場のコミュニケーションで役に立つような何かを僕は持ち合わせていなかった。
「ああ、席はあそこ、
――!?
藤田先生が指差した席の隣に座る月本と呼ばれた生徒。僕は正直、驚きを隠せなかった。彼女、
「城崎、お前の席はあそこだから」
「あ、はい」
真っ白になった頭から、なんとか視界を取り戻し、僕は先生が指差した机に向かってゆっくり歩いて行った。教室の一番後ろ、端から2列目。右隣に座る葵を見やる。
「ああ、えっと、よろしく」
僕が声をかけても、葵は何も言わずに、ただ黒板をじっと見つめていた。
「そいつ、何も話さないぜ。あ、俺は佐々木、よろしくな」
左隣りに座る
――こういうタイプはあまり得意ではないかもしれない。
高校二年ともなると、仲の良い連中で、ある程度グループが形成されていて、なかなかその中に入っていくのも難しかったりする。どうしても行動は受動的になりがちだ。こちらから何か誘うというような空気をつかむことは結構難しい。部活に入るのも気が引けたし、特別友人が欲しかったわけでもなかった僕は、昼休みや放課後は図書室に行くようになった。
幸いなことに、僕が転入した高校の図書室は割と大きく、本の品ぞろえも豊富だった。僕は開室時間を過ぎるまで、そこで小説を読んだり、天文学の本を読んだりしながら過ごした。一人でいることが苦にならない僕にとって、それはそれで充実した毎日だったように思う。
そんなある日、僕は図書室で葵の姿を見つけた。佐々木の言うように、これまで彼女が誰かと会話をしているところなんて見かけたことはなかった。だから、きっと何も話してくれないと思ったのだけれど、なんとなく彼女の隣に座ることにした。
「隣、いいかな?」
彼女は横目で僕を見上げると、何も言わずに視線を本に戻した。
――こいつこんな性格じゃ、ほんと友達なんてできないぞ。
内心そう思いながらも、彼女との距離感は苦手なものじゃなかったように思う。僕はそのまま彼女の隣に座り、机の上に本を広げながら、なんとなく彼女の読んでいる本が気になって、その表紙を覗く。
「その本、『
彼女が読んでいたのは、僕が中学時代に本屋で一目ぼれした『
僕が本を知っていたことに少し驚いたのか、葵はこちらに顔を向けた。彼女はしばらく黙っていたけれど、鞄の中からA4サイズ紙を取り出し、それを半分に折り、その折線に沿って丁寧に分割した。何かのプリント用紙だったのだろうか、裏は白紙になっていて、彼女はそこに何かを書き始めた。
『この本知っているの?』
お世辞にもきれいな字とは言えないけれど、ちょっと丸みがかった彼女の文字は、なんとなくかわいらしくて、とても好感が持てた。
「ああ、その本ね、中学の時に親に買ってもらったんだ。それ以来、何度か繰り返し見てる。俺さ、星が好きなんだよね」
星が好きだなんて、誰かに言ったのはどれくらいぶりだったろうか。葵が紙にペンで文字を書いている音が聞こえる。これはつまり筆談ってやつだ。
『東京じゃ星はあんまり見えない。栃木は星が良く見える?』
「あれ、俺が栃木から引っ越してきたの知ってんの?」
『君が佐々木に言ってたから』
僕はこの高校に来てから、あまり自分のことは話していなかったが、隣の佐々木がしつこく話しかけてくるものだから、栃木の足利から引っ越してきたという話はしたかもしれない。
「東京は夜でも明るいからね。確かに星が見えにくい。足利の夜空とは全然違うかな……」
それっきり葵は会話をしようとしなかった。いや、声を出しているのは僕だけで、葵は筆談しているわけなのだから、これは会話とは言えないかもしれない。だけど、この時から、僕はもっと葵と話……、いや筆談がしたいと、そう思うようになった。
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