「エピローグ」

 2370年12月25日(金)


 星野新は、海の見える丘の上に建てた小さな家の中の、木製のベッドに横たわっていた。年老いた瑞菜が彼の手を握っていた。ベッドのまわりには飯塚とチエの顔が見えた。みんなすっかり年老いていた。彼のベッドを囲むようにして、彼らの子供たちや孫たちがそろっていた。星野は皆に囲まれてとても幸せだった。

 星野は今、長い旅路のおわりをむかえようとしていた。彼は人生を二度生きた。一度は肉体を失い、人とすら呼べない存在にまでなった。そのまま永遠の時を人類の英知と共に生きることを選択することもできた。しかし、彼は瑞菜との約束を守って生身の人間として生きることを選んだ。星野にはそれで充分だった。

 それでも、人類が体験できない経験を数多くすることができた。今ではそれも懐かしい思い出となった。火星の赤い大地を眺め、木星の想像を絶する巨大なガスの嵐と衛星の多彩な姿に感動した。土星の輪の輝きに心を奪われ、天王星の青い光に心をいやされた。太陽系を飛び出して銀河系の星々を旅してこの地についた。300年もの言葉では語りつくせない体験を、星野はさまざまなデータにして、彼自身の感想を添えて地球に送った。

 地球型惑星フォーチュンは青白い太陽がのぼり、二つの月がでた。最初は違和感を感じたものの、今では見慣れた光景となった。この星には地球と同じように大気と水があった。宇宙服やマスクなしですごせるのは正に奇跡だった。星野は飯塚に頼んで彼の遺伝子データをもとにアルカディア号に搭載されたバイオプリンターを使って彼の肉体を再生してもらった。彼は計画通り、瑞菜の体を再生して、彼女の記憶をそこに移した。二人は人間としての暮らしを選んだのだった。飯塚とチエも肉体を再生して再び地上で生きることを選んだ。

 惑星フォーチュンには生物とよべる生き物がまったくいなかった。環境さえ整えば生命は自然に生まれると思われていたが、人類がまだ解明していないなにかが不足しているのかもしれなかった。星野たちはアルカディア号に積まれた膨大な遺伝子データをもとに地球の生物を再生した。今では草木が生い茂り、複数の種類の昆虫や動物たちが暮らすまでになった。生命の力は彼らの想像を超えて惑星フォーチュン全土に広がりつつあった。星野たち四人は穀物や野菜の種をまき、家畜を育てて暮らした。

 惑星フォーチュンは四人の楽園になり、そしてやがて子供たちや孫たちの故郷になった。この星はまだまだ大きい。彼らがこの星について調べられたことはほんのひと握りでしかない。彼らの子孫がこの星でやるべき仕事と冒険は当面尽きることはないだろう。


 星野はとても満足していた。彼は最後の力を振り絞って、瑞菜の手を握り返した。


「ありがとう」


 彼の最後の言葉は、移住後の暮らしのデータと合わせて、2.7光年離れた地球に向けて発信された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マイグレーション(移住) 坂井ひいろ @hiirosakai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ