僕の想い
自室に戻って、スーツを脱ぎ、着替えを持って浴室に向かう。掃除された湯船にお湯がたまっていくのを見ながら、僕は顔や頭を洗っていく。待っていた妻の告白。自殺未遂の理由。それは彼女なりの、僕に対するメッセージだった。それでも、そんな命がけのメッセージを送るなんて、僕には到底、理解できない。
『奥様は本当に、死ぬつもりだったんですかね』
つい先日、僕は3回目の診察予約を取って、病院に向かった。僕との問答に飽きてきたのか、投げやりな態度が目立ってきた医師が、そんなことをポロっと口にした。
『どういうことですか?』
僕は彼相手に、いま考えられる、ありとあらゆる”妻の理由”を並べ立て、検討している最中だった。
医者は、”しまった”という表情を隠さず、言葉を継いだ。
『いや、奥様はこれまでも、何度か、その…自殺を図ったことがあるそうで。そういう方は不思議と…分かってらっしゃるんですよね、どの程度であれば、死なないか、っていうラインを。
これはまぁ、本人の感覚なので、医者が言うことではないんですが。繰り返す、っていうのは、自殺を図ってそれだけ失敗してきた、っていう証明でもあるので』
『なんですかそれ。まるで妻が、僕を試したみたいに』
妻の悪意を前提にした口ぶりに、僕は憤りを覚えた。
『妻はそんな人間ではありません! 会えば分かります!』
そんなことを言ったものの、心の中では、都合よく、医者の言ったこと信じてしまった自分がいた。勝手な話かもしれない。それでも妻が、"本当に死のうとした" と思うよりも、死のうとして”見せた” と考えるほうが、ずっと気持ちが楽になるのだ。
それほど長い時間でもなかったと思う。でも、外から呼ぶ若菜の声で気が付き、僕はようやく、風呂から上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます