僕の一歩
僕の質問に、妻は、沈黙で答えた。肯定の意味だと、受け取ればいいのか。次の言葉を探していると、妻の携帯の呼び出し音が鳴り、僕が見ている横で、彼女は電話を取った。
「あ、もしもしお母さん? うん、うん…」
どうやら電話の相手は、義母の様だ。そういえば今日も、来てくれていたのだろうか。
そうこうしているうちに、自宅マンションの前まで帰り着き、妻の電話も、そのタイミングで終わった。
「お義母さん、なんて?」
入り口で暗証キーを入力し、自動ドアを開ける。妻が先に入る。
「ん? そろそろ、来なくても大丈夫かなって。明日からは、必要な時だけ呼んでって」
「そう」
そうなると、また家の中に二人だけになるのかと、僕は考えを巡らせる。普通なら、それだけ妻の具合が良くなったと、喜ぶべきなのだろう。しかしこれまで、義母の存在をもしもの保険のように考えていたことを思えば、そうも言っていられない。
どうしたらいいだろう。もし明日から、明日の、誰もいない家の中で妻が一人きり、また、思い立ってしまったら、僕は再度、彼女を助けることができるのか。
「ねぇ、若菜」
家のカギを開け、彼女を先に通しながら、僕は言う。
「なに、キミちゃん?」
妻はきょとんとした顔をして、本当に、何でもないような顔をして振り返る。僕は後ろ手に玄関の鍵を下ろすと、靴をぬぐ。
「お風呂上がったあとでいいから、腕の様子、見せてくれない?」
僕の言葉に、同じように靴を脱いで揃えていた彼女は、少し動揺したように一歩、狭い廊下で仰け反るように距離を取った。
「やだなぁ、キミちゃん。怪奇趣味でもできた? きれいなもんじゃないよ、見なくていいよ」
そのまま苦笑いで逃げようとする妻の背中に、僕は続けた。
「いいんだ。構わないから。後で包帯とガーゼと持って、必ず。逃げないで」
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