君の涙
義母は言っていた。”悪い癖”だと。過去にも、同じことを一度ならず、幾度か、やったことがあるのだ。
妻は、自分の腕をさすり、「ううん、やらない」と、小さな声で答える。
彼女の表情を見ていると、まるで僕が虐めているような気がしてくる。
いや、もしかしなくとも、そうなのだろうか。
「君は、僕のことが嫌い?」
本当は、嫌いになったのかと、気持ちの変化を尋ねたかった。でもそんなこと、些細なことかと思う。籍を入れて8カ月。結婚式を挙げてから、たったの5カ月。
「どうして?どうして…そんなこと訊くの?」
妻の目には動揺と、涙の様なものが見えた。
“どうして”だって? だったら君は、僕の疑問に答えるべきだ。
「君が死にたいのは、僕が、嫌いだからだ」
「違う、違うよ、キミちゃん…そんなこと絶対、無い…」
顔を覆うようにして、椅子を立つ妻。
そんな彼女を束の間、胸のすくような思いで、僕は見送る。"やってやった"、"やり返した"、という顔をしていたはずだ。
だが次の瞬間、僕は心臓が止まりそうになって、声を上げる。
「違う!待って、若菜!」
自分でも驚くほど、大きな声だった。
妻の姿を探すと、彼女は洗面所の前で、殊更静かに泣きながら、タオルに顔を埋めていた。
「ごめん、ひどいことを言った。許さなくていいから、少しだけこうさせて」
僕は、そうっと妻の背をさすり、彼女は、そんな僕に遠慮しつつも向き直り、その白い腕を、僕の背に回した。嗚呼こんなことってあるだろうか。妻が自分で付けた傷が、僕たちの仲を、おかしくする。
「なんで、自分を痛めるようなこと…僕には出来ないよ」
僕たちは夫婦で、お互い違っていても、一緒に生きて行くと約束した。できることなら、分かり合いたい。同じことが出来なくても、同じ意見でなくとも、相手のことを知りたいと、望んだ。妻は、そうではなかったのだろうか。
濡れたタオル越しに、妻が、僕の腕の中で段々と、落ち着いていくのを感じた。
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