第24話 祖父と「ちーずけーき」

 幼いころは祖母にとんでもない料理もどきを試食させていた私だが、小学校高学年からいっちょまえにお菓子作りに熱中するようになった。

 バレンタインデーには手作りチョコも作ったし(妹と一緒に食べたというS木くん、お元気ですか) 以前このエッセイに登場した年上の従姉妹達からもらった雑誌も、都会的なデザートへの憧れをかきたてた。

 1970年代の『ノンノ』である。

 軽井沢の別荘やフォークロアファッション、そしてハーフのモデルさんが作る『近頃はやりの甘くないデザート、白いチーズケーキ』なるものに強烈に惹かれた。

 白いスタイリッシュなキッチンで、かわいいハーフのモデルが白いエプロンをつけ、栗色の髪をスカーフでまとめ、クリームチーズを裏ごしして『チーズケーキ』なるものを作っていた。

 米沢市や山形市の不二家では、ふんわり焼いたスフレタイプのチーズケーキがあったが、冷やし固めるレアタイプは見たことがなかった。


 時代は昭和50年代。

 山形県長井市にも「ダイエー」が出来て、ようやく三角のプロセス以外のチーズを目にするようになり、粉末の「スノーホイップ」以外の『生クリーム』も買えるようになったころだ。

 私はお小遣いをため、建ったばかりのダイエーに出かけ、箱のクリームチーズ、プレーンヨーグルト、生クリーム、ゼラチンなどを買った。

 流しのテーブルに「ノンノ」を広げ、チーズやクリームがつかないように生地を作った。

 金属製のバットなどないので兄のアルミの弁当箱に流しいれて冷やし固める。

 洗う前にボールに付いたチーズクリームを舐めてみると、レモンの風味が効いて我ながらかなり美味しい。

『ノンノ』に載っていたのはイチゴを敷き詰めたケーキ屋かレストランのようなタイプで、赤と白が鮮やかなコントラストを成していたが、作った時はイチゴの季節ではなかったので白い生地のままだった。

 冷やし固めたチーズケーキを人数分に四角く切り分け、私はワクワクしながら白いお皿に載せた。

 皆のご飯が終わったころにデザートとして持って行く算段だったが、母は夕飯のおかずと一緒に運んでしまい、ご飯やみそ汁と共に食卓に並べてしまった。

 すると、祖父は迷わずケーキに醤油をかけたっ!

 おわあああああ

 じじちゃ、それはいくらなんでも。

 しかし私のチーズケーキ、見た目はどうにも冷ややっこ。

 兄は爆笑し、母はプルプル震えながら言った。

「じじちゃ、それ伽耶子が作ったお菓子……」

 いや母よ、貴女がおかずと一緒に並べたからじじちゃが吊られたんだろうよ。

 祖父は一瞬ぽかんとしたが、すぐ謝ってくれた。

 私は別に怒らなかった。

 だって面白いだけじゃないか。

「じじちゃ、私んなけっから(私のあげるから)少し食べてみね?」

 フォークで小さな欠片を切りだして試食してもらったが、正直に何とも言えない顔をしていた。

 甘くて酸っぱい変な豆腐、という感想を抱いたらしい。


 祖父は兄と私、二人の孫をこよなく愛してくれた。

 特に女の子の私は、小さい頃から祖父のお膝の中が定席で、じゃりじゃりする白髪の無精ひげでほおずりされては痛い痛いと笑っていた。

 寝るときも。新築した離れの祖父の10畳の寝室に、兄と2人分の布団を並べ、壁一面の大きな祖母の仏壇に見守られながら一緒に寝ていた。

 休みの朝は『新日本紀行』を布団の中で観ていたし、祖父の煙草の匂いと、いつもいるという安心感に包まれていた。

 兄が中学生になり、勉強や、部活の早朝練習が始まったので、自分の部屋で寝起きすることになると、大層寂しがった。

 ベタ可愛がりしていた初孫が離れて行ったのがショックだったらしく、

「伽耶ちゃんはじじちゃと寝ろな」

 としきりと言われた。

 小学校高学年になり、背も伸び胸も膨らみ始めた私を気遣い、母はそろそろ自分の部屋で寝た方が良いのでは、と勧めたが、あまりに祖父が寂しそうなので

「中学校さ入ったら自分の部屋で寝っから、今はじじちゃと寝かせて」

 と答えた。


 この頃になると、祖父はめっきり動かなくなった。

 夕方、近所に散歩に出る以外は、いつも一人で炬燵の自分の席に座っていた。

 子供たちが学校に行っている間に、母が少し長めに買い物に出て家を空けると、テレビも点けずに無音の茶の間にぽつりと座っていたそうだ。

 それがあまりに可哀想で、母も胸が締め付けられたという。

 高校生の時に父を亡くした母にとって、祖父は夫の父親ながら、実の父親より多くの時間を過ごしてきた『家族』だった。

 だがやがて私も中学生になり、夜にも勉強しなければならなくなったため、二階の自分の部屋に引っ越すことになった。

 布団を抱えて階段を上がっていく私を見る、祖父の寂しそうな顔は今も忘れられない。

「休みになったらまたいつでもじじちゃのどごさ寝に来いな」

 と言われたが、中学生になった私はそうそう祖父の、ゆったり流れる時間の流れにはお付き合いもしていられなくなった。

 次第に食事の時くらいしか顔を合わせなくなり、でも成長するとはそういう事だと大して気に求めず、中学生の日々を慌ただしく過ごしていた。




 レシピ。レアチーズケーキ


 クリームチーズ(裏ごしされているタイプ)200グラム、プレーンヨーグルト100グラム、生クリームは200ccは室温に戻しておく。

 ゼラチン小袋2は水50ccに振りいれて、ふやかしておく。

 クリームチーズを木杓子で練り、砂糖100グラムを加えてよく混ぜる。軽く水気を切ったプレーンヨーグルトも混ぜ、泡立て器に持ち替えて生クリームを少しずつ加え、その都度むらなく混ぜる。

 ふやかしたゼラチンを電子レンジで(ラップなし)30秒加熱し、冷まして混ぜたチーズクリームに加え、よく混ぜる。

 レモン汁2分の1個分を加え、ラップを敷いた金属製のバットかお弁当箱に流しいれ、冷蔵庫で2・3時間冷やし固める。

 切り分け、好みで市販のフルーツソースや生のフルーツを添えて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る