ハジマリの星〈後〉

 還らなきゃ。そう強く、思い直す。センセに逢いに、還る。老いたセンセでもいい。わたしの卑怯さを告白して、想いを告げて、この宇宙旅行を語って、センセが息絶えるその瞬間まで傍にいよう。

 それには資源と、人手が不可欠だ。

 わたしは嗚咽の気配を飲み下す。ぐう、と喉の奥が鳴った。涙の破片を指先で弾き飛ばす。唇を舐めて、大きく息を吸って、無害な大気を噛み締める。

 いつの間にか、灰色の巨体がいくつも水際まですり寄っていた。わたしを慰めようとしてくれたのかもしれない。

 わたしは静かな呼吸と声音を意識する。

「テッドは、一人きりなの?」

「いいえ。僕はエフセイと二人で、一つの半冷凍睡眠カプセルで、この星に降りたちました」

 また、新しい名前だ。

「エフセイは……人間?」

「ええ。エフセイは人間の、少年ですよ。ほかにも数人、大人の男女がいます。この星にはときおり、カプセルが落ちてきます」

「……その人たちは今、どこにいるの? 船は? この星から脱出するための打ち上げ装置は無事?」

「脱出?」

 どうして? とテッドは至極不思議そうに目を瞬かせた。

「クドリャフカ号は地球を捨てて、この星を目指していました。そしてテッドのデータによれば、リイナたちもまた、居住可能な惑星を捜して永遠の宇宙を漂流していました。せっかくこの星に辿りついたのに、これからまた、どこへ行こうというのです?」

 テッドの爪が、空へ向いた。

「ここは紛うことなき、リイナの星なのに」

 わたしは自分が持ち得るすべての知識の中に、リイナという名を探す。天文学者、宇宙工学者、惑星間移民計画に携わった人々。

 それらしい名は三つくらい思いついたけれど、誰も生物が発生している惑星を見つける偉業はなしていない、はずだ。もっともテッドがわたしより百三十二年も余計に歴史を重ねているのだとしたら、わたしの知識なんて役には立たないし。そもそもテッドの妄想の中にだけ存在する人物かもしれない。

 考え込むわたしの腕の囲いから出て、テッドは再び腹ばいで陸を移動し始める。

「待って、リイナって、誰?」

「テッドの持ち主ですよ」

「それは……」

 もうわかったから、と続けたわたしの眼下で、灰色の腕が持ち上がった。大きな尾ビレをばたつかせて、魚人がかまってほしそうに蠢いている。

 けれどテッドのほうはといえば、どうやらもう魚人に用はないらしい。首を捻って器用にウインクを投げたきり、匍匐前進に勤しみ始める。

 寂しそうに瞼のない真ん丸い目をぐるりと回した魚人にふと、カメラがあれば、と思う。

 また、わたしは空っぽの胸を探っていた。タンクトップの布がへばりついているだけだ。いつもそこに提げていたカメラは地球に残してきたのだから、当然だ。

 ああ、とわたしはトラのぬいぐるみを握りしめる。ばたばたと絞り出された水が魚人を打った。きゃらきゃらと嬌声が当たる。これを、わたしはセンセに伝えることができないんだ。わたしの気持も、この光景や体験も、なにもかもセンセには伝えられない。

 じわりと水が沁み入るように、実感する。胸に仕舞った思慕を伝えることも、隠していたわたしの卑屈さを晒すことも、できない。一つのソファーを共有することもなければ、わたしより少しばかり低いセンセの体温を感じることもない。

 この星で、わたしは死ぬ。

 この荒涼とした大地を見ればすぐにわかったことだ。ここに、地球へ還るための設備はない。流刑地然と、わたしはただ空から降り落とされるだけなのだ。

 センセを勝手に諦めたわたしにふさわしい、孤独な結末だ。

 視界が歪んだ。鼻の奥が痛んで、すすり上げる端から洟が流れ出す。

「大丈夫ですか?」

 テッドの、優しい声がする。

 きょろろろ、と美しい鳴き声が慰めてくれる。

 けれどあの夏、わたしを悪夢から救ってくれた手はない。

 ここは、センセのいない星なのだ。

 膝が崩れた。眼に押しつけた掌が、涙で熱くなる。湿った呼吸が苦しくて、指にひっかけたトラのぬいぐるみが頬にむず痒くて、わたしは子供のように地面に額を押しつけて泣きじゃくる。

 センセ、と呼んだ。弟の名を、叫ぶ。誰も答えてくれない。

 堅いテッドの爪が頭を撫でてくれている。足首に感じる冷たさは、魚人の手なのかもしれない。

「どうしたの?」

 きこえるはずのない、弟の声がした。泣きすぎて酸欠気味になったわたしが作り出した亡霊だろうか。ひょっとしたら、独り見知らぬ惑星に取り残されたわたしを憐れんだ弟が彼岸から迎えにきてくれたのかもしれない。ならばいっそ、この場でわたしの息の根を止めてほしい。

「ねえ」と涙で揺れる世界の中で、小さな手がわたしに伸ばされる。「どうして泣いてるの?」

 暖かい手が、涙と鼻水と砂で汚れたわたしの頬を拭ってくれた。

 弟が、土に両手をついたわたしを救うために、身を屈めてくれる。

「はじめまして、だよね? 新しい人?」

 弟じゃ、なかった。明るい枯れ草色の髪もグリーンの瞳も白い肌も、なに一つ弟に似ていない。なによりも少年が話しているのはわたしたちの母国語ではなく、公用語だった。訛の少ない、妙に機械的な発音だ。

 テッドと同じロボットだろうか、と訝ってから、わたしに触れてくれる掌の温度の優しさだけでじゅうぶんだ、とも思う。機械でも人間でも、わたしと一緒にいてくれるなら今は、それだけでよかった。

「大丈夫だよ」少年が、その薄っぺらくて頼りない胸にわたしの頭を抱き込む。「ここはリイナの星なんだから、大丈夫」

 また、『リイナ』だ。しゃっくりの間から「だから」とつっかえつっかえ紡ぐ。

「リイナって、誰よ……」

 ふふ、と柔らかな吐息が笑った。

「リイナはね、宇宙で生まれて、宇宙を漂うことを選んだ女の子だよ」

「ぜんっ、全然、大丈夫じゃ、ないじゃ、ない」

「大丈夫。彼女はね、地表に立つオレたちを宇宙から見守ってくれてるんだ。そして宇宙を旅する人間全員を、アンドロイドたちと一緒に見守ってくれている」

「わかっ、わかんない」

「うん」

 わたしの頭に顎を乗せたのか、少年の声が直接わたしの頭蓋を震わせる。

「オレの星には、古い言い伝えがあるんだ」歳に似合わない深い振動だった。「昔、人間たちより先に宇宙に旅立った犬がいるんだ」

「……ライカ?」

「ん?」わずかに少年が首を傾げるのがわかった。「そういう説もあったかな? 本当はクドリャフカって名前だったんだよ」

 そういう説もあった、とわたしも同意する。そして確信する。この少年は、私と同じ惑星から――地球からきたのだ、と。

「クドリャフカは宇宙で死んでしまったけれど、ずっと地球と地球から宇宙へ旅立つ人間たちを見守ってくれているんだ。だからこの星では、リイナが見守ってくれる」

 それは、わたしがセンセに告げた言葉だ。

 ――もしわたしが死んだら、ライカみたいに大気圏で燃え尽きて、宇宙からずうっとセンセを見守っていてあげる。だから、生きて。

 わたしは地球に残るセンセに、わたしなしで三十年を過ごすセンセに、そう言った。おじいちゃんになったセンセと再会したくて、わたしの恋心を木端微塵に壊してほしくて、いい加減な約束をした。

 けれどわたしは、どことも知れない星の肌にいる。

「リイナの遠い祖先は」と少年の優しい声が、子守唄みたいにわたしの思考を侵していく。

「灰色の人魚の住む星から宇宙に旅立ったんだ」

 くるるる、と魚人が楽しそうに声の調子を高めた。

「彼女の船では、人魚の祖先はメダカだと教えられてたんだって。それにね、オレがこの星に着いたとき、この星にはすでにいくつかの脱出カプセルや実験棟が転がってたんだ。オレが地球にいたころにはまだ実験段階だった研究機材とか、オレが地球をでるときにはもう廃れてしまっていたずっと昔のロケットとか、使い方も正体もわからないものだってたくさんある。つまりね、この星にはいろんな年代のものが降ってくるんだ」

「それ、は……」

 少年の腕が少しだけ伸びて、わたしから体をはなす。間近で見ると、小学生になる前に死んでしまった弟をいくつか成長させた年頃の少年だった。

 少年はわたしの鼻先に自分の鼻をそっと触れさせて、ささやく。

「だからオレは考えたんだ」

 少年自身の感情が昂っているのか、洟をすする音が一度。わたしは彼の新緑色の瞳が、薄く涙を湛えていることに気づく。

「たぶんね、オレたちはリイナよりずっと前の時代にいる」

「……リイナの時代って」

「人魚と人類が同じ惑星で暮らしていた時代があって、そのずっと後で人類だけが宇宙への旅にでて、宇宙でリイナが生れて、オレと出逢うんだ」

「なに、言ってるの? この星に」

 わたしは引きつる呼吸の下から必死に声を押し出して、周囲を見回す。建造物なんて見当たらない。のっぺりとした大地を洗う風と砂が稜線を灰色に滲ませている。背の低い、申し訳程度の草が、わたしたちを嘲笑っているだけだ。

「こんな星に、なにがあるっていうの。この星から、人類が宇宙へ往く? 装置は? 技術は? カプセルで降ってきた大人だって、数えるほどなんでしょ? それなのに、どうやって宇宙に戻るっていうのよ!」

 ヒステリを起した自覚はあった。同時に、八つ当たりでもしなければ正気を保っていられそうになかった。わたしの叫びに驚いた魚人が、それでも逃げることなくヒレを水面に漂わせて鳴いている。

「オレたちが戻るわけじゃないよ」

 少年の、凪いだ声がわたしの呼吸を止める。ひりつく緊張感が、少年の目元を彩っている。殺戮の限りが尽くされた戦場でただ一人生き残った老兵みたいだ。

「オレたちは、この星の開拓者になるんだよ。いつか、オレたちの子孫がこの星を捨てて、地球を目指して宇宙を旅するために。そうしたらきっと、オレはまたリイナに逢える」

「……そんなこと、信じてるの?」

「だって」少年は眉を寄せて、幼子を宥めるように笑った。「リイナは、自分の祖先が人魚と暮らしてたって教えてくれたんだ。そっくりじゃないか」

 少年は、灰色の生き物を指で示し、同じ指でわたしの腕にそっと触れて、指を絡め合うようにつないでくれる。昔、幼い弟とこうして手をつないだ記憶がよみがえる。迷子にならないために、弟とつながっていないほうの手は父や母が握ってくれていた。

 空っぽの掌に、冷たく硬い金属が差しこまれた。テッドの爪だ。

「オレはこの星で、地球の船の残骸をいくつも見つけてるんだ。きっと、まだ探せていないところにだって、オレたちみたいな人間がいるよ。きっといつか、リイナの船だってこの星にくる」

「……センセも?」

「うん」

 わたしのセンセが誰なのか知らないはずなのに、少年は力強く頷いた。

「くるよ。だってオレたちは、宇宙を旅する犬の名前を冠した船とリイナに見守られてるんだ」

 少年は底知れない蒼天へ顔を向けて、眩しそうに眼を細めた。その先を航行するクドリャフカ号が見えているようだ。少年の未発達な首筋には、幸福感すら滲んでいる。

 わたしの手を握るテッドも、勇気づけようとするかのごとく、爪に力を入れた。

 わたしより百三十二年も後に地球を発ったと主張する人工知能。少年と一緒にこの星にきたと言っていたのだから、少年もまたわたしより百三十二年も後の存在なのだろう。

 渇いて粘る口の中で、「百三十二年」とその時差を噛み締める。

 子供のころに観たアニメに、時を遡る装置があった。確かに、光の速度を超えて移動する粒子は時間を遡る。実証されたわけじゃないけれど、その可能性はいつだって囁かれていた。そもそもその説が唱えはじめられたころは物質が光の速度を超えることは不可能だとされていたのだ。けれど実際、わたしたちの宇宙船は光の三倍の速度で航行していた。

「そんなこと……」

 あり得ない、と否定したくて口を開けた。でも砂っぽい空気を吸っただけで、わたしは言葉を見失う。

 時間を遡っただなんて、信じられない。信じたくもない。けれど、じゃあ、この目の前でのたうつ灰色の生物はなんだ、と問われればうまい答も見つからない。移住可能な惑星を捜し求めた調査船が、こんなに大きな生物と潤沢な水が発生している惑星を見逃すはずもない。つまりコレは、地球の調査船がこの宙域を捜索するずっと前か、ずっと後に発生したものだと考えられる。

 なにを信じようと疑おうと、わたしが置かれた現状は変わらない。

 もし本当に時間軸がずれてしまったのだとしたら、地球に還ったって無意味だ。センセのいない地球なんて、わたしにとってはこの茫漠とした星と同じだ。

「君が、わたしの時代まで遡ってきたんだよ……」縋るように、願うように、その可能性を口にする。「わたしじゃなくて君が、百三十二年前から遡ってきて、リイナって子もずっと先の時代から、わたしの時代にきて……」

 少年が、はは、と声を上げた。乾ききった、冬の寒風みたいな笑い声だった。そして少年は静かに、独り言みたいに呟く。

「そうだと、いいね」

 少年の静かな眼差しが、なによりも雄弁に彼の諦めを語っていた。たぶん、わたしが今感じている絶望も僅かばかりの希望に縋りたい心細さも、彼はテッドと二人きりで乗り越えてきたのだ。

 彼は、わたしよりはるかに老いていた。疲れ果てていた。

 そう理解しながら、わたしは自分の弟くらいの年頃の男の子を気遣う余裕を失っていた。

「そんな、こと……信じない。信じたくない」

「信じさせてよ」と少年の吐息が湿った。泣くのを耐えたのかもしれない。「オレにとっては、その可能性だけが唯一の救いなんだ。この星はリイナの星なんだ。リイナが、リイナの祖先が、この先にいる。そう思うから……」

 少年は目を細めて湖の彼方を眺める。まるで膨大な時間の果てを捜しているようだ。

「オレはね、リイナに生かされたんだ。だからきっとオレこそが、リイナの祖先だよ」

 情けなく下がった眉と引きつった唇で、少年は「だから」と続ける。

「そう信じさせてよ。そう、信じてよ。お願いだから、この星に絶望しないで。オレを一人に」

 しないで、と懇願する少年に、こおぉ、と空の唸りが重なった。

 二人して、いや、テッドや魚人も空を仰ぐ。

 赤い星が空を横切って、落ちていく。吸い込まれるように地平線へ近づいて、消えていく。さらにそれを追うように数筋の朱色が流れた。

「……隕石?」

「たぶん、新しい住人だよ。ああしてときどき、小さいロケットとか脱出カプセルとかが落ちてくるんだ。でも、あれは遠すぎるから会いにはいけないかな」

「会いに、きてくれるかもしれないでしょ」

 少年は黙ったまま微笑むと、わたしの両手を握って立ち上がる。

 わたしとは違う、薄っぺらい布地の宇宙服に包まれた少年の脛を杖に、テッドもまた立ち上がった。少年に触れていないほうの三本爪が、泥で束になった毛皮をかきわけている。

「ああ、そうだった」

 気付いた少年がしゃがみこんで、テッドの動きを助けてやるようだ。

 ややして、テッドの脇腹から機械の内臓が覗いた。泥以外にもなにかが詰まっているのが見えた。故障していないのが奇蹟みたいに、誇りっぽい汚れがしみついている。配線のカバーだって随分と老朽化しているのか、ささくれが目立っていた。

 そんな自身の危機に頓着した様子もなく、テッドは内臓の隙間から拳ほどもある球体を抓み出す。

 真ん丸い、透明なカプセルだった。中には頭頂部がちょこんと尖った茶色い球体が入っている。

「クヌギ……?」

 記憶の底からその名を引っ張り出したわたしを、少年は驚いたように仰ぐ。

「これを、知ってるの?」

「植物の、種でしょ? 違うの?」

「わからない。ここに降ってきた誰も、これがなんなのか、どうすればいいのか、わからなかったんだ」

「これは、種だよ。大きな木になるの。君は、えっと……」

「エフセイ」

「エフセイは、知らないの? 地球から、来たんだよね?」

「オレの国は寒くて、オレはほとんど外にもでたことがなくて、そういえば地球の地下都市でも宇宙旅行中の冷凍カプセルの中でも、あんまり変わらない生活をしてたんだ。植物なんて、ホログラムでしか見たことがないよ」

 なんだか壮絶な幼少期を送っていそうな少年の気配に、わたしは膝に両手をついて身を屈める。少年の膝くらいの背丈しかないくまのぬいぐるみと視線を合わせれば、複数のレンズを搭載した黒い瞳にわたし自身が映りこんだ。

「これが、テッドの宝物なの?」

「リイナが」とテッドは恭しく両手で種を掲げた。「僕たちに託したのです。大地に植えてほしい、と。リイナはリイナの母親に託されました。リイナの母親もまた彼女の母から」

「これは」エフセイの手が、もう一度わたしの指先を握る。「宇宙を渡って、何世代もかけて、この星に戻ってきたんだ。だから」

 育ててあげないと、と独り言のように呻いて、エフセイはわたしとつないでいないほうの手をテッドに伸ばす。

 テッドはカプセルを脇腹から体内に仕舞って、三本爪でエフセイにぶら下がるように手をつないだ。

「ねえ」エフセイが、どこか夢見心地な瞳でわたしを捉える。「教えてよ」

 意味がわからなくて、わたしは首を捻る。

「オレは、植物の育て方を知らないんだ。でもリイナの種で、失敗するわけにもいかないし」

 地球に還れば、と言いかけて、呑みこんだ。わたしの指先に縋るエフセイが、震えていたからだ。

 もう独りになりたくはない、と全身全霊で訴える年下の少年が、佇んでいる。

 弟ともセンセとも違う、頼りないくせに強がるしか生きるすべを持たない男の子が、わたしをつなぎとめようとしていた。

「行こう。オレの脱出艇に案内するよ。少しだけど、物資があるんだ」

 エフセイはテッドをぶら下げた腕を軽々と一振りして、重たいテッドを胸に抱え上げた。そして顔の半分だけで湖を振り返る。

「じゃあ、またね」

 エフセイの挨拶に、灰色の魚人がヒレを振る。跳ね上げられた水が弱い虹を作った。湖面からも、同じ色にきらめく魚人の腕がいくつも生えている。

 わたしはエフセイに導かれるまま、新たな大地を踏みしめる。

 指先にひっかけたトラのぬいぐるみが、ぱたん、と太腿を叩いた。

 がんばれ、と言われた気がして空を仰ぐ。弟にもセンセにも似た声を降らせた空は、雲もなく白に近い青色に澄んでいる。

 センセに見せてあげたかった空が、わたしを覆っていた。双子太陽は、まだ一つきりだ。じきにもう一つも姿を現して、わたしたちを温めるだろう。

 センセのいない地を、エフセイの小さな手に引かれて歩きだす。

 裸足の一歩を受け止める土は乾いていて、肺の奥まで吸い込んだ大気に涙の味が滲んでいた。


                     ――また、いつか

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