エピローグ 故に我在り

「なんで俺が女装しなきゃいけないんだよ!」


 タクトは大人達に向かって叫んでいた。


 場所は会議室。部屋の中には刑事の長谷部、GM兼開発室室長の西島、そして中央にはドッシリとしたふてぶてしい態度で踏ん反りがえって座っている佐藤がいる。


 タクトの質問に答えを返したのは長谷部だった。


「なんでって全て上手くいったじゃないですか。素晴らしい女っぷりでしたよ。はじめは女らしい仕草なんてできないと思って私が指導しようと思ったんですが、その必要はなかったですね。良かったですよあのセリフ。『ありがとう。でもヒロシさんはこっちに来ちゃ駄目ヨ』ってね」


 タクトはかぶっていたロングのカツラを長谷部に投げつけながらさらに怒鳴る。


「じゃあ、お前がやればよかっただろ!」


 そう言った後、事の発端になった発言をした佐藤を睨みつけながら


「大体この企画を出したのは面白半分だっただんじゃないか?」


 と、タクトは言った。

 怒られているはずの佐藤は怒鳴った声の主に一瞥もくれずそんなこと言ったか?ととぼけている。


 掴みかかろうとしたタクトを見て、話ををはぐらかすため長谷部は声をかける。


「西島さん、今回の患者の回復度合いはどうでした?」

「ええ、かなりいいデータが取れました。今後も積極的に行っていこうかと思います。タクト君、今後もよろしくお願いします」


「女装するなら他のスタッフでいいじゃん。俺もうやりたくない。お前らがモニターしながらニヤニヤ笑ってるのは分かってるんだよ」


「はい。ただ女装をしたいのならうちの人間を使えばいいのですが、今回は大規模な改変と患者に彼女だと確実に信じ込まさなければいけませんでしたから」


 今回の実証実験の内容はこうだった。


 Open Oomiya Online。この仮想世界の中ではタクトは自由自在に改変が可能だ。その力を生かし、6・23の東海大震災で家族や恋人など全てを無くして廃人と化してしまった自閉的な患者の心をサルベージしようという、サーバーを丸々1つ分使った大規模な実証実験だった。

 患者の脳波から心理状態を調べていくうちに最も印象に残っているのがこの大宮での彼女との思い出だったことが分かった。それにより約30年前の大宮駅前を再現するとともに意識を覚醒させようというプロジェクトが立案された。


 タクトは気を取り直した顔で西島に質問する


「で、西島さん、結果はどうだったんですか?」

「患者の経過はかなり良好ですね。これまでほとんど反応の無かった脳波が活性化されています。目を覚ますのも時間の問題じゃないかと医者は言っています」

「目を覚ましたところで家族はいない、彼女ももちろんいない。本人にとっては辛いんじゃないのか?」


 順調な経過報告に佐藤は水を差すような言い方をすると西島が感情をこめない淡々とした言葉で続けた。


「本人からするとそうかもしれませんね。ただ、我々は慈善事業で行っているのでありません。今回重要なのは教授と共にこのプロジェクトをやりきることです」

「予算の為か?」

「はい。予算の為です」


 4人の間に沈黙が訪れる。


「あれ?それって新商品ですか?」


 いつの間にかタクトが新しいバナナチョコ味のチョコバーを手に持って食べていた。いつもの様にこの世の全てを改変できる超能力で取り出したのだろう。


 質問をしてきた長谷川に向けてタクトは答える。


「オオミヤ限定の商品は大体食べるようにしてるんです」


 横から口を挟むように佐藤が会話に加わる。


「お前、くいものなんか食べなくてもいいんじゃないか?」

「医者から何かしら食べろって言われてるんですよ。人間だったころの意識が変わるとかなんとか。まあ、食べたとしてもただのデータの塊なんだけど、ね」


 そう言ってタクトは佐藤に向かってチョコバーを放り投げる。放物線が頂点に達した瞬間に物体の輪郭がぼやけデータの泡となって消えて行った。


 今日は特別なイベントにより女装をして見知らぬ男性の彼女の振りをしてきた。明日は明日で大量のデータ処理が待っている。


 『我思う、故に我在り』。タクトはデータだけの存在になってもこのOpen Oomiya Onlineの存在意義を守るため、自らの役割を演じ続ける。

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せっかくの転生ならチートでハーレムだろうと思っていた俺の役割 たまり静夕 @tamariseiyuu

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