5.深夜一時半



 夜、今日の夕食は悠と詩織二人分だけだった上に、昨日のような突然の来客もなく、まったりとした夜を過ごしていた。昨日と同じように食事が終わったテーブルで、悠と詩織、マサキとルキッラが団らんしている。


「マサキ、本当にそのうち日本来ない? 私、住むところも修行先も面倒見るよ」

「そうだな、俺、昔から和食に興味あったし。母さんの生まれ故郷にも行ってみたいしな」


「お母さんの出身、どこなの?」

「東京の、えーっと確か……スチューシー……とかだったかな?」

「スチューシー? どこだろ」


「あっ」と詩織が指を立てた。

府中ふちゅうじゃない?」


「ああ、そっか! きっと府中市だ。私たちの街から近いよ。電車ですぐ行ける!」

「本当? 今でもじいちゃんばあちゃん住んでるらしいんだよ。小さい頃こっちで一度会ったっきりだし、会いに行きたいな」

「私の連絡先とお店の住所教えるから日本に来なよ。待ってるから」

 悠は携帯を取り出して住所を表示して見せた。


「あー、俺日本語話せるけど字はほとんど平仮名しか分からないんだよ。平仮名にしてくれない?」

「おっけー」

 悠はまたスマホを操作し始める。


「やっぱ漢字分からないと困るよな。悠ちゃん、俺の漢字の先生になってよ」

 そう言われるとすぐ悠は首を横に振った。

「無理。私も読めるだけで、ほとんど書けないから」


 詩織は「そうなんだよ」と半笑い。

「悠ってさ、全っ然漢字書けないんだよ。送り仮名は間違えるし、そうかと思うと、器用に鏡文字で書いたり。読み書き障害ディスレクシアだよきっと。それにさ、それ以外の勉強もてんでダメ。方程式とか解けないし、分数のかけ算、割り算も。歴史も知らないしさ」


「そうなんだ。勉強できないのは俺と同じだ」

「あっはは」と笑いで答える悠。同時に平仮名に打ち直した住所を見せた。マサキはそれを取り出した紙にメモした。


「ありがとう。もし日本に行ったら、必ず連絡するから」




                 *




 夜、マサキは物音で目を覚ました。部屋の外から聞こえるこの音は、間違いなくルキッラの車いすだ。自分に何か用事かと体を起こしたが、車いすの音はすぐ遠ざかって行った。マサキはすぐに布団に潜り込んだ。


 ところが、どういうわけだか胸騒ぎがして、いつまでたっても寝付けない。寝ている間にルキッラの車いすの音が聞こえてきたのは初めてだ。マサキの部屋は家の端っこで、トイレからも物置からも遠い。


 マサキはベッドから起き、部屋を出ようと扉に手をかけた。その時、何かを踏んだ。紙だ。折りたたまれた便箋が二枚。さっきの音は、これを届けにきたものだったらしい。部屋の明かりをつけて読み始める。間違いなくルキッラの字だ。


 マサキは部屋を飛び出した。ルキッラを探して宿中探し回ったが、見つからない。仕方なく悠と詩織が泊まっている部屋をノックした。


「どうしたの? こんな遅くに」

 出てきたのは悠。

「俺の所に、ルキッラの手紙が置いてあって……」

 マサキは中身を説明しようとして飲み込んだ。


「これ……遺書っぽいんだよ」


「え? ルキッラは今どこにいるの?」

「どこにもいないんだよ。頼む! 俺と一緒に捜すの手伝って!」

 マサキと悠は大急ぎで宿から出た。


「階段を登っていくと見晴らしのいい公園があるんだ。そこから眺めればひょっとしたら見つかるかも」


「そっちはマサキが行って。私は一番可能性高そうなところに直行するから。死ぬのに使いそうな場所どこ?」


「ええと……あああくそ!」

 マサキは頭を掻きむしった。なかなか思い浮かばない。


「ルキッラ、足不自由だし、首を吊るのは難しいよね。飛び降りるとか?」


 悠から出された手がかりを使って、マサキは必死で頭の中を掻きまわす。

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