夢と現実、あるいはふたつの現実――Car Seat Headrest / Vincent (2016)


白人の、年のころ三十の男性が、スーツケースを引いて部屋のなかに入る。

彼はポケットからミニチュア・サイズの酒の小瓶を取り出し、グラスのなかにあけて一気に飲み干す。

まったくべつの場所にある屋外のステージで、眼鏡をかけたアジア系の男性がギターを弾いている。

レス・ポールのサンバーストだ。


酒を飲んでいた男性はソファに座っているが、つぎの瞬間にはギターを弾いている男性の聴衆のなかにいる。

グラスをもてあそぶ手が映し出され、サステインの長いギターの低音が響く。

ギタリストが歌い始める。

「僕はずっと家に帰りたかった、僕はずっと家に帰りたかった」


曲が展開していくにつれて、男性の酔いも増していく。

きゅうくつそうなスーツを着たまま、ステージと室内で踊りはじめる。

ギタリストが歌う。

「あいつらはWikipediaの「鬱病」のページに、ヴァン・ゴッホの絵を載せてやがる、ああ、これで説明しやすくなるよ、ああ、これで説明しやすくなるよ、ああ、これで説明しやすくなるよ」


酔っ払いの男性は転げ回り、さらにたくさんの酒をグラスに注ぐ。

スーツケースを開くと、なかには大量の酒瓶が入っている。

酒瓶のほかにはなにもない。

ギタリストが歌う。


「ノイズ・マシーンを抱いていないとき」

コーラスが歌う、「(僕はずっと家に帰りたかった)」

「おれはよく眠れることに気づいた」

コーラスが歌う、「(僕はずっと家に帰りたかった)」


酔っ払いの男性はほかの聴衆に突き飛ばされて、土のうえに倒れる。

つぎのカットで、彼は室内で倒れている。

ギタリストの男性がステージのうえでギターをかき鳴らす。

つぎのカットで、彼は室内でギターを弾いている。


酔っ払いの男性は立ち小便をし、スーツを着たままシャワーを浴び、シャワーを浴びながらさらに酒を飲む。

男性は濡れたスーツを脱いだあと、さらに酒を飲み、洗面台に両手をつく。

口から、真っ黒でどろりとした液体が流れ出る。男性はそれを人差し指ですくい、目の下に塗る。

男性はふらつきながら、浴室から部屋に戻る。


するとそこにはギタリストの男性がいて、室内で、最後のパートを必死に歌っている。

「もう言うことはなにもない――」

酔っ払いの男性は、朦朧とした様子でその姿を見つめる。

カットが変わり、下着姿の酔っ払いの男性がステージの上に立って、目を閉じたまま身体を揺らしている。


 以上が、Car Seat Headrestによる作品 Vincent のビデオの粗筋である。

 

 このビデオが成功している理由は、内容よりも、形式によるところが大きい。このビデオにおける現実のフェイズは四種類ある。ギターを弾いている東洋人の男性と、ひたすらに酒を飲んで酔っぱらっている白人の男性。ここに室内と、屋外のステージが掛け合わされる。2×2は4というわけだ。カットはさかんに変更され、意図的に現実のフェイズが混乱するように編集されている。


 一般的に、物語においてはしばしば、異種のふたつ以上の現実の対応関係が表現におもしろい効果をもたらす。たしか中国の寓話だったと思うのだが、自分が蝶になる夢を見ていた男が目覚めたあと、自分がはたして夢見ていた人間なのか、それとも自分が蝶に夢見られているのかわからなくなる、というものがある。これはある種の物語論が語ろうとしているものを軽快に要約するもので、筆者のお気に入りである。


 私たちは――もちろん程度の差がグラデーションを描くはずだが――この視座について三つの立場を取りうる。つまり、現実が夢に従属するものという考え方と、夢が現実に従属するものだという考え方と、現実と夢は対等なものであって、どちらが主でも属でもないという考え方である。すぐれた哲学者や思想家は、しばしば最後の考えに魅力を感じるようだ。


 たしか17世紀イギリスの詩人、コールリッジの話だったと思うのだが、彼はある日に午睡をしていて、ひとつの夢を見た。それは夢というよりも、すばらしいソネットの形をした文字の連なりであり、目覚めた彼の仕事は、夢のなかで見た韻律をそのまま紙に書き写すことだけでよかった。終盤近くまで書き進めたが、そこで家の呼び鈴が鳴り、来客があった。彼はすぐに客を退けて書き物机に戻ったのだが、困ったことに、どうしても夢で見たすばらしいソネットの続きを思い出すことができなくなった。機転が利いているなと思うのは、彼はそのソネットをただちに中断し、いま筆者が上記にしたような話を散文にしたためたことだ。この散文に収められている未完のソネットは、たしかに、怖気だつほど美しい。


 また、たしかこれもイギリスの作家、サイエンス・フィクションの始祖のひとりとして名高いウェルズのエッセイだったと思うのだが、彼はつぎのようなことを書いていた。ある男が夢のなかで遠い未来に行き、さまざまな見聞を深め、そして現代に戻ってくる。彼はまどろみながら、夢のなかでなにかすばらしい未来の体験をしたことを感じているのだが、やはりそれは夢なので、記憶はほとんど失われてしまっている。ふと、彼は自分の手がなにかを握っているのに気づく。見てみると、それは薔薇である。そのとたん、彼はいっきに未来のことを思い出し、確信する。これは未来の薔薇である。


 つまり、このビデオにおいては、意図的に四つの現実が混ぜ合わされている。男性が室内で酒を飲みながら、Car Seat Headrestの新曲を聴いていたのか、それとも室内にいたCar Seat Headrestのギタリストが酔っ払いの男性を夢想して曲を書いたのか、酔っ払いがステージにまぎれこんでいたのか、それともそのステージは酔っ払いの夢なのか。これは少なくとも四通り以上の解釈を許容するビデオだし、その混乱した印象は、初期のThe Strokesを彷彿とさせる洗練されたガレージ・ロックの楽曲と、これ以上ないほどよく調和している。


 曲の中盤に配されている歌詞は非常に興味深いものであると同時に、歌詞掲載サイトであるGENIUSに、Car Seat Headrest自身による直接の解説が付記されている。ここに歌詞を引用してみよう。


  外国語で話をするのは難しいことだろう

  イントキシカード

  イントキシカード

  イントキシカード

  イントキシカード

  イントキシカード

  イントキシカード


 続いて、Car Seat Headrest自身による解説。


 ――これは1984年に起きた裁判沙汰へのリファレンスだ。脳梗塞で倒れたキューバ人男性が英語圏の病院に連れて行かれたのだが、ドラッグの過剰摂取と診断され、そのように処置されてしまった。これは男性の家族が彼の症状について解説するとき、その語彙が誤って解釈されてしまったために起きた出来事だった。


 この解説につけ加えれば、男性の家族はもともとキューバ人で、彼らのあいだでは、スペイン語の「intoxicado(イントキシカード)」は、悪くなった食べ物を食べたり、単純に風邪を引いたときなどにも使われる。ようするに、調子が悪いときに一般的に使われるのだ。ふたつの言葉の語幹が似ているからだろう、男性の家族は英語圏でも「intoxicado」が「調子が悪い」という意味になると考えて、そのように話した。これに対して、男性を受診した人々は、家族によって発生されたこの単語を英語の「intoxicated(イントキシケイテッド)」だと考えた。これは、酒にひどく酔っぱらったり、ドラッグを過剰摂取したときに使われる語彙である。こうして処置が行われたが、もちろん効果はなかった。ふたつの誤解が重なり、男性は脳溢血で死んだ。


 ここでも取りあげられているのはやはり、ふたつの世界が重なり合うことによる効果とその結果である。中東で続いている戦争の原因もそうだし、領土問題から世代間のコミュニケーションの齟齬まで、あらゆる摩擦の理由付けになる。そしてビデオのなかでもやはり、めちゃくちゃに酔っぱらった男性が、ずぶ濡れの下着姿で酒瓶を握りしめたまま、ステージの上に立つことになる。そういうわけで、このビデオが象徴しているのは暗澹としたテーマ、誤解やすれ違いといったものである、と言うことができるだろう。そのテーマ自体はあまり目新しいものではないが、語り方がすばらしいのだ。


 最後に紹介しておきたいのは、南米の小説家、フリオ・コルタサルの作品群だ。彼のいくつかの短篇においては、まさしく夢と現実のふたつの領域が接近し、繊細かつ暴力的に交わっていくという類型が見られる。たとえば掌編「続いている公園」の筋書きはこんなふうだ。ひとりの男が、緑の絨毯が敷かれた自室でゆっくりと本を読んでいるのだが、描写はしだいにその本の内容についてになる。作中作の主人公は誰かを殺すつもりで銃を握りしめ、ある家のなかに入っていく。するとそこには、緑の絨毯が敷かれた部屋でゆっくりと本を読んでいる男がいる。

 

 こういった技法が短篇の映像作品のなかで用いられているところを見たのは、筆者ははじめてのことだった。そして発見することができたのは、文芸作品が現実の数とおなじだけの解釈しか許容しないのに対し、映像作品は現実の数を掛け合わせた数の解釈を許容するということだった。考えてみれば、このビデオのなかで暗示されていることは、あらゆる芸術一般に言えることだろう。文章を書くものは文章を読んだことがあり、絵を描くものは絵を見たことがある。そして音楽を聴くものはすでに、音楽を演奏しているのである。

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