19-2 「ようこそ四神の間へ」
…………高らかな
玄武を迎えるべく、座していた三人の乙女が立ち上がった。
玄武から向かって正面は、乙女たちの侍るところより一段と高くなっており、そこに京姫の御帳台が置かれている。御帳台の奥の空間は途中から御簾が遮っていて、どうやらその奥へはるか進むと姫君の起居する空間につながっているようである。この部屋のなかでただ御帳台のまわりばかりが、日差しから守られている。そこから下って、御帳台の内の人から見て右手側、玄武にとっての左手側、もっとも御帳台に近いところにいるのが朱雀、その手前に少し離れて立っているのが白虎と見える。嗜み深い皇女は、こんな折にも日差しを気にすると見えて、できるだけ日の光から身を遠ざけ、緋色の扇で左頬の辺りを覆っている。そのために顔はさだかに見えかねるけれども、父宮でいらっしゃる松枝上皇の愛情がとりわけ深いだけあって、いかにも
白虎は殿方と紛うばかりに背が高く、面差しもきりりとしていて、男のものとも女のものとも付かぬ神秘的な美しさを醸し出していた。金色の豊かな髪は波打ってその背を覆い、その目つきは勇ましくもどことなく沈痛な光を宿しており、固く引き結んだ唇は屹立する意志を示すとともに激しくせめぎ合う内部を押し隠そうとしているように見えた。そういえば、この人はかの一条家の出自で、幼少の折に惨劇に巻き込まれて、家族親族をいちどきに亡くしたのであった。玄武の目にはたちまちに明らかになった白虎の意固地な強がりは、そんな悲惨な過去に根差しているのかもしれなかった。
御簾の方へと目を移すと、朱雀の同線上、その左肩からやや距離を置いて、庭から差す光を怖じることなくまともに頬に受けながら、玄武をじっと見つめている人がいる。そうだ、彼女が青龍なのだろう――確か自分より一つか二つばかり年下の少女だったはず。京姫の
三人の視線をいちどきに受けて、玄武は思わずたじろいだ。足を止めた玄武は、どうすべきかと戸惑って思わず面を伏せかけた。そんな玄武に投げかけられた声がある。
「玄武、ようこそ四神の間へ」
青龍の声だろう。声はまだ少女のそれで、澄みきるように高くて明るい。青龍の声に合わせて、朱雀と白虎とが同時にこちらに向かって一礼したようである。玄武も慌てて礼を返した。
「あたしたちはあなたの来るのを、あなたと出会うのを待っていました……四神の魂は幾度も幾度も乙女の体に甦り、決して絶えることはありません。京姫がこの世におわしますかぎり。あたしたちの出会いはこれまで幾度も繰り返した再会に過ぎず、これよりずっと先に来るであろう別れもまた、再会の予兆に過ぎません」
「我らがまだ
白虎が青龍の言葉を継いだ。
「我らの暴虐は地を揺るがせ、天を燃やし、人々を慄かせた。そのおぞましき罪悪を目にされた清き神、天つ乙女は、神の御子・
「……わたくしたちの命はそのご恩に報いるために」
朱雀が扇を左頬からおろして唱える。
「あさましき獣に過ぎぬわたくしたちを憐れんで、京姫は乙女の体を捧げてくださった……玄武よ、わたくしたちは姫様を
恐らく朱雀は全てを言い終えたのであった。「ここに集ったのです」の一言は、確かに玄武の耳にも届いたのだから。だが、朱雀の言葉の中途からだんだんと玄武の意識は朱雀の上を離れていって、やがて同じ意識の動きが、他の四神たちのなかにも控えていた女房たちの間にも起こってきていた。皆の意識が向かったのは、御帳台の奥の御簾の向こう、なんだかかしましい物音が近づいてくるところである。そして遂に朱雀が言い終えぬうちに、御簾の中から、なにか桜色の小さなものが飛び出してきて、御帳台のある段差を転がり落ち、朱雀の背中に飛びついたのである。驚いた朱雀が「きゃっ」と小さく悲鳴をあげた。
「ひ、姫様っ!」
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