第十八話 夜伽
18-1 「なにを考えているの、姫?」
「しかし、もうどれほど定められた時間を過ぎているか、そなたたちはご存じか」
「えぇ、えぇ。よく分かっておりますけれど、何しろ姫様がまだ幼いものですから……」
姫君が目を覚まされたあとも、周囲の者たちは骨を折った。姫君はかつてないほど不機嫌なご様子で、乱れたお
「乳母、わたし帰る!もうねむいんだもの。それにのどもかわいたし、つかれたし、頭の上のこれは重いし、ちっともたのしいことなんてないじゃない。おかしなんてもういらない。帰ろうったら……ねぇ!」
いくらなだめすかしても、幼い少女は駄々をこねるばかりである。乳母はそんな姫君にすっかり手を焼きながら、同時に安堵もしていた。というのは、天つ乙女が姫君に乗り移ったときの様子が、あまりにも凛々しく、神々しく、近づきがたいほどに高貴であったので、袖のうちで大切に大切に育て上げた玉のような幼子――ややもすれば実の娘よりもいとおしい姫君が、いなくなってしまったかのように思われたのだ。天つ乙女のみ魂を宿した立派な京姫として世の人に仰がれることは無論願ってもいないことではあるけれど、けれども乳母は、育てた者のわがままとして、やはり自分がかわいがったままの、自分一人の姫君であってほしいともひそかに願っていた。だからこそ、こうして手が焼ければ焼けるほどに、姫君への愛情がそのほかの雑多な感情に打ち勝ってくるのがしみじみと感じられるのである。ましてや、あの思い出すのも厭わしい出来事の後とあっては。
そうこうするうちに、正殿から二度目の使者が遣わされた。通例なら、これから朱雀殿に戻ってそこから中庭を過ぎり、玄武殿の門を通って正殿へ向かうところを、今回は特別に白虎殿より直接正殿へ来るようにとの仰せであった。四神たちは明らかに当惑していたが、姫君は結局否応なくお
その時の心地を、今も覚えているような気がする。こうして、庭の石灯籠の灯りをぼんやりと眺めていると――駕籠のうちから、幼心にも気だるさを覚えつつ打ち眺めていた夜の闇に点々と
「なにを考えているの、姫?」
背後からやさしい声がして、柱に身をもたせかけて物思いに耽っていた少女ははっと身を翻した。帝は笑って、立ち上がろうとする姫君をとどめると、その頭に手をあてて優しく撫でられた。七つのころとさほど変わらぬように見える小鳥のような頭からは、今や樺色の髪が
「
「隣に座ってもよいですか?」
「でも、こんな
「端近にいるのはあなたも同じでしょう、姫。ここはずいぶんと冷えますね。奥にお入りなさい、我が
姫君は素直に差し伸べられた帝の手をとった。そうして、手をつないだまま
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