第21話 嫌われ者の帰還 4

「…はぁー…」

だいぶ大きなため息が、誰もいない客間に吸い込まれる。誰の目もないことをいいことに、客間のソファにだらしなく横になる

「まずは一つクリア、かな」

非常に小さな一歩だけど、これからのことを考えると大きな一歩だ、みたいな感じの言葉って僕はあまり好きじゃない。そんなことほざく暇があるのなら、さっさと二歩目三歩目を歩けばいいのに

「まぁそんなことはどうでもいいとして、ベルちゃんたちの方は順調に進んでいるのかな。あれが上手くいかんかったら、頓挫も良いところだ。ピエロすぎるよ、僕」

尤もどれだけ僕が心配しても、魔法とかの方面がからっきしの日本人である僕には、無事を祈ることしかできない。無事と言っても、僕の予定が無事に終わる、程度の意味合いだけど

だけどなぁ、ハイネさんの言った通り僕の考えって希望的観測が過ぎるんだよなぁ。そして割と重要なところは他人任せ、仕方がない部分があるとはいえ、僕ももう少し力をつけないとまずいかもなぁ、でもなぁ修行とか勉強とかしたくないしなぁ。チート主人公よろしく、一瞬で色々身につけられないかなぁ

下らない現実逃避をしながらも、一応もし駄目だった時の第二案もあるにはある。だけどまだあまり詰められてないし、できれば希望的観測のまま進んでほしいものだ

「近藤さんに掛けられた隷属の呪いを解くのが二歩目だとして、三歩目の準備をしなくちゃね」

僕はソファから身を起こし、自室に戻ると紙とペンを取り出した

黙々と文字を日本語で綴っていると、ノックと同時に扉が開いた。ノックの意味とは

「失礼しますマコトさん」

「やぁベルちゃん、ノックの意味って知っているかな、これ部屋で僕が色々発散させていたらすっごく気まずいことになったいたからね」

「ナチュラルに下ネタをぶち込みますね」

「近藤さんも、さっきぶり。男子高校生にとって、下ネタは挨拶みたいなものだと思いますよ」

「あなたは全男子高校生に土下座した方が良いと思いますよ」

全は言い過ぎだと思うなぁ、三分の二くらいは同意してくれそうだし

「それで、首尾はどうかな」

「上々でしたよ。…首尾はって聞かれると、上々って答えたくなるのは何なんですかね」

「わかる。駄目な報告でも上々って言いたくなるよね」

僕と近藤さんがうんうんとうなずき合っているのを、キョトンとした表情で見るベルちゃん

僕たちは一頻り、「首尾はって聞くのはかっこいいけどふざけているように見えるのはなんでだろう」「報連相の報告と連絡はほとんど一緒なのでは」などのあるあるを言い合うと話を戻す

「上々って言うのはマジなんだよね」

「はい、ハイネさんとベルフェールさんの協力のもと、隷属の魔法は解けました。これでいつでもあのハゲチャビンの顔面をぶん殴れます」

「よっぽど苦労してたんだね」

近藤さんの元気いっぱいな発言に苦笑いを浮かべながら、僕はベルちゃんに視線を向ける

「ベルちゃんの方は首尾はどうだい」

「上々、と答えた方がよろしいですか」

「本当にそうならね」

「上々ですよ、次からはハイネさんの助けはなくとも隷属の魔法を解くことが可能です。尤も、マコトさんにとっては、私に解かれるのは好ましくないようですが」

「備えあれば患いなしとも言ったけどね」

「言ってませんでしたよ」

「そんな感じのことは言った」

それくらい前後文で察してほしいよ

「そんじゃ近藤さんはこの後どうする?魔王城でも探検する?」

「その一文だけ切り抜くと、ゲームしているみたいですね。では、厨房の方に案内してくれませんか」

「別に良いけど、僕に毒でも盛る気?」

「あんな冗談真に受けないでくださいよ、そしてなぜ楽しそうに聞くんですか。さっきあなたが言ったじゃないですか、男の一人暮らし料理を振舞えって」

それこそ冗談のつもりだったんだけどな

「今さらだから言いますけど、正直ここに来たのは藁にもすがる思いだったのですから、それくらいの恩返しはさせていただきますよ。お二人には」

「いいよ恩返しなんて、僕は人として当たり前のことをやったんだ。見返りなんて求めないよ」

「よく言いますよ」

「いやいや、マジで。僕は見返りを求めない、人として当然のことしか求めないさ」

人として困っている人は見捨ててはおけないってね、この意識を強要するつもりはないけど、僕は一般常識程度には思っているさ、理不尽に隷属させられている人を解放することは人として当然であり、その術を多くの人に伝えるべきであると

「嫌な言い方、本当に性格が悪いですよね、惚れ惚れしますよ。ならこうしましょう、今後あなた方はもちろん、魔王城の方たちと友好な関係を築いていきたいですから、そのための先行投資として料理を振舞わせてください」

そういうことなら断る理由もないな。客室でのやり取りと、さっきの発言から近藤さんは僕のしてほしいことをしてくれそうだし、これ以上あれこれ言うと隷属の魔術から解放されたテンションに水を差してしまう

「それじゃ、お手並み拝見と行こうかな。僕が行った方が色々都合がつくだろうし、僕も一緒に行くよ。勿論ベルちゃんも来るでしょ」

僕は絵本の王子様のような、大袈裟な動作でベルちゃんに手を差し出した。理由は特にない

「いえ、私はまだ別の仕事があるので」

あ、かっこつけた矢先に断られるとか、一番残念なパターンじゃん。近藤さんも滅茶苦茶笑ってるし

「まぁまぁ、固いことは言わずにさ。この世界では予約しないと食べられない料理だよ」

「私が何の仕事に取り掛かるのかご存知ですか。あなたが言ったライワード国の視察の後処理ですよ。荷物の整理や報告書の作成」

僕は視線を逸らし、乾いた笑みを浮かべる

「ま、まぁその労を労う的な?」

「お気遣いありがとうございますが、どこかの誰かさんのせいで仕事が溜まっているので私はこれで」

そう言ってつかつかと歩いていった

「嫌われてますね。まぁ私の主観ですけど、常盤さんとベルフェールさんはあまり相性は良くないと思いますよ」

「そう?」

ベルちゃんが歩いていった反対側に向かい、僕と近藤さんはボーイズトークをしながら歩きだす

「少ししか知りませんけど、ベルフェールさんは何事もきっちりするタイプですよね。よく言えば真面目で正義感が強い、悪く言えば融通が利かない」

「翻って僕は、不真面目で自分の利益重視ってね」

「芯をしっかり持っている考え方が柔軟な人、とも言えますけどね」

「物は言いようですな」

「社会に出るとそういうことを覚えて行かないといけないんですよ」

それは日本でのことを思い出しての発言なのだろうか、それともこっちの世界でのことを思い出しての発言なのだろうか

「両方ですよ。人と人、意思を持ち感情を持つ者同士が共存していれば、もうそこは社会ですよ」

「ハハッ、違いない。僕もそう思うよ、面倒だよね意思も感情も」

そんなことをダラダラ喋りながら歩いていくと、魔王城の厨房についた

「…これは、なんともまぁ、魔界のレストランみたいな場所ですね。似たような場所ですけど」

「見た目は確かにきついけど、食べてみれば案外いけるよ」

煮えたぎった紫色の鍋から、化け物のような魚が飛び出していたり、何かの目玉が小瓶に入って並べてあったり、角の生えた豚みたいな生き物の丸焼きがあったりと、僕も初見ではテンションが上がったよ

僕たちが入ってきたことに気がついて、一人の女性が近づいてきた

「お、マコトじゃねーか」

「やぁ料理長。四日ぶりくらいかな。相変わらずの厨房だね、流石は魔女ってところかな」

黒いエプロンに黒い三角帽子をかぶっている女性、魔女の料理長はシシシッと不気味に笑った

「料理に種族は関係ないだろ」

「そうでもないと思いますよ」

僕と会話をしながら、途切れることなく動いている野菜を千切りにしている包丁や鍋をかき回すおたま。何でもこの料理長が一人で全部魔法で動かしているらしい。少なくとも人間にはできない芸当だ、ベルちゃんは知らんけど

「それで、後ろの奴は。見た感じあたしらと同じような種族に見えるが」

「うーん、同じと言えば同じかな。こちらは僕が連れてきたお客の近藤さん、人間だよ」

人間という単語に、場の空気が一気に静かになる。僕は魔王様にお墨付きをもらい、それに加えて一週間かけてこの城の住人たちと良好な関係を築こうと、色々喋りまわっていたから何とかなっていたが、やっぱ人間はこの城では嫌われているな

そして意外なことに、そんな敵意交じりの視線の中で近藤さんは自ら一歩踏み出した

「はじめまして料理長さん、私は近藤明と言います」

「ケッ、人間ねぇ。そりゃあたしも、人間は全員が全員村を襲ったクソヤロー共だとは思わないけど、それでも同じ種族扱いされるのは気に食わないな」

「おそらく彼は同じ職業という意味合いで言ったのだと思いますよ。私もこの世界で住んでいる国では料理にまつわる仕事をやらせてもらっていますから」

「そうそう、それに見ての通り近藤さんは僕と同じような境遇の人でね、急にこっちの世界に飛ばされて、人間の国で奴隷の如く働かされていたんだよ」

魔王城では意外と、情に訴えるような話が結構効く。人間たちに襲われたり迫害されてきたり、家畜のような扱いを受けた人たちが多いから、結構共感してもらいやすい。僕もこの手法で仲良くなったしね

「…そりゃ大変だな、まぁあたしには関係ないことだ。それで、何か用か」

お、鋭い目つきが少し優しくなった、相変わらずこの手の話題だとチョロい

「いやね、近藤さんが僕の世界の料理を振舞ってくれるみたいでね、ちょっと厨房の一角を貸してほしいなって」

「そして魔王城の料理と言うのも少し興味があるので、一緒に作りませんか」

あれ、僕に対する投資として作ってくれるんじゃないの?まぁ近藤さんもここで何かを感じ取ったんでしょ、料理人としてなのか日本人としてなのか、はたまた僕みたいに生存率を上げる為なのか

「生憎と、あたしは忙しいんだ。人間と馴れ合う暇はないよ」

「でしたら私もお手伝いしますよ。見たところ、魔法だけでなく手作業をしている方たちもいるようですし」

「…ふん、足引っ張るなよ」

最近こんな感じのツンデレ見ないなぁ

「最近のアニメとかでこんな感じのツンデレ見なくなりましたよね」

「僕口に出てた?」

「やっぱり思いましたか」

「聞こえてるぞ。とっとと来い」

「はーい」

軽い返事と共に近藤さんは行ってしまった。秒で打ち解けたな、社会人ともなるとあのレベルのコミュニケーション能力が必要なのだろうか

まぁこれで近藤さんの動きがある程度予想しやすくなったし、僕は部屋に戻って準備の続きでもするか

…と、その前に

「ヤッホーベルちゃん、ご機嫌伺いに来ました」

「…何が望みですか。一応魔王様からあなたの望みは極力叶えるように承っているので」

冷たい視線が僕を貫く

「別に用ってほどではないんだけど、ベルちゃん忙しそうだったし手伝おうかなってね」

「お気遣いありがとうございます。それでもう一度聞きますけど、何が望みですか」

「えー、僕が善意でお手伝いしに来たとは思わないの?」

「はいはい、そうですね、マコトさんは心優しい人ですね」

諦めたように、雑な言葉を投げかけた

「そんな心優しい真さんからお願いがあるんだけど、良いかな」

荷物がある程度片付いたあたりで、にこにこしながら提案した。ベルちゃんから、呆れたような視線が飛んでくる

「近いうちに近藤さんを帰すと思うんだけど、近藤さんに持たせるものを僕が指定したんだけど良いかな」

「…あまり高いものや貴重なものはダメなので、魔王様に許可を取られてからでしたら私からは口を挟みませんよ」

「それで充分」

「因みに思惑を聞いても」

「大したことじゃないよ、近藤さんの荷物に色々仕込むだけ。この前の万年筆みたいにね」

ベルちゃんの視線に嫌悪感が乗る。ぞくぞくするね

「別に近藤さんを陥れようって訳じゃないさ、近藤さんは特にこっちから何かしなくても、多分こっちについてくれそうだし」

だけど僕が欲しい駒はもっと強い駒、近藤さんは将棋で言うところの歩、うまく使えば強いがもう一押し二押し欲しいところだ。因みに僕は将棋で例えるなら桂馬あたりだと思っている、ベルちゃんは銀将あたりかな

「そこで他の人もサクッとこっちについてもらうために、色々仕込もうと思ってね」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嫌われ者の勇者討伐記 ここみさん @kokomi3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ