第20話 嫌われ者の帰還 3

魔王様と少し雑談してから、僕は近藤さんにあてがわれた客間に向かった

道中何人かの魔人に、新たに連れてきた人間、近藤さんについて聞かれたが、反応を見る限りあまり好印象ではないらしい。僕の時は割とすぐに受け入れてもらえたんだけどな、これも僕の中にある、溢れんばかりのカリスマ性のなせる技、というわけか、やれやれだぜ

「いや、常盤さんと私では経緯が違いますからね、あなたのカリスマ(笑)は関係ないでしょ」

「そのネタ少ししつこいですよ。それにマコトさんにカリスマはありません、カリスマがあるフリが上手いだけです」

「いやそれ、普通にカリスマあるよりすごくない」

むしろそっちの方が良いまであるな

いやまぁ、そんな下らないことを喋りに来たわけではなく、呪いの方がどうなったのか見に来たんだ

俗に言うワンルームほどの大きさの部屋に、テーブルを挟みソファで向かい合っているベルちゃんと近藤さん、そしてベルちゃんの隣に見慣れない人物の三人がいた。三人の前にはティーカップが置かれてあり、薄く白い湯気が上っている。僕の分は?

「確か妖精だっけか」

気を取り直して、見知らぬ三人目に視線を向ける

小柄と言うレベルではないくらい小さい体に、成人女性のような綺麗な顔のアンバランスさはよく覚えている。ぶっちゃけ背中の羽よりも、そっちのほうがインパクトがあった

「君とは初めましてだよね。どうも、常盤真です、マイケルとでも呼んでくださいな」

「ええ初めまして、私は妖精族のハイネ、でもマコトさんは有名だから私が一方的に知っているわ」

ハイネって確かドイツだかの詩人だけど、それと関係あるのかな。まぁ多分偶然だと思うけど

「あはは、ありがとう。それで、近藤さんのほうはどうなったの」

ここに第三者がいるということは、これから近藤さんの呪いの鑑定を行うか、行った後かのどちらかだろう、そして僕が魔王様とのんびり雑談していた時間を考えると、鑑定後かな

「まぁ、その顔色と声色を鑑みれば大凡の想像はつくけど」

僕に揶揄う近藤さんの声は、少し弾んでいたからね

「ならその通りですよ、ハイネさん曰くこの呪いは使い魔の魔術と大体の作りは似ているから、解除もそれほど難しくはないみたいです」

予想通りって訳か。なら僕の方の計画も順調に進めそうかな

「よかったじゃないですか近藤さん。それでハイネさん、その解除はいつでも可能なんですか」

「いつでもって訳ではないけど、まぁ私の気分次第?」

「まぁ、何事も気分って大事ですよね」

「どうして事情を聴いていないあなたがそれで納得しているのですか」

僕がうんうんと頷いているのを、ベルちゃんはため息をついて窘める。さっき僕の自画自賛ネタをしつこいって言ったけど、ベルちゃんのそのやれやれ系主人公みたいな感じも少ししつこいと思うけどな

「この魔術を解く方法は色々あるけど一番手っ取り早いのは、強力な魔力を無理やり流し込んで隷属させている首輪の鍵ごと壊すことなのよ。ベルフェールさんがあなたに話した魔術の解除もこれと同じ方法よ」

「そんなことまで話したの」

「話の流れですね」

別に良いんだけどさ、口が軽いのってどうかと思うよ。たとえどうでもいい情報でも、誰かにとっては価値のあるものかもしれないんだから

「つまり強力な魔力を行使するから気分次第ってことですか」

「魔力はモチベーションに直結するからね。ベルフェールみたいに、常に高レベルの魔力を維持できるなんて例外もいいところよ、しかもこれで人間だなんて」

「…す、すいません」

「別に責めてないわよ」

「新しい設定が増えていくのはまぁ良いんですけど、ならその高レベルの魔力を維持できるベルちゃんが近藤さんの魔術を解くってことでいいのかな」

「そうね、ベルフェールなら少し練習したらたぶんできるようになるわね。って、どうしたの、浮かない顔して」

「あぁ、いえ…」

うーん、僕としては魔王軍側、と言うより魔族側の人にこの魔術を解いてもらいたいんだよね

「私が解くと何かまずいのですか、あなたの頭の中では」

冷たい視線が僕を貫く

不味いと言えば不味いかな。僕はこの隷属を解くことを条件に、近藤さんと同じ召喚魔術で呼ばれた人たちを寝返らせようと思ってたんだよね。確かにベルちゃんが解いても良いんだけど、それだと魔王軍に恩を感じるというより、人間のベルちゃんに恩を感じるってことになりそうだからなぁ

「近藤さんの前であまり言いたくはないんだけど、できれば明確に魔王軍と分かる人に解いてもらうのが理想なんだよね」

「…常盤さん、それは私にこの世界で築いたものをすべて裏切り、魔王軍側の人間になれと言っているのですか。これは私を騙した償いと聞いていたのですが」

出されているお茶をすすり、静かな声で近藤さんは言葉を紡ぐ。静かで、確かな圧がそこにある。とても僕みたいなチャラい未成年が出せるような声ではない

「おーこわいこわい、何をそんなに怒っているのですか。僕は別にそんなこと一言も言ってないですよ、あなたを助けたのは魔族であることを覚えといてください、ただそれだけのことですよ。それともあなたは、受けた恩を忘れる薄情な人なんですか」

僕は精一杯の笑顔を浮かべてベルちゃんの前に置かれているティーカップを手に取り、ゆっくりとのどを潤す

「あの、大物ぶって飲んでますけど、それ私のお茶なんですが」

「大丈夫、僕そういうの気にしないから」

「…私も気にしませんから構いませんが」

じゃあ話の腰を折らないでほしいな。まぁそれはそれとして

「僕は別にあなたに裏切ってほしいわけではありません、てかあなた一人裏切ったところで戦局はそんなに変わりませんよ。僕はあなたに正直に、事の顛末を伝えてほしいんです。この世界の人間は身勝手に自分たちを拘束するけど、魔族はそれを解いてくれるって」

「あなたは私だけでなく、私たちを裏切らせるつもりですか」

「裏切るって言い方は心象が悪いな、助けてくれるって言い方にしよう。でも何一つ間違ってはいませんよ、ねぇハイネさん」

「え、えぇ、確かに他の魔術がどうなっているのかわからないけど、この人間と同じような仕組みだったら解けるわ」

「いきなり訳の分からない世界に連れてこられて、いきなり逆らえない鎖をつけられて困っている人たちを助ける、ただそれだけのことですよ。その結果、その助かった人たちがどうしようと、私にもあなたにも関係ない話ですよ」

あっけらかんに笑う僕を、苦虫をすりつぶしたように睨む近藤さん。ハイネさんは、面倒事に巻き込まれてしまった、と言う表情を隠さずに、聞こえる大きさでため息をつく

「まぁ、誰にどんな思惑があるのかは知らないけど、やるならさっさとやりましょう。私だって暇じゃないんだから」

「アハハ、それもそうだね。ごめんねハイネさん、つまらない話聞かせちゃって」

「いえ、大変興味深い話だったわ。だけどあなたの思惑は、どこか希望的観測が過ぎるというか、都合の良いように良いように考えすぎなきらいがあると思うわ」

まだまだ子供ね、とハイネさんはできる女風にニヤリと笑った。正直、妖精サイズの人がそっれやっても滑稽なだけだな、ほら、さっきまで深刻な顔していた近藤さんが、若干苦笑いしてるじゃん

僕は口角をあげて、嘲笑しそうになったところなんとか胡散臭い笑みに変え、おどけるように笑った

「勿論僕だって策を考えてそれでおしまい、なんてことにはしないさ。都合のいいように相手を転がすのも僕の役目さ」

魔王様直属の軍師なんて中二心くすぐる肩書を貰っているけど、手のひらで誰かを躍らせるなんてつまらない、どうせだったら思いっきり踊りたい派なんだよ、僕は

「一応この場にいる全員に確認なんだけど、マコトの指示通り私が隷属の魔術を解くってことでいいのよね。一応この中で一番立場が上の奴の意見なんだし」

「そうなんですか」

意外そうな声で訊かれると思ったが、どこか納得したような、どちらかと言うと確認をするような声だった

「近藤さんの予想通りね」

「いや、私まだ何も言ってないのですけど」

「マコトさんは偶に人の考えていることを見透かすときがあるので、気になさらないでください」

化け物でも見るような目を向けてくるけど、これくらいなら別に僕じゃなくても化け物でも見るような目を向けてくるけど、これくらいなら別に僕じゃなくてもできるから

「ハイネさん、その解除ってここでできるんですか」

「できるけど、安全面を考慮するならベットとかの上とか不測の事態に備えた環境の方が良いわね。要領同じとはいえ、人間相手にやるのは初めてなんだし」

「わかった、ベルちゃん、ハイネさんと一緒に環境づくりをお願いできるかな。ついでに、ベルちゃんも今後隷属の魔術の解除ができるよう、必要な情報を仕入れといて」

「私がやると不都合なのでは」

「知識はあって困るものじゃないからね。念のためよ、念のため」

「その間あなたはどうするのよ」

ハイネさんはソファから立ち上がり、いや、飛び立ち、腕を組んで怪訝な目を向けてくる。もしかしてハイネさんはあれかな、偉そうに指示を出した人が何の役割もないのが気に食わないタイプの人かな

「僕はここで近藤さんともっとお話しているよ」

「え、普通に嫌ですけど」

「まぁまぁそう言わずに、今晩の夕食の話とかしようぜ。男の一人暮らし料理とか振舞ってよ、料理長でしょ」

「前後で矛盾が起きている気がしますが、まぁいいでしょう、あなたたちに恩を売っておくのも悪く無さそうですし」

「というわけで二人とも、後よろしく。何か必要なものがあるのなら、魔王様にでも掛け合ってくれればいいよ。多分協力的だと思うから」

そう言って僕は二人を見送ると、空になったティーカップを一か所に集めながら、さて、と話を切り出した

「単刀直入に聞くけどさ、近藤さんはこの件に関してどれだけ僕たちに協力してくれる?」

「それは私に魔王軍に入れ、そう言っているのですか」

「厳密に言えば、僕のお願いをいくつか聞いてくれるだけでいい。勿論拒否権はある」

「そのお願いの内容に寄りますね」

「それは内容によっては聞いてくれるってことでいいのかな」

「内容によっては聞かないってことです」

「近藤さんと同じタイプの魔術で召喚された日本人に、僕のことを紹介するって言うお願いは?」

「もとからそのつもりですから、勿論聞きますよ。隷属させられている人を何とかしたいという気持ちはありますからね」

「僕や久坂さんと同じタイプの魔術で召喚された人たちに、あることないこと噂を流すのは?」

「あることの噂なら流しますよ」

十分だな

「料理に毒を盛るのは」

「あなたに出す料理にでしたら喜んで盛りますよ」

「いつの間にか嫌われているねぇ、僕。まぁいつものことだけど。だけどそれはつまり、料理を汚すことになっても構わない、理由があれば人を殺すのも厭わない、そう言う解釈で良いのかな」

「発想が飛躍しすぎですよ。冗談で殺すって、誰でも言ったことあるでしょうに。でもまぁ、料理を汚すこと自体には構わないですね、所詮は料理人というわけでもないし」

近藤さんが殺しに加担してくれたら、色々有利に進められる考えがあったのに。まぁ流石に僕も、そこが越えちゃ言えない一線ってことくらいわかってるし、別に良いんだけどね

「それで、結局私に何をしてほしいのですか」

「んーまだ考え中だけど、そうだね、一応僕の考えを伝えといた方が良いよね」

「聞きたくないのですけど」

まぁそう言わずに

「その前に、近藤さん的には魔族とこの世界の人間との戦いってどう思う?」

「どうって、アニメとかでは憧れて見ていましたけど、実際当事者になると面倒この上ないですね」

「どっちかに肩入れとかは」

「私がしたところでどうにもなりませんよ。チート能力を持っているわけでもないですし」

なら話ていいか、それに僕の考えは多分うすうす気づいているだろうし

「僕はまず第一に、元の世界に戻りたいと思っている。これは多分、この世界に来ている日本人共通じゃないかな」

「でしょうね。久坂さんあたりは、割と満喫してますけど」

漫画やアニメみたいに、異世界に来た主人公がもとの世界を忘れて目まぐるしく冒険をする、というのはまずありない。どう考えても日本の方が住みやすいのだし

「次に、そのために最も効率的な手段は、僕の協力を以てして魔王軍を人間たちに勝たせる」

「ん?そこがよくわからないのですけど」

「人間の国で過ごしていた近藤さんならわかると思うけど、人間側はかなり優勢。極論、僕が何らかの形で協力しても、そこまでポイントはもらえない。久坂さんですら、僕の理想のところまでは行ってないみたいだし」

「たしかあの人、大きな貴族との縁談の話があると聞きましたが」

「所詮は一国の貴族、僕が欲しいのは国を動かう力だよ」

「独裁国家でも作るのですか」

「そうじゃなくて、僕の声で魔術開発を行わせるくらいの力が欲しいんだ」

「それで国を動かす力って大袈裟では」

「じゃあ聞くけど、この世界の人たちにとって、僕たち日本人を元の世界に送り返すメリットってあると思う?わざわざ送還の魔術まで使って」

「何か問題があったら、殺した方が早いですね」

でしょう、だから僕はまずこの世界の人間側をあてにしない

「それで魔王軍に肩入れし、常盤さんの力で現状を打破する。その恩賞として、勝ち取った人間側の領地で魔術開発をさせる」

「概ねそんな感じ。だからまず、負けている魔王軍を勝たせないといけないんだ」

そのために、と僕は近藤さんに顔を近づけた

「僕の話を一通り聞いてもらって、改めて聞くけど、僕たちにどれくらい協力してくれる」

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