第19話 嫌われ者の帰還 2

「よっと、空を飛ぶってのは楽しいけど、こう地面に足をつけると安心感がすごいよね。つまり人は、大地と言う呪縛からは一生逃れられないのかもね」

「何意味の分からないこと言っているのですか。呪われているのはあなたの頭ではないのですか、人をこんなところまで連れてきて」

魔王城の大きな庭に降り立ったガイドラさん、その背中から降りながら、僕は体を伸ばして自分でも訳の分からないことをぼやいていると、後ろから近藤さんの辛辣な声が飛んできた

辛辣な言葉とは裏腹に、その声には怯えが色濃く出ている。そりゃそうか

「こんなところとはご挨拶ですね、こんなところに暮らしている人たちだっているんですよ」

「たちって、本当に人たちなんですか」

まぁ、そう言いたくなるのもわかる

ガイドラさんが降り立ったところは、城の住人からは丸見えであり、多くの魔人が集まってきている。仲良くなった人たちもいるな、とりあえず手を振っておくか

「人、と言うより人間は私とマコトさんだけですよ」

「ベルさん…常盤さんは最初から胡散臭い人でしたが、ベルさんも」

「否定はしないけど、最初から胡散臭いって酷くない」

僕の反論に取り合いもせず、近藤さんは鋭い視線をベルちゃんに向ける。どうやら僕にその視線を向けるよりも、ベルちゃんに向けた方が建設的だと判断したらしい。大正解じゃないか

「申し訳ございません、ですが少々お手伝いはしたものの主犯はマコトさんなので、恨み言の類は彼にどうぞ」

「ヘイカモン」

「これにですか」

心底鬱陶しそうな顔で僕を指さす

「まっ、騙したことについては謝るよ、だけど近藤さんの呪いを解くのは本気だしその算段もついている。悪いようにはしないさ」

ベルちゃんから荷物を受け取ると、周りに集まっている魔人の人たちにどいてもらいながら、城の中に入っていった。近藤さんはその後姿を見ると、大きなため息をひとつつき、同じくため息をついているベルちゃんと視線を合わせると

「お互い大変ですね」

「全くですよ」

そう口々に文句を言いながら、僕の後をついてきた

「それで、どこに向かっているのですか」

怪しく揺れる紫の炎に照らされた廊下に、少し怯えは混じっているが、初めて出会ったときとそう変わらないトーンで近藤さんの声が響いた。もう冷静さを取り戻しているあたり、適応能力は高いみたいだ

「それはもちろん、家主に挨拶さ」

「家主って、城主って表現の方がしっくり来ますけどね。つまり早速魔王様を紹介していただけるのですね」

「何せ魔の王だからね、失礼の無いようにしてくださいね」

「あなたが魔王とどんな風に話したのかは知りませんけど、お前が言うなってすごく言いたくなりました」

「言うだけならタダだよ」

「言うだけでも疲れますからマイナスですよ」

「それは一理ありますね、特にマコトさんみたいなのを相手にしていると尚感じますよ」

「やれやれ、想いは言葉にしないと伝わらないというのに」

「あなたは余計な言葉が多いうえ、すぐはぐらかすのですから、そんな偉そうなことを言う権利はないですよ」

そんな雑談をしていると、目的の部屋についた。相も変わらず、RPGのラスボスの部屋みたいな扉だな

「やっほー魔王様、元気してた」

「そのテンションの相手をしなくてはならんのかと思うと憂鬱だが、質問には答えといてやろう、変わりはない」

「おいおい、社交辞令を真に受けないでよ、僕としては魔王様が元気だろうと風邪ひいてようと心底どうでもいいんだから」

「ふん、貴様も変わりないようだな。尤も、通話の魔術で連絡を取り合ったのだから、変わりないのは知っておったがな」

魔王様は、多少の変化があっても良かったのだがな、と呟いたが、小さくため息をついて気持ちを切り替えた

「マコトとベルフェール、よく戻ってきたな。して、その後ろの人間は」

「この人は近藤明さん、僕と同じ国の出身さ」

「つまり異世界人か」

「そんなところ」

僕は視線で近藤さんに自己紹介をするよう促す

「初めまして、近藤明と言います。ここにいる常盤さんに騙されて連れてこられました」

「騙されて?」

「騙されて」

僕に視線が向けられる

「メンゴ」

可愛くペロッと舌を出し、片手でごめんなさいの形をする

「…この馬鹿が迷惑をかけたな。気に召すかはわからぬが、精一杯もてなそう」

「いえ、胡散臭い彼にのこのことついて行った私にも落ち度はありますし、魔王様が気に病むことでは」

「部下の失態は我の失態だ、全力で償わさせてくれ」

「お気遣いありがとうございます」

おっと、これはちょっと予想外だけどいい方向に転びそうだ

「それならさ、ちょっと呪いを解くのに協力してほしいんだけど」

「呪い?この男は呪われているのか、と言うかよくもぬけぬけと詫びの内容を提案できるなお前は、どういう神経しているのだ」

「アハハ、まぁそれは僕だからかな、てかよく初見で男だってわかったね、僕最初は女性かと思ったよ。まぁそんなことよりも、近藤さんは僕と同じ国の人間って言ったでしょ」

「…あぁ、なるほどな。つまりアキラには隷属の魔法がかけられているわけか。確かに呪いと言っても相違ないな」

「これはベルちゃんとも少し話し合ったんだけど、ワンチャンいけそうな気がするんだよね」

「我も心当たりがある、話をつけておくとしよう」

「僕の方でも少し動いておくよ」

魔王様は考え込むように指を顎に当て、僕も話がしやすいように魔王様に近づいた

「あの、私のことで話されているところ申し訳ないのですが、もう少し分かりやすくお願いできますか」

「ん?あぁ、ごめんごめん、要するに近藤さんいかけられている呪いを解くための話ってこと」

「この馬鹿の失態の詫び、この形で受け取ってくれぬか」

魔王様は心底申し訳なさそうに頬を掻いた、癖なのだろうか。てか別に僕は詫びを必要とすることをした覚えないんだけどな、嘘をついて連れてきたとはいえ、ちゃんと魔法を解く方法を提示したんだし

「ありがとうございます。ですが具体的にはどうするのですか」

口ではお礼を言いつつも、不安が拭いきれていないのか、表情が少し険しい

「具体的、具体的って人を追い詰める言葉だと思わない?まぁそれは良いとして、そう言えば異世界人を隷属させる魔法って具体的にはどんな感じなの、それによってアプローチは変ってくるけど」

と、適当に言ってみたけど、僕のコネでできるアプローチなんてたかが知れている。要はどんな感じに隷属させられているのか、もっと言えば、どれくらい恩を売れるのか知りたいだけだ。因みに、僕の予想では結構売れると見ている、何せ隷属させる魔法を解くために国を出て来てくれたんだから、それだけ現状に不満を持っているということだ

「文字通りですよ、命令には絶対服従、反抗的な意思を持っても、身体を操られたかのように勝手に動かされる感じですね」

「ふーん、よく長期休暇をとるの許してくれたね」

思ったことを適当に言いつつ思考を進める

恐らく隷属と言うのはそれだけではないはずだ。その魔法を解きたい近藤さんが嘘をついているとは思えないけど、完全に操り人形みたいにできるのなら、隷属させている近藤さんを料理長みたいな高い役職に配置するメリットがない。知識だけ吸収して、雑用でもなんでもやらせればいい

「今の話どう思う、二人とも」

僕は視線をベルちゃんと魔王様に向ける

「どうって、先日マコトさんが立てた予想通り、人間の使い魔化の魔法、という解釈が正しいようですね」

ベルちゃんは額面通りの受け取り方をして、僕が以前話したことを思い出しながら意見を述べた

「…後で話を聞こう」

魔王様は僕のもとまで来ると、そう軽く耳打ちをした

そしてその足で近藤さんの前に来ると、パチンッと指を鳴らし、一枚の紙を召喚した。紫の炎が灯っているのが実に魔王様っぽい

「これがあればある程度自由にこの城を歩ける。昔は無かったのだが、マコトが来てから、こういうのがった方が良い気がしてな」

「ありがとうございます。通行許可書みたいなものですね。何かあった際は、こちらを見せればいいのですね」

「ああ、その炎は我が一族にしか灯せぬものだ、人間でいうところのサインだと思ってくれていい」

えー、僕貰ってないんだけど

「ベルフェール、こやつを客間まで案内してやれ。そしてこのリストの者たちに話を通しておいてくれ」

もう一度指を鳴らし、同じように紫の炎が灯った紙をベルちゃんの前に召喚した

「承りました、アキラさんこちらへ」

「案内よろしくお願いします」

二人が出て行き、部屋には僕と魔王様だけになった

「それで、どこから聞こうか」

「それじゃあまぁ優先度が高いものから話すよ。日本から来た人と知り合いになったよ、近藤さんとは違って才能を持っている人たちとね。ここからが重要なんだけど、二人とも美少女だったんだ。一人は可愛くて勇敢って感じで、もう一人は小動物的な可愛さがあるんだよね」

「まぁ、貴様が優先度が高いと言った時点で大凡予想できていたから驚きもしないな。我が言えることは、さっさと本題に入れ」

彼女のいない男にとって、これ以上に優先度の高い話はそうないと思うんだけどな

「通話魔法で話した通り、奇襲が行われる計画を聞いたんだけど、そっちの対策はどうなっているの」

「動かしている最中だ。わざと大きく動かして、悟られていることを表現はしている」

まぁ、ならこれでスパイ疑惑と重なって、奇襲は流れると思う。仮に流れなくてもある程度は対処できるでしょ

「あの男を連れてきた理由はなんだ。貴様がまさか、同郷のよしみで呪いを解くために呼んできたわけではあるまいな」

「えー、こんな思いやり溢れる男を捕まえてなんてこと言うの。僕は本心から、あの人の呪いを解きたいと思っているだけだよ」

「貴様がそんな殊勝な男か」

「いやいや、これはマジで本心。呪いを解いて、思いっきり恩を着せて、近藤さんを動かしやすくするために、僕は本心で呪いを解きたいんだ」

「ほれ見たことか」

「本心だったじゃん」

「利用が前提ではないか」

「世の中持ちつ持たれつってね」

「まぁ連れてきてしまったものはもういい、人間は好まないが、あの男には、と言うよりもあの呪いがかけられている人間には、以前から思うところはあったからな。これを機に、何か打開策が打てればいいのだがな」

「あはは、僕を勝手にこの世界に連れてきといて何言っているんだよって感じだけど、まぁこの際、それは脇に置いといてあげよう。たしかに、呪いをかけて隷属させている人たちを解放できたら色々と便利だしね、今回の近藤さんの件、いいテストになりそうだよ」

ちゃんと呪いが解けるかどうかはもちろん、どれだけ恩を着せられるかのね

「そう言えば、僕が通信の魔法で最後に聞いたこと、考えをまとめておいてくれた?」

「どれくらいの条件で和睦を呑むか、であろう。流石にまだだ、昨日の今日だからな、だがこの城の幹部の連中には話をしている」

「それで幹部さんたちはなんて」

「大半は被害の保証と領土の不可侵、人間たちに奪われた魔族の領土や資源の返却だ。まぁ、やつらも人間たちがこんなこと呑むわけがないと思って言っている節があるがな」

だけど逆に言えば、飲むわけないと思っていても、条件として形を作れるほどの理性は残っているわけか。危惧していた憎しみや怨嗟でドロドロになった戦争よりも幾分かマシだ

「わかった、じゃあ引き続き和睦案についてまとめておいてもらえるかな」

「うむ、任せておけ」

纏めてもらうのは魔王様に任せて、僕は人間側に飲んでもらうための下準備、異世界人寝返り計画の続きを練らないとな

そのためには

「そうだ、話は変わるけど近藤さんのさっきの話どう思う」

「何か引っかかっていたようだが、どうかしたのか」

「質問を質問で返さないでよ。いやちょっと気になることがあってね、隷属させる魔法って本当にあれだけなのかなって思ってね」

「あれだけ?」

「いや、魔法について詳しく知っているわけじゃないんだけど、要するにさ、近藤さんが僕たちに嘘をついている可能性も無きにしも非ずでしょ、それに近藤さん自身が把握していないだけで、あの魔術にまだ何かあるかもしれないじゃん」

「後者はともかく、前者に一体何の意味があるのだ。ここで嘘をついてもアキラに何の利点もないぞ」

「そうかな、魔王様を警戒して、異世界召喚魔術というある種切り札を、詳しく教えたくないって思って嘘をつくことだって十分理解できる話だと思うけどな」

尤も、近藤さんはそこまでこの戦争に積極的でないと思ったからここに連れてきたんだけど

「我の主観だが、あの男はそこまで警戒しているようには見えなかったな。確かに知っていることは少なそうであったが」

「まぁ何にしても、近藤さんは要注意人物ってことで監視とかつけといてほしいんだ」

「貴様が連れてきといてか」

「それを差し引いても、利用価値は十分大きいと思うんだよ」

僕はニヤリと笑った


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