第18話 嫌われ者の帰還

「いやぁフラれちゃったね」

「フラれましたね。それは見事に。今どんな気分ですか」

「ハーレムルートを諦めて、ベルちゃん一筋で行こうか魔王様の逆玉ルートを狙うか悩んでいる気分」

「一筋って言葉、どうやらあなたの世界では別の意味を持っているようですね」

僕とベルちゃんは、背中に鞄、両手に箱を抱えながら関所の付近に突っ立っていた。日本では二度見系の量の箱を抱えているが、どうやらこの世界の観光客はこれが普通らしい

「そもそもあれで行けると思っていたのですか」

「別に思ってはいないよ、いけたらラッキー程度。まぁ今回は顔を合わせて、名前を覚えてもらって、少しアプローチをかけるのが目的だから。そもそも、近藤さんや久坂さんが思った以上にちょろかっただけ」

同じ日本人ならもうちょっと疑り深くてもいいと思うんだけどな

「そう言えば、今回はあの悪辣な情報操作は行わなかったのですね」

悪辣な情報操作って何のこと、と聞きそうになったところで、マギノア君のことを思い出した。そこまで悪辣じゃないと思うんだけどな、ただちょっとスパイ疑惑を滲ませただけだよ

「それともまた何か考えがあるのですか」

「んにゃ、普通に忘れてた。言えば良かったかな」

「…あなたねぇ」

「まぁどうせ久坂さんには伝えてあるし、それ経由で木戸さんにもいくでしょ、久坂さんが上手くやってくれれば多少考えは変わってくれるでしょ」

「私が言いたいのはそんなことではありません。…いえ、あなたには何を言っても無駄なのでしょうね」

「おいおい、諦めたらそこで試合終了って言葉を知らないのかい。やる前から無駄だって決めつけるはやめておいた方が良いよ、諦め癖がつくぜ」

「あなたに関しては諦めた方が心労的に楽なので」

「ベルちゃんは僕の何なの。まぁいいや、どうせマギノア君を追い詰めたことに関して、それを普通に忘れていたことについてでしょ」

「どうせあなたは察したうえで意見を変えないですからね、諦めもしますよ」

「まぁね、そもそもあんな男を記憶する必要ってある?」

「それが追い詰めた人の責任だと私は思いますよ」

「まっ、本当に追い詰められてたら記憶しても良いかなって思うけど、今の僕にとって、路傍の石ころと大して変わらないんだよね、あの人って」

まぁそんなこと言い出したら、僕にとって路傍の石じゃない人の方が少ないんだけどね。だけど大半の人はそうだと思うよ、たとえ自分のせいで誰かが不幸になろうとしても、それがあまり関わりのない人だったら、どうなろうと関心がない、興味がない、どうでもいいってね

「だから僕は割と一般的な思考だと思うんだけどな」

「十分異端ですよ。正直引いてます」

「僕の発言で引かなかったことの方が少ないくせに」

まぁそんな話はどうでもいいとして

「近藤さんは来てくれると思う?」

僕とベルちゃんは、ライワード国の関所の近くの広場のベンチに、二人仲良く並んで座っていた

僕たちの足元には、結局あまり使わなかった旅行道具が入っている大きな鞄や、この国で買ったお土産が置いてある。3日しかいなかったはずだが、大分長い時間いた気がするライワード国とは今日でお別れだ

だけどお別れする前に、成果を回収したいところだ

「昨日の誘い、本気なんですね」

「理想を言えば木戸さんか久坂さんあたりを連れて帰りたかったけど、女の子だしね。まぁ近藤さんは、第一歩としては悪く無いと思うよ」

「…まぁ高級料理店の料理長ですから、例え戦争の戦力にならなくても、魔王様はお喜びになるでしょうね」

「あぁ、そう言う側面もあるな。そうだ、もし来てくれたら久しぶりに和食を食べたいから作ってもらおう」

そのためにも、近藤さんが勤めている店のオーナーから、長期休暇を貰わなくてはならない。上手くやってくれればいいんだけど

「てか、助っ人として僕が行けば良かったんじゃないかな」

「絶対拗れますので控えてください」

自分でもそう思うよ。だけど、あの人常識人っぽくて流されやすそうだからな

と、そんな失礼なことを考えていたところ、僕たちほどの大荷物ではないが、それなりに大きな鞄を抱えた人間がこちらに歩いてくるのが見えた。どうやら僕の心配は杞憂だったらしい、近藤さんが小走りで向かってきていた

「お待たせしました」

「やっほー近藤さん。来てくれてありがとう、再会の抱擁でもするかい」

「ベルさんのでしたら大歓迎ですよ」

「ど、どうぞ」

ベルちゃんなりの悪ノリなのだろうか、腕を広げて近藤さんを迎え入れる格好をした

僕はそんなベルちゃんの悪ノリを微笑ましく思いながら、音もなくそそくさとその腕の中に飛び込んだ。あ、柔らかい、一緒に寝た時は後ろから抱き着かれたりだったけど、前から抱き着くのも中々

と、感触を楽しんでいたらいつの間にかそこには誰もいなくなり

バチンッ

鋭い音と鈍い痛みが僕の頬を襲った

「え?なんで今僕は叩かれたの」

「何で叩かれないと思ったのですか」

一緒のベットで寝たんだし、もう今更だから良いかなって思って。まぁそれはさておき

「正直説得に失敗して、来れないんじゃないかと思ってましたよ」

「顔に殴られた跡がついているのに何事もなかったかのように話し始めますね、別に構いませんが。ご心配させてしまって申し訳ありません、ですが数日の休暇を貰えるよう交渉には成功しました」

「そりゃ僥倖。そんじゃ行こうか。少し歩いた先に足を待たせているんだ」

「それは気が利きますね、では向かいましょう…いやこの世界に車ってないですよね。勘弁してくださいよ、少し歩いた先に動物の死骸の足だけ転がって、これが本当の足を待たせている、なんてギャグは」

「僕ってそんなことやる人間だと思われてたの」

そこまでサイコパスだと思われてたなんてショックだよ。昔虫でそれやって先生にマジギレされてそれ以来やってないんだから

「まぁ、マコトさんの普段の言動を顧みれば」

「あっそ、なら普段の行いってやつを今後は気をつけるよ。さしあたっては、こっちの方を眺めている関所の人にとびっきりの笑顔でも向けてあげるか」

「相変わらず胡散臭い」

どないすればええねん

そんなグダグダとした再会の言葉を交わし、僕たちは関所を抜けて歩き出した。2日前に来た道を戻るだけとはいえ、道があまり整備されていないこの世界では、僕や近藤さんは一苦労だ

というわけで、戦闘をベルちゃんが歩き、その後ろに男二人がついていく形だ。因みに、有事の際に一番力があるのはベルちゃんであるため、そう言う意味でもベルちゃんが先頭を歩くのは適している

「情けないことを堂々と言わないでくださいよ」

「じゃあ近藤さんが先導しますか」

「私じゃ道が分かりませんよ。常盤さんがこのパーティのリーダーですよね、前に踏み出すべきかと」

「僕だって、ベルちゃんの後姿を舐めまわすように見るので忙しいから無理」

そしてリーダーになった覚えもない

「お気になさらずに近藤さん、この人は基本的にそう言う甲斐性はないので」

「大変ですね、お互いに」

二人に仲良くディスられながら歩いていくと、見覚えのある小屋が見えてきた

ふむ、どうやらまだガイドラさんは来ていないようだ。まぁあんな大きな図体で待機なんてできるわけもないか

「まだ迎えは来てないようだし、あそこの小屋でのんびり待ちますか。近藤さんに対しても、色々準備がいるだろうしね」

「私に対しての準備?」

疑問符を浮かべる近藤さんを連れ、立て付けの悪いボロ小屋に三人で入った

小屋同等に古くなっている椅子に僕と近藤さんは腰を下ろして向かい合う

「心の準備。近藤さんって心臓とか強いタイプ?」

「何ですかそれ?弱くはないと思いますよ、ジェットコースターとかは普通に乗れます」

「そりゃ僥倖、なら大丈夫だ、偉そうに準備とか言って恥ずかしいくらいだよ」

「いやだから、説明してもらえます」

と、少し苛立ちを見せた近藤さんの言葉を遮るように、窓の外を眺めていたベルちゃんが声を上げた

「来ました」

「ん、じゃあ入ったばかりだけど出ようか」

「待てくださ…なんかこっちに近づいてきますけど、あの空から飛んでくるのが、心の準備が必要なものですか」

「でも大丈夫でしょ、ジェットコースター大丈夫なら」

「私の目に狂いが無ければドラゴンのように見えるのですが…」

「ドラゴンと言えば珍しいことかもしれないけど、僕ってドラクエやったことないんだよね。あれってモンハンみたいにドラゴンを狩るゲームなの?名前的に」

「王道RPGですよ、ドラゴンも出てきますが、モンハンみたいにガンガンドラゴンを倒していくわけではありませんよ。詳しくは私も知りませんが、竜王と言うドラゴンの魔王が出てくるからとかそんな感じだからだと思いますよ…そんなことはどうでもいいですよ」

ドラゴン、ガイドラさんは小屋の近くに降りて、ジッと窓の中を覗いている

「やぁガイドラさん、お迎え有難う。三日しか離れてないのになんだかすごい久しぶりな気がするよ」

「我に対して臆さず飄々とした口調、変わり無いようだな」

「アハハ、人はそう簡単には変わらないさ、ベルちゃんは僕に変わってほしいみたいだけど。そうだ、予定より一人人数が増えたんだけど、彼もいっしょに乗せて帰りたいんだけど良いよね」

ギロッとその大きな瞳が近藤さんに向けられる

「問題ないが、良いのか」

「彼は僕と同じ出身地で信用できるんだ、ルダスちゃん、魔王様には僕から話すよ」

「ふむ、ならもう我から何も言わぬ」

そう言うと、僕たちを下ろしてくれた時のように、身体全体を低くし、僕たちが乗りやすくしてくれた

「ちょっと待ってください、なんだか話が進んで行っていますが、私これからどこに連れていかれるのですか」

「どこって、魔王城だけど」

「はぁ?」

「あれ?ジェットコースターとか大丈夫って言ってたじゃん、だから吃驚形には強いのかと」

「吃驚形に強くなるアトラクションはお化け屋敷ですよ、いやそうじゃなくて。ドラゴン?魔王城?」

僕があった日本人の中で一番年上で落ち着いているイメージがあったけど、とてもいいリアクションを取ってくれている。ちょっと嬉しいな

「まぁそうだね、じゃあ改めて、近藤さんってお化け屋敷とか大丈夫な人?」

「あなたが頭大丈夫な人ですか」

「自覚はあるさ。まぁここまで来たんだし、折角だから乗っていきなよ。近藤さんに掛けられている召喚魔術の首輪を取るって言うのも嘘じゃないからさ」

「あなたを信じろと」

「どっちでも。だけどこれだけは信じていいよ、こっちの方が断然面白い」

嫌味ったらしく、憎らしげであり、それでいて胡散臭い僕の得意な笑顔を浮かべた

「因みにこのアプローチは一回きりだ、近藤さんの性別がその見た目に則して女性だったら、もう何回かアプローチをかけていたところだけど、生憎と男をナンパする趣味はないんでね」

「それも立派な性差別だと思いますがね。まぁ良いでしょ、毒を食わば皿まで、常盤真と言う毒を皿まで食べつくしてあげましょう」

「そうこなくちゃ」

「話はまとまったかのう」

僕と近藤さんのお喋りをまじかで見ていたガイドラさんが、つまらなさそうな声で問いかけてきた。そりゃそうだ、タクシー代わりにして、乗る前に行く行かない揉めていたんだから

「ごめんごめんガイドラさん」

「ガイドラさん…人間の近藤明と申します」

「フン、マコトが信用した人間というだけで信用されると思うでないぞ、人間」

「その割には結構ちょろかったですよね、僕の時」

「それは貴様が異世界から来た、この世界の人間どもと違う人間だからだ。この世界の十把一絡げの人間どもと、纏っている空気が異なっていると肌で感じたからだ」

なんともまぁ中二心をくすぐる理由なことで

「だったら近藤さんもそうだよ、僕と同じ日本出身だ。どう?肌で何かを感じたかい?」

「感じんな。どうやら貴様の出身地のものの放つ空気ではなく、お前固有のものらしいな。貴様本当に人間か」

「そんな第六感みたいなもので人間かどうか揺らがないでよ」

「まぁよい、アキラと言ったな。貴様も乗るがいい」

やっとこさ話が纏まり、僕たちは姿勢を低くしてくれているガイドラさんによじ登った。あれだね、今度は縄梯子的なのを用意しといた方が良いね

ガイドラさんは僕たちが上り終えたのを確認すると、その大きな翼をはばたかせ、少しずつ浮かんでいき、やがてライワード国が遠くに小さく見えるほど上空に浮上した

「では、しっかり掴まっていろ」

そう聞こえると同時に、景色がものすごいスピードで変わっていった。安全運転でお願いしますよ



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