第17話 人間たちを弄んでみた 7

「すみません、そこの大きな盾を持っている可憐で素敵なお嬢さん」

「私のこと…ですか」

「そう、艶やかな黒髪の綺麗な君だよ。可憐で素敵なお嬢さんって言われて自分のことなのかなって思える感性は素晴らしいよね」

「……」

大盾を持つ黒髪の少女は、僕を警戒したのか数歩下がった。初対面の反応としては、当たり前の反応である。短く切りそろえられた髪が揺れ、小動物が警戒心たっぷりで威嚇するような、それでいて困惑を隠しきれていないような、そんな視線をぶつけられる。顔から身体、最後に頭の順で視線が動く。因みに僕が異性を見るときは、顔から頭、身体かな、巨乳が相手だと少し変わるけど。そういう観点でアンケートとか取ったら何かの調査に仕えそうな気がする

「あなたは…日本人…ですか」

「警戒心たっぷりの視線をありがとう、そしてご名答、僕の名前は常盤真、マー坊とでも呼んでくれたまえ。先日この世界に来たばかりのしがないナンパ師さ、因みに好みのタイプは尽くしてくれる年上がタイプかな」

「は、はぁ」

大きな盾を壁にするように自身の目の前に置き、僕から身を隠しながら距離を取る。てかでっかいな、盾、君の持つサイズではないでしょ、頭からつま先まで全部隠れているじゃん

まぁそれはともかくとして、近藤さんや久坂さんと話した次の日、つまり僕とベルちゃんがこの国に来て3日目、最終日のことである。久坂さんや近藤さんから聞いた話、と言うよりもポロっと漏らした情報を繋ぎ合わせて推理して、なんとなく居場所と性格、姿や装備品などを予想して声をかけた。我ながら、そんなあやふやな状態でナンパ紛いな行動に出たとは、少し笑えないな

「常盤さん?が私に何の用ですか」

盾からひょっこり顔をのぞかせる、警戒心の強い猫みたいだな。予想よりも大分身長が低いのも猫っぽさを加速させる、150以下かもしれないな

「同じ日本人、こんな世界にいるなら用なんてそれだけで十分でしょ」

「……」

黙ったままさらに距離を取られる。おかしいな、今変な事言ってないのに

「変なことを言った後に、答えになってないことを言ったからかと」

「まっ、そういう見方もあるよねベルちゃん。てか、もう他人のフリは良いの」

ベルちゃんは、呆れかえるような瞳で近づいてきた。さっきまでベルちゃん、見事に一定の距離空けてたよね、道行く人に紛れていたよね。別に良いけど

「…あの、なんなんですかあなたたちは」

「アハハ、怪しいものじゃないさ、と言っても信じてもらえないだろうけどね。なんなんですかと聞かれれば、答えてあげるが世の情けってね、まぁ君と同じ境遇の人間ってこと」

「そのフレーズ」

どうやら心当たりがあるらしい、流石国民的アニメだ

「この国は僕みたいな境遇の人が多いって聞いたから、無理言ってここに観光しに来たんだ。そして同じ日本人の人たちから、元の世界に戻るためのアドバイスを聞けたらいいなぁってね。因みに、君のことは久坂さんと近藤さんから聞いたんだ」

「近藤さんは知りませんが、久坂さんって、聖剣の?」

「そそ、カッコいいよね聖剣の勇者って。それで、その聖剣の勇者に対をなす存在、聖盾の勇者である君、木戸翼さんを探してたんだ」

「せいじゅんの勇者…?」

「かっこいいでしょ、今僕がつけた。もしかして盾をじゅんと読むのを知らない口かな、よかったじゃん、明日から学校でみんなに自慢できるね」

僕の勢いだけで中身のない会話に追いつけていないのか、木戸さんは眉をひそめて僕の言葉を吟味している。いや、本当に適当に言っているだけだからそんな真面目に考えてもらわなくていいんだけど、てか、考えないでしゃべったことをそんな風にじっくり考察されるとめっちゃ恥ずかしいな

「まぁ難しい話はどこか腰を落ち着かせる場所でしないかな?今少し時間いい、奢っちゃうよ、ベルちゃんが」

「…昨日の食事の時も私がお金を出しましたが、この旅行中だけですからね」

「どうせ経費でしょ、パァーッと使おうよ。木戸さんもそう思うでしょ?」

「へ?」

「ほら、木戸ちゃんもこう言っているし」

「あなたの世界には、へという言葉にそこまで深い意味があるのですね」

「アハハ、言うようになったねぇベルちゃん、それでこそ僕の召喚士だ」

「あなたの召喚士ではありません、あなたを召喚しただけです。お抱えみたいに言わないでください」

「でも僕にとっては、僕を召喚した召喚士だから、僕の召喚士で間違いはないよね。言葉って面白いよね。あ、そうだ、木戸さんを召喚した人はどんな人なの」

「え、私のですか」

急に話を振ってから、僕はベルちゃんに軽く視線で指示を出し、歩き出す

ベルちゃんも、僕の視線の内容を受け取って、柔和な笑みで木戸さんの手を握りゆっくりと歩き出す。木戸さんの容姿は整っているが、幼さが少し強く、美人というより美少女、綺麗と言うよりかわいい系だな。そんな女の子が、美人と言って差し支えないベルちゃんと手を繋いで歩いているなんて、おねロリかぁ良いものが見れたよ

「邪な視線を感じるのですが」

先ほど、視線だけで指示を出したように、僕たちは視線だけで意思疎通がほとんど可能になった。過去の面白経験から、他人の視線や考えに敏感なベルちゃんと、人の感情を読むのが人一倍得意な僕だ、この三日ほとんど一緒だったこともあり、今ではアイコンタクトだけで互いに考えていることが分かる。まぁ、だから今みたいに変な視線を向けると即バレる

「両手に花だなぁって思ってね。それで木戸さん、木戸さんを召喚したのはどんな人なの。男?女?イケメン?美人?」

「たくさんのおじさんたちでしたよ、と言うより、召喚は普通たくさんの魔術師たちが集まらないとできないと聞いたのですが」

おっと、僕もベルちゃんも大分特殊な例だったから話題選びを外してしまったな、共通の話題で盛り上がろう作戦が失敗した。そして特殊な例であることを誤魔化さないとな

「気持ち的な問題だよ、美人に求められたって思うとなんか嬉しいでしょ、おっさんに召喚されたって思うよりも」

「そんなこと、私は特に意識したことありませんけど」

「つまりおっさんもアリだと。一晩五万円とか」

「嫌な言い方やめてくれませんか」

顔を赤くして、怒鳴り声にも近い声が飛んでくる。うん、今のは流石に僕も品がなかったと思う、もっと上品且つ紳士的な態度をとらないとな、僕のファンが減ってしまう

「…マコトさんが下品なことを言ったのは分かりました」

日本人にしか通じない下ネタを、木戸さんの反応で中身を予想し、木戸さんの手を引いて僕から距離を取るベルちゃん。久坂さんに対しても近藤さんに対しても、あまり好意的ではなかったベルちゃんだけど、木戸さんはお気に入りのようだ

「ベルちゃんは知らないだろうけど、こっちの世界の男はみんな下品なんだよ。男はみんな狼なんだよ」

「狼?肉食ってことですか?」

「この場合、捕食される肉と言うのは異性ってことです。異性にがつがつアピールする人のことを、私たちの国では肉食系と言うのです」

「同性愛を否定するつもりはないけどね、まぁ僕は女の子を食べたいな。あ、勿論人食ってことじゃなくて性的な意味で、エロい意味でね」

「…知らなくていい異世界のことが知れました」

「世の中には知らなくていいことなんてないんだぜ、どんな知識でもいつか巡り巡って自分の身を助けるんだ」

「この知識がどうやって私のことを助けるのですか」

「もし何かの手違いで日本に来た時、ベルちゃんは美人だから飢えた獣たちに襲われないように注意してね、みたいな忠告をした際に役に立つじゃん」

「この際あなた方の日本という国に行く、という仮定には目をつむりますが、仮にそんな忠告を受けても、危ないから気をつける、と言う認識にはしかならず、結果としてこの知識があろうとなかろうと意味がないのでは。それに意味合い的には十分に通じますし」

「やれやれ、人の例え話に一々目くじらを立てて。木戸さん、こういう人どう思うよ」

「え、どう思うと言われましても」

親しくない人からの冗談じみた質問って、どれくらい笑って良いかわからないし、なんて答えればいいかもわからないよね、特に友達の親とかそんな感じ

「話の発端はあなたからだったような気がしますけど」

「あれ、そうだっけ。…と、そんな愉快に親睦を深めていたらいつの間にかお店についたよ、このギルド兼酒場で良いよね」

僕たちは、初日に久坂さんと一緒にお喋りをした店についた

「因みに木戸さんはお酒はいける口かな」

「…見ての通り未成年なので」

そう言うってことは、多分自分が年齢に比例した身長をしていないってことを自覚していることだよな。過去にからかわれたことがあるか、本人が気にしているのか。何にせよ、下手に子ども扱いはやめた方が良いかもな

「アハハ、自虐ネタかな。だけど女性を外見だけで判断しないのが、今の紳士業界ではトレンドなんだぜ」

「どこにあるのですか、そんな業界」

「仮にそんな業界があったとしても、先ほどの発言から、マコトさんが紳士業界に入れるとはとても」

律義なツッコミを受けながら店に入り、空いている席に座る。二日前に来た時と変わらずに、店内は騒がしい声であふれている、僕たちの会話をかき消してくれる分都合がいい

「さてと、改めてお話をしようじゃないか。まず木戸さん、元の世界へ戻る方法、これに心当たりはあるかな」

「ありませんよ」

「だろうね、久坂さんや近藤さんと話して、もうその辺は期待してないよ」

「じゃあなんで聞いたのですか」

「形式美ってやつさ。その辺を触れないのは、木戸さん目線不可解でしょ」

「そうですけど、もしそれを尋ねなくても勝手に脳内で補完しますよ」

「そ、じゃあ心おきなく色々聞かせてもらおうかな。まず木戸さん、異世界から人間を召喚する魔法、これに関してどこまで把握しているのかな」

「才能ある人間を呼び出すか、ランダムで呼び出して隷属させるか。この二つがあることは知っています」

「話を聞く限り木戸さんは前者っぽいけど、どんな才能を持っているの」

マギノア君曰く、強力な魔法抵抗力だったよな。一応覚えているから聞かなくてもいいんだけど、認識の齟齬や木戸さんが自分のことをどれくらい把握しているのか、そしてそれがどう使えるのか、という話にシフトしやすい

「自分でもよくわからないのですけど、防御力に優れているらしいです」

「防御力ね、その不似合いの大きな盾と関係があるのかな。確か久坂さんは聖剣に選ばれる才能だとか何とか」

「いえ、この盾は一番いい盾を国の人がくれたのでそれをそのまま使っているだけです。持ち主を選ぶようなものでも、聖なる力が宿っているわけでもありません。防御力に優れているというのは、耐性や抗体という意味合いです」

「あー、鉄の鎧を着ているというよりも防御力にステータスふった、みたいな話?」

「分かりやすくまとめるとそんな感じです」

「僕昔から防御力にステータスふる意味わからないんだよね。あ、別に木戸さんを馬鹿にしているとかそういう感じじゃないよ。ほら、まもるや見切りでターン使うよりも、より多く攻撃した方が強いのでは、と思っちゃうタイプでさ。だからステータスふれるようなゲームでは、スピードと火力にしかふらないな」

「それ多分最後は適正レベルでクリアできなくて、レベルでごり押しするパターンですよね」

「えー、別にそれで良くない?ゲームのシステム上可能なら、どんな形であれクリアでしょ」

「シューティングや格闘ゲーム弱そうですね」

「ついでに戦略シミュレーションとかも苦手」

レベルでごり押しを覚えると、プレイヤーの腕が問われる系のゲームが結構弱くなるのは、どうやら僕だけではないみたいだ

「…何の話してたんでしたっけ」

「今度家でゲームやろうって話じゃなかったかな。あぁちがうか、僕が木戸さんの家にゲームしに行く話だったかな」

「木戸さんの才能について、でしたよ」

「あぁ、そう言えばそうだったね、ありがとうベルちゃん。にしても強力な耐性かぁ、いまいちピンと来ないなぁ」

「私もですよ。と言うより、こんな漫画やゲームみたいな世界に来ていること自体がまだ現実味がないのですけどね」

「わかる。これを現実だと受け取ったら頭がパンクしそうだよね。僕も冗談を言い続けていないと、余計なこと考えちゃって疲れちゃうよ」

「…ただの胡散臭い変人、というわけではないのですね」

どうやら僕の発言を、緊張を誤魔化すためにふざけたことを言っている、と解釈したらしい。何も考えてなくて適当に喋っているだけなんだけどな

「因みに木戸さんはこの世界ではどういう立場の人間なの?久坂さんは国の方から期待されている冒険者だったし、近藤さんは高級料亭の料理長だったな」

「貴族の護衛をやっていますよ」

「へぇ、ここの貴族さんたちは、こんな小さくてかわいい女の子に護衛されているんだ。羨ましい話だね」

皮肉を言いながらも、自分の口角が吊り上がるのを感じる。このパイプは後々使えそうだな

だけどここでがっついては余計不信感を与える、ただでさえ僕は初対面から好かれるタイプの人間ではないのだから

「そう言うあなたは、この世界で何をしているんですか」

「その言葉、なんだか哲学っぽくていいね。僕はフェイカート公国ってところで、異世界の研究に付き合わされているのさ。全く、参っちゃうよね。異世界人が少ない国では、日本人ってだけで貴重なサンプルだよ」

「お互い大変ですね。そう言えば常盤さんはどちらの召喚で…私と同じタイプですよね。どんな才能を持っているのですか」

ベルちゃんの方に気の毒そうな視線を向けながら、質問を変えてきた。まぁ思っている通りだよ

「それが皆目見当もつかないんだ。こっちの世界に来てから色々試したけど、戦闘系や魔法関係のものではないと思うんだ。神が僕に与えたこの美形が才能ってことかな、この世界でイケメンって才能をどう使おうかねぇ」

「……」

黙られると辛いなぁ

「中の下…いえ何でもありませんマコトさん」

「ベルちゃん、僕って意外と根に持つからね」

まぁ冗談はさておき、試したってのは嘘だけど本当に僕の才能ってやつには心当たりがない。いい機会だし、木戸さんに詳しく聞いてみるか

「そう言えば木戸さんがその才能を知った時、どういう経由だったの?もしそう言う魔法だか何だかがあるのなら、僕も試してほしいんだけど」

「…えっと、私が聞いた話ですと、呼び出した術者の野望を達成するために必要な才能を持ったものが現れるとか何とか」

そんな便利な魔法なのか。視線でベルちゃんに問うと、何とも言えない微妙な視線が返ってきた

「確かにあの魔法は召喚者の求めるものに左右されますけど、マコトさんを見ているとどうも自信がなくなりますね。ですがコトネさんを例に考えてみますと、使い手を選ぶような聖剣がある時に、その使い手が異世界から現れるのは偶然で片づけられない話かと」

「え?聖剣って珍しいものなの?こういう世界ではあって当たり前のものかと思ってたけど」

「そうポンポン聖剣があったら、戦争なんてとうの昔に終わってますよ。私が言いたいのは、必要に駆られて現れたと考えるべきです」

「それじゃあ僕も必要ってことだね、ベルちゃんたちにね」

「不本意ながらですけどね」

「木戸さんはじゃあ、ボディガードが欲しいとかそんなこと考えながら呼ばれたって感じかな。やれやれ、こんな小さくてかわいい女の子に何をさせようとしていたんだか」

木戸さんも少し同意なのか、何とも言えない苦笑いを浮かべた。お世話になっている分、強く同意はできないのだろう

だけどそれは、逆に現状に不満があるということだ。尤も、現状に不満のない人間は、そういるはずないんだけどね

「さて、そこで木戸さん、僕たちとつるむ気はないかな」



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