第16話 人間たちを弄んでみた 5
「なんか私、ここ最近あなたとばかり一緒に食事している気がするんだけど」
「それは僕が久坂さんの攻略に踏み出したからだよ、イケメン外交官もどき、条件としては悪く無いと思うけどどうかな。将来安泰だぜ」
「なんか胡散臭いから遠慮しておくわ。確か昨日言ったわよね、私の好みは硬派な人だって、それに日本では高校生でしょ、どこが将来安泰なのよ。大体私は年上が良いの。ちゃんと働いていて家事のできる…近藤さん、日本に戻ったら連絡先の交換しましょうか」
「ハハハ、私は見ての通り硬派ではありませんよ。それに現役JKとですか、今のご時世色々動きそうですね」
「全く、面倒な世の中よね、私が良いって言っているんだからいいじゃん」
「その結果別の悲劇を生むからでしょ、ストーカーとかね。まぁ流石に公園で座ってスマホ弄ってただけなのに人を呼ばれたって話を聞いた時はどうかと思ったけど」
「そんなことあったんですか」
「あったんですよ、スマホってカメラ付いているから、盗撮しているんじゃないかって疑われたんだって。だったら初めからつけるなって思うよね、携帯にカメラ機能、あれ一番いらない機能でしょ」
「私は結構使うわよ、写真撮ってネットにあげたり」
「張り出された予定表とか記録するのに私も使いますね。ですが流石にスマホ弄っているだけで盗撮の疑いは極端ですね」
「そういう趣味嗜好を持つ人がいるのは事実だけど、そんなものほとんど言いがかりじゃない。日本はどこに向かっているのよ」
「弱い存在を護るって言う大義名分があれば、大抵のことは許されるからね。その点こっちの世界は分かりやすいよね、弱肉強食、弱い方が悪い」
「そんなことはないわよ、あなた本当は私より長くこの世界にいたんでしょ、なら分かるんじゃないの」
「あれ、あなた確か一週間って言ってませんでしたか」
「あれ?そうだっけ。アハハ、どっちが嘘だと思う?」
「「そういうのいらないからとっとと話して」」
「えーノリ悪いなぁ」
「私そういう自分に都合の悪い対応をとられると、ノリが悪いだのなんだの言う輩嫌いなの。度が過ぎた悪ふざけを、ちょっと遊んでただけじゃん、みたいに茶化すような輩の次にね」
「概ね同感ですね。私もあれは見ていて腹立たしさすら感じますよ」
「あーウザいよねああいう輩、自分たちが世界の主役ですと言わんばかりの言動、あれ電車とかでやっているの見てるとひっぱたきたくなるよね」
「真のこと言っているんだけど」
「おいおい、僕は割と節度を持っている人間だぜ。礼儀礼節の真とでも呼んでもらおうか」
「無礼不遜でしょ」
「不遜を図々しいみたいな意味で使っているみたいなところ悪いけど、不遜は思い上がった、みたいな感じの意味だから、この場では適してないと思うぜ。尤も、僕が思い上がった態度をとっているなら、誤用ではないけど」
「…程度で違和感を感じるなんて、どれだけ繊細なのよ」
「違和感を感じるって言い方も間違っているよ。正しくは違和感を覚える、だね。それだと頭痛が痛いみたいだよ」
「え…あ、頭痛は頭の痛みだからおかしいのか」
「常日頃から使っていたのですね」
「馬から落馬とか言いそう」
「…どうせ私は学がないですよ」
「学がないと言うより勢いだけで生きているって感じだよね、言葉の誤用が多い人って」
「あー、考えてしゃべってない感じしますよね」
「……自分が一番分かっているから、追い打ち欠ける必要なくない」
久坂さんが若干拗ねたところで現状の整理
僕たちがいるのは近藤さんが勤めている高級レストラン、近藤さんに無理を言い、久坂さんの威光をちらつかせて無理やり使わせてもらった。僕?僕は特に何もしてないけど、強いて言うなら適当にころころ言葉を転がしただけだな
まぁそんなことはともかくとしてこの場には、聖剣の勇者の久坂琴音、高級レストラン料理長の近藤明、嫌われ者の常盤真、そして先ほどから一言も発していない、神童魔術師のベルフェールちゃん、この四人しかいない。僕の紹介文だけどうにかなんなかったのかな
「というわけで二人に集まってもらったのは他でもない、僕の紹介文を考えてほしいからだ」
「「「お疲れさまでした」」」
「待って待って冗談だから」
三人が同時に冷淡に言い放ち、同時に席を立った。さっきから一言もしゃべってないと紹介したばかりなのに、ベルちゃんまでもが同じ反応をしている
流石に僕も笑顔をひきつらせながら「場を和ませるためのちょっとした冗談だよ、本気にしないで」と慌てて釈明をした
「…あなた方の世界のことはよくわかりませんが、場はとうに和んでいるように見えましたが」
ベルちゃんが僕以外の二人を一瞥する
確かに二人には固さがなく、リラックスとまではいかなくとも、初対面のようなぎこちなさはない
「ひとえに僕の手腕ってことかな。さて、二人に集まってもらったのは他でもない、僕とベルちゃんは明日この国から出て行くんだ」
「…そ、そう」
だからどうしたんだ、という声が表情から聞こえてくる
「…まさか送別会でもやれと言いませんよね」
「言ったら開いてくれるの?」
僕は足を組んでニヒルに笑う
「「「お疲れさまでした」」」
「いや確かに僕がウザかったのは認めるけど、ベルちゃんは送られる側でしょ、それになんで日本人の悪ノリに対応できているの」
再び立ち上がった三人を何とか宥めて座らせる
「それで、あんたたちが帰るから何なのよ」
「まず久坂さん、僕は明日帰る前にもう一人日本人に会いたいと思っているんだ、奇襲作戦に選ばれたもう一人の日本人の勇者にね」
「会えば良いじゃない、昨日場所と名前は教えたはずよ」
「もう少し情報が欲しいんだ。会話を有利に進めるためにね」
「有利にって、あなた戦いにでも行く気なの」
「昨日も話したけど、僕にとってはこういうお喋りの場が戦場なのさ。日常的にスリルを味わえるよ」
「そんな神経が削れそうな」
「異世界に召喚されるという、普通は味わえないスリルを味わっているのに、まだスリルを求めるんですか」
「いつだってスリルや刺激は生きていくのに必要だよ。そうだ、今度カバンの中に自分の許容量を超える金額を忍ばせてごらん、中々のスリルを味わえるよ」
「何その変な遊びは」
「…あぁ、でも気持ちは分かりますね。私も初任給を銀行からおろして自宅に帰る時、普段よりちょっと過敏になりましたね」
「…五千円くらいのものを買って、家に帰る時の道中みたいなものね」
「僕は一万円くらいかなぁ」
まだ社会に出ていない僕と久坂さんからしてみれば、その話はいまいちピンと来なかったが、おおよそは想像がつくので、うんうんと頷いた
そしてそんな様子を傍目で見ていたベルちゃんは、小さくため息をついて、「何の話をしているのですか、あなた方は」と呆れたようにつぶやいた
「さて、どこかの愉快なイケメンのおかげで少し話が脱線してしまったが」
「さりげなく自分を持ち上げられる常盤さんってすごいですよね。その根拠のない自信、恥ずかしげもなく自分を持ち上げられる強靭な精神、年下ですが見習いたいですよ」
近藤さんが心底感心している風に僕を見る、皮肉じゃないあたり思わず笑いそうになる。僕はそれに「もっと褒めていいよ」と軽く笑い、久坂さんに体を向ける
「それと、今日のお昼に話したことはどんな感じになっているかな」
「そんなすぐに動けるわけないでしょ、翼にも話してないわよ」
昼に、危険なのは作戦に参加する二人の異世界人、と言ったからあの後すぐに報告にでも行ってくれていればよかったのだが、まぁしょうがないか
「翼って、たしか名前の売れている日本人の戦士ですよね。大きな盾を持っている」
「ええ、私と一緒に魔王奇襲作戦に選ばれた、防御に長けている日本人よ」
「防御に長けている日本人って言うと、なんだかガードが固い、大和撫子みたいな人みたいだね。黒髪貧乳と見た」
「常盤さん、大和撫子=貧乳の等式には苦言を呈したいですね。清楚な大和撫子なのに巨乳と言うアンバランスさ、控えめな性格なのに身体は我儘、そんな女性ってロマンがありませんか」
「ふむ、一理あるな、だけど和服って身体の凹凸が少ない人が似合うように作られている、それはつまり日本古来より愛されている、清楚でおしとやかな大和撫子は貧乳であることがベストではないのかな」
「だけど和服の上が膨らんでいると、それはそれで良くないですか」
「あ、それ良いな」
中性的な顔立ちをしていても男は男、エロい生き物らしく、近藤さんとなぜか猥談の方面に脱線していった
「あんたら何女子が二人もいる前でそんな話しているのよ」
「これは失敬、少し常盤さんの真似をしてみたのですが。あまりいい気分はしませんでしたね」
「あはは、慣れれば楽しいよ。さて、話を戻すけど、その翼さんって人はどんな人かな」
「そう聞かれても、私は別に親しいって訳じゃないわね。一緒にクエストをこなしたこともないし、住んでいる町が一緒ってだけね」
「私も同じく。何度か店で見かけたくらいですかね」
呼んでおいてあれだが、二人とも使えないな
「おっと、露骨に、使えないなぁこの人たち、みたいな表情するわね」
「トキワさんは表情一つ変えずに嘘をつける人なので、こういう表情は意図的ですよ」
「僕が不利になる時にイキイキと喋り出すベルちゃんのその姿勢、嫌いじゃないよ」
ベルちゃんに後ろから刺されたところで、久坂さんは大きなため息をついた
「あのさぁ、今日の昼頃から怪しくは思っていたのだけど、マコトって信用できる人間なの」
「急にどうしたの」
「あなたが来てから、私達も知らないような話がどんどん出てきたり、マコトの言葉はその時によって言っていることが違っていたり、極めつけは元の世界に戻る以外のことを求めて行動しているように見える。どうも、私たちと見ている景色が違って見えるのよね、私はあなたのそういうところが正直信用できないわ」
ついに来たか、流石にちょっとあやふやで胡散臭い話をしすぎたな。まぁどうせいつかはこうなると思っていたし、適当にはぐらかして、僕のしたい話に繋げさせてもらうか
「そりゃそうでしょ、僕の視点は僕しか見えないし久坂さんの視点からは久坂さんしか見れない、見ている景色が違うのは人間として当たり前のことだよ」
そこで僕は少し大仰な質問をしてみた
「ねぇ久坂さんに近藤さん、そしてベルちゃんも暇なら考えてみてよ。人をその人たらしめるものってなんだと思う?」
「それは…どういう意図の質問ですか」
「他意はないですよ。近藤さんも僕たちより年上なら何回か経験あるんじゃないですか?やたら哲学的な質問をしたくなる年頃」
「…要するに中二病ってやつね。やたら持って回ったような言い方をして、質問の内容もわかりにくいわね」
「それはごめんだね。要するに、人ってどこで個性が生まれるかってことだよ、人と人との差異と言ってもいい、それってどこで生まれると思う?」
三人は訝しげな表情を浮かべながら、考え始めた。わけわからない、と一蹴しないあたりみんな優しい
「やっぱり心とか能じゃないの?」
「生まれた時から備わっているものなんじゃないのですか、個性や差異なんて」
「過去や経験、ですかね」
久坂さん、近藤さん、ベルちゃんと三人仲良く答えてくれた
「まっ、考えているところ悪いけど、君たちがこの質問にどう答えようかなんてどうでもいいんだけどね、別に正解があるわけではないんだし、あくまで僕が持論を展開するための導入の質問。ごめんね、変な時間取らせちゃって」
ギロッと睨む久坂さんの視線を笑顔で受け流す
「ぼくは価値観だと思う。何に重きを置き、何を軽んじるか、それが人と人の違いであると思う。だからまぁ、その価値観を生む過程の過去や経験って言うのは、間違いではないかな。正解者のベルちゃんに大きな拍手」
久坂さんから向けられた不信感を適当にごまかしながら、僕は次に備えてのどを潤す
「要するに何が言いたいのかと言うとね、持っている価値観が違うんだから変に見えるのは当然ってこと。それに今僕たちはだいぶ特殊な環境に身を置いているんだし、言っておくけど僕からしてみればここにいる三人とも変人奇人に見えるよ」
「…そうなのかしらね」
「そうそう、と言ってもまだ信用されないだろうからさ、ここは一つ信用されるお話をしよう。と言っても、久坂さんに宛てたものではなく近藤さんあてのお話だけどね」
「私ですか」
「昨日の続きの話」
「隷属する魔法を解く話ですか」
「そう、あの話。ここにいるベルちゃんは実はかなりの魔法の使い手で、ここに来るまでに解き方について色々考察をまとめてくれたんだ。結論から言わせてもらうけど、近藤さんのその魔法、多分解ける」
「本当ですか」
「確証はないよ、あくまで机上の空論。紙を43回おったら月に届くとか、そんな感じの話」
「いやその話、信用していいんですか」
「理論上は可能ってこと。だけど、それを実行する人は今遠くにいてね…あ、そうだ、僕とベルちゃん明日帰るんだけど、一緒についてくる?」
僕の提案に一番反応したのはベルちゃんだった。そりゃそうだ、僕の提案は近藤さんに僕たちの素性を明かすこと、よほどこちら側についてくれると確信がない限り、とるべきではない手段だ
「マコトさん…」
「どうかしたのベルちゃん、何かついてこられて困るものでもあるのかい」
「いえ、急な話だったので少し動揺しただけです。ですが…」
ですがの後を言いよどむ
それを不審に思った近藤さんは僕に視線を向ける
「まっ、近藤さん相手にも少しばかり嘘をついていたからね…あ、勿論隷属の魔術を解くっていうのは本当だよ、嘘じゃないよ。昨日の話に交じっていた嘘がバレるのを危惧しているんだよ、ベルちゃんは。ここでバラすってベルちゃんには伝えてないからね」
「どんな嘘をついたのか尋ねても」
「それを考えるのが人とおしゃべりする醍醐味なんじゃん」
「そんな醍醐味はない」
久坂さんからの一言を聞き流し、僕は近藤さんの目を見て笑いかける
「それでどうかな近藤さん、僕たちとくるかい、それとも料理長を続けるのかい。因みに、この世界には電波もないから携帯の類は使えない、僕の自慢の最新機種んスマホは、ただの撮影機能付きの電卓になり下がった、つまり次に会うのはいつか分からない」
「……それは脅しているのですか」
一気に険悪の雰囲気が場を包む。久坂さんとベルちゃんはそれを察して、少し身を竦める。久坂さんは勇者でしょ、こういうのにビビってどうするの
「そう感じるのならそうなんじゃない?僕はただ事実を並べただけだよ、嘘吐きで嫌われ者の僕にしては珍しい、事実を淡々と並べただけ。それをどう捉えるのは近藤さん次第ですよ」
「無責任ですね。頭で考えて口から出して、出した後の言葉は捉えた側の判断次第、それで相手がどんな判断をしようと自己責任って訳ですか」
「そこまで考えてたわけじゃないけど、そこまで考えてたっぽくとらえられると頭良さそうだから、そういうことでいいや」
「…私の人生でここまで、虎穴に入らずんば虎子を得ず、を体現したシチュエーションは、日本でも異世界でも今が初めてですよ。わかりました、店の方には休暇をいただけないか交渉してきます」
「良い報告を待っているよ」
僕は手元にあった水の入ったグラスを仰ぎ、胡散臭い笑顔を浮かべた
結局常盤真は信用できない奴なのでは、それに久坂さんが気がついたのは、この食事会の後のことだった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます