第15話 人間たちを弄んでみた 4
「ヤッホー、聞こえるかい。みんなのアイドルまこりんでーす。キラッ」
『………』
「あれれー、元気がないぞ」
『…はぁ、貴様は何なんだ。人間の国に行っているベルフェールからいきなり通話の魔術が来たと思ったら、神経を逆なでするような声を上げおって』
ため息交じりの気だるげな声が、空中に浮いている光の玉から聞こえた。電話よりちょっと音が聞こえやすいくらいかな、だけど限られた人間しかこれが使えないと思うと、やっぱり携帯電話というものはすごいんだな、と実感する
「二日も会えなくて、そろそろ僕の声が聞きたくなるころかと思ったから張り切っちゃったよ、魔王様」
『貴様の声など、一ヶ月は聞きたくないわ』
一生聞きたくない、とか言わないあたり何だかんだ優しい魔王様である
ベルちゃんに無事魔王様に通話を繋いでもらい、僕はテンション高く魔王様に話しかけている。顔が見れなくてもわかる、鬱陶しいやつを相手するときの顔をしているのだろう
因みに、そんな鬱陶しいやつの相手をさっきまでしていたベルちゃんは、僕と魔王様の会話が偶然通りかかった人に聞かれないように、辺りの見回りをしている。
『それで、用件はなんだ』
「単刀直入に言うとね…」
『いや待て、貴様の単刀直入は本当に単刀直入なんだろうな。そこからグダグダ訳の分からん話にならんのだな』
「失敬な、今回は急を要するからちゃんと手短に話すよ。そもそも、急いでないとこんな手段はとらないでしょ」
『そ、それもそうだな、わざわざこんな風に通話を繋いできたのだからな』
「単刀直入に、春はあけぼのと言うけど、実際明け方っていつ見ても綺麗だから、別の春特有のものではないよね。そんなことを考えて…」
『待て待て待て、何だいきなり、本当にそれが手短になった用件なのか」
「あー、ごめんごめん、僕の国では前フリって言うものがあってね、やるなやるな、と言われるとそれはやれって意味になるからね」
『…切るぞ』
「待って待って、急用なのは本当だから。昨日今日でこの国の人と色々お話して情報を集めてたんだけどさ、どうも近々魔王様(パッと見14歳くらいの美少女)を襲いに行く計画が立てられていたんだよ、しかも男女混合で、お盛んですなぁ。どちらかと言うと戦争としてじゃなくて、少数精鋭で奇襲をかける感じ。人気者は辛いねぇ」
『なぜ我の容姿を括弧をつけて強調した』
「一応それを止めるための手は打ってあるけど、如何せん止められる確率は低い。だからそっちでも一応動きを見せておいて」
『奇襲に備えろ、迎え撃つ準備をしろ、ではなく動きを見せるか、と言うことは大方、奇襲の情報が我らの方にバレているから見直せ、とでも言って延期させたのだな』
「ご名答、察しが良いね」
『わかった。確かに延期させただけではまた次が来るかもしれんからな、兵を城に固めておく』
「賢明な判断、感謝するよ」
『それで、そっちは何か収穫あったのか。こうして急な連絡を入れるあたり、奇襲の件は貴様の想定の外のことなのであろう』
「ぼちぼちかな、急いで連絡をする用件があったからこれを繋いでもらったけど、何もなければこのままのんびり観光して、土産話をいやというほどする予定だったんだけどね」
『ベルフェールはどうだ、変わりないか』
「一日二日でそう変わらないよ、精々僕のことを本格的に嫌ったくらいだな』
『貴様何をしたんだ。確かに貴様はクズでカスで鬱陶しくて死ねばいいと思う奴だが、本気で嫌われるようなタイプの奴ではないだろうに』
「アハハ、思った以上に魔王様から評価が高くて泣きそうだぜ。まっ、旅先で喧嘩なんてよくあることだ、魔王様がそう一々目くじらを立てるほどではないよ」
『立てるほどのことだ。ベルフェールを特別扱いしているのも貴様は知っているだろうに』
「一国一城の主が一人の部下に肩入れをしすぎるのもどうかと思うよ。僕たちの世界じゃ、そういうのを過保護や依怙贔屓って言うんだけど」
『我が言いたいのは、ベルフェールは理由もなく誰かを嫌う女ではないということだ』
「人が人を嫌うとき、理由がないことの方が稀だと思うし、僕は人間関係ってどちらか一方が悪いってことはまずないと思うけどな」
『…あまりベルフェールにストレスを抱え込ませるなよ。もし何かあったら、我は貴様がどういう経由でこの世界にいるのか、それを理解したうえで貴様を許さないからな』
「何かあったらって、生きていて何もないことなんてまずありえないと思うけどね」
『ベルフェールの怒りや憎しみという感情を、貴様はそんな風に飄々と受け取ったのだろうな。それで嫌われるのは当たり前だ』
「ご高説痛み入るね。まぁそんな話はどうでもいいとして、戻ったらまとめてもらいたい話があるんだけど良いかな」
『なんだ』
「平和的に戦争を終わらせる方法があるから、それが実現可能かどうか」
僕は手短にだが、この国についてから考えていたことを話してみた。戦争を終わらせるのに一番効率的な方法、実現できれば両陣営に血が流れることはない方法。尤も、それを実行するには並大抵の大変さではないけど
『つまり貴様は、人間たちと和平を結びたいと、そう言いたいのか。持って回った表現をした割には普通だな』
「大まかに纏めるとね、五分五分の和平を結んで、経済的に援助し合う関係、複数の国家がお互いを監視し合う国際連合のような関係、誰も下手に動けない硬直状態の関係、それが一番理想的かな」
『…それで、その話をどうまとめるのだ』
「魔王軍は、どういう条件ならそれを呑む?」
『……会議で出してみないと分からないが、恐らく並大抵の条件では飲まないだろう。だがそれは人間側も同じだ。何せ我が生まれる前より戦い続けているのだから、条件云々利益云々よりも、感情が先に出る』
「まぁそうだろうね、だけど言うだけならタダだし、実現できるかどうかは別にして魔王様としては、どんな条件で和平を結びたい?」
『そうだな、魔族と人間の平等、だな。人間の法で魔族を裁き、魔族の法で人間を裁く。住処を人間に奪われたものはそれを取り返させ、人間に損害を与えた魔族をそれに伴う裁きをする。魔族も人間もすべて統括し、新たな生き物の定義を生む。我の理想はこれだな』
「言わせといてなんだけど、無理そうだね、人間側はもちろん、魔王軍側もそんな条件飲まないでしょ」
だけど悪く無い意見だ。これをもとに、和睦案を考えてみるか
『そもそも、どんな和睦案だろうと人間側は呑まないだろう。さっき言った感情の問題もそうだが、人間側は異世界人を召喚する魔術で勢いづいている、ここで和睦なんて言いだしたら、我らがそれに臆したように捉えられ、足元を見られる』
「それを呑むようにパワーバランスを調整するんじゃん。確かに僕を例に挙げるように、異世界召喚魔術は強力だね、だけどその召喚された人間たちが、悉く魔王軍についたらどうなると思う」
『貴様、本気か』
「これくらいやらないと人間側はまず呑まないでしょ。勿論時間はかかるだろうし、色々と外道な手段も使うと思うけどね」
『…わかった、明日には戻ると言っていたが、それまで貴様のできることを尽力しろ。責任は我がとる』
「頼もしいお言葉だぜ、魔王様」
そう言い残すと、光の玉は急速にその輝きを失い、ポトッと音を立てて落ちた
「これがこの世界の携帯電話かぁ、スマホって本当に便利な代物だったんだな」
そんな独り言を漏らしながらその玉を回収し、見回りをしているベルちゃんを探した。そんなに遠くまでは言ってないはずなんだけどな
「あぁ、いたいた、そんなに遠くまで離れなくてもいいのに」
「いえ、魔王様とその専属の策士様の会話です、一介のメイドである私が聞くべきことではありません」
「ふーん、それは殊勝な心掛けで。だけどその露骨な拗ね方は、一介のメイドにしてはちょっと子供っぽい感じがするけどね。もちろん、僕はそんな子供っぽい、ガキっぽいところも大好きだよ、ベルちゃん」
皮肉っぽく言った言葉が、僕にあっさり返されて、悔しそうに眉を顰めるベルちゃん。やっぱり女の子は、そんな表情がよく似合う
「それで、魔王様は何と」
「責任はとるから好きにしていいって」
「…本当にそうおっしゃったのですか」
「勿論、僕の計画の後押しをしてくれたよ。多少なら外道かましていいって」
「そう……ですか」
「まっ、魔王様はちゃんとわかっているってことだよ。だけどこれで魔王様を責めるのは流石に筋違いってことくらいは分かっているよね。戦争に正しいも間違っているもない、綺麗も汚いもない。なぜなら戦争という行為自体が、間違っていることであり汚いことなんだから。どれだけきれいごとを並べたところで、それに関わっている僕もベルちゃんも、同じ穴の狢だよ」
饒舌に喋る口を、だからさ、と一旦区切ってベルちゃんに笑いかける
「いい加減機嫌を直して、こっちまで来てくれないかな。妙に距離があって話にくいんだけど」
未だに距離を取っているベルちゃん。因みに僕は結構目と耳が良い、だからまぁ会話に困ることはほとんどないけど、こうも露骨に嫌っていますアピールされると、多少は物申さないと今後の関係に遺恨が残る。ベルちゃんみたいなタイプは、嫌っているアピールはするくせに、それを意に介されないと気に食わないタイプなのだ、だから多少は触れて上げないと後が面倒だ。意外と面倒な女の子である、ベルちゃんは
「まぁ、面倒くささでは僕も人のこと言えないけどね」
「何か言いましたか」
「そんな離れているから大切なことを聞きのがすんだよ、まぁいいや、魔術の準備ありがとうね、そろそろ宿に戻ろうか。僕とベルちゃんの愛の巣に」
「そうですね」
特にツッコミもなく淡々と、ベルちゃんは来た道を戻り始めた。僕も急いでそれを追いかけ、露骨にとられていた距離を詰める。ここでさらに距離をあけるようベルちゃんが足を速めてくれれば面白かったのだが、僕に視線もくれずに一定のスピードで足を動かす
「それにしても便利だったねあの通話の魔法。こんなのできるならもうちょっと早めに教えてほしかったよ」
「霊脈が濃く通っているところ出なければできませんので」
「じゃあつまりこの世界の重役さんたちとは通話できるってことかな」
「…どうしてそんな発想になるのですか」
「だってこの魔術ってすごく便利じゃん、ならばこの便利なものを手元に置きたいって考えるのは普通じゃん、特にその環境を整えられる人ならなおさらね。それに霊脈ってのは魔術でよく使うんでしょ、知らないけど。なら有力者はそれを自分の物にしよと躍起になるものじゃない、便利さも力も同時に確保できるからね」
だから魔王様に繋がったんじゃないのかな
「…なるほど」
「なんでこっちの世界の住人であるベルちゃんが納得しているの。まぁいいや、魔王様からのお墨付きがもらったところで、明日からの行動指針を決めようか。明日ガイドラさんと約束した日没の時間までもう一人くらいとお話したいんだよね、欲を言えば奇襲のメンバーに選ばれていたもう一人の日本人と」
「そうなんですか、頑張ってください」
「アハハ、気のない応援ありがとう。それと僕たちの国だと、頑張って、という言葉はハラスメントらしいよ」
「頑張ってがですか?」
無視しようと決めていたベルちゃんの興味が僕に向く。思わず揶揄いたくなる気持ちを抑えて、何でも、と話を続ける
「なんでも、頑張れって言うと緊張して万全のパフォーマンスができなくなったり、精神的に負担がかかるんだとさ。よくわからないよね」
「あなたの国、まともに誰か応援もできないのですか。あなたがそんな人間になったのも頷けますね」
「おいおい、僕の性格の捻じれが国のせいなんかなわけないでしょ、生まれつきだよ、大体悪いことがあると大きなもののせいにしようとするの嫌いなんだよね。僕が捻じれているのは僕の責任だよ」
「開き直っている分性質が悪いですよね、まだ国のせいだ、と言ってくれていた方が納得できなくはないのですけどね」
「物事において納得できることなんて少ないよ、大半は納得しなくちゃ、と自分に暗示をかけるだけだよ」
適当に嘯きながら歩いていくと、何人かの人間とすれ違い始めた。喋る内容に気をつけないとな
「そうだ、明日のための情報収集としてさ、久坂さんを誘って近藤さんのお店に行くのはどうかな。まだ幾分かお金残ってたよね」
「問題ないと思いますが」
思いだしたかのように冷たく言い放つ。この分だと、魔王城に戻るまでには仲直りできそうだな
「んじゃ、ベルちゃんは久坂さんを誘ってきてくれないかな。僕が行くとどうしてもいやらしい感じになっちゃうからさ、三つの意味で」
「…二つ目までははなんとなくわかりますが…」
もう一つの意味を聞きたいのだろうけど、聞くと馴れ馴れしく僕との会話が始まっちゃって、なし崩し的に僕と和解しちゃいそうだから、聞かないように堪えているみたいだな。面白いな
「多分宿の人に聞けばわかると思うからさ、僕は先に見せの方に行っておくよ。近藤さんに頼めば、多少の融通は効かせてくれるでしょ」
僕の口元にいやらしい笑みが浮かぶ。悪巧みをしている邪悪な笑みだ
その笑みをベルちゃんは、酷く苦々しく見つめていた。なぁに、心配はいらないさ、ただちょっとお喋りするだけだよ、いつもみたいにね
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