第14話 人間たちを弄んでみた 3
「私は、あなたのことが嫌いですよ、今まで出会った人間の中でとびっきり嫌いです」
「アハハ、誉め言葉として受け取っておくよ。でもベルちゃんの過去を思うと、僕より下衆な人間なんて掃いて捨てるほどいそうなもんだけどな」
僕なんかじゃ及びもつかないくらい、楽しそうな人生を送っている年上の女の子だ、人生経験は豊富だろうに
「あの人たちに対して特に思うことはありません、というより思い出したくありません。私はあの期間死んでいましたから」
「人は死んだら生き返らないよ」
僕のマジレスにイラついたのか、ベルちゃんの体が少し震えた
久坂さんに一通り話をした後、僕は一旦宿に戻ってベルちゃんと合流した。そして二人でベットに腰かけながら、情報を擦り合わせた。その結果、僕は今ベルちゃんから冷淡な声と視線をぶつけられている、何か気に障るようなことでもあったのかな
「マコトさんは確かに性格は悪いですし、人をからかったり思い通りに動かすことに全力を注いでいる人です、正直大嫌いです。ですが先ほどのお話のように、例え人間であっても人を騙して貶めるようなことをする人だとは思いませんでしたよ」
「…え?そのことで怒っているの?」
どうやら僕がマギノア君にスパイ容疑を被せて、自然と孤立させようとしたのがお気に召さなかったらしい
どんだけピュアなの、ベルちゃん。てか何でベルちゃんが怒るんだろう、僕は魔王様に攻撃を仕掛けようとした人たちの作戦を、事前に挫いたんだよ
「あのままパーティが編成されて、奇襲されたら色々困るじゃん。だから奇襲作戦が洩れていますよって流せば、作戦が中止になる確率が高い。そしてその情報には信憑性が必要、つまりスパイの存在だ」
「だったら、スパイがいるかもしれない、まだだれかは分からない、そう言えば良いじゃないですか」
「それで納得すると思っているの?僕の話だって結構ギリギリだったし、ギリギリアウトだったけど、同郷のよしみで信頼してくれたようなもんだし」
まぁそこまで計算に入れたんだけどね
「ベルちゃんは何がそんなに気に入らないの」
「…私の家族は嵌められて散り散りになりました。マギノアさんは、決して親しい人ではありません、ですが彼はあのままだと処刑されますよ」
「だろうね。それが?」
「本気で言っているのですか」
「え、何を?おそらくだけどマギノア君本人は監禁の末処刑、確か貴族の出自みたいだし、彼にスパイ容疑がかかって得する人間も少なからずいるだろう、そんな人たちが躍起になって、彼の家族にちょっかいを出すだろうね。この国の法律は知らないけど、彼の両親もきっとベルちゃんの両親と似たような末路を辿るだろうね。…うん、改めて聞くけどそれがどうかしたの?」
…あぁ、もしかして
「もしかしてベルちゃん、マギノア君の心配をしているの?」
特に反論もなく、強い思いが籠った視線が僕を貫く
「なんでそんなことしているのか知らないけど、目的を見失うのはどうかと思うよ。僕たちは今戦争をしているんだよ、大体昨日は相手の戦力を削るのに、ベルちゃんは賛成してたじゃん」
「マコトさんが以前提案されたのは、戦力を削ると言っても、相手をこちらか側に引き込むようなものでした。確かに裏切りはリスクが大きいですが、明確な意思を持ってそのリスクを負うような話です。ですが、今回はただマギノアさんをあなたの悪意を以って危機に晒しているだけじゃないですか」
「だけど、それで僕たちに利が生まれる。敵戦力を問答無用で削り、作戦を潰せる合理的じゃん。そして訂正がある、僕は別にマギノア君に悪意を持っているわけではない、ただ誰でもよかった、こっちの世界の住人ならね、だから別にマギノア君は嫌いじゃないよ。むしろあの馬鹿な若者感、好感が持てるよ」
「…尚悪いですよ」
よく分からないなぁ、どうでもいいと感じている人間だからこそ、こういう風に使うべきじゃないのかな
「一旦さ、話を整理しようよ。僕が魔王城奇襲作戦を延期させるために、今日知り合ったマギノア君を魔王軍のスパイに仕立て上げて、作戦延期と敵戦力の削減を図った。だけどベルちゃんはこれがお気に召さなかった」
「私は、あなたが相手を嵌めるような、そんな本当に汚い手段を使うと思っていませんでした」
そういうことか、要は美学の問題ね
「こればっかりはしょうがないよ、僕は正直美学とかよくわからないしどうでもいい、強いて言うなら目的のためならとれる手段はすべてとる、これが僕の美学だ。翻ってベルちゃんの美学は、仲間だろうと相手だろうと、人を思いやる戦い方をする。どっちが正しいなんて、まさかいうつもりないよね」
「言いますよ、戦いは綺麗であるべきです。仲間も相手も思いやり、綺麗に勝利する、それで初めて支配が行えるのです」
「それは手段の一つであって、正しさでも最適解でもない。勿論それで何とかなるならそうするさ、これ以上ベルちゃんみたいな過去を背負う人は出したくないしね、だけで現実は違う、僕たちがやっているのは喧嘩じゃない、全てを賭けている戦争なんだ、負けたら全てを失う。そんな戦いに、綺麗も汚いもない。勝てば官軍だ」
「…勝つためなら何をしても良いと、本当に思うのですか」
「違う、メリットになるなら何をしても良いと言っているんだ。ベルちゃんの過去を知って尚言わせてもらうよ、100を救うためなら1を殺すべきだ」
「それは、あなたが殺される1になっても同じことが言えるのですが」
「ハハッ、言うわけないじゃん、100を救うためなら1を殺すべきなのは、そちらの方が僕に利がある時だ、もしこの1が僕の家族とか友人とか、ベルちゃんとかだったら100を殺して1を救うべきだし、この1が僕だったら1000を殺してでも助かる道を探す。さっき言ったメリットになるならって、大局的に見るメリットってことではなくて、僕の主観として見るメリットだよ。ベルちゃんも覚えておいた方が良いよ、この世で最も価値があるのは自分なんだ、その自分のためならどんな手段でも取るべきだ」
「…101を救いたい、そう考える私や魔王様の考えはあなたから見れば、綺麗事なのでしょうか」
「悪いというつもりはないさ」
僕だって綺麗ごとは嫌いじゃない、こう見えて結構綺麗好きだからね、部屋とか綺麗に保っている方だよ。だけど綺麗に負けるのと汚く勝つのなら、汚く勝つ方を選ばなければならない
「僕はそれを、上に立つ人の責任だと思うよ」
さて、蟠りはまだあるが面倒だからこの話はこれでおしまいということにしよう
「そろそろ真面目な話に戻ろうかベルちゃん、魔法か何かで魔王城の方と連絡できないかな、電話とかメールとかLINEとか」
「真面目な話って…、さっきまでのは真面目じゃなかったのですか」
「そんなことはどうでもいい、言葉の綾だ。それで、連絡はつかないの?」
「…電話やメールというのはよくわかりませんが、連絡はつかないこともないです。ただ…」
「ただ、何?何か条件が必要な感じ?」
「これ以上あなたの言いなりになるのは辞めようかと思います。今回のことではっきりしました、あなたと私の理想は絶対に交わりません」
「ありゃりゃ、そりゃまた寂しいことを言うねぇ、まこりんショックだぜ。だけど駄目だ、悪いけど僕は魔王様専属の策士だ」
僕は笑みを絶やさずにベルちゃんに圧をかける。分かりやすく怯えているベルちゃんに、ニコニコと笑顔を浮かべ、顔をグッと近づける
「僕のことが大嫌いならそれでもいい、お願いを聞きたくないのなら好きにすればいい、だけど命令には従ってもらう」
「…嫌です、あなたの命令で悲しむ人が出るのなら、従いたくありません」
「ねぇベルちゃん、お願いと命令の違いって何か知っているかな」
今にも泣きだしそうなくらい怯えているベルちゃんの、がくがく震えている肩に手を置いた。置いた瞬間に、その震えはさらに激しくなった。失敬なやつだな
「お願いは個人間同士で完結するもの、命令は組織と個人や組織と組織で行われるもの。関わっている範囲が全然違う。もし僕に何の背景もなく、ベルちゃんに何の居場所も無かったら、僕はベルちゃんに命令をすることなんかできない、いつでも簡単に断れるお願いしかできない。だけど違う、僕もベルちゃんも組織の人間だ、僕やベルちゃんの行動、それらが全て魔王軍という組織に影響が出る。さて、ここでもう一回尋ねようかな、僕の命令に従ってくれるかな」
肩に置いた手を離すと、ベルちゃんはうつむいたまま静かに頷いた。相変わらずチョロいな
こみあげてくる笑いを必死に抑えながら、ありがとう、と柔和な笑みを浮かべた
「さて、それじゃあ気を取り直して、魔王様たちと連絡を取り合いたいんだけど、どうすれば良いかな」
「……マコトさんの命令には従いますが、少し時間を貰ってもいいですか」
「それは連絡を取るために必要な準備ってことかな、それとも、ベルちゃんの心の整理をするための時間ってことかな。まぁどっちでもいいけど。別にいいよ少しくらいなら、それじゃあ僕は少し散歩をしてくるから、準備でも心の整理でも人前ではできない意味深なことでも、好きに過ごしたらいいさ。大丈夫、戻ってきたらちゃんとノックするから」
親指を立てて部屋を出ると、そのまま外にはいかずに受付のほうに向かった
カウンターに立っている人は、昨日久坂さんと共に部屋のやり取りをした人ではなく、貫禄のあるお爺さん、という感じの人だ
さて、このお爺さんとおしゃべりして時間を潰すか
「こんにちは、今日もいい天気ですね」
「ん?あなたは確か、昨日から使用している」
「カップル観光客ですよ、今ちょうど彼女と別行動をとっていて暇なんですよ、もしよかったら話し相手になってくれませんか」
「構いませんが、折角の観光なのですし、外を歩かれた方が良いのでは」
「まっ、それはそれで魅力的なんですけど、宿屋の人の話って面白そうじゃないですか、色々な人と交流があって」
これは本音と言えば本音なのだが、実際のところはベルちゃんが変な事しないかという監視だ
魔王様にあることないこと報告されるのは別にいい、あの魔王様だったら多分言いくるめることができそうだしね、だけど一番厄介なのはベルちゃんが僕を裏切り、僕の嘘をこの国で関わった人にばらすことだ
それをされたら芋づる式で僕が魔王軍ということがバレてしまう。勿論ベルちゃんにとってもそれはリスクが大きい、普通だったらこんな可能性は考慮しない、だけどベルちゃんの心は、僕がちょっといじめすぎたせいか、それともトラウマが弄られたせいか、少し不安定になっている、変な選択肢を選ぶ可能性だってある
だからこの宿から出てもすぐわかるように、この受付で張らせてもらう。僕だってこんなことは、ベルちゃんを疑うようなことはしたくないんだけどねぇ
そんな、殴られるより殴るほうが心が痛む、みたいな謎理論を考えながら、受付のおじいさんとおしゃべりしていると、三十分くらいしたあたりで、ベルちゃんが受付までやってきた
「…こんなところにいたのですね」
「おやベルちゃん、もう用事はいいのかな。ありがとうございましたホーストさん、お忙しいところわざわざ話し相手に付き合ってもらって、楽しい時間でしたよ」
「いえいえ、こちらこそ興味深い話を聞かせていただきましたよ」
受付のおじいさん、ホーストさんに朗らかに挨拶をする。三十分間、面白かったお客さんの話を聞き、僕の方からはかじった程度だが経営についてお話させてもらった。やはりこういう素の時分を出さないお話は、誰とでもあっさり仲良くできるな
「お待たせしました、ではこちらへ」
てっきりまた部屋に戻ると思ったが、ベルちゃんはその扉を開けて外に出た。その後を追いかけながら、一度も目を合わさなかったベルちゃんに、思わず苦笑いを浮かべた。嫌いな相手にすることは、世界が違っても一緒か
「…散歩に行っていたのでは」
「お爺さんが寂しそうにしていたからね、老人の話し相手になるのも若者の務めだよ」
「そうですか。相変わらず、猫をかぶっている時は誰とでも仲良くなりますよね」
「特技みたいなものだからね」
「…いっそ私にも猫をかぶってくれれば楽なのですけどね。そうしたらこんな気持ちにならなくて済んだのに」
「ベルちゃんには猫をかぶるだけのメリットがないからねぇ」
「…そういう、人の嫌がることを何の気もなしに言うの、いい加減止めてもらえないでしょうか」
「気にしてたんだ。ごめんごめん、気をつけるよ」
普段から中身のあるような会話はしてこなかったが、今回のやり取りはさらに輪をかけて中身がない。というより、冷淡で無機質でさえある
しかし理由もなんとなくわかるし、ベルちゃんが部屋でどういう準備をしていたのかも大凡予想がつく、だからまた昨日みたいな関係に戻そうと思えば戻せるんだけど、心を殺して僕の思い描くように動いてくれた方が便利だし、当分はこのままで良いかな
「…ねぇベルちゃん、大分歩いたと思うんだけど、目的地にはまだつかないのかな」
いつの間にか僕たちは、町を抜けて緑の生い茂っている坂道を歩いている。日本ほど整備はされていないが、多くの人たちがここを通ったのか、草花が踏まれて道ができている
「もう少しです」
「てかさすがにこんな装備で登山なんかしないよね、もうすぐ日も傾いてくるだろうし」
「ここは山ではなく小さな丘なので」
「こっちの世界で丘って、ほとんど山と同義でしょ」
僕のぼやきを無視しながら、さらに歩き続けること数十分、王都を一望できる見晴らしのいい、開けた場所に辿り着いた
「ここが目的地かな、随分ときれいな場所だね。まさか僕とこんなロマンチックな場所で、夕日を眺めたいってことかな。やれやれ、モテる男はつらいぜ」
「不愉快な勘違いをしているところ恐縮ですが、ここから景色を見たい、ということではありませんよ」
「うん、知ってる。ここに何かあるんでしょ、連絡を取り合う方法が」
「ここには霊脈が濃く通っています」
「霊脈?おいおい、急に新しい設定出さないでよ、そういうのはもうちょっと早めの段階で仄めかさないと。まぁいいや、それで霊脈ってのは?」
「自然発生する魔力の水路だと思ってください、霊脈は世界中どこにでも流れています。この丘は、一際強く魔力が集まっています」
「ふーん、まぁイメージはできたしベルちゃんがやろうとしていることも、大まかに予想はできたけど、なんでそんな場所がこんな簡単に入れるの?そういうのって、もっと警備が厳しそうなイメージなんだけど」
「もちろん魔力が稀少なところ出はそういうこともありますが、この国ではそこまで重宝されるものでもありません」
「川の綺麗な上流が、水道が通ってなかった時代に重宝されていたけど、今は観光地として扱われている、みたいな話かな」
「…多分そうです」
なるほど、まぁ景色もいいし観光地とまではいかなくても、名所くらいに離れそうな場所だ
「今からここの霊脈を使って魔王様に繋げます」
「わかった、繋がったら僕に代わって。上手く転がして見せるから」
「……信頼はしてますよ」
「任せてよ」
僕は不敵笑うと、ベルちゃんは無機質な目で僕を一瞥し、何もないところに手を翳して意識を集中し始めた
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