第13話 人間たちを弄んでみた 2

『昨日は宿を紹介してくれてありがとう、おかげでぐっすり眠れました、このお礼はまたいずれさせていただきます。さて、本題に入りますが、昨日あなたに伝えていなかったことがあります。私たちはこの国の視察として派遣されたと言いましたが、その言葉は正確ではありません。実は近いうちにこの国で行われる、魔王討伐の作戦、この作戦が魔族の方に漏れていると情報を得たので、それの真偽を確かめるために来ました。その結果、あまり考えたくはありませんが、魔族のスパイが潜り込んでいる可能性に辿り着きました。詳しい経緯は時間がないので書きませんが、あまり芳しくない状況と言えます。マギノアさんがいる間、少々お手数ですが、情報漏洩に備えてここでは僕に話を合わせてください』

これは連れてこられた久坂さんに見せた、スマホの画面である

マギノア君に頼んで久坂さんを連れてきてもらい、二回目のはじめましてのあいさつを交わした

勿論戸惑っていたが、何か聞かれる前に「最初にこれに目を通してもらいたい」と少し強引にスマホを押し付けた

「……初めまして、あなたと同じ異世界人の久坂琴音です」

「いやぁ、早速長文を呼んでいただいてありがとうございます。そこにある通りの経緯を辿って、僕はこの世界にやってきました。何分口下手なもので、文字に起こして伝えてみました」

「あぁ、えっと、気にしないで?」

久坂さんはどんどん練り上げられていく僕の設定に戸惑いながらも、頑張って合わそうとしている。ありがたいけど、もう少し自然にやってくれないかな

「それと、急な呼び出しに応じてくれてありがとうございます」

「どういたしまして」

さて、挨拶はこれくらいにして、そろそろ本題に入って大丈夫かな

「ベルちゃん、悪いんだけどマギノア君と一緒にデートでもしてきてくれないかな。一時間くらいで良いんだけど」

「はぁ、それどういう意味だよ。俺はコトネを呼んだだけか」

「違う違う、君にはまだいくつか聞きたいことがあるから、ベルちゃんに代わりに聞いてもらおうってこと。積もる話もあるでしょ。こっちもこっちで、同じ日本人として積もる話もあるし」

「トキワさん…」

「安心してベルちゃん。マギノア君、分かっていると思うけど、ベルちゃんに指一本でも触れたら、君の努力を思いっきり踏みにじってあげるから、そのつもりでね、ベルちゃんを泣かせたら許さないよ」

「これからする話を、俺に聞かせたくないんだな」

「まぁそんなところ、だけど八割以上は君に対する配慮だよ。これからする話は、この世界出身の二人にはちょっと退屈だし、ベルちゃんとしっかり気持ちのぶつけ合いや話し合いとかしといた方が良いんじゃない?じゃないと君は一生、永遠の二番手、ベルちゃんのコンプレックスから抜け出せないよ。プライドの高い君ならなおさらね」

「魔王討伐パーティに選ばれた俺が二番手だと」

「周りの評価とかは関係ないんだよね、これが。君のことを二番手だというのは君自身だ。コンプレックスってそんなもんでしょ。ならしっかり、二人で話し合って、向かい合って、前を向いた方が良いんじゃない」

僕は、マギノア君を見透かしたような言葉を適当に並べる

これは持論なんだけど、人は見透かされたようなことを言われることを嫌う。理解されないことを嫌うくせに、知ったようなことを言われるもの嫌うのだ。我儘な生物だ

「知ったような口を利くなよ。わかったよ、出て行けばいいんだろ。だけどこいつと話すことは何もない。俺はもう帰る」

ドンッ、と勢い良く立ち上がり、金貨を何枚か机に載せて店を出て行った。予想通り、いや予想以上だ

「ふぅ、これで邪魔者はいなくなった」

「必要以上にあの人に絡んだのは、やはり挑発して追い払うためでしたか。高級店奢らせて、人を連れて来させて、その上邪魔者扱いって、そのうち刺されますよ」

「え、あれってマギノアのことを思っての言葉じゃないの?」

どんだけ純粋なんですか久坂さん

「…念のためにベルちゃん、マギノア君のことつけてきてくれないかな。この話はできればこの世界の人に聞かせたくないし」

「わかりました」

「とりあえず十分くらい尾行して、こっちに戻ってこなさそうだったら、ベルちゃんも宿に戻っていて」

「…私にも聞かせられないはなしですか」

「戻ったらちゃんと説明するからさ」

ベルちゃんは小さなため息を一つつくと、念のためということでいくらかのお金を置いて店を出て行った

「これだけ人払いをしてはなす話なんて、今までの私の人生で一度もなかったな。まぁそれだけの内容だよね、あのスマホにかかれていることが本当なら」

「理解が速くて助かるよ。僕もまさか調査をしてすぐにこんな結果になるなんて思いもよらなかった」

二人しかいなくなったことから、僕たちは肩の荷が下りたかのように柔らかい口調になる

「だけどいくつか不可解な点はあるわ。まずどうして召喚されてすぐのあなたにこんな大事な調査が任されたの」

「理由は簡単、僕が召喚されてすぐの日本人じゃないからさ。僕が召喚されたのは実は久坂さんより幾分か早いくらいだ、同じ異世界人と会うのなら最近召喚されたことにしといた方が色々と聞きやすいからね。騙してごめんね」

現在進行形でとんでもない大嘘をぶっこいているけど、僕は涼しい顔を意識して、胡散臭いにこやかな笑みを浮かべる

「次に、どうしてほかの国の人が、この国で行われる作戦について、それを意識した魔王軍の動きについて詳しいの。魔王軍の方に漏れているなんて、聞いたこともないけど」

「それだけ魔王軍のスパイが奥深くに潜り込んでいるってことだね。まぁ詳しくは教えられないな、なんてったって国の情報網だしね。まぁ情報戦でライワード国はフェイカート公国に負けたと思って」

情報源の秘匿に眉をひそめたが、ことは個人のあれこれではなく、国にまで範囲が及ぶ話になることは久坂さんもわかっている、特に追及は無かった

「最後に、スパイがいる確信は何だったの。昨日素性を正確に明かさなかったってことは、今日何かしらの発見があったんでしょ」

「いや、別に昨日素性明かしても良かったんだけど、まずはこの国の異世界人から情報を貰いたかったからね。僕の目的はあくまで元の世界に戻ること、魔王軍云々は二の次。昨日の段階で情報を開示していたら、ちょっと警戒されて教えてくれないこともありそうだったからね」

適当に言葉を濁しながら、僕はポケットから一本のペンを取り出した

「もともとフェイカート公国の方ではこの国の中枢にスパイがいるのではという疑惑が浮かんでいたんだ、理由はこれ。何でもこの国に来た外交官が、この国のお城で見つけたらしい」

「これは…万年筆みたいなペンね。これがどうかしたの」

「何とびっくり、そのペンは魔界の方で作られた物なんだとさ」

僕は先日魔王様から投げつけられたペンを、重要な証拠品として久坂さんに見せた

「…確かに見ないデザインだけど、でもそんな中枢まで潜っているスパイが、こんな証拠品を残すような初歩的なミスをするかな」

「うちの魔術師の人間、と言ってもベルちゃんのことなんだけど、ベルちゃん曰くこのペンには魔族の様な魔力が込められている、らしい。魔術の類はよく分からないけど。でもそれは本当に微力で、注意して見ないと気がつかないレベルだってさ。だから油断してたんじゃない?もしくは魔力の素養がない人がスパイだったとか」

納得はしていないって顔だね。僕だってこんな与太話で納得してくれるとは思ってないよ、だけど少しでも揺らいでくれだけでいいんだ、僕はひたすら情報という風を送り続けて煽るだけ。情報は不安に、不安は疑心に、疑心は疑惑に、そして疑惑は伝播する。だからまだ、少し変な話を聞いた、程度で十分

「何にしてもこのペンを見つけたうちの国の人が、返す前にどこで売っているか調べようとしたんだよ、見たことないものはそれだけでステータスだからね、そしたら出所が分からなくて不審に思い、一旦国に持って帰って調べたんだ」

「その結果そのペンから魔族の反応がしたと」

「流石にそれだけでスパイを疑うのもあれだから、しばらくは様子見をしていたらしいんだけど、そしたら魔王討伐のパーティがどうのこうのやっている間に、魔王軍がそれを知っているかのような動きをしだしたからね。だからこういうことに向いている僕が送られてきたってこと」

「それで調べた結果スパイがいるって確信を持ったのでしょ、その確信は何」

二回も同じ質問しなくても。はぐらかしまくっているのは僕なんだけどね

「僕は正直、マギノア君が黒よりのグレーだと思っている」

久坂さんは眉をひそめて辺りを見渡し、顔を近づけて小声になった

「なんで?」

「久坂さんが来る前にちょっとペンを使った鎌をかけてみたんだけど、ちょっと気になる反応をしてね。それに彼はこの国が損をする選択をしたんだ。勿論怪しい人全員に会ったわけじゃないけど、どうも僕たちを早く帰らせたくてしょうがないらしい、まるで調査をさせないように仕向けているみたいにね」

一通り聞き終わると、久坂さんは黙って顎に手を当てた

この発言に証拠はない、だから久坂さんが信じるか信じないかはこれまで築いた信頼に左右される。マギノア君と久坂さんとの信頼にね

「……私はどうすれば良い。用があって呼んだのでしょ」

まだ信じ切ってはいないのだろうけど、比較的僕を信じてくれるような答えだ

尤も、そこまで分の悪い賭けではなかったけどね。関わった時間だけ見れば、おそらくマギノア君の方が上だろうけど、彼はどこか異世界人を嫌悪、とまで行かなくても対抗心を燃やしている節があった、恐らく自分の努力を、有無を言わさない才能で越えられるのに苛立ちを覚えていたのだろう、だから久坂さんにもいい印象を持っていない、そしてそれは久坂さんにも雰囲気で通じるものだ。翻って僕は、久坂さんと似たような境遇による共感、信用できなくても同じ異世界人ということから、嘘をつくメリットがこの世界の人間よりはるかに低い。勝率が高い賭けだった

「話が速くて助かるよ。まず今聞いた話は他言無用、この国には悪いけどまだ泳がせておく、そしてとりあえずは魔王討伐の任務はいったん見送らせるようにしてほしい。まぁ多分、近いうちに魔王軍の動きの情報がこの国にも入ると思うから、見送りにはなると思うけど」

「その後は?監視でもするの」

「いや、監視するにも相手は実力者だ、下手な被害が出かねない。だからその実力をうまく誘導するんだ」

「誘導?」

「戦いにおいて裏切りみたいな行為は、相手と連絡が取り合える範囲でしか使えない。一番最悪なのは、前線に出て敵と結託し軍を混乱させ、それに乗じて久坂さんみたいな有力者を殺す。だからマギノア君には内側にいてもらって、魔族と結託して有力な戦力を削る、みたいな行為をさせないでほしい」

「戦いに出させないようにするってこと?」

「端的に言えばね。結構大変だと思うけど、聖剣の勇者の威光はどれだけ使えそうかな」

「難しいわね、あの人は私と同じくらいの実力者だし、それに私はあくまで冒険者、軍に所属しているわけではないわ」

「そっか…明確な証拠がつかめれば完全に無力化できるんだけど」

「今の話をそのまま王様にしに行くじゃダメなの」

「正直難しいな、まずこれはスパイの目を気にしてほとんど極秘で行った調査だから、僕の存在がこの国のお偉いさんに見つかるわけにいかないんだよね、外交問題に発展する。それに証明すると言っても、証拠の類がまるでない、言い逃れの機会を与えるだけなんだ」

「…難しいわね、頭が痛くなりそうよ」

「まっ、気楽に考えなよ、証拠がないってことは僕の推理が外れただけなのかもしれない、だから今は魔王奇襲の作戦を見送らせて、少しマギノア君を意識する程度に留めておきな」

「こんな話聞いといて気楽って、私はそこまで図太くはないわよ」

「頼むよ、こんな話同じ日本出身の人にしか頼めないし、徒に話を広げて誰も信用できなくなる、なんて状況が面倒なパターンなんだ。だから僕は表立って動けない」

「別に頼みを断るわけじゃないわよ、任せておいて、なんて言えないけど、やれるだけのことはやっておくから」

よし、これで魔王城奇襲作戦は止められたかな。だけどこの世界に来て一ヶ月の小娘の意見を、この国の軍事関係者が受け入れる可能性は低いだろうな、なら次は…

「ありがとう、その気になってくれて。お礼と言ってはなんだけど、説得するにあたって僕の秘伝技を教えよう」

「秘伝技、居合切りでも教えてくれるの」

「細い木を切るためじゃなくて説得するためだよ。まず説得するなら、同じ異世界人を狙った方が良い、この世界の人よりは名誉や承認欲求は弱いはずだから。その人に、魔王軍はすでにこの国の作戦の情報を掴んで備えているって話をするんだ。このままではこの世界で骨をうずめることになるかもって」

所詮は理不尽に呼び出されたんだ、この国に対する忠義はそこまでないはず。仮に久坂さんみたいに正義感を持つ人でも、失敗する確率が高い作戦に乗らないだろ

「当たり前だけど、選ばれたメンバーのことは知っているのね」

「会ったことはないけどね。僕の調査の結果では、その奇襲作戦の要になるのって、久坂さんとその日本人だと思うんだ。なにせ前衛だからね、二人とも」

前衛二人が作戦に対して後ろ向きな発言が出れば、もっと言えば特別な力を持って呼び出された異世界人の二人から、そろって奇襲に消極的な意見が出れば、軍の責任者は何かあると感じるだろう。そうなったらお偉いさんの行動は基本的に二つ、一つは二人の意見を聞き作戦を延期する、もう一つは無視して強行する。延期するならそれでいいが、強行するのもまた面白そうだ、ここで強行という選択肢をとるということは、異世界召喚者もこの国では使い捨てと定義するのも同義、向こう視点失敗しそうな作戦に行けというのだから。もしそうなったら、軍の人対久坂さんともう一人の異世界人、という構図が生まれる

欲を言わせておらうと、この国の人対異世界人って言う構図が理想的なんだよね。魔王軍が動かなくても、勝手に内争でも起こって弱体化してくれると楽

「まっ、何はともあれさ、お互い死なないように全力を尽くすってことで良いんじゃないかな。もし僕の推理通りだったら、一番危険なのは久坂さんともう一人の日本人なんだから」

何が起こっても自分の身が一番だよ、と耳障りのいい言葉でその場は幕を閉じた

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