4.OLさんと喋る自販機
暑い……。
照りつける太陽。蒸し蒸しした空気。夏特有の気温のせいで体全身から汗が吹き出て気持ち悪くなる。
夏は苦手だ。まあ、海に行くとかそういうのは嫌いじゃないけど、何より会社へ通勤するだけで汗まみれになるのが嫌だ。会社に着いたらまずシャワーを浴びてゆっくりお風呂に浸かり、上がれば冷たい牛乳を飲んでそのままベッドで寝たい……なんて思ったり。
そんな私だけど会社に着くまでに一つ日課になっていることがある。
満員電車から降りて会社へ着くまでの間に、昔ながらといった感じの古臭い道路がある。車道と歩道に区切り線がない民家と民家の間にあるような道だ。その道の途中に自動販売機が置いてある。いったいいつからそこに置いてあるのだろうか……と思わずにはいられないほどその自販機は古ぼけて見えるけど、重要なのはそこじゃない。
古ぼけた自販機に売っている飲み物は全て百円なの! しかもちゃんと中身が補充されているから驚き。普通の自販機なら百六十円はするような飲み物でも、ここの自販機は百円で一回も値段が変わっていない。私は自動販売機についてよく知らないんだけど、自販機の値段設定ってメーカーが決めているわけじゃないんだろうか。何でもかんでも百円にしてたら売り上げとかどうなんだろう?
といっても、ぶっちゃけ自販機の雑学を知っていようが知らなかろうが、一利用者としては値段が安いに越したことはない。百円の自販機なんて都会にはそうそう置いてないしね。
そうそう、日課っていうのは毎日会社へ行く時、この古ぼけた自販機で炭酸飲料を買うってこと。最近みたいに暑い日が続くときは炭酸が美味いんだなこれが。
自販機にワンコインを投入してコ〇コーラを買おうとボタンを押そうとした時だった。
「コ〇コーラには大量の糖分が含まれていて、発がん物質もあるから
飲み過ぎは禁物だよ」
「……?」
いま、誰が喋った?
もう一度ボタンを押そうとすると──
「コ〇コーラには大量の糖分が含まれていて、発がん物質もあるから飲み過ぎは禁物だよ」
また同じ声がした。
疲れているのだろうか。にしても幻聴が聞こえてくるなんて相当だ。会社休んだ方がいいかも。有給を取得する理由は幻聴が聞こえてきたためって。
とりあえずボタンを押してコ〇コーラを購入する。私がそれを手に取った時だった。
「ねえ聞いてた? お姉さん、いつもコ〇コーラ飲んでるでしょ? 体に悪いよ。いつかガンになっても知らないから」
自販機のボタンが言葉に反応してピコピコと点滅を繰り返している。
もしかして──
「あなた、喋れたの?」
「うん、そうだよ」
驚いた。いや、最近の技術なら喋る自販機が作られてても驚かないけど、その技術がこの自販機に搭載されてるなんて思いにもよらなかった。だってこの自販機、取り出し口のプラスチックが古くなりすぎて茶色く黄ばんじゃってるほど昔から置いてありそうだし……。。
しかも聞こえてきた声は女の子の声だ。なんか幼い感じの……。
「いつから喋れたの?」
「さあ、よくわかんない」
ていうか、もしこれがAIだったらすごいよね。だってほんとうの人間みたいな反応するし……。いやいや、都会に置いてある自販機だって、こんなに喋るものはない。うーん不思議だ。
ふと腕時計を見ればそろそろ行かないと会社に間に合わない時間に迫ろうとしていた。買ったばかりのコ〇コーラをもう一口飲んで、私は会社へ向かって歩き始めた。
「いってらっしゃい」
「──っ! いってきます」
なんだか自販機に見送られるなんて変な気分だな……。
◇◆◇◆◇◆
翌日、いつも通りにいつもの自販機の前まで来た。
正直なところ、昨日この自販機が話しかけて来たのは夢だったと思っている。うん、やっぱり正確に考えればそんなのありえないしね。でも……ちょっとだけ気になったから話しかけてみることにした。
「おはよう」
……。やっぱり返ってくる返事はない。
昨日のは気のせいだったんだ。疲れているのは正しかったのかもしれない。やっぱり早急に有給を取得した方が良さそうだ。
そう思ってお財布を取り出していると──
「おはよう、お姉さん」
「うわっ! 喋った!」
油断していたから驚いた。
「昨日おしゃべりしたじゃない」
「そ……そうだけど、やっぱりびっくりするじゃない」
「そう? それにしてはあんまり驚いてないように見えたけど」
「昨日は……なんというか現実味がなくて実感が湧かなかったというか」
「ふーん」
やっぱり、AIらしからぬ反応にちょっと戸惑ってしまう。
「お姉さん、飲み物買わないの? お仕事間に合わなくなっちゃうよ?」
「あ、そうだったわね」
お財布を取り出して炭酸飲料を買おうとすると、また自販機が話しかけてきた。
「ねえお姉さん。疲れた顔してるね」
「え? そうかな?」
「うん、なんだか夜遅くまで残業して夜ご飯を簡単なもので済まして、すぐに寝ちゃった後みたいな顔してる」
「随分と詳しいわね……」
しかも自販機が言った通り、昨日は思わぬ残業が発生して家に帰って来たのは日付が変わってからだった。まさに寝るために帰宅したようなものだ。
「そんなお姉さんにはこの飲み物がおススメ!」
軽快な声色とともに自販が押しボタンの一つをピコピコと点滅させた。その商品を確認すると……。
「これレ〇ドブルじゃん! 昨日、コ〇コーラは健康に悪い的な事を言ってなかったっけ?」
「でも疲れた時にはこっちのほうがいいと思うの。こういうのは適度に接種すればいいのよ。何でもかんでも極端なのはいけないってお母さんが言ってたわ」
「お母さん? あなた、お母さんがいるの?」
「……よくわかんない」
てか、そろそろ買わないと時間がまずい!
とりあえず私は自販機がオススメした通りにレ〇ドブルを購入してがぶ飲みした。いつも買ってるコーラはペットボトル製だから飲み残してもこぼさないけど、レ〇ドブルは缶だから飲み切らないといけない。
あれ、結構おいしい。こういう飲み物はあまり飲んで来なかったんだけど、これなら1日一本以上いけるかも。しかも元気が出てきた気がするし!
「いってらっしゃい、お姉さん」
「うん、行ってきます!」
やっぱり自販機に見送られるのは不思議な感じがする。
◇◆◇◆◇◆
それからというもの、私は毎日自販機と会話してから会社へ行くようになった。
人間不思議なもので、慣れてしまうと会話する自販機に驚かなくなってしまう。それどころか自販機相手に可愛らしさを感じてしまうほどだ。たぶん喋り方と幼い女の子の声のせいだと思うけど。
私の日課は毎朝飲み物を買うことではなく、自販機と会話することにすり替わっていた。
「おはよう」
「おはようお姉さん。今日は何を買うの?」
まるでゲームに出てくる商人が言うセリフみたいね。
「コ〇コーラ買おうかしら」
「お姉さんコ〇コーラ飲み過ぎだよ。依存症になっちゃうよ! ていうか、もう依存症だよ!」
「コ〇コーラ買うときだけ凄い忠告してくるのね……」
とまあ、それでもコ〇コーラを買うあたり、本当に依存症なのかも。
自販機とはこういった会話を何回も繰り返している。なんというか、もう友達みたいな感じね。自販機と友達の独身OL……。そう思うと一気に虚しくなってくる気がする。私は人間より機械と仲良くなる方が得意なのねって誰かに言われてるみたいで。
そういえばと、私は気になった事を聞いてみた。
「ねえ、ここって売り上げいいの?」
「うーん、わたしを使う人はお姉さんとあと一人しかいないの」
「あと一人?」
「うん。一年に一回はここに来てくれるんだけどね。いつもお花の香りがしていい人なの。それに、なんだか懐かしい感じもするの」
「ふぅん。お花の香りねぇ」
なぜかお花の香りがする人と聞いただけで綺麗な人なのかなぁと連想する。一年に一回という事は、その日以外は私が通ってるってことになるのか。そう考えると、よく私も毎日飽きもせずに自販機を利用してるわね。でもまあ、どの飲み物も百円であるこの自販機を二人しか利用していないっていうのも微妙だけど。
「あとね、わたしはそろそろ撤去されるんだって」
「え、そうなの?」
「うん。そのお花の香りがする人が言ってたの」
「それは……残念ね」
できれば撤去してほしくないけど、まあ大人には色々な事情があるのは社会人になってよぉく理解したし、仕方のないことかもしれない。
さて、そろそろ会社へ行かなければならない。
「それじゃあそろそろ私は行くわ。じゃあね」
「うん、じゃあねお姉さん」
いつも通りの別れの挨拶だけど、どこか物寂しい感じがした。
◇◆◇◆◇◆
さらに数日後のことだった。
私がいつも通りに自販機で飲み物を買おうとしたとき、自販機が見当たらないことに気づいた。
おかしい……、いつもならここにあるはずなのにどこにも自販機がない。注意深く自販機があった場所を見てみると、地面に何か設置してあったような跡がある。もしかして、この間自販機が撤去されるって言ってたけど、本当に撤去されたってこと?
それはなんだが……少しさみしい。だって昨日も「またね」と言って会社へ行ったのに、これじゃあもう二度と会えないみたいじゃん。
でもないものは仕方ない。よくできたAIだったし、もっと普及して応用されれば、きっといろんな人の役に立つものが出来上がるでしょうに。
私は後ろ髪引かれる思いで会社へ向かって歩き始めた。
◇◆◇◆◇◆
だいぶ涼しくなって来た。学生たちは夏休みが終わり、半袖だった人々は徐々に秋服を引っ張り出して着始めている。そんな私もシャツを秋用に変えて出勤するようになった。
もう自販機がない生活に慣れてしまった。今でも、あの喋る自販機があった場所を見たりするけど、そこに新しい自販機が置かれることもない。
けど、今日は違った。
自販機があった場所に一人の女の人が佇んでいたのだ。腕には花束を抱えたお年寄りだ。一瞬その人と目が合う。
「あ、お花の香りのする人」
「はい?」
「あ、いえ、なんでもありません」
昔の話を思い出した。
もしかして自販機が言ってたお花の香りのする人はこの人のことかもしれない。私ともう一人しか自販機を利用していないって言ってたから印象に残ってる。
たしかにこの人からはお花の香りがするけど、それは花束のせいであることがわかる。その花束は自販機置いてあった場所に備えられている。まるで、誰かがここで亡くなったから弔っているように。
おばあさんは花束に向かって両手を合わせている。その姿を見て、私は反射的に話しかけた。
「あ、あの」
「はい? なんでしょうか?」
おばあさんの目は優しい瞳をしている。
「あの、ここで誰かなくなったんですか?」
「ええ、まあそうですけど」
「失礼ですが、いつの話ですか?」
「かれこれ五〇年以上前の話になるかしらねぇ。私の娘がね、交通事故で亡くなったのよ。ほら、ここの道は狭いでしょ? トラックの運転手が居眠り運転をしててね。それで娘が」
「そ……そうだったんですか。すみません、嫌なことを思い出させてしまって」
「いいのよ、もう昔の話だから」
おほほなんて言いながら、おばあさんはなんてことないような笑顔を向ける。
五〇年以上も前に女の子がここで亡くなっている。頭の中で、パズルのピースがはまっていく感覚がする。
「あの、ここにあった自販機をご存知ですか?」
「ええ、このお花を置く時にいつもお水を買っていたわ。でも撤去されたみたいね。ここにあった自販機は私のお友達が契約していたんだけどね」
「その自販機とよくお話していたんですね」
「お話……?」
「え……ここにあった自販機、喋りませんでした?」
「さあて、なんのことやら」
おばあさんは自販機と話してない……? じゃあ私が喋っていたのはいったい……。
それ以上、何も言うことがなくて沈黙が降りる。
おばあさんがもう一度花束をみると、私のほうへ振り返って一礼した。
「さて、そろそろ行こうかね。お嬢さんも早く行かないと、お仕事に遅れるんじゃない?」
「え、あ、そうだった! すみません、急に話しかけて」
「いいのよ。こんなおばさんに話しかけてくれてありがとうね」
おばあさんがゆっくりと歩き始める。その後ろ姿を見て、私は思わずおばあさんに話しかける。
「あの!」
「はい? どうしたの?」
「このお花。きっと娘さんは喜んでいたと思います」
聴く人によれば、きっと私の言葉は余計だったかもしれない。でも、今まで暗い顔だったおばあさんが、ここで始めて笑顔を見せてくれた。
「ありがとうねぇ。きっとそうだといいねぇ」
なんだか堪え切れなくなって、私はおばあさんに一礼すると早足に会社へ向かった。
これは私が経験した、一夏の不思議な体験だった。
ダークメルヘンシリーズ Atimot(あちもと) @Mixer8132
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます