3.贅沢な女王様

 とある王国に女王様がいました。

 女王様は生まれた時から何も不自由のない生活を送っていました。

 お腹が減れば最高級の牛肉のステーキが出され、喉が渇けば何十年も熟成させた芳醇なワインを飲むような毎日です。

 ですが女王様にとってこの生活は贅沢には値しません。なぜなら、これは女王様にとって普通の生活だからです。

 ただ普通の生活をしているだけの女王様は、常に新しい刺激を求める好奇心旺盛な女性です。ですから女王様は国民からより多くの税を徴収し、他国の貴重品を買い漁り、お城の中を飾り付けました。

 珍しい物を集めた女王様の好奇心はその都度解消されます。ですが珍しい物でも毎日見て、毎日触れば慣れてしまうもの。新たな刺激を求めた女王様の金使いが荒いのは当然の事でした。

 女王様の執政に国民は激怒しました。しかし女王様は構うことなく税金を増額し、支払いを拒否した国民を反逆罪として捕らえ、死刑にしていきました。

 この行いに国民は恐怖し、誰も女王様の命令に背く者はいなくなりました。しかし税金を支払う事さえ難しいほど、国民は貧困に喘ぐことになります。

 女王様の理不尽な執政はさらに続きます。次に、女王様は許可なく王国から出ることを禁止しました。この命令に背いた場合、死刑であるともお触れを出します。それでも、生きるために決死の覚悟で国外へ脱走しようとする国民は少なくありません。

 ……しかし、脱走を試みた国民はみんな殺されました。王国の周辺には女王様の兵が巡回しているからです。

 女王様の恐怖政治が終わることはなく、国民は女王様の傀儡となり果ててまで、生き延びているのでした。






 そんな王国に、一人の旅人が訪れました。女王様はすぐにその旅人をお城へ招待しました。

 普通ならただの旅人が女王様と言葉を交わすことはできません。しかし、女王様がその旅人と会いたがるのは理由がありました。

 その理由は、旅人がどんな願いも叶えることができる魔法使いだという噂が流れてきたのです。

 どんな願いも叶えることができるという噂を女王様は笑いました。わざわざそのような嘘をつく愚かな旅人を嘲笑してやろうと思っているのです。

 そうして旅人が女王様の前へやってきました。初めて旅人の姿を見た女王様は最初にこう思いました。

(なんて汚らしい恰好なのかしら)

 もちろん女王様の着ている服は豪華な装飾が施された高価な物であり、国民の服装と比べるまでもありません。しかし、旅人の服装は国民と比べても、あまりにみすぼらしかったのです。

 ボロボロになってあちこち穴が開いている緑のローブを羽織った旅人は、俯いているため表情がうかがい知れません。

 真っ赤な絨毯を歩く汚らしい旅人は、部屋の中央まで進むと跪きました。しかし何も言葉を発しようとしません。

 女王様が旅人へ言葉をかけます。

「面をあげよ」

「……はい」

 聞こえてきた返事は思いのほか若い感じでした。そして旅人が顔を上げると女王様は驚きました。

 旅人は、若い女性だったのです。

 くすんだ金髪はボサボサで、少女の顔はあちこちが黒くくすんでいます。長い間風呂にすら入っていないのでしょう。しかもボロボロな服装は、まるで何年も同じ服を着ているように思えます。

 ボロボロになるほど服を着るという感覚を女王様は理解できませんでした。少しでも服がほつれれば、仕立て屋に新しい服を作らせれば良いのですから。

 様々な疑問を感じながらも、女王様はどこかワクワクした気持ちになります。彼女にとって、未知とは刺激であり、好奇心の対象なのです。

 女王様は旅人へ再び言葉をかけます。

「旅の者よ、よく私の国を訪れた。まずは歓迎しよう」

「……ありがとうございます」

「して旅人よ。私は一つの面白い噂を聞いて貴様をここへ呼んだ。その噂が何か、貴様は理解しているか?」

 悪戯する子供のように女王様はいやらしく笑みを浮かべます。旅人は変わらぬ声色で答えを返します。

「はい。私が……願いを叶えることができる、という噂ですよね」

「その通よ。自身の噂に見当がつくと言う事は、そうとう自信があるようだな」

「自信はありません。ですが……その噂は本当の事ですから」

 旅人は自らの噂が本当の事だと言い切りました。

(──馬鹿な女だ。そんな見え透いた嘘、余が信じるとでも思ってるのか)

 嘘なら嘘だとすぐに進言すれば、女王様は旅人を笑うだけで済んだでしょう。

(なら確かめてやろう。その噂が本当か否か)

 女王様は口元を歪めて旅人にこう言いました。

「では旅人よ。余は宝石が欲しい。わが宝物庫にもない珍しい宝石が欲しい。この願いを今すぐ叶えてみせよ」

 臣下や近衛兵たちはその願いを聞いてクスクスと笑いました。そんな無理難題を叶える事なんてできないとわかっているのです。

 ですが旅人の返事は予想外でした。

「わかりました。今すぐ出して見せましょう」

「なに?」

 思わず間の抜けた声を出してしまった女王様でしたが、旅人は気にすることなくその両手でお椀の形を作りました。そしてその手が光を帯び始めたではありませんか。

 やがて光は大きくなり、目を覆い隠したくなるほどの眩いさを放ちます。謁見室にいる誰もが手で光を遮るほどです。

 光がなくなり、つぶっていた瞳を開けた女王様は驚きのあまり絶句してしまいました。

 旅人の手にはクリスタルがありました。それも、遠い小国でしか取れないとても希少価値の高いクリスタルです。女王様もいつかは欲しいと思っていたのですが、あまりにも値段が高すぎるため手をこまねていた品です。

 思わず口元を抑え、クリスタルの輝きに目を奪われてしまいました。

 これほどの奇跡を成し遂げたにも関わらず、旅人は謙虚な姿勢でこう言いました。

「女王様。私はあなた様の願いを叶える事が出来たでしょうか?」

 旅人の言葉で女王様は我に返りました。一つ、咳払いをしてこう言います。

「ええ、確かに余の望んだとおりの宝石だ。素晴らしい」

「ありがとうございます」

 これほどの逸材を手放すわけにはいかない。女王様はすぐにこの旅人が欲しくなりました。

 もし旅人が女王様専用の願望機になれば、女王様は世界を手に入れたと言っても過言ではないからです。

 だから女王様は、わざとこのような事を言ってみせたのです。

「では旅人よ。もう一つ、余の願いを叶えよ」

「はい。お望みになる事でしたら、必ず私が叶えましょう」

「なら、これから貴様は余の付き人となるがよい。そして、永遠に余の願いを叶え続けるのだ。良いな?」

 その人生を女王様のために捧げよ。その命令は、旅人の人生を大きく左右させるものです。──しかし

「かしこまりました。これより私は、あなた様のお傍で使えさせていただきます。よろしくお願いいたします」

 迷いのない返事に力強さは感じられません。無機質な女だと女王様は思います。ですが女王様にとって旅人がどのような人物であっても関係ありません。

(気にくわなければ処刑してしまえばよい)

 人の命をなんとも思わない女王様は、そんな恐ろしい事を簡単に思ってしまうのです。

 そしてあっさりと、女王様は全能の力を身近に置くことに成功したのでした。






 旅人が女王様の付き人となった日から、女王様の生活はより豊かになりました。

 たとえどのような無理難題であっても付き人に不可能はありません。女王様の理不尽な願いは全て叶えられていきました。

 始めはありとあらゆる高級品を。その次は生き物を。そして最後には、自らの望んだ容姿すら付き人の願いによって叶えました。

 およそ考えうる限りの贅沢を実現した女王様は、願い事すら思いつかなくなってしまうほどでした。

 ふと、女王様は付き人に褒美を与えようと思いました。付き人があまりにも何も不満を言わないせいで、すっかり忘れていたのです。

「貴様は何か欲しいものはないのか? 何でも好きな物を望めば、それを与えてやろう」

 女王様が家臣に褒美を与えるなんてことは今まで一度もありませんでした。しかし付き人は首を横に振ってこう言いました。

「申し訳ありません女王様。私は、望みを抱いてはいけないのです」

「それはどういう意味だ? 余の施しなど受け取れないと、そう言いたいのか」

「滅相もありません。本来なら勿体ないほどの幸せです。しかしこれには理由があります。私が望みを抱いたとき、この力は消えてなくなってしまうのです」

 女王様は付き人と初めて出会った時のことを思い出しました。

 なるほど、初めて女王様の国を訪れた付き人がみすぼらしい姿だったのはそれが理由だったのですね。

 もちろん今では付き人も綺麗な佇まいをしていますが、それは女王様が命令したからです。つまり、付き人は今の今まで、何も望んでこなかったと言うわけです。

「そうか……。ならいい」

 付き人は何かを望めば願いを叶えることが出来なくなる。これを知った女王様は、しかしその事実になんの驚きもありませんでした。

 すでに贅沢の限りを尽くした欲望の女王です。もう付き人に叶えてほしい願いなどないのです。

 だから女王様は一つの考えが芽生えました。

 そんなときです。女王様の元に一人の家臣が慌てた様子でやってきました。息も絶え絶えに家臣は女王様へこう告げました。

「女王様! 民が、城へ侵入しようと城門を攻撃しています!」






「早く反逆者どもを抹殺しろ! 何をしている!」

 女王様は焦ります。誰かから命を狙われるなんて状況に追い込まれるとは到底思っていなかったのです。

「しかし女王様。民の数は多く、少なくとも数百は城を取り囲んでいます。我々だけでは押し返すことはできません」

「何と情けないことを! それでも貴様は余の家臣か!」

 女王は家臣の顔面を叩きました。渾身の一撃を食らった家臣は背中から大理石へと倒れました。

「使い物にならない奴らだ! 誰か……この状況を打破できる者はおらぬのか!?」

 そう言いながら、女王様の視線はそばに控える付き人へ向きました。

(そうだ! この女なら、きっと余を救い出すことができる!)

 女王様は付き人の両肩を掴み、鬼気迫る表情で願いを叫びました。

「付き人よ! 余が願おう! 余の城を包囲している反逆者ども皆殺しにせよ!!」

「……しかし、それではさらに反逆者が増えるだけでは?」

 ──バチンッ! と、女王様は付き人を張り倒しました。女王様の体は怒りで震えます。

「余の願いを、余の言う事を聞くことができないというのか!? なら、貴様も反逆者として処刑してくれるわ!!」

 女王様は壁に掛けてあった儀礼用の剣を持つと、その切っ先を付き人へ向けました。

 付き人に意思はありません。ただ彼女は、大勢の人間の命を弄ぶことをしたくないだけでした。ですがこのままでは自分も死んでしまうでしょう。

「…………わかりました。女王様、あなたの願いを叶えさせていただきます」

 付き人がそういうと、そっと目を閉じて女王様へ向かって祈りを捧げ始めました。

 何をするのかと見ていると、唐突に城外から眩い閃光が溢れだし、そのあと悲鳴が聞こえ始めました。

 何が起きているのかと女王様が城の窓から見下ろすと、そこにはおぞましい姿をした魔獣たちが、国民に襲い掛かっている光景が広がっていました。

 女王様を殺そうとした国民たちが、魔獣たちの餌食になる光景を見て、女王様は心の底から笑い始めました。

「そう……そうだ! それでいい! 余に逆らう者は、みんな死ねばよい! この国はすべて余の物なのだ!!」

 女王様の願いは叶えられました。付き人はずっと、誰かの願いを叶える事こそが自らの使命だと思っていました。ですが、ここにきて彼女は自らの心に疑問を投げかけます。……本当に、このまま女王様のために力を使い続けていいのか。

 付き人の視線に気付かぬ女王様は高らかに笑い続けます。その姿は、まるで人を人と思っていない──悪魔のようでした。

 しばらく悲鳴が続きましたが、やがて城外を静けさが包み込みます。

 あれだけ大暴れしていた魔獣たちはその姿を顰め、残ったのは飛び散った鮮血と肉片だけです。

 女王様は城のバルコニーへ立ち、城下町へ向けて声高らかに宣言しました。

「聞くがよい! 愚直で脳なしの愚民どもよ! 余に牙を向ければどうなるか、これでハッキリしただろう! 余には願いを叶える力がある! 余が願えば、貴様らの命など道端の蟻同然よ! わかったら、おとなしく余の命令に従うがいい!」

 悪魔の宣言は、呪いとなってこの国を覆い尽くしました。

 いまこの時、女王様は国民を皆殺しにした悪魔の化身として、世界中にその名が響き渡ることになりました。






 反乱と虐殺が起きてから数か月後のことでした。

 女王様の国は人口が半分にまで減少し、領土の端々では空き地が散見するようになっていました。

 しかし女王様は何も対策を取ることはしませんでした。相変わらず女王様は贅沢な生活を続けているのです。

 そして女王様は、かつて思いついた遊戯を実行してみる事にしたのです。その遊戯とは──

「付き人よ。何か願え。余の願いを叶え続けてきたその力を、己のために使うがいい」

「え……。しかし女王様。以前申し上げた通り、私は望みを抱けば力が使えなくなってしまうのです」

「知っている。知ってなお、貴様に命令しているのだ」

 女王様は邪悪な笑みを浮かべます。付き人に力がなくなればどうなるのかを確認したいがために、このような命令をしているのです。

 女王様にとって、人間は玩具でしかないと言うのでしょうか。

 付き人は動揺します。力を失うことが怖いのです。

「どうした。余が命令しているのだ。それとも、貴様に願えばよいのか?」

「っ!? そ、それは……」

「なるほど。命令には背けるが願いには背けないか。ならば、余は貴様に願いを言う。その願いを叶えよ」

「お待ちください! それだけは──」

 付き人の必死な声も女王様の耳には届きません。

「付き人よ、願いを抱け! そして己の力を使い、その願いを叶えるのだ!」

 女王様の願い事を聞いた付き人は、信じられないという顔で女王様を見返します。

 その願いがどれだけ残酷な願いか女王様は知る由がありません。知ろうとすらしないでしょう。女王様は付き人が絶望の表情をしているのを見て、愉しんでいるだけです。

 付き人はぎゅっと目をつぶると、やがてゆっくり瞼を開きました。その表情は、何か大事を行う前の決意に満ちたような顔です。

「わかりました。女王様、私は私のために、この力を使いましょう」

「おお、それでよい! 見せてみよ! 貴様の願いを!」

 そのとき、付き人から光があふれだし始めました。

 もう見慣れた光景とはいえ、今までとは違う意味を持つその光を前に、女王様は胸が高鳴るのを感じていました。

 付き人が最後のどのような願いを叶えるのか、是が非でもそれを見届けなければならないのです。

 やがて視界が真っ白になります。この輝きが失われたとき、付き人がどうなっているのか。

 女王様は期待に目をつぶりました。






 気づけば女王様はベッドで寝ていました。

(何が……起きたのだ?)

 なぜ女王様がベッドで寝ているのか理解できません。それだけではなく、女王様は視界に映るすべてに違和感を感じました。

 いつもの寝心地と違うベッド。見上げる天井も女王様の部屋のものではありません。辺りを見渡せば、女王様の部屋よりも狭く、どことなく付き人に与えた部屋と似ているではありませんか。

 嫌な予感がした女王様はベッドから飛び起き、部屋を飛び出しました。

 廊下を掃除している使用人は女王様を一瞥すると、すぐに仕事に集中します。その不敬に女王様は怒り覚えました。

「不敬者! 女王たる余に挨拶もせぬのか!」

 しかし使用人は目を丸くして女王様を見返します。そのような態度を取られた女王様は、まるで自分が間違っているのかと思いました。

 そんなはずはないと女王様は王室へと大急ぎで向かいます。すれ違う使用人や家臣たちは、誰一人として女王様へ挨拶をしません。

 誰も……女王様を女王様だと思っていないのです。それはまるで、付き人に対する態度のように……。

 王室の扉を荒々しく開け放った女王様は、そこで信じられない光景を見ました。

 王座には、女王様が座っていたのです。

「騒々しいな。どうしたのだ」

(これは……どういうことだ!? 一体に何がどうなっている!?)

 状況が飲み込めない女王様は、声を荒げながら王座に座る偽物へこう告げました。

「貴様は誰だ! そこは余の席であるぞ! 堂々と余のフリをするとは、その不敬は死刑に値するぞ!!」

 しかし偽物は臆することなくこう言い返しました。

「一体どうしたと言うのだ。ここは紛れもなく余の席である。貴様の席ではないわ」

「ふざけたことをッ──」

 言いかけて、女王様は近くにある鏡に視線が吸い込まれてしまいました。

 そこには……付き人が映っているではありませんか。

 あまりにも信じられない女王様は声を詰まらせました。絶望で青い顔をする女王様に向かって、偽物がこう言いました。

「まるで……悪い夢でも見ていたかのような表情だな、付き人よ」

 付き人。そう呼ばれた女王様は、頭が真っ白になりました。

 付き人を無視して偽物は傍にいた家臣へこう伝えました。

「わが宝物庫の宝をすべて近隣諸国へ売り払え。そしてその資金を国民へ均等に配るのだ」

「なっ……! よろしいのですか?」

「構わん。あんなものはただの飾りだ。そんな事より、我が国に必要なのは財だ」

「か、かしこまりました」

 今まで集めてきた宝を売り払うと言われた女王様は反射的に反対の声を上げました。

「ま、待て! それは余が集めてきた──」

「貴様ではない! あの宝は、余が手に入れた物だ!」

 ピシャリと言い話す偽物は、まるで本物の女王様のようです。

「そもそも、貴様はすでに処刑されることが決まっている。もうその服すら着る権利はないと思え」

「しょ、しょけい? 何を言っておるのだ? 余はこの国の女王であるぞ」

「貴様は余に成り代わり、贅沢の限りを尽くし、民の事など一つも考えなかった。果てには魔獣を召喚し民を皆殺しにした。よって、貴様を処刑することにしたのだ」

「ふざけるでない! 余はそのような事をしていない!」

「……連れていけ」

 重鎧を着た騎士が女王様をがっしりと掴みます。女王様は抵抗しますが、びくともしません。それでも彼女は叫びました。

「この愚か者が! これが貴様の最後の願いか! 拾ってやった恩を忘れたか! この不届き者め! 天罰が食らうぞ!!」

 しかし偽物は……いや、付き人は言葉を返しません。

「頼む! これが最後の願いだ! 殺さないでくれ!! 頼むから、死刑だけはやめてくれ!! なんでもする!! だからお願いだ!!」

 女王様は見苦しく助けを懇願します。しかし、その願いを叶える事ができる人は、もう彼女の傍にはいません。

「付き人よ……。頼む……。頼むから──」

「贅沢とは──」

「ッ!?」

 付き人が口を開きます。騎士に連れられた女王様は、すでに閉まりかかる扉の向こうです。

「贅沢とは、良い物でしたか? 女王様」

 扉は重々しく閉ざされました。






 後日、付き人の公開処刑が執り行われました。

 民は国を混乱に陥れた悪魔だと付き人をけなしました。

 贅沢とは良い物だったか。そう問われた女王様は、その首が落とされる寸前まで、その事を考えていました。

 ──だって、それしか知らなかったから。それが贅沢だと知らなかったから。

 女王様はギロチン台から付き人を見つめ、小さな声でこう言いました。

「貴様も……いずれこうなるのだ」

 刃が、悪魔の首を斬り落としました。

 転がった首が最後に見た光景は、歓喜を上げる群衆の雄たけびと、真っ赤な液体を流す己の体でした。

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