第26話 エピローグ

 アサラは王都の一等地の端に小さな住居を与えられたけど、金銭に関しては成人するまでの最低限の生活費だけをもらうことにした。

 甘えたくはなかったのだ。

 だが、結局は生活に苦労することはなかった。王都で暮らす、あるいは商用でやってくる多くのザザの民が、アサラが最後の王族と知るや次々と協力を申し出てきた。

 アサラは出来るだけ断っていた。ザザの民の飲食店で手伝いをさせてもらって、わずかな賃金を貰い、店を手伝いながらザザの伝統料理などを教えてもらって暮らしている。ただ、金銭は断っても食べ物や服などはひっきりなしに送られてきた。


 トントン。アサラが早めの昼食の準備をしていると、家の扉が控えめに叩かれた。

「はぁい」

「やあ、良い匂い。昼食? ボクにも食べさせてよ」

 アサラが応えると扉を開けてセンが入ってきた。

 あれから3年、ソーカサスの王センはつい先日15歳になったが、公務をサボっては何かとアサラの家へと足を運んで来ていた。最初こそアサラの家にいるザガンの様子を見に来ることが理由だったが、今は……。

「もう、王様がまた護衛もつけずに」

「いいじゃん、公務はソドがうまくがやっているし、ここで危険なようならどこにいても危険だよ」

 戯けるセンだったが、もう一人の王の資格を持つソドに公務を任せることで、ソド派の反発を和らげていた。政治的調整の大切さはザガンに教えてもらったことだ。

 ただ、そうは言っても一国の王だ。政治、対立、神獣、隣国との確執。それに軟禁しているヒム親子のこと。頭を悩ませることはいくらでもある。立て続けて王を暗殺されたこの国は強き王を望んでいた。

 だから、誰に対してもセンは王として振る舞った。だけど、アサラに対してだけは年相応の若者に戻り、心を開くことが出来た。だからセンはアサラに会うのが好きだった。

「そうかもしれないけど……」

 そんなセンが足繁く通ってくるのを、少し困り、少し嬉しいアサラ。センに請われて王に対する口調ではなく、友人に対する口調で話すことにもすっかり慣れていた。

「ザガンは起きてる?」

「ううん、今日も寝てるよ」

「そっかぁ……」

 センは残念そうに奥のソファに置かれているザガンを見た。


 ザガンはソーカサスの魔法ギルドから研究依頼の申し出があり、国中の天才魔法使い、ザザ出身の高名な魔法使いを集められたが、治すことは出来なかった。

 希代の天才魔法使いカラルが生きていれば……そう思うセンだったが、それは口にすることはなかった。

 そして、治療が不可能とわかった時点で、センはそれ以上の研究を断った。

 そうザガンが願ったからだ、

 それからザガンはほとんど眠った状態で過ごす。力の消費を抑え、出来るだけアサラと一緒に暮らし、その成長を見届ける為に。


――うっすらと瞼を開くと、そこには最初に会った時よりずいぶん背が高くなり、凛々しくなったセンの姿が見えた。センの髪は最北の村で切って以来短いままだが、王族らしく綺麗に整えられている。

 アサラも少し背と髪が伸び、楽しそうに笑っている。

「んん~、やっぱりアサラの作った料理はうまいなー」

「もう、またそんなことぉ」

 おいしそうに食べている料理を褒めるセン。

「本当だよ、ソーカサスのものよりザザの料理の方がボクは好きだよ」

「ふーん」

 アサラもまんざらではないようだ。

 食事をおえてアサラに出されたハーブティーを飲むセンは少し緊張顔をして話を切り出した。

「そ、そうだ、今度お城でパーティーがあるんだけど、アサラも出てよ」

「どうして私が王族のパーティーなんて出なきゃいけないの?」

「え? えーっと……せ、政治だよ政治、ボクのパートナーとして出て欲しいんだ」

 セン耳を赤くしてそう言う。ザガンは目を細めて二人のやりとりを見ている。

「私みたいな平民が、王様のパートナーになんてなれるわけないじゃない」

 ザザ王国は100年前に滅んでおり、正当な王家の血筋といってもそれは滅びた王国のものだ。

 センはゴクリと熱いティーを飲む。そして。

「アサラはボクのお妃最有力候補だよ?」

「え゛! 本当に何言ってるのよ!」

 アサラは心底驚いた顔で叫んだ。

「何って、王族の結婚なんて政略結婚しかないんだから、お姫様のアサラは当然花嫁候補だよ」

「ええ……そんな、お姫様って、私の国なんてもうないわけだし……」

 ザガンの視界がかすみ始める。最後の時が近づいていた。だけど、ザガンに不安はなかった。アサラはセンが守ってくれる。それがわかったから。

「いや、かなり真面目な話しなんだけど」

「真面目なって……」

「だ、だって、ザザの民は大陸全土にいるじゃない? その王族と結婚したら、えーっと、その、ザザ民の情報網を手に入れられるからね」

 センは顔を真っ赤にしながら、言い訳がましく説明する。センが政略結婚のつもりではなく、純粋にアサラに対する好意で言っていることは、まだ若いアサラにもわかった。

「ふーん、政略のためねぇ」

 それでも少しはイジワルを言うたくなるアサラ。

「あっ! 嘘嘘、本当はボクが来て欲しいから!」

 慌てて取り繕うセンを見てアサラは楽しそうに笑う。

「ねぇねぇねぇねぇ、お願いだからー」

「もう……わかったから」

「ほんと? やったあ!」

 明るく笑いあう二人を見ながら、ザガンは静かに瞼を閉じた。光あふれる二人の未来を夢見ながら。


「あれ? ねえアサラ、ザガン笑ってない?」

「本当だ、笑ってる!」


~FIN~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

優しい王様の物語 春とんぼ @harutonbo24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ